番外編④『大人の魅力で』後編
休み時間になって、望乃は小夏と共に図書室へとやってきていた。
相変わらず閑散としている室内で、いつも通り二人で他愛のない話を繰り広げる。
そして、望乃は一晩かけても分からなかった解決案を小夏に求めていた。
「小夏ちゃんって大人っぽいよね…」
「まあ背高いからね。女のくせにとか色々言われてめんどい時もあるけど」
「…私ね、大人っぽい女性になりたいの。どうしたらいいかな…」
すぐには名案が思いつかないのか、小夏が頭を悩ませる。
「大人の色気ってこと?」
「そう…子供っぽいって思われない見た目になりたい。他の人はともかく、恋人の葵ちゃんにまで思われるのは…」
「えー…望乃ちゃんは今のままで十分可愛いじゃん。子供っぽいって言われるの嫌なの?」
コクリと頷いて見せれば、「だったら」と小夏が人差し指をこちらに向けてくる。
「子供にはできなくて、大人じゃないと出来ないことなんて一つしかないよ」
「なに?」
「エロいこと」
「…っ、それ以外は?」
「思い浮かばないかな。エッチな格好で誘惑すればいいじゃん」
そうすれば望乃を見るたびにその事を思い出して、子供っぽいだなんて思わなくなるだろう、と小夏は得意げに語っていた。
「エッチな格好って…?」
「定番なのはランジェリーかコスプレじゃない?あ、ランジェリーはいつものやつじゃなくてエッチなやつね」
「エッチな下着つけて葵ちゃんを誘惑するって事…?」
想像をするだけで、恥ずかしさで頬を赤らめてしまう。
とてもじゃないが、望乃には出来そうにない。
「こ、小夏ちゃんはエッチの時にそういう下着付けたりするの…?」
「私は相手の子と色違いで付けるの好きだったなあ。結構良いよ」
「葵ちゃんのランジェリー姿…」
間違いなく、絶対に可愛い。
スラッとしているため、セクシーなデザインはもちろん可愛らしいデザインだって着こなしてしまうだろう。
「一人でエッチな下着つけるの嫌なら、お揃いで着ればいいじゃん」
「なるほど…」
「自分は大人っぽく見られて、恋人の可愛い姿もみれるとか一石二鳥じゃない?」
「たしかに…小夏ちゃん頭いい…」
周囲の人からの評価は変わらないけれど、葵からは大人っぽい女性だと思ってもらえるかもしれない。
いつも奥手で葵にリードされてばかりいたからこそ、余計に望乃は子供っぽく思われていたのだ。
スマートフォンを開いて、望乃は早速『セクシーランジェリー』と検索していた。
届いた荷物を前にして、猛烈な後悔に襲われる。あの時なぜ、小夏の話を名案だと思ってしまったのか。
冷静になってみれば、間違いなく揶揄われていた。小夏は口元がニヤニヤと緩んでいて、馬鹿真面目に聞き入れる望乃を弄んだのだ。
自由人で何を考えているか分からない、奔放な小夏の言葉を信用し過ぎた望乃にも落ち度がある。
「こ、こんなの着れないって…」
そもそも大人っぽくなりたいと相談していたのに、気づけば葵を誘惑する話にすり替わっていた。
薄手の素材をペラリと持ち上げて、大きくため息を吐く。
酷くミニ丈のワンピースのようなベビードールは、そういった行為の時でなければ活躍する場面はない。
レース素材のランジェリーは、白色と黒色のものを2色購入していた。
お揃いで着れば恥ずかしくないというトンデモ理論を信じ込んで、葵の分と2着購入したはいいものの「着てほしい」だなんて言えるはずがない。
「けど、絶対可愛い…」
購入を後悔しているのはまごう事なく本音だというのに、心のどこかで「これを着ている葵を見たい」と思っている自分もいて。
「これじゃ私変態だよ…」
隠すにも部屋は狭いためすぐに見つかってしまうだろう。
実家に置くとすれば、万が一家族にバレた時のリスクが大きすぎる。
しかし、まだ新品のランジェリーを捨てるにはあまりにも勿体ない。
どの選択を取っても後悔する未来しか思い浮かばなかった。
悩んだ末に、通販で購入したランジェリーはベッドの下に隠していた。
段ボールごと隠したために中身は見えていないが、バレるのは時間の問題だろう。
