第3章 18話 待ち伏せ

 

 陽愛ひよりと二人で卒業遠足へ行くと聞いた時は、とても楽しそうだと思ったけれど、この世界はどこまで行っても乙女ゲームの中なのだと実感させられた。


「ねぇ、柚ちゃん、おはよう! 君、州浜すはまさんと二人で卒業遠足に行く予定なんでしょ? よかったら、僕たちも混ぜてくれないかな」


 二人より四人の方が楽しいと思わない?と、翔磨は満面の笑みで言う。


「え、あ……、ん? どうして翔磨くんが個人の卒業遠足のことを知っているの?」


「彼……えーっと、奏くんに聞いたんだ。彼と僕は二年生のときに同じクラスでね。それで昨日、久しぶりに彼からメッセージが来てさ。柚ちゃんと州浜さんが二人でテーマパークに行くって聞いて、僕たち二人も混ぜて欲しいなって、こうして寮の前で待ってたってわけ」


 さすが、陽愛の公式ストーカー……。きっちり陽愛の予定まで把握しているんだ。


 無言でぺこりと頭を下げる奏につられて、私も頭を下げる。奏はニコリとも笑わず不機嫌そうにしている。ニコニコと相貌を崩さない翔磨とは真逆の顔つきだった。


「って、まって! それって、つまり、私と陽愛の遊園地デートについてくるってこと?」


「うん。さっきからそう言ってるでしょ? だって、卒業遠足なんだよ? みんなで一緒に行った方が楽しいそうじゃない?」


 敵意がなさそうな美しい推しの笑顔に、流されそうになる。


「そう……だけど、陽愛がなんて言うか……」


「州浜さん? なんで? 前も一緒にカフェでお茶したんだし、平気じゃないかな?」


 一人より二人、二人より三人……という言葉があるように、大勢いた方が楽しいという意見があるのはわかる。陽愛がカフェで自然に男の子を受け入れていたから、卒業遠足も大丈夫だろうって思ってしまうのもわかる。


 だけどね。さすがに、いきなりすぎではありませんか?


 おでかけ当日の朝、まさかの寮前で待ってるなんて誰が思うだろうか。寮の門にもたれかかって気怠そうにしているイケメンと、腹黒さを隠す穏やかなお面でにこりと笑って手招きするイケメン。彼らを不審に思う者もなければ、彼らに話しかける者もいない。乙女ゲームのキャラクターだから、不審な行為を誰も気にも留めないのかもしれない。でも、突然「遊びに行くのに僕たちも混ぜてよ!」は、やりすぎじゃないかな。イケメンなら何をしても許されると思っているの?


 私は戸惑いを隠すこともせず、彼らに対峙する。


「そもそも、どうして翔磨くんと楊井やぎいくんっていう二人が一緒に行くことになってるの……? 二人が二年生の時に同じクラスなのはわかったけど……その、二人がついてくる意味がわからないというか……」


 私の言葉に答えたのは、奏だった。


「一昨日、言ってくれたでしょ。陽愛とのことでアンタを利用してもいいって。だから、利用させてもらおうと思ったんだけど、女子二人で行く遊園地に、男一人で混ざるのもどうかと思ってさ。翔磨に声をかけたんだ」


 奏に昨日の丁寧さは微塵もなく、クールで無骨に言う。あまりの素っ気なさに少しだけ、たじろぐ。


「……でも、なんで翔磨くん?」


「清水さんたちが男女混合でカフェにいたときに、翔磨がいたことを思い出したから……かな」


「ちょっとまって、利用って何だよ。僕、その話聞いてないんだけど?」


 怪訝そうな顔をして、翔磨が奏に尋ねる。奏は答える気がないようで、一切翔磨に顔を向けない。


「二人が一緒にいる理由はわかった。でも、さすがに急すぎるよ。私と陽愛は二人で遊びたいって思って約束してるんだから」


 私はイケメン二人を交互に見ながら、説明する。強引さにほんの少し腹が立ったので、ちょっとだけ語尾を強めてみた。だけど、多分、相手に私の意図は伝わっていない。二人は顔色ひとつ変えずに平然としているからだ。


「じゃあさ、スマホで時々連絡を取り合って、たまに合流するのはどう? 基本的には女子組と男子組でバラバラで行動する。それなら、柚ちゃんたちにも悪くない提案じゃない?」


 翔磨くんの提案でも陽愛は嫌がるんじゃないかな……。一抹の不安を抱えながら、渋々頷く。奏に協力すると言ってしまった手前、断ることに気が引けたのだ。


 とりあえず、陽愛との集合場所に行こう。陽愛が嫌がったら、正式に断ろう。そんな風に思いながら、自分の優柔不断さにため息が出た。




「瀧本くんと卒業式の日に会った彼と一緒に行くの? うんっ、いいよ! みんなで行こう!」


 最寄駅の改札口前で待っていた陽愛が、笑顔で答えた。


 短め丈のアウターにミニ丈のボトムスを履いて、甘いフェイスをより甘くした陽愛は、テキストウィンドウに出るヒロインフェイスで見た通りだった。陽愛はまっすぐ私に近づいて、横からぎゅっと抱きしめる。陽愛の行動を利用して、私は陽愛の耳元で囁いた。


