そのあと父から聞いた話
父の、私の家系に先祖から伝わる話だそうです。
ある山奥に小さな村がありました。
農業を営んでいましたが土地が悪く、年貢を納めるのにも苦労するような場所でした。
ある年、稀に見る少雨で、いよいよもって村丸ごと餓えて死にうるようなことになりました。
これはおよそ常の事では解決できないことで、村民たちは絶望しきっていました。
彼らは、当時にしては信心深いわけではありませんでした。しかし、もはや神に祈るしかできることはありませんでした。
彼らは神社を建てました。村の中心にある山の頂上に、彼等が可能な限り立派なものを建てました。幸い農業ができず暇を持て余しているはたらきてには事欠きませんでした。
外から祭事の心得がある者を呼びました。彼は滞りなく祈祷を進めていましたが、一つだけ問題がありました。
祈祷には、贄が必要だというのです。それも牛や馬ではない、人の生贄が。
村民たちは初めは反対しましたが、このままでは皆飢え死にするのは明白でした。
そして、一人の少女が選ばれました。──いや、選ばれたのではなく、自ら手を挙げました。
彼女は甘いものが好きな少女でした。生まれつき体が弱く、ほとんど寝たきりの容態でした。働き手にもなれず外で遊ぶことすらできない彼女は、自分が穀潰しであることを主張しました。
少女は贄となりました。生贄の儀式は盛大に執り行われ、少女の好物であった果物がたくさん振る舞われました。外の者はその儀式も何度か行ったことがあり、切れ味の悪い祭礼用の剣でも少女に一切の苦しみを与えることはありませんでした。
村民たちは少女への感謝と謝罪として、送りの祭りを定期的に行うことにしました。すると、少女が現れました。言葉を交わすことは叶いませんでしたが、村民たちは喜びました。
それから長年が経って、村に住人はいなくなりました。祀られるものが変わった神社は手入れされることなく、祭りはあまり行えなくなりました。元々毎年行われていたそれは、今は少女の生きた時間ごとに一度、各地から村民の子孫が集まってするに留まっています。
それでもまだ少女は、その残滓をそこに残しているのでした。
夏日追想 もやし @binsp
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます