番外編① 『お触り禁止令』前編


 ハチミツの香りがするシャンプーとリンスは、最近の望乃のお気に入り。


 ライン使いしているヘアオイルも同じ香りがして、お風呂に入るたびにホッと幸せな気持ちに包まれるのだ。


 化粧水で肌を整えてから、体の水分を拭き取って下着を身に付ける。


 いつもと同じルーティンだというのに、望乃は胸を締め付ける感覚に違和感を感じていた。


 「あれ…?」


 どこか苦しくて、収まりが悪い。

 目線を下げてみれば、以前よりも谷間がくっきりと深くなっていることに気づいた。


 一度アンダーホックを外して一番外側のホックに付け替えるが、それでも苦しさは変わらない。


 紐の長さを調整することもできるが、それではトップの位置が下がってしまう。


 「もしかして、大きくなってる…?」


 最後にサイズを図ってから、5ヶ月近く経過している。

 成長期なためサイズが変わっていたとしても不思議ではない。

 

 

 洗面所から出れば、勉強机に向かう葵の姿が視界に入る。来月の期末試験に向けて、早くから対策に取り組んでいるのだ。


 「お風呂上がったよ」

 「え、もう?」


 余程熱中していたのか、時間の経過に酷く驚いている様だった。


 ベッドに腰をかければ、ギジリとスプリングの軋む音が響く。


 そこから葵を眺めていれば、5分もしない間に彼女はペンを置いてしまった。


 「もう勉強いいの?」

 「望乃にご飯あげなきゃだし」


 おいでと手招きをされて、勉強椅子に腰を掛けている葵の体に正面から跨った。


 「重くない…?」

 「むしろもっと太りなよ。細すぎる」

 「けど…」

 「ほら、早く飲んで」


 沢山の吸血痕の付いた首筋。

 望乃が刻んだ、彼女への跡だ。


 「いただきます」


 舌を這わせば、そこから葵の体温が伝わってくる。 

 ほのかに香るベルガモッドの香りが、堪らなく好きだ。


 温度によって香りは変わってくるため、同じ香水でも僅かに香りは違う。


 彼女だけの香りに、望乃はすっかり虜になっているのだ。


 犬歯を突き立て、そこから血液を吸い込む。


 「んっ…ンッ…」


 砂糖菓子とも違う甘味に、夢中になって血を飲み込む。

 

 先ほど止めたばかりのパジャマのボタンを、上から順に外されていることに気づいた。


 以前の望乃であれば恥ずかしがって止めていただろうに、されるがままになっている。


 行為を繰り返すうちに、次第に恥じらいよりもその先にある快感に目が眩む様になった。


 葵によって与えられる快感を、本能的に求めてしまっているのだ。


 「ハチミツの香りする」

 「シャンプーとリンスのだと思う…ンッ、んっ…」


 ブラを外されて、そこから手を差し込まれる。


 ボディクリームのおかげで体は僅かに滑っていて、体を触れる手つきがいつもよりねっとりとしているように感じた。


 耳たぶを軽く甘噛みされて、そのまま首筋にキスを落とされる。


 そのまま軽く吸いつかれたのは、望乃が葵に付けた吸血痕と同じ箇所。


 まるでお揃いのように、自分のものだと主張するマークを付け合っているのだ。


 「ンッ、んっァッ…」


 首筋から降りた舌は胸元に到達して、そのままツンと立ち上がった突起に触れる。


 舌で突起を弾かれたかと思えば、軽く吸いつかれるなど違った愛撫を施されて、その度にビクッと体を跳ねさせてしまう。


 甘い声を漏らしながら、そっと彼女の髪を撫でた。


 「…んっ、ぁぅッ…」


 そっと下半身に伸びる手。

 迫り来るであろう快感を察して、堪える様に目を瞑る。


 葵に散々弄られた体は敏感で、簡単に快感の波に呑まれてしまうのだ。

 最初はそれが少し怖いと思っていたけれど、今では幸福を感じる様になっていた。


 葵から触れられる感覚が、望乃は堪らなく好きなのだ。






 翌日。学校帰りに、望乃は小夏と共にランジェリーショップへとやって来ていた。


 下着を買い替えたいと話した所、小夏も丁度新しい物を買うつもりだったそうで、一緒に買いに行くことになったのだ。

 

