第3章 20話 テーマパーク(陽愛)(2)

 

 観覧車を降りる頃には、攻略者の話というより、陽愛が今ハマっているという少女漫画の話に移り変わっていた。陽愛曰く、少女漫画のヒーローたちは決してヒロインを裏切らないからいいのだという。


 いいですか、陽愛さん。この世界も乙女ゲームの世界。だから、ここの攻略キャラたちも決して陽愛さんを裏切りませんよ。


 心の中でそう伝える。


 陽愛と話している間も、どうにか遊園地にいるうちに、奏と陽愛を二人っきりにする方法を必死で考える。


 考えていたら——


「お二人さーん。やっほー!」


 後ろからストーキングをしていたはずの翔磨が話しかけてきたのだ。私はとても驚いた。


 だって、ずっと遠くから見守ってるのだとばっかり思っていたから。まさか向こうから話しかけてくるなんて思わなかったのだ。


「あ、翔磨くん」


 咄嗟に笑顔を貼り付けて、手を上げる。


「あは、なにその変な顔!」


 自分の挙動がおかしいのはわかっていたりわかってるけど、笑うことないじゃないか。こっちは現実に帰れるかどうかの瀬戸際なのに。


「突然声かけられてびっくりしただけだよ。まさかこんな広いテーマパークで【たまたま】会うとは思わないでしょ?」


 たまたまを強調して言ってみる。私の小さな反抗だ。翔磨の後ろでは、奏がダルそうにしながらも、じっと陽愛を見つめている。これはもしかして、陽愛と奏を二人っきりにするチャンスかもしれない。


「確かに、すごい偶然だね! そうだ! せっかく会えたんだからさ、回るメンバーシャッフルしない?」


「え?」

「へ?」


 とっさに、声が出る。陽愛の声も重なった。彼はいったいなにを言っているのだろう。


「だからさ、嗜好を変えて、2対2のメンバーを変えてみたらどうかなって。せっかく4人で来たんだもん。いつも通りだとつまらないと思わない?」


 願ってもいない提案だ。その提案に乗れば奏と陽愛を二人っきりにできる。……でも、こんな無理矢理な形で大丈夫だろうか。まだ陽愛の男子嫌いは治っていない。しかもまだ乙女ゲーム本編が始まっていない状況だ。そんな状態で男子と二人っきりにして、男嫌いが加速しないだろうか。


 胸がざわざわとする。


「陽愛、どうしよう……」


 戸惑っている表情の陽愛に耳打ちする。今の陽愛の顔も、おそらく私の顔も、遊園地に沸き立つ人々の中で不釣り合いなものだろう。


「いいんじゃないかな」


 ざわつく園内で、みんなの耳にちゃんと届くように陽愛はそれなりに大きい声をあげる。私はびっくりして、瞬きをした。


「いいの? 男子と二人っきりになっちゃうんだよ?」


 私は声を抑えて陽愛に囁く。


「うん。柚葉の恋のためには、私の犠牲も必要かなって」


 今度は陽愛も小さな声で言った。しかも、ウィンク付きだ。私の胸がきゅんっと弾ける。


 陽愛がいいのなら、このチャンスに乗っかろう。それで、奏といい雰囲気、とまではいかなくても、距離を縮められるように協力しよう。


 希望を胸に、私たちはグーとパーで組み合わせを作る、いわゆるグッパーをやった。そしてメンバーは——陽愛・翔磨、私・奏という希望してない組になってしまったのだ。


 いやいやいや! どうして! 私と奏が組んでも意味ないんだけど?


 思わず、眉間に皺を寄せて、陽愛と翔磨、そして、奏の顔を交互に見てしまう。


「ちょ、ちょっと、柚葉! 滝本くんと一緒になりたかったのはわかるけど、顔に出過ぎ!」


 陽愛が抱きつくふりをして、私の肩に手を乗せながら、くるりと回る。翔磨たちに背を向ける形になった瞬間、注意を促された。


「え、あ、そういうわけじゃないんだけど……」


「もう! 最近の柚葉はわかりやすいんだから、気をつけてよね!」


「は、はい……」


 陽愛に注意されて気がついた。奏と出会ったことで、急ぎすぎていた。恋愛なんてものはゆっくり育むものなのに、急いで陽愛とくっつけようとしてしまった。まだ、本編も始まってないのだ。焦っても仕方がない。焦った結果、上手くいかないことが今までの人生でも、たくさんあったじゃないか。


