第27話 エピローグ

「ニコ君!?」

 泣き晴らしたアルマの顔がすぐそばにあった。

「……よかった……もう目覚めないかと……」

 切れ長の目から涙が溢れる。出会ってから今まで、彼女は何度泣いただろう。ふと、そんな事を想う。

 医療棟の病室だった。全身包帯だらけで、両足はギブスで固定されている。

「……みんなは?」

 ニコが尋ねた。答えを聞くのが怖かった。あの状況で、何人生き延びられただろうか。

「全員無事だ! フレッチャーも、その友人も。テレーゼが頑張ってくれたんだ!」

 大粒の涙を拭いながら、泣きじゃくってアルマが言う。

 嬉しくて、ニコは飛び上がってキスしたくなった。

「最高だね」

 ニッコリと笑ってニコが言う。それ以外に言葉が見つからない。

「……ぁあ、ん、ん」

 咳払いが聞こえて、ニコはそちらに視線を向けた。

 松葉杖をついたフレッチャーが少し離れて立っていた。

「フレッチャー? なんか、大変な目に合っちゃったね」

「……そうだな」

 気まずそうに俯きながら、赤毛の少年が答える。

「……ぁー、なんだ。その……ニコって呼んでいいか」

「なにそれ。もしかして、照れてるの?」

「わ、わりぃかよ!」

 顔を赤くして叫ぶ。

「……てめぇには、世話になった。アルマや、テレーゼもだ。お前らがいなけりゃ、俺もダチも全員死んでた。その……だから……」

「素直にありがとうを言えないんですか?」

 テレーゼもいたらしい。彼女は隣のベッドで身体を起こしている。ニコ程ではないが、治療の痕が痛ましい。

「……あぁ。それが俺のダメな所だ。命の恩人に礼も言えねぇなんてな」

 呟くと、フレッチャーが頭を下げる。

「色々と悪かった! なにもかもだ! 俺は、最低の男だった。そんな俺を、お前らは助けてくれた。あ、あり、あり……ありがとう! この恩は忘れねぇ!」

 下の階まで届きそうな大声でフレッチャーが叫んだ。

「別にいいよ。僕達、友達でしょ?」

 ニコが言うと、フレッチャーの目に涙が滲んだ。

「……てめぇはよ……どこまでお人よしなんだよ……」

「それで、クリュスカはどうなったの?」

 尋ねると、三人の顔色が曇った。

「嘘……頭を潰したのに生きてたの!?」

 文句なしの手ごたえがあった。あれで生きていたら、人間じゃない。

「生きていたというか……」

 気味悪そうにアルマが濁した。

「クリュスカ先生も被害者だったんです。あれは、防腐処理された死体でした。それをあいつが、死霊術で操ってたんです」

「げぇ。じゃあ、先生を操ってた本当の黒幕がいるって事?」

「そういう事になる。お陰でアカデミーは大騒ぎだ。風紀部の相談役とエースが神の王国教団の操り人形だったんだからな。表になってないだけで、色々と悪さをしてたに違いねぇ。巷じゃ、人形使い事件って呼ばれてるぜ」

「人情使い? ふんだ! あんな奴ゴミでいいよ! わけわかんない事言ってみんなに酷い事して! 今度会ったら絶対にぶっ殺してやるんだから!」

 ニコが鼻息を荒げる。

「今度会ったらって、怖いことを言わないでくれ!」

 涙目になってアルマが怯える。

「でも、また会う事になると思うよ。あいつの目的はアルマさんみたいだし。あれだけ長々自分語りをしておいて失敗したんだから。絶対に仕返しに来ると思う。そういうタイプのゴミだよあれは」

「……ニコさんでも、そんな風に怒る事があるんですね……」

 目を丸くしてテレーゼが言う。

「……あぁ。俺はてっきり、脳みそお花畑の甘ちゃんなのかと思ってたぜ」

「ちょっと性格が捻くれてるくらいだったら気にしないけど、あのゴミはそういうレベルじゃないもん。自分以外は全部玩具みたいに思ってるんだから。あいつは、この世界に生きてちゃいけない存在だよ!」

「名前も顔も分からない人形使いが私の事を狙っている……私は、どうしたらいいんだ?」

 怯えた様子でアルマが言った。

「強くなろう! 今回の事で分かったでしょ? アルマさんには、すっご~い力があるんだって! 僕達が助かったのは、アルマさんのお陰でもあるんだから。みんなで強くなって、今度はコテンパンにしてやればいんだ!」

「わ、私だってそうしたいが……そんなにいきなり強くは……」

 もじもじと、アルマが胸元で指を合わせた。

「俺はお前らにどでかい借りがある。戦闘術の面倒ならいくらでも見てやるし、危ない時は守ってやる。心配すんな」

「わ~い! フレッチャーが助けてくれるなら心強いね!」

 無邪気に喜ぶニコを見て、フレッチャーは照れくさそうに頬を掻いた。

「……まぁ、ダチ、だからな」

「なに格好つけてるんですか。あなたには散々迷惑をかけられたんですから、そのくらい当然です」

 冷ややかにテレーゼが言う。

「うっ……それを言われると言い返せねぇが」

「ダチで思い出したけど、フレッチャーの友達はどうなったの? 街の病院にいる感じ?」

 こちらが悪いわけではないが、結果的には巻き込んでしまった形になる。謝りたいし、話してみたい気持ちがある。

「いや。あいつらは医療棟に入れた。あの怪我じゃ、普通の病院じゃ助からねぇからな」

「へ~。アカデミーの病室って普通の人も入れるんだ?」

「お金を払えば誰でも入れますよ。アカデミーの人間だけだと教材が足りないので」

「教材って言うなよ」

 フレッチャーが顔をしかめる。

「事実ですし。心配しなくても、あなたのお友達は腕の良い生徒に治療して貰いました。あなたがアルマさんみたいにびーびー泣くから」

「はぁ?! な、泣いてねぇし!」

「泣いてたじゃないですか。俺のダチが死んじまう!? って。まぁ、お友達の為に泣くのは恥ずかしい事じゃないんじゃないですか? 治療費まで出してあげて。どうせ親の金でしょうけど」