 以前は苦手だったキラキラとした店内に足を踏み入れてから、直ぐに店員に声を掛ける。


 「すみません、サイズを測ってもらいたくて…」

 「かしこまりましたあ」


 以前と同じフィッティングルームへ連れて行かれて、服の上からサイズを測る。


 静かな室内で女性店員と至近距離なため、どこか気まずくて居心地が悪い。


 手際良く図ってから、女性店員はすぐにサイズを教えてくれた。


 「Eの65ですね。けど、ブラの種類によってはFでもいけるかもしれないです」

 「わかりました…」

 

 フィッティングルームを出て、サイズのあった下着を選び始める。


 淡いパープルカラーの下着を手に取っていれば、既に数着下着を手にした小夏に声を掛けられた。


 「あれ、望乃ちゃんEだったっけ?」

 「大きくなったみたいで…」

 「いいなー。けどそれ以上大きくなったら下着選び大変かもよ」

 「え…?」

 「ここもFカップまでしか置いてないし。Gとか、それ以上だと大きいサイズの専門店になるって友達が言ってた」


 「それと…」と言葉を続けながら、小夏は望乃が手に取っている下着のタグを引っ張り出した。


 「やっぱり。同じデザインでも、Eカップ以上の下着だと、Dまでの下着より500円高いの」

 「本当だ…」

 

 上下セットのランジェリーはただでさえ安くないというのに、おまけに500円も値上がりしてしまう。


 少なくとも3つは新しいサイズのものを購入する予定だったため、想定していた価格よりも1500円上乗せすることになるのだ。


 「知らなかったよ…」

 「でもEかあ。羨ましい…葵とか喜びそう。てか、望乃ちゃんの胸が大きくなったの葵のせいだったりして」


 悪戯っ子のような声色で溢された言葉に、ピタリと動きを止めてしまう。


 「え…?」

 「ほら、よく言うじゃん」


 軽く屈んだ小夏は、望乃の耳元で小さな声を落とした。


 「揉んだら大きくなるって」


 咄嗟に小夏から距離を取って、耳元を手で覆い隠す。

 ジワジワと、羞恥心で頬に熱が溜まるのが分かった。


 「…へ、変なこと言わないでよ」

 「だってさあ〜、ねえ?絶対そうじゃない?」


 小夏はニヤニヤと楽しげにしているが、内心望乃は焦っていた。


 色恋沙汰に慣れていないせいで、友達に揶揄われた時にどういうリアクションをすればいいか分からないのだ。


 同時に、「揉まれたら大きくなる」という小夏の言葉が心に引っかかる。


 成長期ということを差し引いても、この短期間で1カップも胸が大きくなったりするものなのだろうか。


 葵から与えられる快感にすっかり酔いしれていたけれど、このまま快楽に溺れてしまってもいいのだろうか。


 すっかり寂しくなった財布の中身。

 お小遣いや生活費を貰っているとはいえ、あまり贅沢はしていない。


 母親に言えば別途に下着代を貰えるだろうが、やましい気持ちがあるため中々に言いづらい。


 「触られなくなったら、これ以上大きくならないのかな…?」

 「え?」

 「ううん、なんでもない」


 言葉をはぐらかしながら、考えるのは葵のこと。

 葵との触れ合いが大好きな望乃が、触ってもらえない状態に耐えられるとは思えない。


 しかし寂しくなってしまったお財布の中身を思い出すと、我儘ばかり言っていられないのも事実だ。


 胸が大きくなって嬉しいはずなのに、手放しで喜べない。


 『お触り禁止令』なんて、望乃だって本当は出したくないのだ。

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