新たに増えた悩みの種は、当然葵に相談する事が出来ずにいた。
セクシーランジェリーを購入して、万が一エッチな子だと軽蔑されてしまったら生きていけない。
それくらい望乃にとって葵は大切で、嫌われたくない相手なのだ。
しかしそんな望乃の隠し事は、何とも呆気なくバレてしまったのだ。
「望乃、これなに」
学校から帰ってきてすぐのこと。
ダイニングテーブル前の椅子に座らされて、目の前にはダンボールが置かれていた。
ダラダラと冷や汗を垂れ流しながら、必死に言い訳の言葉を考える。
「な、なんでこれ…」
「掃除してたら見つけたの」
タグは切ってしまった状態の、白色と黒色のランジェリーが入った段ボール。
こんなことならもっと隠し場所を工夫するべきだったと後悔するが、考えてももう遅い。
肝心の品物は葵に目撃されてしまっていて、言い訳をした所で誤魔化しようがないのだ。
「なんで着て見せてくれないの」
「だって…こんなの着てえっちな子だって思われたらって…は、恥ずかしいし…軽蔑されたくなかったから…」
「…これ、望乃の意思で買ったの?」
「え…」
「望乃が自分でこういうの買うの、想像できないから」
望乃の性格を熟知している彼女には、全てお見通しのようだ。
誤魔化す気力もなく頷けば、葵は呆れたようにため息を吐いた。
「どうせまた柚木小夏の入れ知恵でしょ」
「うぅ…」
「望乃は純粋すぎなの。何でも信じちゃダメだって」
「後悔してるよ…大人っぽく思われたいからこれ買うなんて、ちょっと考えたら変だって分かるのに…」
「大人っぽく見られたかったの?」
「だって、私子供っぽいから…」
いじけたように唇を尖らせる姿は、葵にはどう映っているのだろう。
大人っぽくなりたいくせに、望乃は仕草も言動もまだまだ子供っぽくて。
憧れの大人の女性には、まだまだ程遠いのだ。
「本当、望乃ってバカ」
落ち込んでいた望乃の髪を、葵が優しく梳いてくれる。
キツイ物言いだけど、その手つきから彼女の本音がどこにあるのかはすぐに分かってしまう。
「いまはまだ子供っぽいかもしれないけど…いつかは嫌でも大人になるんだから、無理しなくていいんじゃないの?背伸びしなくていいんだよ」
「でも…」
「今しか見れない、そのままの望乃でいて欲しい。20代になって、30代になって…大人っぽい望乃は未来の楽しみに取っておけばいいじゃん」
本当に葵はよく出来た女性で、恋人だ。
見た目は簡単に変えられるものではないから、下手な励ましはしない。
ありのままの望乃を受け入れて、希望に満ちた言葉をプレゼントしてくれるのだ。
「葵ちゃん…」
「大体さ、ランジェリーくらいで私が望乃のことえっちな子だって軽蔑するわけないでしょ。望乃は私がこういうの買ってたら引くの?」
「…思わないよ。驚くとは思うけど、葵ちゃんが喜んでくれるなら、その…恥ずかしくても何でも着るよ」
目線を逸らしながら答えれば、葵は何故か真っ直ぐにクローゼットの方へ向かってしまった。
ガサガサと中を物色した彼女が取り出したのは、冬服のセーラー服。
望乃がかつて通っていた、中学校の制服だ。
「本当、望乃お姉ちゃんは私に甘いね」
「え……?」
「何でも着るって言ったでしょ」
「で、でも流石にそれは変態じゃ…それ、胸のところ苦しいし…ちょっと、葵ちゃん脱がさないで…!」
言葉では嫌がっても、強く抵抗はしない。
内心では嫌ではないと思っているせいか、葵が喜ぶのであれば着てもいいと考えているのか。
望乃だって、葵の中学生時代の制服があれば着て見せて欲しいと思う。
変態なのはお互い様で、恋人のこととなれば誰だって少しだけ我儘になってしまうのだ。
大人の魅力で葵を翻弄する未来はまだ先になりそうだけど、葵に可愛がってもらう今の状況も何だかんだ言って大好きなのだ。
ー番外編④『大人の魅力で』 完ー
《本編完結済み・番外編不定期更新中》望乃ちゃんはインキャ吸血鬼 ひのはら @meru-0731
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