第6話 ”スパークルド アンド ホモジェナス”
「『セレン先生に見せたかった』だってー!」
セレンが昏睡中のスズメをぐらぐら揺する。
「これは脈があるんじゃないですかー!」
「そろそろ伊丹さんの脈があるか確認したほうがいいですよ、彼女かれこれ4時間、身じろぎもせずに眠ってます」
八角ジンが『高齢者の眠らせ方マニュアル2~実践編~』から目を離さず呟く。
「おい、誰の脈が無いって?」外から八角ケイが大きなため息をついて入ってくる。
「疲れてますね、ケイ」ジン。
「双子って……わかるもんだよな」ケイ。
「いや誰でも分かるよ、なんか処置してたでしょ」セレン。
ケイの髪は手術帽脱ぎたてのようでへたっており、緑の処置着は汗でびっしょりだ。
「土曜日ですよ?」ケイがスズメの横にどさっと横になる。
「土曜日。土曜日って何かわかる?お休みですよ、普通の人の!!!なんか病院で規則作らない?CV入れるのは平日のみ、コードブルーは夕方5時まで!!!」
セレンがくすくす笑う。
「そんなこと言って。看護婦さんに聞いたよ。CV入れるの平日でも間に合うけど、亀岡さんに早くよくなってほしくて、ケイがCV入れるって言ったんでしょ?看護婦さん大助かりだって言ってたよ、亀岡さん、ご家族が心配するから」
ケイは眉を上げると、口をつぐんでスズメの方に寝返りを打つ。
「いいことしましたね」本を閉じて、八角ジン。
「亀岡さん、次のクールでセレンとスズメどっちかが担当になると思うぞ」ケイ。
「いい人なんだけど、認知症がひどくてさ!津波だとか雪崩だとか夜中に叫ぶの、凄惨だよ。おかげで個室対応だ。最近ちょっとはよくなったけど」
「地域病院の研修医なめないでよ」セレンが胸をたたく。「まっかせなさい」
「心強いですね」ジンが研修医室の時計を見る。
「どうでしょう、そろそろ帰ります?森田さんとこが今年はじめて砂丘スイカがなったって、谷川さんと伊丹さん、女の子2人、帰りに取りに来てくれって言ってましたよ」
「ほんとっ」砂丘スイカの一言に、セレンは喜びを隠しきれない。
森田さんはケイとジン、双子の居候先『台無モータース』の店長さんだ。
ケイとジンは地元の小さな生コンのお店、台無モータースの3階に居候している。
この台無モータースは古き良き商店といったたたずまいで、ガラスのドアにはツタのグリーンカーテンが規則正しくひかれ、中には事務用デスクとゆったりくつろげる革張りの大きなソファが数台。
壁紙はベージュ地に茶色の花柄をパターンにして散らしたレトロな仕上げ。
夏はセレンとスズメも良く遊びに行き、みんなで台無モータースの表で花火をするのだ。
勤務が始まってまだ半年もたたないが、セレンはこの地域病院を初期研修病院として選んだことに満足していた。
そりゃ週に2日全科当直があり、時には心筋梗塞の初期対応も大腿骨骨折で苦しみふためいている人の初期対応もやらなきゃいけない、心肺停止で運ばれてくる患者さんなんてザラだし、土日出勤は当たり前、週に3日満足に寝れればいい方、という労働環境は考えようによっちゃすごい辛い。
「あれがアルタイル?」スズメが夜空を見上げ、ぼんやりした声で言う。
「あれは___そうだな、スズメ、夏の大三角形ですらねえ」ケイ。
「さそり座のどれか二等星ですよ」
ジンがスマホのサーチライトを夜空にかざす。
光の棒は大気のコロイド現象で今にも夜空に届きそうだ。
「明るい星を、こうたどると赤い星に行きつくでしょ、あれがさそりの心臓。アンタレスです」
「へええ。それは聞いたことある」スズメ。
「ふたりって、星座に詳しいよね」セレン。
「実家にでっけえ天体望遠鏡があるんだよ、親の趣味でな」ケイ。
「おかね座はないの」憮然とした顔で星空を見上げるスズメ。
「おすし座でもいい」
「色気がないですよ、それは」ジンが笑う。
「あ、今、流れ星が見えたよ!」セレンがはしゃぐ。
「どれ?」スズメ。「あれ?あの動いてる奴?」
「「それは人工衛星」」双子がハモる。セレンが笑う。
今この時点で、初期研修病院に関して迷ってる皆さんは、ぜひともセレンの職場環境を参考にしてほしい。
すなわち、初期研修を成功させる決め手は、睡眠時間でもお給料でも全科当直の週当たりの回数でもないということだ。
良き同期と、尊敬できる魅力にあふれた上司。
この2つさえあれば、たいていの辛い事は大体、何とかなる。
神様の電子カルテ 佐藤悪夢 @vibrantys
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