 私はブンブンと頭を振る。気合いを入れるためだ。


「それじゃあ、2時間後に観覧車の前で待ち合わせということで、いいの……かな?」


 私の声に反応して、皆が頷く。今の時間は10時ちょうど。次、集まるのは12時のお昼頃ということになる。


 腹は括った。とりあえず、まだ陽愛への恋心に気がついていない奏の気持ちを焚き付けることに専念しよう。そうして、次のシャッフルで、陽愛と奏がいい雰囲気になるように全力でサポートするのだ。


「それじゃあ、またあとで!」


 翔磨の美声があたりに響いた。


 


 柚葉と笑顔で別れ、知りもしない男と二人っきりになる。でも、不思議と嫌じゃない。それは、きっと、瀧本翔磨という男の目には柚葉しか写っていないからだ。


「さてと、どうしようか。なにか乗りたい乗り物でもある?」


 瀧本くんの優しく差し障りのない声が耳に届く。視線はわたしのことを見ていても、意識がわたしを向いていない。柚葉の跡を追いたいという気持ちがダダ漏れだ。


「……瀧本くんって、柚葉のこと気になってるんですよね?」


「えっ?」


 目を大きく見開いてわたしを見た。今度は意識もわたしに向いている。


「あはは! 本当にわかりやすいですね。柚葉も瀧本くんも」


 男は嫌いだ。

 大抵の男は浮気をする。わたしの父親のように。永遠の愛を誓いながら、自分の愛する人の心をボロボロに傷つけ、そして、ボロ雑巾のように捨てる。


 そのことがどれほど罪深いことか、身近で見てきた。だから、恋愛なんてしたくない。恋心を抱かれたくないし、抱きたくもない。


 それでも、少女漫画は好きだった。少女漫画のヒーローは決して主人公を裏切ることはない。一途に主人公を思い続ける。真実の愛だ。真実の愛が少女漫画の中にある。


 だから、好きだった。


「そんなに、わかりやすかったかな……」


 瀧本くんが気まずそうに頭を掻く。わたしは頷いた。みんなみんな、わかりやすい。天能くんも、瀧本くんも、そして、柚葉も。


 今まで恋愛に興味のなかった柚葉に春が来そうなのだ。応援したくなる。わたしが恋愛にできない分、柚葉に本気の恋をしてもらいたい。恋愛の楽しさを知って欲しい。そして、須崎先輩に傷つけられた傷を超えるくらい、幸せになって欲しい。


 ……とかいうわたしも、少女漫画以外の恋愛を知らないんだけど。


「わたし、協力するよ」


 瀧本くんの目を見て、わたしは言った。


「えっ?」


「柚葉のこと、気になってるんでしょ? わたしが取り持ってあげる」


 瀧本くんの顔がかすかに笑ったように見えた。


 


 瀧本くんと固い同盟の握手を交わしたあと、わたしと瀧本くんは柚葉と楊井くんの跡をつけることにした。


 尾行されてるとは知らない二人は、アトラクションに乗るでもなく、食べ歩きをするでもなく、カフェで二人、真剣な表情で話している。


「なにしてるんだろう……?」


「さぁ……?」


 この時はまさか1時間も二人がカフェで話し込むなんて思ってもいなかった。


 向こうから見えないような場所、絶対にバレないような位置にポジショニングする。バレないのはいいが、二人の声は全く聞こえない。


「もっと近くに行かない? でないと声が聞こえないよ」


「ダメ。瀧本くんは柚葉と出会って間もないから知らないと思うけど、柚葉はすっごく勘がいいの。これ以上近づいたら、絶対にバレちゃう」


「うーん……そっかぁ。でも、話が聞こえないんじゃ、どうしようもないような気が……」


 わたしはちょっと黙ってから、答える。


「遠くからでもいい雰囲気になってるとか、険悪なムードとか、わかるでしょう? それがわかれば十分。それと、このあと瀧本くんが二人きりになったときの作戦を練ろう!」


 わたしは瀧本くんに笑いかける。お父さんとお母さんが離婚してから、男の人に笑いかけたのはこれが初めてかもしれない。


 わたしは男は信じない。瀧本くんも柚葉を任せられるだけの器かどうかわからない。だから、わたしの目で見抜いてみせる。


 瀧本くんが柚葉の彼氏に相応しい男かどうか。はたまた、天能くんがお似合いなのか。それとも、ダークホース、楊井くんが柚葉のお相手にぴったりなのか。


 絶対に、柚葉を幸せにするんだから。


 わたしは心の中で拳を握った。

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彼だけ惚れてくれません! 佐倉 るる @rurusakura

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