金は運ぶもんじゃねぇⅡ

 ダムと呼ばれる物がある。

 大気中からエネルギーを取り出し、人が扱える形に変換する機械である。

 ダムはその性質上様々なモノに使われる。

 一番に電気というエネルギーはダムによるエネルギー供給に置き換わった。

 生活資源として使用されるダムだが、最もダムが使用されるのは生活資源としてではない。

 兵器としての使用である。

 ダムが生んだ兵器の中でもひと際大きな発明。

 ダムアームがある。

 使用するエネルギーが大きく実用化へと至っていなかった人型兵器や、体の機械化などが挙げられる。

 従来の機械からは大きく離れ、クリーチャーの闊歩するこの世を生き抜けるようになった。

 ダムは様々な方向から人類をより強く支えたのだ。




  ‡




「ねぇさっきの男見た?」

 金髪の女が先ほど立ち寄った薬局で会った男の話をし始めた。

 金髪の女をシルバーブロンドの小柄な女は面倒くさそうににらむ。

「男あさりに来ている訳ではない。会社からの連絡があったんだ。早めに仕事は終わらせるぞ」

 シルバーブロンドの小柄な女は心底嫌そうな表情を浮かべた。

「見たでしょ? あの体重そうだったからどんなパーツかと思ったらあれよ! 機械化しちゃえば良いのに筋肉つけてるのよ⁈ カッコいいじゃない!」

 シルバーブロンドの小柄な女は金髪の女が喋るのを無視する事にした。




  ‡




 黒星は店を出た後丁度無くなっていた煙草を探しに行っていた。

 現代における煙草とは旧時代の煙草とは違いスモーキングパルプを主としたフレーバーを楽しむ娯楽品となっている。

 そのスモーキングパルプに薬剤やニコチンを添加するなど、従来の煙草以上の機能性を持ち、多大な層に広がりを見せている。

 だが黒星は流行りや伊達で煙草を咥えている訳ではない。

 黒星の吸う煙草はニコチンもタールも入っている。

 甘い香りや清涼感を出す、そんな物ではない。昔から嫌う者が居る本物の煙草をトレースしたものである。

 黒星は煙草屋でほこりをかぶる寸前だった巻き紙とパルプを買い店を後にした。

 

 煙草屋の近く、デルガルドのビルへと繋がる道を歩いていた。

 見覚えのある髭面が紙袋を持って歩いている。

「よぉ。何してんだ?」

 後ろからトクロの肩を組む。

「あぁ? 飯だよ。明日用のな」

 どうやら紙袋の中身は明日からの遠出用の食料だった。

 ここでトクロは紙袋をたたいて後ろを指す。

 トクロは雑談をしながら黒星の注意が後ろに向きすぎない用にと、伝えた。

 後ろに注意するようにとジェスチャーされた黒星は、先ほど街を歩いていた時には感じなかった視線を感じた。

 今まで視線を受けていたトクロからすれば不快極まりない物だった。

 ここでトクロからどこかへ動くのは不自然と、黒星は窓の小さいパブへとトクロを強引に連れ込む様に誘導した。

 

「ビール二本」

 店に入りすぐに注文する。

 誰も店に入っていない事と自分たちを見る者がいない事を確認して座につく。

 トクロは紙袋を置いて、脇に下がる銃が取れるようボタンを開けた。

 やはり先ほどの視線は不快であり、あまり暴力を好かないトクロに銃を意識させるモノであった。

 新たに扉をくぐる者が無い事を見て、トクロは黒星へ近づく。

「よくわからん。デルガルドのところの奴かもしれんが一人だけだ」

「あぁ、一億持って飛ぶ可能性考えてんのかもしれねぇが車はビルに預けてるだろ? あれはデルガルドのところからなんか漏れたんじゃねぇか?」

 デルガルドはトクロの顧客であり、トクロは信用を得ている。もし信用されていなかったとしても一億はデルガルドの手元にある状態であり、現状見張られる理由は無い。

 今いる黒星とトクロを見張っているのは誰か分からない状況に黒星はデルガルドが持つ一億を掠め取ろうとしている者が居るのではないかと勘繰った。

 とは言え、あまりにも分かりやすい尾行であり慣れていない者の行いである事は分かった。

「取り敢えず俺は帰る。お前は今日は帰ってくるな。デルガルドのビルが見えるところにホテルかなにか取っておけ」

 トクロは千セル札を一枚おいて店から出て行った。

 相手が何者かは分からない現状、二人で行動して共倒れは避けたいと言うトクロに従う事にする。考えたくはないが、デルガルドが何かしらの理由でトクロや黒星を如何にかしたいと思っている場合、黒星と別に居たほうが多少はやりやすくなる。

