金は運ぶもんじゃねぇⅢ

 街を出て荒野を走る。

 現金を抱え他の街に向かわなければ行けないはずだった。

「トクロ、そろそろ止めて良い」

 岩と瓦礫の陰に車を隠す。

 黒星は左わきから拳銃tt-33を取り出すと特注の延長弾倉を差す。装弾数八発の弾倉から十二発の延長弾倉に差し替えたのだ。

 それに黒星の手にある銃は中型の獣であれば余裕をもって殺傷する事の出来る強装弾を装填している。

 都市部の一部の住人や、スラム住む住人が持つような自動拳銃と言う武器。一般に流通している部品を使用した機械化人間サイボーグや、遺伝子強化者、薬物使用者などに効くように既存の設計の銃弾を強烈な威力へと強化した弾薬を使う自衛武器である。

 突撃銃や長銃、複合銃などではなく、拳銃。

 黒星は拳銃を持って荒野に立っている。

 時間がたつ暇もなく風が流れる音が聞こえてくる。キューベルワーゲンのエンジン音とは違い静かな音である。

 風を切ってタイヤが地面を踏みしめる。

 ダムエネルギーによって走る車が黒星を目前に停車した。

 ドアが上にスライドし、中から一人の男がおりてきた。

「抵抗はしてくれるなよ。お前らが一億を持っているのは分かってる」

 顔面のほとんどが機械に換装された男。

 男は短機関銃を持って告げた。

 だが、黒星は表情を変えることは無く、視線が動くこともない。唯一黒星が気にしたのは短機関銃の射線上にトクロとキューベルワーゲンが居ない事だ。

 短機関銃の引き金に指はかかっていない。

 銃口は地面を向いている。

 黒星は腰を落とした。


――ダダダッッツ!


 黒星は悠長に照準をつけるでもなく銃弾を撃ち放った。

 この間に男は両肩両腕を撃ち抜かれた。

 男は両腕両足に穴を開けられそのまま仰向けに倒れてしまう。

 機械の腕と生身の足はオイルと血を振りまいている。

 痛覚遮断が遅れたのか倒れた男は一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた。

 黒星はすでにこの男はデルガルドの関係者ではないと判断した。

 デルガルドの関係者であれば自分の事を知らない訳もなく、ある程度情報を集めれば凄腕の銃手としてそれなりに名前は聞こえてくるはずである。

 黒星はこの道で「限りなく必中」と名高い。トクロと組んでいるのもその腕があってこそである。黒星を欲しがるマフィアや会社もあるのだ。

 そんな黒星を知らない、もしくは対応をしようとしないあたりこの男の程度は知れている。だがこの男が弱いだけであり、後ろには何かしら組織が居るのは必至、トクロと黒星が運ぶ一億の存在を知っているが、この男がただの強盗ではないのは確実だった。

