金は運ぶもんじゃねぇ

 荒野を走る車。

 内燃機関で走る車は煙を吐き出す。

 また、乗車する二人の男も煙を吐き出していた。

 二人はトクロと黒星。

 髭面に目深に帽子を被る男がトクロ。

 黒づくめの三ピースに目つきの悪い黒目黒髪が黒星である。

 二人は有る依頼を受け、南方スラム街へと向かっていた。

 トクロの知り合いを通じて流れてきた仕事の依頼のために車を走らせる事数時間。チェーンスモーカーの黒星の煙草はすでに無くなる寸前である。ニコチンが切れて何か気が短くなる等、そんな事はないが、単純に黒星のやることは無くなり、助手席のオブジェと化していた。

 そんな事を続けていると、黒星の目にはスラムのビルであろう建物が見えてきた。

 街に近く道が整備され居るからと、トクロはアクセルを踏み込みキューベルワーゲンを加速させる。

 踏み込まれたアクセルによってすぐに町へと付き、黒星の退屈は短い間で済んだのだ。

 比較的企業連合の町に近いためか門番などの姿はなく。高い塀もなかった。

 そのまま車を進め、話に聞いていた通りの一番大きなビルへと乗り込んだ。

 入る途中何度か止められたが、依頼人であるデルガルドの名前と仕事で来たことを伝えると通してくれた。大スラムの中でも一番大きいマフィアだからか、末端まで教育が行き届いていた。

 問題なくビルの入り口まで乗り付けたトクロと黒星は、ドアマンの後ろを付いてビルの中を歩いていく。

 多少厚い扉の前へたどり着いた。

 おそらくこの部屋がデルガルドの居る部屋なのだろう。

 トクロは今一度ネクタイを締めなおし、黒星は左わきのホルスターのボタンを外した。

「デルガルド。例の運び屋です」

 ドアマンが言うとドアが開き、中ではソファーに座るデルガルドと二人の護衛が待っていた。

 中に入るよう促され、中に入る。

 トクロと黒星はデルガルドと向かい合う様にソファーの前へと立ち、今回のクライアントへの挨拶を済ませた。

「お久しぶりです。デルガルドさん。今回も宜しくお願い致します」

 トクロが言うのに合わせ黒星は礼をして済ませた。

 交渉事を得意としない黒星は自分が挨拶をする必要は無いと、普段の仕事では挨拶をしないと決めている。それにデルガルドは前回の仕事で名前も知っているはずであり、なおさら挨拶をする必要は無いと黒星は自分の理論を補強していた。

 黒星が軽くソファーを確認するとトクロはソファーへと深く腰掛ける。

 いつも通りの工程である。

「それで、今回は何の御用で? 私たちを呼ぶんですから大なり小なり面倒ごとでしょう?」

 トクロは今回の依頼について詳しい事は伝えられていないのだ。

 そのためにこうして対面で聞く羽目になっている。

 デルガルドは顎を撫ぜながら、ドアマンに何かを手配させる。

 ドアマンが何かを取りに部屋を出ると、デルガルドは依頼について口にしだした。

「今回の依頼については俺のところの組織と無関係な人が望ましくてね。家みたいな中小のマフィアには深入りしないトクロさんのところが必要でね」

 そう言ったところでドアマンが帰ってきた。

 ドアマンは大きな箱を持ってきた。

 箱が机に置かれ、デルガルドの話は続く。

「それで今回はこれの処分を頼みたいんですが、おそらく長くかかると思いますがお願いできますか?」

 デルガルドの問いに答えるにはまず、これの中身を見なければならない。

 箱の中身を黒星が覗く。

 眉間にしわを寄せ、トクロへと少々嫌そうな顔を向けた。

 一応の安全確認が終わったことを確認したトクロは、黒星の渋面の正体をのぞき込む。

 箱の中身は大量の現金。

 千セル札で一杯になっていた。

 箱の大きさから見るに約一億。

 面倒ごとの気配は途轍もない大きさである。

 なぜ中小マフィアのデルガルドの組織が現金で一億、それも処分をしなければ行けないのか。疑問は尽きないが、とりあえず今答えなければ行けないのは、この仕事を受けるか受けないかである。

 先日の事、設備投資車の改造のせいも現金が無くなっていた。

 依頼が来た時点でデルガルドについては調べていたが、特段注目することもなく、デルガルドが誰かと争っているわけではなさそうだった。

 組織間の争いには関与しないと言う自分の中のルールには抵触していない。

 トクロはこの仕事を受けることにした。

 黒星は持ちろんトクロの決定に従う。

「わかりました。受けましょう」

 トクロは手を出して、デルガルドとの握手を待った。

 頼んでいたデルガルドは受けてくれるとは思わなかったのか、一瞬の間を置いてトクロと握手した。

 握手を交わし、契約成立。

 だが仕事始めは明日である。

 すでに時間は昼を過ぎている。わざわざ夜中に移動するほど馬鹿ではないのだ。

 つまり、今夜はこの街で過ごす。

 すでに契約は終わり、今からどうこうなると言う状況でもない。荒事要員の黒星はトクロとデルガルドに礼を入れ、一足先にビルを後にした。




   ‡




 この街は企連の自治が無いために、企連直系の企業は無い。

 詰まるところ正規の商品が企業に保証されて売買されると言う経済圏ではない。

 黒星はそんなマーケットの中でいつもする事は、掘り出し物探しである。

 黒星が街の中でする事は、煙草を買うか弾を買うか妙なモノを買うかである。もちろん必要なモノがあれば応じて購入する事もあるが、今回においては現状で十分であり、この街で何か買いたいものはない。

