【短編】キミにあげたいプレゼント 〜小さい頃に助けた女の子に、高校生になってから助けられてる情けない俺が最後にした行動〜

天道 源(斎藤ニコ)

短編

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●主人公  坂本明人(さかもとあきと)

●ヒロイン 星稜・M・エミリア(せいりょうえみりあ)

memo 【他サイト 2021/07/16 現代恋愛 日間1位 1880pt】

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 俺、坂本明人(さかもとあきと)は、高校にあがって、いよいよ友達がゼロとなった。

 望んだ未来とはいえ、俺って大丈夫なのかな、なんて心配になるところが小心者の証だろう。

 誰かと同じ道を歩んでいないと不安になるってやつ。


 で。

 最近、思うんだよな。

 ラノベをよく読むようになったけれど、そこに描かれている隠キャってのは、なんだか本当の力を出していない隠れ陽キャに見える。俺だけだろうか?

 だって、なんというか――陽キャに絡まれることを「いやだいやだ」と言いながら、実際にはその状況を受け入れているよな……?


 本当に嫌なら「きゃー、やめてー!」って叫べば良いと思う。

 そしたら元どおりになるのに、しないだろ? だからやっぱり心の奥底では、陽キャになりたいってことなんだろう。だからラノベの主人公にもなれるというわけだ。


 うん。

 つまり、そうだと、よーするに――俺もそいつらと似たようなもんかもしれないってことだ。

 だって、叫んでないからな。

 美少女に声を掛けられても――叫んでないからな。


「アキトくんっ、お昼ご飯、一緒にたべよ!」


 純国産の顔立ちに、綺麗な白金の髪と青い瞳という、なんともアンバランスな顔立ちの転校生。偽りなき陽キャ人間が、親しげな笑顔を浮かべて、なんちゃって隠キャの元へやってきた。

 先日までは存在しなかった光景。

 ラノベみたいな展開。

 なんでこんなことになってんだって思うのは俺だけじゃないはずだ。

 説明をしよう。

 過去へと話を戻すことで現実が整合性を保つ――しかし、なんと小学生まで戻るっていうんだから、人生はわからないものだ。


     ◇

 

 信じないだろうけど、まあ、聞いてくれ。 

 唐突だが――小学生の頃、俺は超能力者だった。

 超能力というのは、大別するとESPとPKってのに分かれるらしいけれど、俺は前者のESPだと思う。日本語にすると超感覚的知覚っていうらしい。


 具体的には『相手の思考が読める』という能力。

 大体半径八メートル以内の人間の考えていることが、わかる。まるで水の中の音を聞くみたいにぼんやりと。

 ただそれは、自発的に能力を発揮していない場合であって、本気で力を行使すれば、どんな相手の心の内でも簡単に暴けた。


 能力はもろ刃の刃でもある。

 相手の気持ちがわかるということは、何の遠慮もない感想が自分の心に直接刺さってくるということだ。

 時として、死にたくなるくらいのダメージを追うこともある。特に思春期を迎えてからは、女子の目が気になってしょうがないだろう? 俺はもうその時期に嫌ってほど、人間の汚さと俺の心の弱さを確認したものだ。便利さが、常に人を進化させるわけじゃあないのだ。


 対象が人間であれば能力は有効だ。たとえ言葉の伝わらない外国人でも読み取りは可能。

 小学校低学年の俺は「言葉の伝わらない相手の心を読むなんて、使いどころなんてねーだろ」――なんて思っていたが、そいつが転校してきてからは話が変わった。


 転校生という肩書がなかったとしても、そいつは実に不思議な印象の奴だった。

 まず顔が日本人。全くの日本人。

 なのに、髪は北欧的な白金で、瞳は不安になるくらい綺麗な青色。

 まるでコスプレしている日本人みたいだったが、どうやらそれは全て天然素材のようだった。

 で、さらに自己紹介が驚いた。


「せ、せいりょ、えむ、えみりあです……よろーく、おねが、します……」

 