 すでに痛覚を切っているのか表情は平静だった。

 黒星が声をかけトクロが岩陰から出てきた。

「こっちまで持ってきてくれ」

 トクロが自爆を警戒している。

 黒星は男を蹴りながら転がして移動させる。靴底を伝わって男の体がほとんどが生身である事を知る。

「さて、お前何の用だ?」

 トクロはある程度の距離を取って問いかける。黒星はそれに応じて男の脇腹を蹴る。

 痛覚は切ってあるが生身の肺から空気が押し出され無痛の中苦しむ羽目になる。

 とは言えあまり教育を受けているとは言えない男である。

 二、三度蹴り上げるとあっさりと吐いてしまった。

 トクロと黒星は盛大な舌打ちをする。

 急いで町まで戻る必要が出てきた。

 腹いせに黒星は男を仰向けからうつ伏せに転がして車に飛び乗った。

「自分の重さを恨むんだな」

 キューベルワーゲンは砂煙を男に吐き掛け走り去っていった。

 残された男はうつ伏せになり、潰された両手両足で起き上がることも出来ず、左右に首を振って息継ぎを繰り返す。

 息継ぎをするたびに自分の襲った男たちへの怨嗟を叫ぶのだった。




   ‡




 開いた門に乗り付ける。

 タイヤの減りを気にする場合ではない。ドリフトで止まり盛大にタイヤ痕を残して停車した。

 門を閉めるよう怒鳴りつけると、門番たちはその剣幕に急いで門を閉めた。

 黒星はトクロより一足先に車を降りて走る。トクロはその間にキューベルワーゲンを退避させておく。

 黒星はビルに入ると案内してくれたドアマンを見つけた。

 緊急の件であり、一億に関係する事だと言いデルガルドの元まで急ぐと伝える。

 その言葉にドアマンは黒星と共に走り、デルガルドの部屋を開けてくれた。

「問題だ。それも大問題だ」

 デルガルドは息を切らすドアマンとソファーに座り込む黒星を注視した。

 大問題だと言う黒星から次の言葉が出るのを待つ。

 黒星は先ほどの男についてデルガルドへと話した。

 デルガルドは黒星から告げられた話にだんだんとため息を増やしていく。そのおかげで先ほどの男が告げた内容が真実だったと黒星は確信した。

 先ほどの男は有る男の使いだった。

 その男はデルガルドの部下だった男である。その男はデルガルドの部下でありながら首領であるデルガルドの仕事邪魔したのだ。

 とは言えデルガルドため息は馬鹿な部下へと向けられたため息ではない。

 何か悲しそうなモノだった。

 詳しい話は分からないが、先ほどの男の言葉を信用するならば、デルガルド部下は自分の受け持った抗争に負け、何か大事なモノを失ったらしく、非常に悪辣な手段により手に入れた一億セルを元手に再戦する計画を組んでいたらしい。

 だが、その計画はデルガルドがすんでのところで止めたのだ。

 そしてその一億がトクロと黒星が運んでいた一億である。

 悪辣な手段により手に入れた金であるためにその金がある限り部下が危険な目に合うかもしれない。そう思いデルガルドは部下のためを思い資金洗浄をすることで部下を守ろうとしたのだ。

 だが現状そんなデルガルドの思いは部下へ一寸も伝わることは無かったようだ。

 何人かの同調者が居たがまさかそんな事をするとは思わなかったと、デルガルドはまたため息を重ねた。

「しかし、話よれば勝てる採算は有るらしい」

 いつの間にか部屋まで来ていたトクロ。

「あぁ、そうらしいな。まだアイツがそんな事をしたのはバレてないだろうしな。お前たちを襲った後は俺が襲われるんだろう? 追加料金だ。多少相手はしてくれないか?」

 デルガルドは自分も目標ターゲットだと聞き、トクロと黒星に新しい仕事の依頼を発注した。

 乗り掛かった舟であり、喧嘩を売られたのだ。黒星はもちろんトクロも多少は思うところがあるらしく、その仕事を受ける事にした。

「助かるよ。部下同士で争ってほしくはない」

 デルガルドは机から短機関銃と拳銃の弾倉を取り出していた。




   ‡




 イヴとジェーン、両名は宿を引き払っていた。

 大きな荷物を持って町を歩いている。

 昨日とは違い続服を着こんだジェーンはドラムバッグの位置を気にしていた。

「ねぇ、さっきの資料のホントなの?」

 眉間にしわを寄せてはいるが、ジェーンの美貌は失われていない。

 ジェーンが気にしているのは、今回の仕事で配布された資料についてである。その資料には昨日会った男、黒星の名前が載っていたのだ。

 ジェーン自身、黒星を気に入っていたために、自分たちの仕事に関係する人物であったことが残念なようだ。実際この仕事に関係する人物は何かしらで死ぬ事が多いのだ。

 イヴは何か考え事をしていたのか、ジェーンの呟きを半ば無視していた。

「昨日の男? あれなら大丈夫じゃないかしら? 私の考えが正しければ彼は対象では無いわ」

 配布された資料には、仕事の邪魔になるかもしれない対象として記載が有ったのみ。わざわざ殺す必要は無い。それに、イヴの予想が正しければ黒星を排除する事は相当に難しいのだ。

