番外編① 『お触り禁止令』後編


 ベッドの上で、望乃は葵と向かい合って座っていた。

 見るからに彼女は不機嫌さを露わにしていて、罪悪感から望乃は正座をしてしまっている。


 バイトから帰ってきた葵は癒しを求めて、制服のまま望乃に抱き着いてきた。


 そのまま下着に手をかけられそうになって、焦った望乃は「触らないで!」と叫んでしまったのだ。


 恋人からの突然の拒絶。

 当然納得できるはずもなく、葵は先程からドス黒いオーラを発しているのだ。


 「で、触らないでってどういうこと」

 「それは…」

 「私のこと嫌いになった?」

 「それはない、絶対ない!ありえない」


 天地がひっくり返っても有り得ない仮説を勢いよく否定すれば、僅かに葵の口元が緩む。


 付き合い始めて気づいたことだが、葵は割と感情が表情に出ている。


 今も怒っているというのに、望乃の言葉に気をよくさせているのが丸わかりだ。


 「じゃあなんで」

 「葵ちゃんのことは好きだけど…胸触るのはダメなの」

 「なんで」


 自惚れになってしまうが、望乃は葵から愛されている自覚があった。


 かなりの尽くしたがりな彼女であれば「下着くらい幾らでも買ってあげる」と言い出す姿が容易に想像できる。

 

 ただでさえ彼女に頼る機会が多いため、これ以上葵に迷惑を掛けたくなかった。


 「い、いまは触られたくない」

 「なにそれ」

 「大学生になって、私もアルバイトし出したらまた…」

 「はあ?2年も我慢しろってこと?わけわかんないんだけど」

 「む、胸以外ならどこ触ってもいいから…」


 「胸はダメなの」と念押しすれば、そっと体を押される。


 背中に触れる感触。眩しかった明かりは、彼女が覆い被さってきたことですぐに気にならなくなる。


 「胸以外ならどこ触ってもいいの?」 

 「うん…」


 太ももにそっと手を這わされて、絶妙なタッチで足の付け根に触れられる。


 足を広げさせられたため、自然とスカートが捲れ上がって下着が露わになっていた。


 「じゃあここ舐めていい?」

 「へ……?」


 ここ、と言いながら葵が軽くショーツのクロッチ部分に触れる。


 堪らなく羞恥心が込み上げてきて、咄嗟に太ももを閉じようと足に力を込めた。


 しかし、幼馴染兼恋人の彼女には望乃の行動パターンなんてお見通しなのか、太ももを押さえつけられしまう。


 はしたなく下着を見せつけるような体制で、望乃は体の奥底から羞恥心が込み上げてくるのが分かった。


 「そ、そこはやだっ…」

 「いつも恥ずかしがって嫌がるじゃん」

 「だって、汚いっ…」

 「汚くないから。触るのはよくて、舐めるのはダメなの意味わかんない」

 「うぅ…」


 普段自分でも見れない箇所を、葵に触れられるだけでも恥ずかしくて堪らないのだ。


 もしも舐められるとなれば、羞恥に耐えられる自信がない。

 胸や首筋を舐められることに慣れてきたとはいえ、望乃はまだまだ性行為初心者だ。


 「あれもダメ、これもダメって…流石にちょっと傷つくんだけど」

 「葵ちゃ…」

 「私ばっかり望乃に触れたいみたいで…」


 声色が僅かに震えていて、とてつもない罪悪感に駆られる。

 望乃だって、葵に触れられることが好きだ。


 だからこそ、彼女を傷つけてしまった事実に胸が痛んで仕方ない。


 「……望乃は私から触られるの、嫌だった?」

 「違うの……」

 

 胸が大きくなることばかり気にして、大切な恋人を蔑ろにしてしまっていた。


 自分の未熟さが、葵を傷つけてしまったのだ。


 「…胸が…大きくなって…」


 目をギュッと瞑って、表情が見えないように手で顔を覆いながら打ち明ける。


 「揉んだら大きくなるって聞いたから…これ以上大きくしたくなくて…下着、高いから…」

 「だから私に揉まないでって言ったの」


 こくりと頷けば、トントンと手の甲を指で叩かれる。

 そっと手を退ければ、すぐに唇にキスを落とされた。


 「んッ…あァッぁ…」


 割れ目をなぞられて、招き入れるためにそっと口を開く。


 差し込まれた舌の熱さを感じるだけで、ジンと体に熱が灯ってしまいそうだった。


 角度を変えながら、舌を交わせる。

 柔らかな舌の感触も、交わり合う唾液の音も。


 リップ音をさせながら落とされるキスに、すっかり体は流されてしまっていた。


 唇を離してから、優しく髪を撫でられる。

 愛おしそうに、暖かい瞳で葵は言葉を溢した。


 「おばさんから、お金預かってるの」

 「お母さんから…?」

 「望乃は昔から遠慮しがちだから、何か必要なものがあったら渡してって。だからお金のことは心配しなくていいんだよ」


 生まれた時から望乃を見守ってきた母親には、全てお見通しなのだ。


 中学生に上がったばかりの頃、化粧水が欲しかったのに言い出せなかった望乃に「これで好きなものを買いなさい」とお金を持たせてくれたこともあった。


 娘の性格を完全に熟知しているからこそ、離れて暮らしている間にこうなってしまうことを予想していたのかもしれない。


 ジンと母親の暖かさに浸っていれば、恋人によってすぐに意識を彼女の方へ向かされる。


 「……触っちゃダメなんだっけ」

 「……それはっ」

 「大学生になるまで触っちゃダメって言ったの、望乃だよね」

 「ごめんなさい…」


 そっと葵の手を取って、自身の胸元に触れさせる。

 本当は望乃が誰よりも、葵から与えられる快感に飢えていた。


 大学生になるまで我慢するなんて、冷静に考えたら出来るはずがなかったのだ。


 「葵ちゃんに可愛がられたいよ…」

 「…いいよ」


 ホックを外されて、直接胸を揉みしだかれる。

 手のひらが時折突起を押し潰す感覚に、すっかり翻弄されていた。


 「んっ…ふぅっ、あっ…ンッ」

 「今日は舐めないけど、ちゃんと心の準備しといてね」


 そう言いながら葵が、ショーツのクロッチ部分に軽く触れる。


 さらに心拍数を早くさせながら、それも時間の問題だろうと内心考えていた。


 大好きで愛おしい恋人からであれば、今は無理でもいつか受け入れられる。


 どれだけ恥ずかしくても、葵であればそれも快感に変えられる。


 今はまだ、恥ずかしくて耐えられないけれど。

 いつか絶対覚悟を決めるからと、その想いが伝わるように望乃は葵の体に腕を回した。

 






 番外編① 『お触り禁止令』 完

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