 なんと日本語がまともに喋れなかったのだ。

 あとでわかったことだが、読み書きはできたし、言葉もそれなりに喋れたらしいが、イントネーションを馬鹿にされたことがあって、大勢の前で話せなくなったらしい。あがり症というやつの最上位って感じか。

 自分の名前は日本語じゃねえだろ、と思ったけれども、日本人が聞き取れるような発音で自己紹介をするというのは、それはそれで難しいらしかった。

 小学生って生き物が純粋かつ残酷な生き物であることは、小学生を体験してきた人間なら、すべからく知っていると思う。


 想像してみてくれ。

 異質な容姿をしているだけなら、まだ腫れ物扱いで終わるかもしれない。

 でも、言葉のイントネーションがおかしいどころか、そもそも日本語に不自由している同級生がいたらどうだろうか――間違い無く馬鹿にされる。そんなことないよ、って奴は、集団心理って言葉を信じてないだろ? 人のリミッターを外すのは、ほかでもない、人そのものなのだ。


 つまり『星稜・M・エミリア』にとって、日本への転校は、初日から最悪なものへと変化していた。学校のクラスという閉鎖された社会の中で、異質な存在がしょっぱなから浮いていた。


 直接的で暴力的な差別はなかった。クラスの隅から笑い声が聞こえてくる感じ。けど、明確に馬鹿にされるならまだ笑いにできるようなやりとりはなく、何かを行動し、話すたびに、周囲からクスクスと笑われる。

 真綿で首をしめられるみたいな、息の詰まる小学校生活って寸法だ。


 それもまだ三年もある。

 小学生とはいえ、三年生だったから。

 六年までいるならば、あと三年。 

 ワンチャン、社交性があればよかっただろうに、「せいりょ、えむ、えみ、えみりあ」さんこと、星稜・M・エミリアは、誰に話しかけられても「う、あの」とか「あ、え、あ」とか、意味不明な言葉を呻きながら、困ったように下を向くのだ。

 当初は何も話せないと思われていたが、さっきも言ったとおり、星稜は授業中なら「はい」と「いいえ」だけは明確に話せたし、読み書きもできた。


 それらが判明してからは、「あ、こいつ、馬鹿でトロいだけじゃねーの?」説がクラス内で共通見解となり、晴れて、星稜・M・エミリアは、頭のとろい、日本語がしゃべれねーやつ――として浮きまくった。

 高校生になればわかるが、小学生の時点で二か国語を操っているだけで、めちゃくちゃ優秀なのだ。だがさっきも言った通り、小学生ってのは純粋なんだ。それが善となるか、悪となるか誰にもわからない。


 さて。

 ここまで、まるで人ごとのように話してきたが、正直なところ、俺にとっては人ごとではなかった。

 もちろん星稜がどうなろうが、本質的には俺の人生とは関係がない。

 だが――俺は相手の心が読めるのだ。

 それも時期が悪かった。

 小学三年生の頃、俺の超能力はピークを迎えていたようだった。感度が最高潮。離れた相手でも感情の載った想いなら、耳元で囁かれるように聞き取れてしまった。

 端的に言って、壊れたラジオが一生、耳元にある感じに近い。それも悪意の放送だ。 

 こっちは楽しくやりたいのに、耳元でずっと、


『かわいいのに、言葉が変なだけで、すっごい面白い人に見える』

『馬鹿だから、馬鹿にされて当たり前』

『日本語喋れないのに、日本にくるのが悪いんだ』


 なんて、言われ続けてみろ。

 俺の頭がおかしくなってしまう。 

 さらにその裏に、静かに、どんなときでも、聞こえてくる声があったらどうする?

 それも健気な声でさ。


『みんなと……どうしたら、仲良くなれるだろう……』


 なんて声だったら、どうする?

 それが――いつも馬鹿にされている、星稜・M・エミリアの気持ちだったら、どうする?