 イヴはそんな資料を作る諜報部を信用しておらず、今回も自分の考えに基づいて動くつもりである。


 そんな会話が続き。

 これから問題が起こるビルに到着した。

 まだビルに入る事は出来ないが、ビルの近くに借りた宿の一室に入った。

 二人はドラムバッグをベッドに放る。

 ドラムバッグの投げつけられたベッドは人一人が飛び込んだかと思うほど軋み、揺れた。

「疲れた~ 重いんだよねぇ」

 一脚しかないソファーに座り込み、イヴを立たせるジェーン。

 だがイヴはそんなジェーンを気にするでもなく、ベッドサイドに腰掛けた。

 いつもの事なのだろう。

 イヴはこの後の仕事のための準備に取り掛かった。

 ドラムバッグの中に入っているのは銃。

 実弾と小型のダムジェネレータを搭載したハイブリッド小銃である。軍でも一部対人部隊などの特殊な部隊に配給されている代物である。もちろん一般に浸透している物ではない。ダムを使うならばエネルギー兵器を作るほうが早いのだ。それに特殊な者、軍人やハンターを除いて気軽に手が届く値段ではない。

 そんな銃をイヴは持っている。

 大きなドラムバッグにはまだ荷物は残っている。

 ベストとグローブ、そして眼鏡。

 ベストは背中に何かついているのか、大きく膨らみ、ケーブルが伸びてグローブと接続されていた。

 イヴは自分専用に作られたその〝服〟を着こむ。

 最後に眼鏡をかけると、銃、ベスト、グローブ、眼鏡。すべてが同期した。

 視界は広く、銃口から伸びる弾道予測線が何度か表示される。全身の神経が細かく動き、波をうつ。視界がクリアになり、五感はより鋭敏に進化した。

 イヴは社から支給された戦闘服バトルスーツを着たのだ。




   ‡




 煙草を吸う黒星。

 黒星の前にはビルから部下たちを退避させるために適当な理由を作るデルガルドが居た。

 ドアマンは端末から一斉送信した連絡が回ったのを確認している。連絡のつかない、遅い者には直接連絡をしているのだ。

 もし部下に今から何かが起こると言えば、残ると言う者も出てくるだろう。

 だが、デルガルドの部下を思う気持ちはそうはさせなかった。なにより裏切った部下を殺さない方法を今も考えている。

 黒星はそんなデルガルドを裏切った男の事が理解できないと思った。

 黒星もすぐに動ける様にと銃は下げたままだ。変わったのは左手に着けた手袋。

 特に意味があるわけではないが、素手で殴り、手をケガしない様にといつだっか誰かに言われた事を守っている。

 トクロはあまり戦う、争うのが得意な方ではない。

 トクロはクリーチャーに使うようなリボルバーに特大の弾を込めていた。

「おいおい、来るのは人間だぜ?」

 黒星が笑うがいつもの事だ。

「うるせぇ、人間も化け物もひき肉にしちまえば一緒だよ」

「ひき肉にしてもらっては困るよ…」

 物騒なことを言うトクロに割って、デルガルドが入ってくる。

 デルガルドが二の句を続けようとすると、黒星がそれを手で制した。

 今このビルはカラ。

 黒星が気づかぬうちにこの階に来ていたようだ。

 黒星が二本指を立てる。

 ドアから少し離れた場所で鉄板入りのソファーに身を隠した。

 ここに人が居るのは分かっているのか、何の迷いもなく進んでくる。

 やがてドアの前で立ち止まる。