 今日はその判断に従い、デルガルドのビルにいつでも行ける位置に宿をとることにする。

 それまではトクロが残していったビールでも片づける。

 店員に灰皿を持ってこさせ、その間に煙草を巻いた。

 先ほど買った煙草ではなく、残っていた最後のパルプを巻いた。

 色々な物が進化する中いまだに生き残るブックマッチで火を付ける。

 丁度届いた灰皿にマッチを落として煙を吐いた。


「あ! さっきの人!」

 煙草を吸い始め三口目、邪魔が入った。

 自分に声をかける人など居ないはずだが、と目を開ける。

 そこには先ほどの痴女、改め金髪の女と銀髪の女が居た。

 あまり大きい街でもなく、近場に居たであろう彼女らと会うことはあまり不思議ではない。とはいえ、わざわざ声をかけてくるあたり彼女らが変わった人である事に間違いはない。

 黒星は浮かび上がる怪訝そうな顔を消した。

「ん? あぁさっき店ですれ違った人か?」

「そうそう! こんな所で会うとは思わなかったわ!」

 やけに上機嫌な金髪の女性は、何の断りも無く黒星の前に座す。

 何だこの女はと思いつつも、大きく動いては現状良い事になりそうにないと飲み込んだ。

 もう一人いた銀髪の女性は金髪の女性の行動に目を剥いてるのか、黒星の方へ顔を向けることなく金髪の女性の方を向いていた。

 銀髪の女性は金髪の女性の暴挙に半ば放心していたのだ。

 仕事で来た街で私情を優先して男にすり寄る姿勢に上司への苦情の文がつらつらと出てくる。今日帰ってする事は、この女の処分である。

 その前にこの男への謝罪が先である。

 黒星が有象無象のハンター等であればよかったが、どう見てもハンター等ではなく、堅気とも思えない。適当に終わらすと言う選択が取れそうな相手ではないと判断した。

「失礼した。うちの馬鹿が済まない」

「いや、まぁ良いよ。ツレも帰っちまったし」

「ビール二本~」

 金髪の女性は空気を読まず、自分たちのビールを注文した。

 黒星と銀髪の女性は少々微妙な顔になってしまう。

 金髪の女性は座を作っていた。

「立ちっぱなしもなんだ座ったらどうだ? 他に席は空いてないしな」

 黒星はもうあきらめ、立ったままの銀髪の女性に席を進めた。

 銀髪の女性はもう仕方ないと諦めたのか黒星に勧められるまま席に着いた。

「本当に申し訳ない」

「いいさ、アンタみたいのはまだマシだよ」

「代金はもう払っていますか? まだなら私が払いますよ」

 銀髪の女性はそう提案するが、黒星はその提案を蹴る。

 突然押し掛けられた被害者ともとれる状況だが、女性相手に見栄は張る。ましてや知らない美人は当然である。

 見ず知らずとは言えないかもしれないが、美人に代金を持たれるのは黒星のポリシーとしては少々受け入れがたいのだ。

 そんな訳で黒星は金髪の女性と銀髪の女性を席につけた。

「まぁ勝手に座ってくれて構わねぇんだけど、とりあえず名前くらいは教えてくれよ」

 黒星は一時とは言え食卓を囲む二人について名前も知らないと言うのは如何なモノかと思い、自己紹介を促した。

「先ほどから失礼している。私はハンターをやっているアヴァと言う。呼びにくいだろうからイヴとでも呼んでくれ」

 銀髪の女性がアヴァと名乗るが、あまり親しみのない発音であるためにイヴと呼ぶように言った。黒星はそれに甘えてイヴと呼ぶことにする。

 同時にイヴが金髪の女性の代わりに名前を名乗る。

 金髪の女性はジェーンと言うらしく、最近組んだらしく彼女の行動には少々困っているらしい。

 二人が名乗り、黒星も簡単だが自己紹介を済ませた。

「ねぇねぇ黒星さ~ん なんでナチュラルなの?」

