第3章 19話 テーマパーク(陽愛)(1)

 

 二人でテーマパークを周っている間、陽愛はいつもに増して笑顔だった。


 いえ正確には、恋の始まりを予感してニヤニヤしているのだ。電車でフェイクを混ぜながら、どうして二人がついてくることになったのかを説明したせいで。


 嘘を話す時はちょっとの真実を混ぜるといい……と、SNSだったか、本だったか、友達だったかに聞いたことがある。だから、真実を混ぜながら、嘘を吐いた。


 卒業式の日に初めて会ったのは本当だということ。以前、卒業遠足の話を陽愛と私がしているときに、奏がたまたま近くにいたこと。

 その話を仲良しの翔磨に話したら、「柚葉ちゃんが行くなら、僕も行きたい。でも、女子の中に一人男子が混じるのは気まずいから、ついてきてほしい」と奏に頼んだこと。

 コレに関してはかなりの嘘。というより、翔磨と奏の立場が逆だ。だけど、奏が陽愛をストーカーしてたなんて言ったら、奏ルートのフラグが折れてしまいそうなので、翔磨には悪いと思ったが、犠牲になってもらった。

 本当のことを言うと、翔磨がなんで奏の誘いに乗ったのかよくわかってない。でも、「初めての連絡先で嬉しい」とか言っていたから、不自然な嘘じゃないと思う。

 ともあれ、私は虚実をない交ぜにして語ったせいで、『翔磨が私のことを好きで、私も翔磨に気がある』と陽愛が勘違いしたのだ。


 私たちは目当ての観覧車に乗るために、長い行列に並ぶ。待ち時間を書く看板には三十分と記されていた。春休みだから、それなりに学生がいるのだ。


「絶対に、瀧本くんと二人でこの観覧車に乗らないとダメだからね! 今乗るのは、そのための下見なんだから!」


 陽愛が言う。すかさず私も、


「私が翔磨くんと一緒にいる間は、陽愛はどうするの? 楊井くんと二人っきりになっちゃうよね? 二人で観覧車に乗る……?」


 絶対にそうしてほしい。でないと翔磨と奏をこのテーマパークに連れてきた意味がない。何がなんでも、陽愛と奏をくっつけるんだ。


 陽愛は私と翔磨を観覧車に乗せている間、自分が奏と二人きりになるという事実に今気がついたのか、急にオロオロとし始めた。


「そ、そうだよね。どうしよう……」


 私は小さく笑った。陽愛が不思議そうに体を傾げる。


「うそうそ。陽愛が男の人嫌いっていうのは知ってるからね。陽愛が突っ走ってるから、イジワルしちゃった」


「もう! ひどいよ! ……でも、本当にどうしよう。せっかくあの史上最悪最低男の須崎先輩と別れたんだから、柚葉には青春してほしいのに!」


「あはは。ありがとう。でも、こうして陽愛と一緒にいるだけで青春だよ?」


 少しずつ進む列に合わせて歩きながら、私は陽愛の手を握る。

 友達と毎日一緒に過ごす、他愛のない時間。それもまた青春であると大人になってからわかった。すると、青春真っ只中にいる陽愛は顔をブンブンと振って、「学校といえば青春。青春といえば恋愛だもの!」と少女漫画オタクっぷりを発動させる。ヒロインの可愛らしい言動を微笑ましく眺めていると、目の端に見知った男性の姿が揺れた。翔磨と奏だ。彼らは私たちについてまわっているのだ!


 私はサッと体を回れ右した。陽愛の動線上に二人がうつらないようにするためだ。


「どうしたの? 何かあった?」


「なんでもないよ」


 私は単調に喋った。誤魔化すように「観覧車って何分で一周するんだろうねぇ」と口早に話す。


 ストーカーするならバレないようにもっと離れたところにいるか、一緒に乗らないでアトラクション出口で見張ってればいいのに。


「あっちの看板にだいたい十五分くらいって書いてあるよ」


 陽愛は私の不審な動きに気づかず、丁寧に教えてくれる。私は不自然にならないよう最善の注意を払いながら、陽愛の意識を後ろに向けないよう頑張った。


「もうそろそろだね。楽しみ! 観覧車を乗り降りする時って、うまくできるか不安にならない? 動いてる乗り物に乗るのは勇気がいるよね」


 私は曖昧に頷く。マルチタスクが苦手なのだ。陽愛の話を聞いて、奏と翔磨に意識を向けて、なおかつ、陽愛に変な動きがバレないように会話を続ける。なんと難しいことだろう。