 何かしゃべる声が聞こえたが、分厚いドアが隔たり、内容を聞き取ることはできない。

 黒星はソファーの鉄板の入っていない場所に銃口を押し当て、クッション越しにドアを狙う。


――パンッ


 乾いた音でドアが粉砕された。

 黒星はそこ目掛け、引き金を何度も引く。

 十二発すべて撃ちきり、エマージェンシーリロードだ。

 ここで如何にかなればいいのだが、当然そうは行かずソファーの鉄板越しに銃弾の衝撃を受けていた。

 背中に感じる銃弾の衝撃。

 徹甲弾のような弾頭が使用されていなくて助かったのが本音である。

 こちらは全員が伏せていたおかげで助かった。

 弾が撃ち切られてから再装填の音は聞こえない。

 実弾銃であれば当然聞こえるはずの音であるが、そんな音は聞こえない。おそらく銃を撃ち切って次の弾は持ってきていないのだろう。そう言った事も有り得ない事では無い。

 黒星は判断に迷ったが、近づく足音を聞いて、ソファーから飛び出した。

 目に入ったのは半機械半サイボーグの体。

 もう一人の生身は驚いたのか、立ちすくんでいる。

 半機械は手に持っていた複雑な鈍器 弾切れの銃       を黒星目掛け投げつけてきた。

 黒星は飛んでくる銃をすんでのところで避ける。

 床にぶつかった銃が衝撃で分解する。バラバラになった銃を見てこの半機械の出力パワーがどれほど強いモノかが分かった。

 まともに受ければ大なり小なり怪我は避けられない。確実に一手、一手、王手を撃てる力を持っている。

 黒星の強装弾にそれほどのパワーは無く、当然不利である。

 だが黒星は負けるとは思っていない。

 人より多少重い半機械を蹴り飛ばす。

 黒星の体重の乗った蹴りで半機械は壁の際まで転がった。

 完全機械化フルサイボーグの戦闘体であればこうは行かないが、半分生身の体負担を強いないために多少は軽いのだ。とはいえあの半機械が脅威である事に変わりない。

 黒星は直ぐに銃弾を撃ち込む。

 何発も撃ち込む。

 立ち上がろうとする半機械を上から押さえつける様に。

 強い反動で腕がぶれるが、黒星の弾は外れない。




  ‡




 もう一人入ってきた生身の男、隣で蹴り飛ばされた半機械を横目に、二人の男と相対している。

 トクロとデルガルド。

 何方も武闘派ではない。

 もちろん戦えないハズもなく、この場において相対的に武闘派ではないと言う話である。

 リボルバーと短機関銃をむけられる男。

 この場にふさわしく、一歩も動じない。

 膠着状態が続くと思いきや、デルガルドは一番槍と短機関銃を発砲する。トクロはデルガルドの短機関銃に隠れリボルバーを発砲する。

 トクロは大きな反動を殺す事が出来ず、腕が跳ね上がる。デルガルドの短機関銃は銃口がどんどんと上に向かっている。

 二人の手が反動で上がる。

 撃たれていた男はその身に弾丸を受けたとは思えない動きで、トクロへと迫った。

 トクロは体術に自信があるわけではない。

 黒星であれば引き付け、逆に転ばせるなんて芸当を披露するが、トクロは相手に近づかれる前に横へと転がった。

 相手のスピードが乗っている今であれば少しでも横にずれる事で優位が生まれる。

 デルガルドの再装填リロードの時間を稼ぐために、黒星の戦いを邪魔しないためにもう一発銃弾を撃つ。

 

――ドゥウンッ!

 