 ジェーンは相変わらず黒星の体をつつく。そんな中ジェーンは黒星の自己紹介で名乗った運送業の用心棒と言う役にはそぐわないのでは無いかと問いかけてきた。

 一応は相席している仲、無視する訳にもいかないと黒星はかいつまんで話す。

「薬剤適性が高いんでね。ナチュラルのほうが良いんだ」

「あぁ成程ね、適正あるなら機械化サイボーグ化するより安上がりだもんねぇ」

 ジェーンが勝手に納得したところで黒星は話を切り上げた。

 酔いながら体に触れてくるジェーンを無視して、今日の夕飯を押し込む。

 積極的にしゃべるタイプではないのかイヴとの間に会話は無く、夕暮れが近くなってくる。

 食事も終わりつつあり、イヴは小食なのか、機械化しているのかすでに口が動く予定はないらしい。

 瓶の下に数千セルを挟むとイヴは出来上がったジェーンを担いでいた。

「本当にすみません。ジェーンが迷惑をかけた」

「まぁいいさ、それよりアンタら宿はどこだ? 送っていくぜ?」

「いえ、そこまでしていただく訳には…」

 黒星も紳士として女性二人で夜道を歩かせるわけには行かない。

 本音はこの女達に何かしらの意図があって近寄って来たのではないかと言う推測もある。もしかすればトクロに向けられた視線に何かしら関与している可能性がある。そう感じた以上黒星は何かしら近づいておくべきだと判断した。

 イヴは黒星の想像を外れ、抵抗するわけでもなく、自分たちを送るという男を受け入れた。


 道中会話は無く、歓楽街から離れた宿の並ぶ通りにたどり着く。

 黒星はイヴ達が借りている宿の前に到着した。

 そして今、黒星はジェーンを抱えて階段を登っていた。

 酔いつぶれているジェーンはイヴよりも大きく、身長の低いイヴでは階段を引きずりながら登る羽目になるのだ。ここに来るまで足を引かれるジェーンについては見逃していたが、さすがに階段を引きずっては体に差し障る。黒星はそう判断してイヴからジェーンを引き取り担ぎ上げた。

 イヴに先導されてジャケットを脱ぎ銃を露わにした黒星はジェーンを抱えて廊下を歩く。

 イヴが先に入り、引き直されたシーツの上にジェーンを寝かせる。黒星はもう一つ抱えていたジャケットの皺を多少はらう。

 イヴはジャケットを着ようとする黒星を注視していた。

 黒星は背中の皺を伸ばしたジャケットを羽織り、帰ろうとする。

「ねぇ、あなた…」

「ん? どうかしたか?」

「…いえ… なんでも… …女の家まで来て何もしないのね」

 黒星はイヴを笑い飛ばす。

「俺は酔っぱらいは相手にしないさ」

 黒星は振り返らずイヴの宿を出る。

 廊下では背中に注意する。彼女らが結局何だったのかと考えつつも黒星はいつでも銃を抜けるようジャケットのボタンは開け放たれたままである。

 黒星はイヴ達の宿から相当に離れ、今日の寝床を探し始めた。




   ‡




「で、トクロ結局昨日のアレ何だったんだ?」

「さぁな、デルガルドの方では上しか知らないから情報が洩れる事が無いとさ」

 朝になり仮の寝床からやってきた黒星はトクロが暖機するキューベルワーゲンに乗り込んだ。

 この車には今一億セルが積んである。

 昨日のアクシデントが気がかりではあるが、今まで何かあったわけではなく、デルガルドに心当たりは無いという。

 何方にせよ車を出さない訳には行かないのだ。

 トクロはデルガルドの部下から端末を受ける取る。そしてトクロが受け取った端末を黒星がボックスにしまい込む。

 デルガルドの部下がキューベルワーゲンから離れたのを確認して、トクロはキューベルワーゲンのアクセルを踏み込んだ。

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