「え~、フレッチャー、いいとこあるじゃん!」

 感心してニコは言った。田舎育ちのニコである。周りには彼らのような不良少年もいた。大体の場合、訳ありの上に貧乏である。自費では、街の病院にかかる事すら難しいだろう。

「う、うるせぇ! ……あいつらには世話になったからな。俺のせいで巻き込んじまったようなもんだし。面倒な連中に目ぇつけられてるから、どの道市街の病院には入れられなかったんだ」

 なにやら訳ありの匂いがした。

「面倒な連中って?」

 ニコが尋ねる。

「……なんでもねぇよ。こっちの事情だ」

「え~! 水臭い事言わないでよ! フレッチャーの友達なら僕も友達! でしょ?」

「でしょじゃねぇし……てめぇは怪我人だろ。余計な気回さなくていいんだよ」

「やだやだやだ~! 教えて教えて教えて~」

 ばたばたと、上半身で駄々をこねる。

「だぁ!? ガキかてめぇは!?」

「ガキだもん! 教えてくれなきゃ傷が開くまで暴れるからね!」

「それはダメです! フレッチャー! ニコさんの健康の為にとっとと教えて下さい!」

「そうだ! ニコ君の為にも早く教えてくれ!」

「なんなんだよお前らは……」

 困惑しながら、フレッチャーはブラックジャックとレッドクラウンの対立を語った。

「市民の依頼が届いていない……これも、人形使いの仕業なんでしょうか」

 訝し気にテレーゼが言う。

 クリュスカは風紀部の相談役で、ロリカは実行部隊のエースだった。この二人を使えば、市民から寄せられる依頼を揉み消す事は容易いだろう。

「理由はわからねぇが、あのゴミ野郎なら他人の不幸が見たいってだけでそんな事をするかもしれねぇな。あるいは、今回の事とは別件でろくでもない事を企んでたか。ま、ただの同盟の怠慢でも俺は驚かねぇが。なんにせよ、俺の耳には届いたんだ。野郎の話を信じるなら、レッドクラウンの後ろについてるのはホワイトパージって事になる。ダチの住んでる街にそんな連中をのさばらせちゃおけねぇよ。怪我が治ったら、親玉を探し出してとっ捕まえるつもりだ」

「いいね! 僕も混ぜてよ!」

 軽いノリでニコは言う。

「ばっか! 遊園地にいくわけじゃねぇんだぞ!?」

「同じだって。街に出て、悪い大人を探すんでしょ? 楽しそうじゃん!」

「楽しそうってなぁ……遊びじゃねぇんだぞ?」

「分かってるけど、人助けって楽しくない?」

 澄んだ目でそんな事を言われ、フレッチャーは助けを求めるようにしてテレーゼを振り向いた。

「私も流石にちょっとアレだなと思う事がないとは言えない今日この頃ですけど、悪い事をしているわけではないので……」

 言いずらそうにテレーゼが視線をそらす。

「ちょっと! それじゃあまるで、僕が少し変な奴みたいじゃん!」

 ぷっくりと頬を膨らませてニコが異議を唱える。

「ちょっとどころじゃなく、ニコ君は変な奴だと思うぞ」

 フレッチャーやテレーゼが言おうか迷っていた言葉を、アルマがはっきりと言った。

「でも、私はそんなニコ君が大好きだ! 世界中の人間が君のようならいいとさえ思うよ」

 誇らしげに、金色の瞳がニコを見つめる。

 その頬が、ゆっくりと赤く染まった。

「……い、いや! 今の大好きはそういう意味じゃなくて!? その、友達としてのあれで!?」

「どうしようテレーゼさん! 僕、告白されちゃった!? や~、モテる男はつらいですな~」

 お道化るニコに、テレーゼは叫んだ。

「わ、私だってニコさんの事が大好きですけど!?」

「って事は、フレッチャーも僕の事が大好きって事ぉ!?」

 ボケ倒すニコに、恥ずかしそうにフレッチャーが答える。

「……いやまぁ、嫌いじゃねぇけどよ……」

 空気が凍った。

「……ごめんねフレッチャー。気持ちは嬉しいけど、僕、女の子が好きなんだ……」

「な、はぁ!? なに勘違いしてんだ!? そういう意味で言ったんじゃ――」

「確かにニコさんは女の子みたいに可愛い顔をしていますけど、そういう目で見るのはどうかと思います」

「わ、私はそういう愛の形があってもいいと思うぞフレッチャー!」

「だから違うって言ってんだろうが!?」

 なぜか顔を赤くして、フレッチャーが声を荒げる。

 そんな様子がおかしくて、ニコは腹を抱えて笑った。

 アカデミーでの生活は始まったばかりだ。

 これからもっと、色んな人と出会い、友達になって、楽しい事をするのだろう。

 それを邪魔する奴は、人形使いだろうが、神の王国教団だろうが、全員やっつけてやる。

 その為にも。

 もっと強くならなくちゃ。

 楽しい仲間に囲まれながら、ニコは静かに誓うのだった。

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ブレイブアカデミー~魔王の子孫をいじめないで!~ 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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