 そうして時間の空いた黒星は、スラムの中でも店を構え商売をしている店たちへと立ち寄った。


 最初の店は外れだった。

 企連から流れてきた銃器の販売店だったが、やビーム系のエネルギー兵器などは暴利得るためか値付けは呆れるものだった。

 その中でも、大気中からエネルギーを取り出し、実弾、ビーム弾を発射するダム系の銃器は明らかに使用痕があり、調整もされている様には見えなかった。

 そんな店に置かれているものが信用できるはずもなく、面白そうな弾薬等の購入も見送った。

 

 次の店は面白い事が起きた。

 薬品、医療品を主に取り扱う店だったが、店構えも明らかに違い、この店は近くにあるハンターを相手にするための店なのだろう。

 門番が銃を持ち、ある一定の服装や年齢に満たない者を追い返していた。

 黒星は止められる事無く店に入ると、棚の並ぶ雑多な店内に入った。

 多少まともな建付けとは言え、企連の街に有るような店とは違い、本当に雑多で床にも何かが積まれている。

 狭い店内では人とすれ違うのにも一苦労である。

 目の前を歩いてくる二人組の女とすれ違うとなると当然大変である。

 黒星は目の前を歩いてくる小柄なシルバーブロンドの女とは問題なくすれ違う。だが後ろを歩いていた女とは多少の接触が起きてしまった。

 金髪の女は最初にただすれ違おうとしただけだったが、黒星に触れた瞬間、体を擦り付ける様にして棚の隙間を通り抜けた。

 黒星は突然の接触と痴女の出現に驚き、スリと暗殺を疑ってしまった。

 だが何も異常はなく、黒星はタダの痴女だと思うことにした。

 

 この店で黒星が求めるものは医療品などではない。

 黒星が買い求めに来たのは脳神経や筋群に働きかけ、身体能力を向上させる薬剤である加速剤アクセルアンプルを求めて来たのだ。

 丁度加速剤のストックが減ってきていた。

 正直なところ目当てのモノが有るか確証は持ててはいなかったが、今回の店には出物がありそうだった。

 ハンターを相手に商売をすると言う特性上、身体能力向上系の薬は多用される。もちろん機械化なども有るが、下手な機械化よりも生身や半機械化の方がハンターには多い。この店は特にハンター専門に扱う薬が多く、この店はスラムによくある街の薬局などでは無かった。それにこの街が企連の傘下ではなく独立の街と言う事もあり、周辺の警備や整備などを企連の軍ではなくハンターが直にやらなければいけないと言う特性も重なる。

 大きなスラム街であるこの街には効果、効能の強い薬を扱う店が必要だった。

 そんな需要ニーズのある街にある供給シーズ

 この店は黒星の欲求ウォンツに答えられる。

 黒星は白衣を着た店主を捕まえる。

「なぁ、加速剤を出してくれないか? 表に出てるやつじゃねぇ。ミリタリーかガバメントのやつだ」

 店主は加速剤と言う言葉に足元のショーケースを開けようとしていた。

 だがその手は直ぐに止まった。

 一見の客である黒星が直ぐに表には出さないし、誰にも教えていない店の裏商品について注文してくる。

 店主の手が止まるのも当たり前だった。

 企連の傘下に無いスラム街、当然のイリーガルな者も多い。店主は警戒を強め、ショーケースのカギを閉めた。

「お客さん、アンタ…」

 黒星も色々な街を歩いてきた。当然この店主が考えている事も分かる。

「安心してくれ。何処にも指名手配はされてないぜ。名前も置いて行ってもいい」

 そう言う黒星の言葉に店主は警戒を少し緩めた。

 とは言え軍用ミリタリー企連指定ガバメントを買い求める客である以上まともな客とも思えない。

 実際黒星は企連の一部企業からはマークされているので、店主の懸念も間違いではない。

 それに黒星が加速剤を買い求めるのも半分娯楽で何か正当な理由もなくそんな物を要求しているの不審者なのだ。

 結局は店主が負け、黒星の前に加速剤を並べる。

 黒星は加速剤を手に取り製造番号や、モデル名を見ていく。

 この街の大半のハンターはそんな物を見ず、説明書に書かれた効果と副反応だけを見て買っていく。残りは値段で買っていく者で、黒星のように製造番号、モデル名を見て購入するような客はこの店には居なかった。

 店主はこの街以外でも商売の経験であり、こうして購入するような人物は何かに秀でている事が多く、その多くを占めるのは暴力のスペシャリストであると言う事だ。

 店主はもうすでに黒星の求める商品は売ってしまおうと思ったのだった。

「今回は一本だけ買わせてもらうかな」

 黒星は好みの加速剤を見つけた。

 完全生体用の薬剤であり、薬効成分の濃度が高く、反動が重い最強クラスの加速剤である。

 店主は初めて売る薬を耐衝撃の箱をサービスして黒星へ渡した。

「あんた何者か知らないけど、その薬買うのは尋常じゃないね」

 店主は帰り際の黒星へと投げかける。

「だろうね。俺も自覚はあるさ」

 黒星は箱を片手に店を出た。


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