番外編②『レンズの向こうも愛してよ』


 冊子に纏められた沢山の写真に、望乃はだらしなく頬を緩めていた。


 小学校の運動会で一等賞を撮った葵。


 中学校の入学式で、少しだけ大きめのセーラー服を着ている葵。


 離れていた間の、望乃の知らない葵の姿。


 「可愛い…あ、転んで泣いてるのもある…レア葵ちゃんだ…」

 「まじ?それ姉貴が黒歴史だって騒いでた奴だよ」

 「こんなに可愛いのに?」

 「強がりだから、泣き顔の写真とか嫌なんだと思う」


 人一倍気を張って生きていた葵であれば、そう言っていたとしても不思議ではない。


 ギュッとアルバムを抱えながら、望乃は恐る恐る尋ねた。


 「あ、あのさ…真央ちゃん。もしよかったら、その…」

 「欲しいの?たぶんデータをバックアップしてるから、好きなだけ貰っていきなよ」

 「本当!?」


 普段は遠慮がちなくせに、葵の事となれば話は別だ。


 何冊もあるアルバムから、特に気に入ったものをピックアップしていく。


 週末の昼下がりに、望乃は高崎家へと一人でやって来ていた。


 葵の両親は出掛けているようで、今は彼女の弟である真央と二人きり。


 和室の部屋にて、恋人の昔の写真を見せてもらっているのだ。


 「ごめんね。急に葵ちゃんの写真みたいなんて言い出して…」

 「別に良いって。けど、なんかあったの?」

 「……何にもないの」


 はぐらかしているわけではなく、これは望乃の本心だ。


 葵とのお付き合いは順調で、何一つトラブルだって起きていない。


 にも関わらず、わざわざ葵がアルバイトで家を留守にしているときに、こっそりと高崎家へやって来た。

 

 「……葵ちゃんと離れていた間のこと、埋められないって分かってるの。だけど…なんだろう。せめて知りたいなって。葵ちゃんはどんな人生を送ってきて、どんな人と出会ってきたのか」


 レンズを向けられた葵は、どれも笑みを浮かべている。


 望乃と離れていた間の出来事。

 

 「私たち、一緒にいた時間よりも離れていた間の方が長いから…」

 「……姉貴と望乃ちゃんって意外と似てるよね。同じことしてる」

 「どういうこと?」


 首を傾げれば、真央が分かりやすく焦った顔を浮かべる。


 口を滑らせてしまったのか、慌てたように口元を押さえていた。


 「ねえ、教えてよ」

 「えー…でも言ったら絶対姉貴キレるし…」

 「黙ってるから…お願い」


 両手を合わせてお願いをすれば、渋々と言ったように真央が口を開く。


 「絶対言わない?」

 「言わないよ」

 「うーん…まあ、悪いことじゃないし。姉貴さ、太陽くんに頼んで昔の望乃ちゃんの写真全部貰ってるよ」

 「……え?」


 初めて聞く話に、驚いて目をパチクリとさせてしまう。


 「にいちゃんに…?いつ…?」

 「確か夏休み入る前くらい…?」

 「そんなに前なの!?」


 およそ3ヶ月程前に、葵は既に望乃と同じ行動を取ってしまっている。


 離れていた頃の望乃の写真を、埋め合わせるようにかき集めていたのだ。


 「だからさ、そんな気にしないでいいんじゃない?二人ともお互いのことめっちゃ好きなんだから」

 「うう…」


 改めて言われると、どこかこそばゆい。

 確かに葵からの愛情は、側にいるだけで十分に伝わってくる。


 触れてくる優しい手つきも、こちらを見つめる瞳の色も。


 同じ想いなのだと、葵から与えられる言葉の節々から感じ取れるのだ。


 