 先ほどの弾丸と違いクリーチャーにも通る装薬を込めた弾である。

 人に向けて近距離で撃つモノではない。

 反動で腕は跳ね上がる。先ほどの比では無い。

 シリンダーギャップから漏れるガスでデルガルドの机に有ったオブジェは吹き飛んでしまった。

 男が弾を受けて吹き飛んだのを見て、デルガルドが短機関銃を連射する。

 金属音が響く。

 皮膚は張っていたが、中身は機械だったようだ。

 対人向けの弾頭は通らないのだろう。

 デルガルドの使う弾頭は対人向けの柔らかい弾頭。最初にトクロが発砲した弾頭も強力な弾薬ではあるが対人弾であり、軟質金属の弾頭であった。

 だが、先ほどトクロが発砲したのは装薬量も多い上に、軟質金属で硬い重金属を覆った硬芯徹甲弾である。

 何が出てきてもいいように普段から込めている弾が役に立った。

 トクロは銃口を向けるデルガルドの近くへ戻る。

 右手はしびれ左手で拳銃を持つ。

「ひでぇな」

「あぁ」

 トクロが言う様にひどい状態である。

 硬芯徹甲弾により爆発したような銃創を抱えた左肩。デルガルドの発砲した短機関銃によって剥がれた皮膚。

 上半身のほとんどが生体部を失い、機械の体が露出していた。

 まだ動く気配のあるソレに左手で拳銃を向けた。




   ‡




 半機械の体は攻撃的である。

 相手は武器と防具を同時に纏っている。

 黒星は攻撃を受けてはいけない。受ければそこで終わりである。

 黒星はバックステップで半機械の拳を避ける。半機械になって短いのか、まだ肉弾戦を得意としていないのか、対応できるのが救いである。

 適度に拳銃tt-33を撃って威圧をかける事も出来る。

 組付かれる距離に入られない用、銃を撃ち続ける。

 わずかな隙を見なければいけない。半機械の体に残る生身を狙い、弾を入れる。痛覚は切っていても違和感は確実に与えられる。集中力を乱せるだけでもいい。

 わずかな隙を見逃さなかった。

 顔に飛んだ、何かの破片。それを避けるそぶりを見せた半機械。

 黒星は左足を軸に足刀蹴りを放った。

 銃弾の小さな圧力ではない。

 体重が乗せられた面の圧力で払われる。

 十数年にわたり仕込まれた体術は機械が相手でも人型であれば通用する。

 半機械が転がって倒れる。

 黒星は追い打ちをかけるでもなく、左手で右の内ポケットから何かを取り出す。

 半機械が立ち上がる間。

 すでに黒星は事を終えていた。

 黒星は首に針を立てて加速剤アクセルアンプルを打ち終わっていた。

「あぁ、良いぜ。良い。最高に良い」

 高級品の軍用規格品を打った。

 加速剤の効果により、色を失っていく視界。音が痛いほどに響く。ゆっくりと流れる景色に、自分だけが動ける世界。

 普段は抑制しているその薬に酔う。

 ゆっくりと立ち上がる半機械に、飛び掛かる。

 今までは早かった半機械の動きは今では老人の様である。

 黒星は半機械の出力が最大になる前に攻撃を繰り返すことによって、対応させないと言う、力に任せた技に出る。

 自分本来の動きが出来ていると言う、実感もあり、黒星の速度は増していく。

 すでに半機械は腕を上げる事すらできていない。

 狙いやすく硬い顔は狙わず、動力部や武器となる四肢を狙う。

 可動部であるがために頭部に比べ一段低い強度である四肢。黒星により、何発も同じ個所に銃弾を受ける。やがて装甲板が損傷していく。

 鋼芯の入った靴底で蹴り飛ばされた右腕が機関部を露出させて千切れる。

 関節を撃ち続けたかいが有った。

 蹴りと、銃弾の雨。

 腕が千切れるも、半機械は何もできない。

 薬物強化ドーピングした黒星に圧倒されてる。

 

 半機械が壁を背に身動きの取れない状況になった。

 退路を埋めて黒星が壁まで詰めたのだ。

 もう一手で王手である。

 

――


「⁈ ゛あぁ?」

 黒星の視界が白み、気づけば床を転がっていた。

 何秒も意識を飛ばしていたわけではない。それこそ数舜の間である。

 先ほどまで自分がいた場所を見れば、そこは崩壊し、大穴が開いているではないか。半機械を探し、周囲を見回す。

 人影が見えた。トクロでもデルガルドでも無い。

 気が付けばすでに拳銃を発砲していた。

 拳銃弾のはじかれる音が聞こえる。

 緩やかに白黒に戻りつつある視界に移るのは二人の女。

 見覚えのある女であり、もう一人は背負った事もある女である。

 イヴとジェーンが立っていた。

 戦闘服を着たイヴとジェーン。二人の双眸は眼鏡により隠されてはいるが、それでも確実に二人だと言えた。

 黒星はゆっくりと喋るよう心がける。薬の効いたままでは、発声が早すぎて聞き取れない。

「なんだお前ら。名乗れ。名前じゃねぇ、肩書を名乗りな」

 黒星は銃口を向け、照準をつけている。

 二人は黒星の方を向き、半機械を抱えている。

「そうね。肩書は名乗っていなかったわね。でもごめんなさい。名乗ることはできないわ」

 イヴはそう言い放つ。

 その間に半機械の男は、胸部に有ったダムジェネレータにアクセスされ、出力を下げられている。半機械は出力を下げられ、行動不能になっている。生命維持以上の動きをなすことは無くなった。