「本当に、いいの?」


「いいの、いいの。基本的に別行動するんでしょ? それなら全然問題ないから。それに……」


「それに?」


「やっと柚葉がメッセージアプリを入れてくれたんだもん。あそこの二人には感謝しないとね」


 陽愛はウィンクをしてから、柚葉への抱擁を解き、男の子二人にぺこりと挨拶をする。


「梨沙ちゃんにRIMEライムを入れるように言ってくださり、ありがとうございます。おかげで、気軽にやり取りできるようになりました」


 一条めぐはお堅い女の子だった。だから、乙女ゲーム中でもスマホでは電話とメールしかしていなかった。私もリアルで初めて彼女のスマホを見た時、デフォルトのアプリしか入っていなくてびっくりしたものだ。だから、めぐのスマホにはメッセージアプリもSNSも一切ダウンロードされていない。めぐに転移したものの、スマホは人のプライベート領域だという認識が強くあったため、操作するのをためらってずっと放置していたのだ。


「ううん。全然だよ。僕としても、柚ちゃんの一番の友達になれて嬉しいし」


 語弊を招く言い方だ。


「一番の友達は陽愛だよ。翔磨くんはRIMEに『一番最初に追加した』友達ってだけで……」


 翔磨は、カラッとした人懐っこい声で笑った。


「それが嬉しいんじゃないか。柚ちゃんの『初めて』を奪えたことが嬉しいんだよ」


 これは、殺し文句だ。私のことを好きなんじゃないかと誤解してしまう。さすが人の心を掌握するのが上手い私の推し。


「でも、いつかは柚ちゃんのいちばん仲良しな友達として、君臨したいけどね」


 翔磨は愛嬌たっぷりな顔を傾けて、爽やかに言った。いけない。絆されてしまう。推しにそんなこと言われたら、心を根こそぎ持ってかれてしまう。気を引き締めなければ。


「一番の親友はずっと陽愛なので、それは無理です。まぁ一旦それは置いとくとして……どうします? とりあえず、最初は別々で行動して、お昼に集合する形でいいの……かな?」


 それがいいかなと、陽愛が同意してくれた。男子二人組の顔が曇ったのがわかったが、何の連絡もなしに自分勝手についてきたのが悪いと、胸の中でひそかに笑いながら考える。せっかくの機会なのだから、推しの翔磨とテーマパークデートをしてみたいけれど、ヘマをして翔磨に嫌わてしまうかもしれないし、まだメインヒーローとして覚醒していない奏と男嫌いが治っていない陽愛を、二人っきりにするのはまだ不安があったのだ。

 

「それじゃあ、そろそろテーマパーク行こうか。細かいことは電車の中で決めよう」


 翔磨が手をパンっと叩き、私たちを改札の方へと誘導する。


「柚葉、柚葉! 新しく連れてきた男の子! あの子とはどんな関係なのか、後でしっかりと教えてね」


 するりと腕を絡ませて、陽愛は愛らしく耳打ちした。視線を合わせて、「うん」と頷く。とはいっても、なんて説明をしたら良いのだろう。この人は陽愛の運命の相手ですよ、なんて言うことはできないし。ただの友達という説明も要領得ないし。ちょっとだけ、息苦しい。人と人とを繋げるキューピッドになることって、こんなに難しいことなんだ。




「見て! 東京タワー!」


 陽愛が電車の中ではしゃいでいる。陽愛は電車通学だから、ソフィーリア学園のすぐ近くに聳え立つ東京タワーなんて見慣れているはずなのに、びっくりするぐらい楽しそうだ。


「柚葉とのお出かけ初めてだから、本当に嬉しい」


 声を弾ませて、私の両手を握る。芸術的に美しい手が、私の両掌と重なった。ちょっぴりひんやりと冷たい。そして、パッと手が離される。私自身の手も見つめてみた。細くて華奢で美しい手だ。


「柚葉? 手なんて見つめてどうしたの? もしかして、痛かった?」


「あ、ううん。なんでもないよ」


 心配そうに首を傾げている陽愛に微笑みかけてから、目線を反対側の座席に座っているイケメン二人組に移す。二人は無言でスマホをいじっていた。


「あの二人、降り遅れないかな……」


 私の視線の先に気づいた陽愛が心許なげに言う。


「大丈夫じゃない? 二人ともしっかりしてるから」


 電車の中は混んでいなかったが、座席は埋まっていて、バラバラで座ることになってしまったのだ。そのことに少しだけ安堵する。翔磨とも、奏とも、上手く距離感を掴めていない。会話をしたくないわけじゃないけど、会話の続かない無言の時間ができることが嫌だった。


「そういえば、楊井奏くん、だっけ? 彼とはどこで知り合ったの?」


 とうとう問われてしまった。まるで和太鼓の細かなリズムのように心臓が脈打つ。アウターを脱いでシンプルな襟付きブラウスが顕になった陽愛が、純粋な顔でこちらを見ていた。


 どうしよう。なんて伝えればいいだろう。


「卒業式の日に少しお話しして、知り合いになったの。その時にうっかり卒業遠足の話をしちゃって、それで二人もテーマパークに興味があったみたいで、それでついてくることになったというか……」


 陽愛が私を見つめる目を無視して、早口で説明する。嘘はついていない。翔磨と奏がついてくることになった理由も、駅に行くまでの道で三人で作ったシナリオ通りだ。一回も目を合わさないように、


「さっきも説明した通りだよ。それ以上もそれ以下もなくって……」


「……ふーん?」


 陽愛が私の両頬を持って、顔を陽愛の方へと向ける。そこには膨れっ面の顔があった。


「それ、建前だよね? 本当のところを教えなさい!」


 陽愛の声が強張る。本当に怒っているわけじゃないけれど、ほんの少し苛立ってる声だ。私は両手をあげて降参のポーズをして、笑う。


「わかったわかった。話すから。もう、陽愛には隠し事はできないね」


 電車の揺れと共に、抱えていたリュックが床に落ちそうになる。私は慌ててそれを抱えた。


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