 葵と暮らす家に戻って来れば、そこには既に彼女の姿があった。

 どの写真を持ち帰るか、写真選びに没頭していたあまり、つい長居してしまったのだ。


 既にお風呂にも入り終えたようで、タオルを首に掛けた葵に出迎えられる。


 「おかえり。どこ行ってたの」

 「あ、えっと…散歩行ってた」

 「紙袋抱えて?」


 写真が傷つかないように、使っていないアルバムを貰ってそれに納めて帰ってきたのだ。


 急いでアルバムの入った紙袋を背中に隠すが、その様子が余計葵に不信感を抱かせてしまったらしい。


 「なんか怪しい」

 「な、何もないよ」

 「……ふーん?」


 ベッドから立ち上がった葵は、望乃のすぐ目の前で軽く屈んで見せる。


 同じ高さで目線を交わせながら、ゴクリと生唾を飲んでしまっていた。


 「……望乃おねえちゃん」

 「えっ…ちょっ、葵ちゃん…」


 服の裾から手を入れられて、指の腹で脇腹を撫でられる。


 くすぐったさで身を捩りながら、甘い声を漏らさないように下唇を噛んだ。


 望乃の扱いに慣れている葵は、最近お願い事をするとき「望乃おねえちゃん」と呼んでくるのだ。


 「おねがい、望乃おねえちゃん」と言われて、最近では夜に恥ずかしい想いをさせられてばかりいた。


 「も、もう騙されないもん…葵ちゃん、そういえば私が何でも言うこと聞くと思ってるでしょ…あ、ぁ、だから…触んないでっ…あぅっ…」

 「望乃おねえちゃん、今日どこ可愛がってほしい?何でもしてあげるよ」

 「……っ、何でもって…」

 「舐めても良いし、指でも可愛がってあげる。望乃おねえちゃんが触って欲しいところ、どこでも言いなよ」

 「…えぇ…っ、あァッ…」


 服の上からやんわりと胸に触れられて、そっと葵にもたれかかる。


 このまま起こり得る快感を予想してギュッと目を瞑れば、葵は手際良く望乃の持つ紙袋を奪い取ってしまった。


 「…っあぁっ!返して…」

 「望乃おねえちゃんは本当にえっちなことに弱いね」

 「だって葵ちゃんが気持ちいい所触るから…っ」

 「え、なにこれアルバム…はあ!?しかも私の!?」


 あっさりとバレてしまって、へなへなと体から力が抜けていく。

 その場にしゃがみ込めば、どこか嬉しそうな葵の声が頭上から聞こえてくる。


 「望乃、そんなに私のこと好きなんだ」

 「…そうだよ、大好きだもん」


 冷やかされるのが恥ずかしくて、やけになって正直に答える。

 きっとはぐらかす度に、余計に葵は揶揄ってくるだろう。


 だったら思い切り認めてしまった方が良いような気がしたのだ。


 「しょうがないじゃん…っ。葵ちゃん、昔から今までずっと可愛いんだもん。写真欲しいもん…夜とか寝る前に見てニヤニヤしたいの」

 

 全てを言い終えて、あまりにも正直に答え過ぎたと後悔の念に襲われる。


 しかしそれは一瞬で、珍しく頬を真っ赤に染め上げた葵の姿に呆気に取られてしまっていた。


 「ちょ、今見ないで」

 「葵ちゃん…?顔赤いよ…。もしかして、恥ずかしいの…?」

 「うるさい」


 今までずっと、葵に揶揄われてばかりいた。

  

 珍しく狼狽えた葵の姿。

 望乃は生まれて初めて、誰かを揶揄いたくなる人間の心理が理解できたような気がした。


 「あ、葵ちゃん可愛い。スタイル良いし、足綺麗なところも好き。あ、あと手も好き。指が細長くて、綺麗なところ…そ、それと後…」

 「やめて、恥ずかしいって…」


 誉め殺しに慣れていないのか、葵はとうとう両手で顔を覆ってしまった。


 「子供苦手な所も意外で可愛いし、いつも私のこと心配してくれる優しい所も好き」

 「もうやめてって…ところでえっちの時は?」

 「もちろん。ちょっと強引でドキドキするけど、でもその…き、気持ちいいし…葵ちゃんと体くっつけてると幸せだし…」

 「じゃあどこ触られるのが一番好き?」

 「ええ…そ、それも言わなきゃダメ…?」


 いくら大好きな葵とはいえ、そこまで赤裸々に話すのは恥ずかしい。


 言葉を詰まらせながら、望乃はふとあることに気づいた。


 気づけば葵のペースに乗せられて、恥ずかしいことを言わされようとしている。


 「あ、葵ちゃん…実は全然恥ずかしがってない…?」

 「バレた?」

 「…もう!」


 すっかり葵のペースに乗せられて、望乃は次々と本音を引き出されてしまっていた。


 結局いつも通り、彼女の手の上で転がされていたのだ。


 拗ねたように顔を背ければ、そっと頬に手を添えられる。


 「望乃が可愛かったから、揶揄いたくなった。拗ねないで」

 「だって…恥ずかしかったし…」

 「ほら、何でもしてあげるって言ったでしょ…いじわるしてごめんね」

 「…本当に何でもしてくれるの?」

 「もちろん」


 そっと葵の方を見やれば、優しく唇を重ねられる。

 

 「…写真もいいけど、実物の方が良くない?写真の私は望乃に触れられないんだから」


 ギュッと抱きしめられながら、葵の温もりを感じる。


 レンズ越しに納めた写真では分からない、葵の体温。

 彼女から香るベルガモッドの香りも、些細な表情の変化も。


 過去を埋めようと必死になっていたけれど、今目の前にいる葵に触れられるだけで、もう十分なような気がしてしまう。


 過去は埋められないけれど、現在の葵との日々はとても満たされている。


 幸せすぎて、時折涙が込み上げてしまいそうなくらい、葵と過ごす日々は毎日がキラキラと煌めいているのだ。


 「ンッ…」


 下着越しに敏感な箇所をくすぐられれば、途端に快感が体に走った。

 軽く背伸びをして、葵の耳元で声を漏らす。


 恥ずかしいから、側にいる彼女にだけ聞こえる音量で。


 酷く小さい声で、一番触って欲しい箇所を囁いた。






-番外編②『レンズの向こうも愛してよ』完-

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