     ◇


 結論から言えば、俺は、おせっかいを焼いた。

 具体的に言えば、放課後の帰り道にアクションをおこした。

「あ、ば、いばい……」と挨拶をしようとしても、誰からも無視されて、一人でとぼとぼと学校の階段を降りている星稜に声をかけたのだ。

 言葉はどうするのかって、そんな話はもう解決済なのはわかるだろう。俺は小学生の頃、エスパーで、相手の気持ちを読むことができたのだ。言葉が伝わらない相手だろうが、問題はなかった。


「おう、星稜。俺と話して、友達の練習しようぜ」

「……!?(誰!?)」

「誰って顔するな。お前のクラスメイトだよ……なんで覚えてないんだよ、お前」


 いきなり傷ついたよね……。


「……う(ごめんなさいって言わないと……)」

「まあいいよ、ごめんって顔してるから、許してやる。お前、日本語、うまく話せないんだろ」

「……?(許してくれたのかな、早口で聞き取りづらいな……)」

「なにか言いたいなら、言葉にしないと、伝わらないぞ。わかったら頷いてみろよ。イエス! イエス! うんうんってしろ――あ、遅く話すか。えっと、オーケーなら、うんうん」


 ちなみに英語で説明しているが、星稜・M・エミリアはドイツからの転校生だった。

 当時の俺は日本語と英語が世界の言語だと信じていた。ごめんなさい。


「(こくこく)」

「お前、友達欲しいんだろ。と、も、だ、ち。オーケー? おまえ、ともだち、ほしい」

「(こくこく)」

「じゃあ、まずは俺が友達になってやるから、色々と練習な。おれ、おまえ、ともだち。俺、アキト。お前、エミリア。友達。あそぼう。な?」

「……わ!(友達!? やった! 友達!)」

「お、おお……そんなに嬉しいのか」

「(こくこくこくこくこくこく)」

「首取れそうだから、もういいよ……嬉しいの、わかったから……」


 両手を前にして首を振った俺に向かって、星稜は初めて見る表情を浮かべた。

 笑った。

 笑ったのだ。

 それは逆に心を透視されているかのような、澄んだ、ただただ喜びを相手に伝える純粋な表情だった。


「うれしい!(うれしい!)」

「お……」


 その時の星稜の笑顔ったら、本当に輝いていたのを覚えている。

 で。

 将来隠キャになることを知らない無垢な心を持っていた俺だが、やはり残念ながら、その片鱗は当時から見せていた。


「い、いや……、俺は、別に、そんなに、嬉しいといえないことはないし、嬉しいかと言われたら、それはわからん……」

「……?(べつに? そんなに? なにを言ってるのかな……? 友達やめる……?)」

「友達! 友達!」

「……!(こくこくこくこく)」

「首が取れるよ……」


 問題。

 その後、なんだか気恥ずかしくてそっぽを向いたのは、俺と星稜どちらでしょうか。

 答えは言わなくてもわかるだろ。


     ◇


 小学生は純粋と言った通り、一回、友達となってしまえば、俺達はまるで旧知の仲のような存在となった。

 俺は星稜のことを『エミリア』と下の名前で呼ぶようになったし、エミリアの家にも毎日のように遊びに行った。


 俺の家は貧乏寄りの一般家庭といった感じだったけど、エミリアの家はマジもんのエリート金持ち家庭だった。家はでかいし、庭はあるし、よくわからない犬が二匹も居た。

 だから実のところ、エミリアの家に行くのは、言葉を教えるというミッションは理由の半分で――もう半分は毎日だしてもらえる高級菓子だったのは内緒だ。 

 エミリアのお母さんはめちゃくちゃ美人で、おっぱいが大きい。うちの母ちゃんとは全てが違った。なんなら実の母親より優しかった気もする。


 小学校時代には、父親の顔は最後まで見ることはなかった。めちゃくちゃ忙しい人で、休日も付き合いのゴルフで外に出ていたらしいし、家に居るとしても書斎に篭りっきりだった。