 黒星が引き金を引くかと迷う。

 だが、次の言葉に、引きかけてい指が止まる。

「でもあなたには分るでしょう。私は企業の私軍部隊の人間よ。百足の前頭目と言えばわかるだろう」

「お前っ! 何を知っている⁈ まさかその機械人形もか⁈ あぁ? 言えよ!」

 黒星は冷静さを失う。失わずにはいられない。

 トクロでさえも断片的にしか知らないハズの事を、見ず知らずの女が語っている。

「やはり君が黒星。極東技術の完成か」

 イヴと黒星の間に沈黙が続く。

 イヴは強化された目で見た昨夜の黒星を思い出す。

 生身でありながら驚異的な戦闘能力を有する男。極東が作り上げた最高傑作。

 昨晩、シャツに透けていた左腕に巻く百足の刺青。

 イヴがこの部隊に付き、社から提供された情報。イヴは黒星をよく知っていた。

「よく知ってるみてぇだな… チッ」

 黒星は沈黙の間に冷静さを取り戻した。

 こんなところで冷静さを失っていても進展は無いと気づいたのだ。

「まぁ… いい。いや、良くはねぇ。今お前らはそいつの身柄ガラ引っ張ってくんだろ。今回は良いさ。だが次俺の獲物取って見ろ。お前はよく知ってんだろ? 無傷じゃいられねぇぞ」

 黒星は戦闘服を纏い、完璧な装備を構える二人に挑む理由は無いと判断した。

 だが、黒星も譲れないところは有る。

 今まで停滞し、諦めていた事が動き始めたのだ。

 次は許さないと表明した。

「そうね。それで良いと思うわ」

 イヴも同意する。イヴ自身もそれでいいと思っている。

 イヴ黒星へ向けて樹脂製のカードを投げた。カードにはおそらくイヴの連絡コードが書かれている。

 黒星はカードを拾って、拳銃をホルスターに差す。

「じゃぁ。またどこかで会いましょう」

 イヴは戦闘服のスラスターを使い、ゆっくりと降下していった。

「じゃぁ~ね~」

 一足遅れてジェーンも降りていく。黒星に手を振り、イヴの後を追っていった。


 黒星はいなくなってしまった相手を気にしても仕方が無いと、トクロとデルガルドの元へ向かう。

 すでに虫の息となっているもう一人の襲撃者の元へ。

「おう。なんか持ってかれたわ」

 黒星がそう言い張り、先ほどの出来事を切った。

 トクロとデルガルドも今は言及を避けた。

「で、こいつはどうするんだ?」

 銃を構えるトクロとデルガルド。黒星はすでに反撃できる状態ではない男を揺らす。

「とりあえず関節ばらして尋問にかけるよ」

 デルガルドは短機関銃を下ろして、この男の処遇について語る。

 トクロと黒星はそのデルガルドの決定に従い。まだつながっている関節を外した。

 痛覚を遮断している男は痛みではない違和感を感じ、動こうとするが、動かない四肢により何もできない。半機械と同じように男は生命維持以上の事を行う事は出来なくなった。

 デルガルドが部下に連絡し、男の身柄は運ばれていく。

 大穴の空いた部屋に驚いていたが、すぐに仕事に取り掛かった。優秀な部下である。

 

 とりあえずではあるが、襲撃者を片付いた。

 穴だらけになったソファーに腰掛け、事故処理に取りかかる。

 事後処理と言っても、トクロと黒星は貰える報酬について話すだけである。

 黒星はそんな話には参加せず、足早にトクロの車へと戻っていく。いつも報酬の話には乗らない黒星になれているトクロは気にせず、話をつづけた。




   ‡




 キューベルワーゲンの助手席。

 買った煙草を吹かす。

 すでに加速剤の効果は切れ、全身の倦怠感が重くのしかかる。今回は骨を使わなかったのが不幸中の幸いである。

 使い切ったブックマッチが一つ。

 すでに十本以上吸っている。

「煙てぇな」

 トランクケースを持ったトクロが入ってくる。

 あまり空気の流れないせいもあり、十本以上の煙草の煙が立ち込めていた。

「結局座布団か?」

 トクロの様子に、交渉は滞りなく終わったらしいと、黒星は煙草をもみ消す。

「座布団だな」

 トランクケースを後部座席に投げ、運転席に乗りこんだ。

 トクロがエンジンをかけ、シャッターが開く。

 今回の仕事も終わった。

 今回は金よりも重要な情報を得ることが出来た。

 黒星の中での優先順位は変わった。


 

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