番外編③『彼女が可愛すぎて心臓が痛い』※葵視点
※葵ちゃん視点のお話です!
高崎葵は人生初めての恋人に、胸を掻き乱されてばかりいた。
恋人の名前は影美望乃。
ひとつ年上の、吸血鬼の女の子だ。
突然だが、まずどこが可愛いかを説明しよう。
何より魅力的なのはあの控えめな上目遣いだ。
小柄な望乃はこちらを見やる時いつも少しだけ上目遣いになって、それがまあなんとも可愛くて仕方ない。
「あ、葵ちゃん…」とか細い声で名前を呼ばれるたびに、ギュンと心臓を鷲掴みにされるのだ。
そして本人は自覚はないが、かなり可愛い顔立ちをしている。
派手な顔立ちではないが、パーツひとつひとつがどれも整っていて、小顔で首が細っそりと長いためスタイルも良い。
背の低さを感じさせないほど、腕はすらっとしていて腰の位置も高いのだ。
しかし、本人は全くその自覚がない。
いつもダボダボのパーカを着て、人の目が気になるとフードを被ってしまう。
吸血鬼ゆえにジロジロと視線を感じると本人は言っていたが、間違いなく望乃が可愛いからみんな見ているのだ。
できればあまり見ないで欲しい。望乃が減るから。
学校の休み時間に、葵は周囲を気にせずスマートフォンの望乃フォルダを開いていた。
「あー…可愛い」
お風呂上がりで頬が好調している望乃に、寝起きで眉根を寄せた望乃。
全てが可愛らしく、気を抜けば頬が緩んでしまいそうだった。
「それでえ、昨日彼氏が迎えにきてくれて一緒に帰ったんだあ」
「ふーん」
「葵、絶対聞いてないでしょ?何見てるの」
「望乃」
その名前を聞いて、友人はだったら仕方ないとばかりに別の生徒に惚気話を聞かせ始めた。
葵の周囲の人間は、望乃への重すぎる愛を皆が知っている。
「望乃先輩さ、うちらに合わせてよ」
「絶対怖がるから無理」
「えー、話してみたい!可愛いし」
「わかる、いいじゃん葵。オレらいじめたりしないしさあ」
普段は花怜を含む6人組で学校生活を過ごしている。
女子4人と男子2人の6人組は、自分で言うのもあれだが割と目立つグループなのだ。
威張っているつもりはないが、大人しい生徒からは遠巻きに見られている自覚がある。
もし同じ学年であれば、望乃が絶対に近寄りたくないと思うであろうオーラを纏っているのだ。
「花怜は仲良いんだろ?いいなあ」
「望乃さん可愛い人だよ。めちゃくちゃいい子だし…まあ、ほら。葵は独占欲強いから」
花怜の言葉に、皆が渋々と言ったように諦めている。
葵が独占欲が強いのではなくて、望乃が可愛すぎるために少々過保護になってしまっているだけだ。
放課後になって、葵は左手に伝わる温もりに胸を高鳴らせていた。
今日はアルバイトがなかったため、望乃と放課後デートをすることになったのだ。
学校近くのカフェテリアに寄ってから、商業施設に併設されたプラネタリウムへとやって来る。
オプションで追加料金を払ったため、寝転べるベッドタイプのシートだ。
「すごい、ふかふかだ」
薄暗い室内で、気を使ったように望乃が声のボリュームを落とす。
ごろんと寝転がりながら、珍しくはしゃいでいるようだった。
「可愛い」
彼女の耳に届かない程度のボリュームで、小さく呟く。
望乃といるだけで心臓がギュッと締め付けられるように痛み、息苦しくなる。
しかしそれは嫌な痛みではなくて、体の奥底から幸福感が込み上げてくる、そんな幸せな痛みだ。
「葵ちゃんもはやく」
手を引っ張られて、同じくシートに横たわる。
寝転がった状態で上目遣いをされて、夜を思い出してしまったのは心のうちに秘めておこう。
恥ずかしがり屋な望乃であれば、頬を赤らめて「やめてよ…」と目を逸らしながら訴えかけてくるのだ。
その姿が可愛くて、余計に揶揄いたくなってしまう。
彼女の反応があまりにかわいくて、葵は揶揄ってばかりいるのだ。
『まもなく、始まります。携帯電話はマナーモードの状態で、使用しないよう…』
女性の透き通った声が場内に響き渡った後、辺りが暗闇に包まれる。
キラキラとした星屑の明かりを頼りに、葵はそっと彼女の手を探り当てた。
キュッと握り込めば、同じように握り返される。
「……ふふ」
「何で笑ってるの」
「なんか、デートしてるなって…幸せだなって思ったの」
場内は暗いため表情が見られることはないと分かっているのに、葵は咄嗟に顔を背けていた。
あまりに可愛いことを言うものだから、だらしない顔をしている自信がある。
幸せを噛み締めているのは、葵だって同じだ。
幼稚園の頃から望乃に片思いをして、再会するまでの間ずっと心にぽっかりと穴が空いたような状態だった。
何をしても完全には満たされず、どこか空虚な日々を送っていたのだ。
「……ッ」
望乃への恋心は日に日に増していくばかりで、キュンキュンと胸を高鳴らせては心臓を痛めている。
そんな彼女との日々が、葵は幸せで仕方ないのだ。
プラネタリウムを出た帰り道。
指を絡ませた恋人繋ぎの状態で、オレンジ色の明かりに照らされながら足を進める。
「すごく綺麗だった、キラキラしてて…また行きたい」
「途中眠くなったけどね」
「もう葵ちゃん、寝たら勿体無いよ」
本当は嬉しそうに頬を綻ばせる望乃ばかり見ていたため、ろくに内容を覚えていない。
しかしそれを正直に伝えるには、どこかこそばゆい。
望乃の素直さの10分の1でも手にできたら、もう少し彼女を喜ばせられるだろうか。
突然、スマートフォンの画面をこちらに向けられて動きを止める。
「なに?」
「小夏ちゃんにおすすめの写真アプリ教えてもらったから撮りたくて…」
「あ、それ私も使ってる。盛れるよね」
「けど、どのフィルターが良いとか良く分からなくて…加工の仕方もいまいち分かってないの…」
「貸して」
普段葵が使っているフィルターを選んでから、そのまま自撮りをする。
夕暮れの明かりのおかげで、かなり表情も明るく映っていた。
「ありがとう、葵ちゃん。もう一枚撮っていい?」
「いいけど、今日は沢山撮るじゃん」
「葵ちゃんの写真増やしたくて」
スマートフォンの画像フォルダに、望乃は葵フォルダを作っている。
偶然、望乃のスマートフォンの画面が視界に入った際に盗み得た情報。
本人はバレていないと思っているため、こちらも黙っているのだ。
「やっぱり、沢山葵ちゃんの写真欲しくて」
少しだけ、望乃の声色が暗くなる。
本人は無意識で、親しい人でなければ気づかない程度の違い。
しかし望乃が好きすぎる葵であれば、簡単に気づいてしまう違いだった。
「どうかした?」
「え…」
「また何か考えてるんじゃないの」
隠すつもりもなかったのか、望乃はあっさりと教えてくれる。
「……葵ちゃんと10年離れてた分の時間……その穴埋めはできないって分かってるの。だから、寂しくならないくらい今の写真が沢山欲しいなって… 」
「望乃…」
何と答えるのが正解なのだろうと考えるが、格好をつけた言葉は浮かんでこない。
こう言った時は、思ったままに答えた方が相手に想いが伝わるのだ。
「私、100歳まで生きるつもりなの」
「長生きだね…私も頑張らなきゃ」
「10年離れてても、残り84年一緒にいれば十分でしょ」
離れていた間のことに固執する必要はないと伝えたかったのに、どうしてか望乃は頬を真っ赤にさせてしまっていた。
「なに」
「だっ…だってそれじゃ」
周囲をキョロキョロと気にした後に、彼女が背伸びをする。
そして、恥ずかしそうに耳元で「プロポーズと同じだよ」と囁いてみせた。
「…ッ」
釣られるように、ジワジワと頬が紅潮していくのがわかる。
当たり前のように、望乃といる未来を想像してしまっていたのだ。
羞恥心からはぐらかしたい所だが、ここで誤魔化せばより望乃を不安にさせてしまうだろう。
「…望乃は私と結婚してくれないの」
「……し、したいに決まってる…ッ」
「じゃあ問題ないでしょ」
先ほどよりも少しだけ速度を早めながら、再び歩き始める。
隣にいる望乃は、嬉しそうにニコニコと頬を綻ばせていた。
本当に、可愛くて仕方ない。
「…あ、葵ちゃんはマーメイドラインのドレス似合いそう。スタイル良いから」
「望乃はミニ丈とかいいんじゃない。プリンセスラインのシルエットも絶対似合う」
遥か遠くの未来を想像して、幸福感が込み上げてくる。
何年後か、何十年後か先の未来。
当然のように望乃といて、憧れだったウェディングドレスを一緒に着る。
想像するだけで、幸せで涙が込み上げてしまいそうな未来を、この子と語り合える現実。
望乃と離れ離れになって、初恋が実らなかったと絶望していた当時の葵が知れば、歓喜のあまり言葉を失ってしまうのではないか。
「ウェディングブーケはやっぱり青色のお花かな」
幸せそうに未来を語る望乃を見て、キュンと胸が幸せな痛みを感じていた。
ウェディングドレスを着たこの子は、きっと酷く綺麗なのだ。
そしてその隣には葵がいて、互いが似合うだろうと選び合ったドレスを着る。
過去の葵が羨ましくて仕方ないと思う幸福が、これからの未来に待っているのだ。
~番外編③ 『彼女が可愛すぎて心臓が痛い』完-
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