 一度、エミリアのお母さんが「本当はね、アキトくんを見たら、嫉妬しちゃうから、会いたくないんだよ」と教えてくれた。

 意味がわからなくて、お母さんの心を咄嗟に読んだけど、結果は同じだった。

 嫉妬ってなんで? と思ったけど、まあ、ラノベ読みの高校生ならわかる。私の娘はやらん! ということだろう。俺ごときが手に入れられる宝石じゃあないのにさ。


 俺たちは色々なことを教え合った。

 ぶっちゃけ、俺の言葉が相手に伝われば、情報は心から伝わってくるので、思った以上に会話はできるのだ。

 たとえば「父親はドイツ人で、母親は日本人。お父さんは理由があって、お母さんの家に婿入りしたから、苗字は漢字」だとか、「お父さんの仕事の関係上、日本にきた。しばらく居るんだって」とか「日本好きの父親の方針で、小学校は地元の小学校へ通うことになったけど、わたしは最初、やだった……でもいまは少し、平気。アキトくんが居るから……」とか。


 あと、「日本語も読み書きのほうが断然、得意」ということの有用性を知ってからは、交換日記みたいな感じで、やりとりをすることもあった。

 日本語って多分、書く方が難しいはずだよな。そこを理解できているので、エミリアの日本語上達速度は、あきらかに早かった。


 まあ元から、頭は良いのだ。精神的な部分で話ができないということもあったのだろう。 

 俺の「イントネーションがおかしかったら、エミリアのお菓子も俺が食べるからな特訓」はみるみるうちに、成果をだした。

 すみません、食べたかっただけです。


     ◇


 学校や教室でも色々と変化はあった。

 当初こそ、俺の奇行をクスクスと笑うクラスメイトであったが、時間が経つにつれて、一つの変化が現れた。

 それこそ「あれ? エミリアって、すごく可愛いし、日本語うまくなってきたら、ハイスペックじゃね?」という感じ。小学生ってほんと純粋だ。殴りたくなるくらい単純。誰かが悪いことをしたら責めるし、自分が悪いことをしたら逃げる――いやそれは俺だけか? でもとにかくそういう印象あるだろ?


 ただし、エミリアに関してはそれが正しい反応なのだ。

 だって、誰が見ても美少女である。思わず大人さえ振り返るほどの美人である。

 当初こそ「みすしぃる(味噌汁)」と「ごふぁん(ご飯)」とか言っていた女の子が、たどたどしく「きょーは、ごはんと、おみそしる、だったねー?」とか言いながら、笑いかけてくるんだぞ? めちゃくちゃ可愛く見えてくるに決まってるのだ。


 挙句、あの透明性の高い笑顔を向けられたら、大抵の生命体は白旗をあげる。カビだってすべて除菌される。エミリアの屈託のない笑顔を浮かべられると、男女問わず、笑いたくなる。なにか、とても尊いものを見ている気にさせられるのだ。

 というわけで俺のつたない指導から一年も経ち、四年にあがるころには、エミリアはクラスの人気者になっていた。

 奇行と思われていた俺の行動が、どんどん薄れていくほどに、エミリアの周りには友達が増えてきたのだった。


「アキトくん、ありがとう……アキトくんのおかげだよ。アキトくんがいなかったら、わたし、きっとダメだった……」


 そんなことを言われたことがあるけど、やっぱり俺はそっぽを向いた。


「いみわかんねーよ。エミリアなら、俺がいなくても全然へーきだろ」

「そんなことない……!」

「う……な、なら、感謝のしるしに、お前のお菓子くれよ」

「うん、あげるー! もっと持ってくる! お菓子隠してるところ、わたし、知ってるの!」

「あ、それはいいです……」


 とか、そんなやり取りばっかり。言わなくてもわかるように、様々な要素がそれぞれ成長している。

 そんなこんなで――特訓の三年生が終わり、人気者の四年生も通り過ぎた。五年生に進級した頃にはもう、俺という存在は、ただの端役でしかなかった。エミリアがステーキ肉なら俺はパセリ。エミリアがハンバーグなら、俺はパセリ。エミリアがピラフなら俺はパセリである。つまり俺はパセリだった。