「何名様ですか? 2名様ですね。もうすぐですので、観覧車に乗る準備をしてお待ちください」


 青い服を着たスタッフさんが、営業スマイルで私たちを案内する。陽愛はスキップして、観覧車ゴンドラの前に立った。


 私たちが乗るゴンドラは可愛いパステルピンクのものだった。ドアには可愛らしいデフォルメの妖精のイラストが描かれている。それ以外はシンプルなゴンドラだ。


 スタッフさんが笑顔のままドアを開ける。私と陽愛はお礼を言いながら、ゴンドラに乗り込む。パタンとドアが閉められた。


「よっこらしょー!」


「わわっ、陽愛危ないよ!」


 陽愛がトスンッと勢いよく椅子に腰掛けた。ゴンドラがぐらりと揺れる。


 私は小心者なのだ。絶対に落ちないとわかっていても、何かがぐわんと揺れるのは怖い。


「わぁ……!」


 陽愛が感嘆の声を上げて窓の外を眺めている。その姿は女の私から見ても、可愛い。どの角度を切り取っても、絵になる。さすがヒロインと褒め称えたくなってしまう。


 そういえば、ゲーム本編にも攻略キャラと観覧車に乗るシーンがあった気がする。たしか——たしかあれは、拓海とのイベントだ。


 拓海がまだ陽愛への恋心に気づいていない時、めぐと他の攻略キャラが協力し合い、陽愛との遊園地デートを企てたのだ。二人はぎこちないながらも、数々のアトラクションに乗り、距離を縮めていった。すでに拓海に片想いしていた陽愛と拓海のもどかしいやりとりにドキドキしたのを今でもよく覚えている。


「あぁ! もう! 今、告白するところでしょ!」


 夜の観覧車に乗った二人が何事もなく地上に降りた際、私はゲーム画面に向かって雄叫びを上げた。拓海はいい子だけど、本当に恋心に疎い。そんなウブなところが可愛いと女の子たちに人気なのだけれど。


 私も陽愛と同様に窓の外に目を落とした。地上からどんどんと離れていく。人が豆粒のように小さくなる。目の前がパッと開いて、遠くの美しい景色が露呈する。


 観覧車、久しぶりに乗ったけど楽しいかも。


 浮き足立つ。ワクワクする。


「ねぇ、柚葉はやっぱり瀧本くんが本命なの?」


 窓の外の景色に気を取られ、陽愛の質問の意図がわからなかった。私は向かいにいる陽愛に向き直り、「本命って?」と聞き返す。


「だから、瀧本くんが本命なのかなぁって。ほら、あの可愛い後輩くんも柚葉に懐いているでしょ? 柚葉の本命はどっちかなぁって」


 陽愛は盛大に勘違いをしている。私の本命は悠斗だし、翔磨は以前私を軽蔑しかけていたし、拓海はただ先輩として私を慕っているだけ。かなりの勘違いだ。

 訂正したいけれど、どう訂正していいかわからない。でも、陽愛の恋愛フラグは奏との間にあるのだから、他の攻略キャラのフラグが折れるのはいいことなのかも。


 私は腕と足を組んで考え込む。


 どう勘違いされていたとしても、奏と陽愛の遊園地デートをなんとしてでも成功させなければならないのだ。


「もう、柚葉ったら、真剣に悩みすぎだよ! 恋愛っていうのはね、ビビビッと来た人が運命の相手なんだから!」


「あっ、違う違う! 彼らには全然恋愛感情なんてないんだから!」


「えー、そうなの?」


 陽愛が口を尖らせてむくれる。自分は男嫌いなのに、ほんと、恋愛は大好きなんだから。クスッと思わず笑ってしまう。


「そうだよ。彼らにはこれっぽっちも興味ありません」


「でもでも! 瀧本くんと天能くんは柚葉のこと気になってるって思うんだよね。もしかしたら、楊井くんも柚葉のこと好きなのかも!」


 陽愛が身を乗り出してくる。観覧車の外の景色など、もう目に入っていないようだ。


「なに言ってんの。そんなわけないでしょ。拓海くんも翔磨くんもは誰に対してもあんな感じなの。人懐っこくていい人なだけだよ。楊井くんに関しては、私のこと好きとか絶対ないし」


「そうかなぁ……?」


「そうだよ。ていうか、そういう陽愛はどうなのよ」


「わ、わたし?」


 今度は身を引いた。目をぱちくりと瞬かせている。


「楊井くんとか、どう?」


「どうって言われても……。柚葉はわたしが男の人苦手なの知ってるでしょ?」


「知ってるけどさ、楊井くんはなんか、他の人と違う感じがしない? どこがで会ったことあるような安心感、みたいなさ」


「どう、かなぁ……」


 陽愛は首をひねる。愛らしい子犬のような少女が首をひねっている姿は、とても可愛い。


『桃ロキ』をプレイしていた私は知っている。陽愛が初めて奏と出会った時、彼女は彼に対して、なんとも言えない懐かしさを感じたことを。陽愛は一瞬だけど奏に違和感を覚えるものの、楊井奏ルート以外ではそのことを一切忘れてしまう。だけど、今の陽愛は奏と出会ったばっかりだ。その違和感を覚えていてもおかしくはない。


 私は狭い箱の中で陽愛の答えを待つ。


「うーん……。なんとなぁく、どこかで会ったことあるような気もするけど……。でも気がするだけで他の男の人たちと同じだよ。怖いし、わたし自身はできれば近づきたくないかなぁ」


 ビンゴ!

 やっぱり、陽愛は奏に対して特別な感情を抱いているんだ!

 この気持ちをどうにか大きくさせて、陽愛と奏をくっつけさせることができれば……。だけど、どうやってくっつければ……。奏ルートはあまり好みじゃないから周回しなかったから、二人がどうやって結ばれたのかあまり覚えていない。もっと、しっかり奏ルートをプレイしていればよかった。


「柚葉、ちょっとー? 聞いてるのー?」


 陽愛がブンブンと目の前で手を振る。いけない。考えすぎてしまったようだ。私は笑って誤魔化して、相槌を打った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る