エピローグ
春が降る。
私の手を引くミリカのポニーテールが、嬉しそうに弾んでいる。
寮から学園への渡り通路を走り抜け、中庭が見下ろせる3階まで上った。
「──本当に花が降ってる!」
希望に溢れた横顔。
降り注ぐ春の日差しよりも、空いっぱいに咲く妖精たちよりも眩しかった。
休日の朝だ。ミリカは昼まで寝ているつもりのようだったし、私も、あくびを噛み殺しながら珈琲を淹れてはボーッとしていた。
開け放した窓からの風でレースカーテンが羽ばたく。私と、雪解けの香りを運ぶ風と、ミリカの気持ち良さそうな寝息だけが部屋を満たしている。
そんな朝のひとときに割って入ったのは、複数の足音と強めのノック音だった。
「あ、おはようユリナさん。ミリカちゃんまだ寝てるの?」
「ええ」
来訪者は制服姿のドトリ、キャロット、アランシア。
3人はいつも一緒に行動しているけれど、休日に揃って訪ねに来るのは珍しい。ベッドの上の毛布の塊は起きる気配が無いし、代わりに私が用件を聞くことにする。
「ホワイトフェアリー達が街に遊びに来てるの。学園にもいっぱい! 今なら素晴らしい光景が見られるのに、寝てるなんて勿体無いなぁ~。私達は先に行ってるからね、ばいば~い!」
ミリカが飛び起きたのはそういう事だ。
光の速さで制服に着替え始めるあたり、本当に分かりやすい人。休日であっても学園へは制服姿でなければ入れないから、勿論私も着替えさせられた。
「ミゲル君、おはよっ! ロド君もおはよー!」
すれ違うクラスメイト達に挨拶しながら駆け抜ける。途中で男子生徒に呼び止められたけれど、「あ、ユリナに用? ごめんね、今から妖精を見に行くから」と取り合わなかった。走りながら、「今の人、きっとユリナが好きなんだよ。あとで話してみたら?」とも言った。
学園は、自分達以外にも大勢の生徒が来ていた。
誰もが目の前に広がる光景に感動し、魅入っている。
「ユリナ、見て!」
芽吹き始めた萌黄色の草原を、妖精たちが踊るように飛んでいた。ヒトに興味津々といった感じで、なかには生徒とハイタッチを交わす個体もいた。
青空には淡い桃色の花びらがふわりと舞い、それを見た人間達はさらに盛り上がる。そしてその歓声に、妖精達はもっと気を良くする。
春風が吹き抜ける。
こんな情景は、故郷の雪国にいたままでは、見られなかった。
「ホワイトフェアリーは〝春を運ぶ妖精〟って呼ばれてるんだって。暖かくなると街に花を降らせて、人々に春の訪れを知らせるの。本当にその通りだと思わない? すごく綺麗」
「そうね」
「ユリナ、表情が柔らかくなったね」
気付けばミリカが私を見ている。みんなは空に夢中なのに。
「そう?」
「そうだよ。なんだか嬉しそう」
「ならきっと、この春が私をそうさせたのね」
「春がユリナの氷を溶かすなら、私がユリナの春になるよ」
そんな台詞をなんでもない事のように言う。
ミリカ、知ってる?
さっきの人は、ミリカに用があったのよ。
自分のことを平凡な人間だと思っているみたいだけれど違う。その暖かい太陽のような人柄は皆を惹きつける。
誰の懐にでも入っていけてしまうのだから、皆があなたを好きになる。
ミリカがその事を知った時、それでも私の隣に居続けるのだろうか。
「私、この街に来て良かった。こんな素敵な光景を見られたし、ユリナにも出会えた。……ユリナは?」
故郷を追われて、仕方なく来ただけだったこの国。
でも、来て良かったのかもしれない。
「よかった!!」
そう、その笑顔が見られるから。
「──え? くれるの?」
近くまで来たホワイトフェアリーが、ミリカに花を差し出す。
めいっぱい手を伸ばし、受け取ろうとする彼女の髪を、風と花びらが巻き上げた。
「────……」
それは、息が止まるほどに、美しい絵になっていた。
この時の彼女の姿を、私は一生忘れる事はないだろう。
天空へと手を伸ばす、緑眼の少女。
みっどがるず! 鈴葉 祈 @inori7539
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