番外編④『大人の魅力で』前編


 かつて通っていた中学校のセーラー服を、まさか卒業後にも着ることになるとは思いもしなかった。


 ちまたでは制服で遊園地へ行くことが流行っているらしいが、友達のいなかった望乃には縁のない話だと、実家の物置入れの奥深くに仕舞い込んでいたのだ。


 それをわざわざ引っ張り出してきたのは、葵の弟である真央からとあるお願いをされたからだった。


 「…で、あなたが真央くんの彼女なの?」

 「は、はい…」

 「一年生?こんな子供っぽい子が真央くんの彼女とか信じられない」


 年下の女子中学生に詰め寄られながら、居心地の悪さに身を縮こまらせる。


 胸元が窮屈なこともあり、先ほどから息苦しくて仕方ない。


 また、仮にも二つ年下に中学一年生だと勘違いされている状況にかなりショックを受けていた。


 「同じ後輩なんだよ。七海ちゃんのことは友達として本当にいい子だなって思ってるけど、俺はこの子が…」

 

 今年受験生の真央は学習塾に通っていて、他校の女子生徒からしつこく言い寄られていると相談を受けたのは、つい一昨日のこと。


 彼女はいないが受験に集中するため恋人を作る気はないらしく、すっかり参っていた彼を放っておけなかった。


 彼女のフリをして欲しいとお願いされて、正義感から引き受けたのは良いものの。


 ズバズバと投げつけられる言葉に、この場に来たことを後悔してしまいそうだ。


 「真央くんってそんな子供っぽい子が好きなんだ」


 真央に言い寄っている七海という女子生徒はスラッとして背が高く、中学生とは思えないほど大人びたルックスをしている。


 真上から、ジロジロと値踏みするように視線を寄越されているのだ。


 「ロリコンなの?引くわ」

 

 大きく舌打ちをしてから、七海がこちらに背を向けて去っていく。


 ようやく緊迫感から解放されて、ホッと息を吐いた。


 「ごめん、望乃ちゃん。面倒に巻き込んで…」

 「気にしないで…」

 「負け惜しみで言ってるだけだから、本心じゃないって。望乃ちゃん全然子供っぽくないよ」


 焦ったようにフォローする真央に、罪悪感が込み上げる。


 分かっているのだ。

 背が低く顔立ちも子供っぽい望乃が、とても高校生には見えないことくらい。


 それでもいざあんな風に言われると、ショックを拭いきれない。


 大好きな恋人が洗練された大人の雰囲気を纏っているからこそ、余計に焦りを感じてしまっているのかもしれない。


 



 中学生の頃に着ていたセーラー服姿のまま、望乃は自宅へと戻ってきていた。

 こんな姿を葵に見られたら、揶揄われるに決まっている。

 

 彼女が帰ってくる前にさっさと着替えてしまおうと考えていたというのに、何ともタイミングが悪いことに丁度葵も帰宅してしまったのだ。


 そして先ほどからずっと、葵によってスマートフォンのカメラを向けられていた。


 「あ、葵ちゃん…」

 「なに?」

 「も、もう脱いじゃダメ…?」

 「あと5分」

 「ええ…」


 カシャカシャとシャッター音が鳴り響いたかと思えば、今度は写真アプリでの撮影を始めたのか無音になる。


 いつ撮られているか分からない分、どのタイミングで動けば良いのか戸惑ってしまう。


 「似合ってるじゃん、可愛い」

 「でも…子供っぽいし」

 「それが可愛いんでしょ」


 心のどこかで、「望乃は子供っぽくないよ」と言ってもらえることを期待していた。


 否定してもらえなかった事実に、チクリと胸が痛む。


 この姿を葵に見られたくなくて、撮影している合間だというのに無言で立ち上がっていた。


 「望乃?」

 「も、もう脱ぐ」

 「なんでよ、もうちょっと…」

 「子供っぽいから嫌なの!」


 着替えを引っ掴んで、洗面所へと引っ込む。

 スカーフを取って、ボタンを外しながら大きなため息を吐いた。


 あれではまるで八つ当たりだ。

 葵は何も悪くないのに、大きな声を出して驚かせてしまった。


 自己嫌悪に襲われる望乃とは対照的に、一人残された部屋で葵はポツリと呟いていた。


 「あの格好でエッチしたいって言ったら引くかな…」


 小さい声は当然望乃には届かない。

 「最低!」と軽蔑される姿を想像して、葵はこっそりと欲望を胸に仕舞い込んだ。





 どうすれば大人っぽくなれるのか。

 一晩中考えたにも関わらず、名案はちっとも浮かんでこなかった。


 分かりやすいもので化粧を変えようかとも考えたが、メイク技術が高くない望乃のスキルではたいして変化もないだろう。


 欠伸を噛み殺しながら、一限の授業のために物理室へと向かう途中。


 影の薄い望乃に気づいていないのか、前を歩いている男子生徒は何とも品のない会話を繰り広げていた。


 「うちのクラスで一番エロいのって誰だと思う」

 「そりゃ亜弓だろ」

 「わかる。今日も胸デカかったな」


 亜弓という女子生徒は確かにスタイルが良く、優しい性格なため男女ともに人気がある。


 年頃の男子なためそういう話をすることは分かっているが、まさか身近な女の子相手にもそんな妄想を繰り広げていたとは思いもしなかった。


 必死に存在感を掻き消しながら歩くペースを遅くするが、トロトロと歩いている彼らとは中々距離が開かない。

 

 「あと、影美はロリ巨乳だよな」

 「え…」

 

 漏れた声に咄嗟に口元を覆うが、彼らは望乃の声にはちっとも気づいていない。


 話題は望乃の話へと移っていた。


 「あいつ貧乳だろ」

 「馬鹿だな。影美さ、制服だと着痩せするけど体育着だと結構胸目立つよ」

 「変態かよ…良く見てんな」

 「多分クラスで1、2番目にはデカイな」


 ゲラゲラと笑っている男子生徒の声をそれ以上聞きたくなくて、ピタリと歩みを止める。


 やましい目で見られていたショックよりも、もっと別の言葉が耳に残っている。


 「ロリ…巨乳……?」


 ロリは確か幼い女の子を指す言葉だったはずだ。

 同い年の同級生からも、望乃は見た目が幼いと思われている。


 キュッと、スカートの裾を握り締めた。


 「…大人っぽくなりたい」


 胸の大きさを揶揄われたことよりも、子供っぽいと言われたことの方が余程ショックだ。


 あんなことがあったからこそ、余計に大人の女性になりたいと強く思ってしまう。


 年相応の魅力で、葵に可愛がってもらいたいのだ。

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