 そしてエミリアがラノベのヒロインなら、主人公は別のやつが担当して、無事に小学生らしい「将来は結婚しようね」とか約束し合う時期なのだろう。


 それぐらい、星稜・M・エミリアは、美少女になっていた。そして俺は主人公ではなくなっていた。


     ◇


 俺という人間の話をして、過去編を終わりにしよう。

 俺は、なぜか――というか、必然的にというか、とにかく右肩あがりに卑屈になっていった。

 理由はわからない。二次成長が近づくにつれて、俺の心は矮小になるばかり。


 思い返してみれば、三年時にはエミリアに「アキトくん。いっしょに、かえろ?」とか言われたら「いいぜー」とか返していた。

 四年時にも、エミリアに「アキトくん。今日、ママが、ケーキつくってくれるんだ。一緒にたべよ?」と誘われたら「おお、ケーキ! お前の妹もいるの? あいつ面白いよな!」とか笑っていた。

 だが五年生になり、六年も間近になると、エミリアと俺の関係は変化していった。なんなら心の中では『エミリア』と呼んでいたけど、言葉に出すのは『星稜』へと戻っていた。


 どうしようもなく、俺が変わってしまったのだと思う。エミリアはそんな俺を気遣うように、呼び名が変わったことに気が付かないふりをしていたのだ。それは、知っている。だって心は読めたから。

 エミリアは相変わらずエミリアで、心の中でも、外側でも、ずっと笑顔だったし。引っ越してきた当初がなんだったんだってぐらい、そりゃもう、女神みたいな小学生だったし。


 だからこれは俺の問題なのだ。

 極めつけに、こんなことがあった。

 五月生まれのエミリア。六年のときに「アキトくん。誕生日パーティーをするんだ。よかったらきてくれない?」と誘ってきた。

 俺だけじゃなく、結構な人数がお呼ばれしていた。それは毎年行っていたものではなく、六年の時に初めて企画されたものだった。

 違和感に気がつくべきだったが、それは酷ってものだろう。なにせ小学生だ。ひねくれだしたら止まらない存在。


 俺はプレゼントまで買っていたくせに、色々と理由をつけて、誕生日パーティーに行かなかった。

「アキトくん。絶対にきてね……?」と、その頃にはもう完璧に日本語を操っていたエミリアを、俺は裏切ったことになる。

 最低だよな。でもさ、本当は行く気だったんだよ。じゃなきゃプレゼントなんか買わないだろ。

 でもなんか、ダメだった。とにかく俺は逃げた。買っておいたプレゼントは髪留めだった。エミリアの瞳みたいに透き通った飾りの付いた髪留めだ。


 今でもそれは、学習机の奥に隠してある。

 捨てられず、かといって、見たくもないってだけの理由から、奥底にしまわれた本当の想いだ。


     ◆


 人生ってのは一瞬で変化する。

 小学時代も終わりを迎えるころ。エミリアとの生活ももうすぐ終わる――ことに気がつかず、俺はただただ捻くれ度を増していく日々。


 正直に言おう。


 勘の良い人間ならわかるだろうが、成長とともに、俺の中に『男』の部分が生まれていた。

 そしてエミリアの中には『女』が見えてきた。

 単純な話。つまり、俺は、女のエミリアと付き合うのが、恥ずかしかったのだ。


「アキトくん」と絶えずエミリアが、俺の後ろをついて回っていた三年時は既に過去のものとなり、六年の頃にはエミリアの目を見ながら話をできなくなっていた。 

 ただただ、女子と一緒に居るのが気恥ずかしかった。自意識過剰に更に自意識過剰をまぶしたような自意識過剰が内側から俺を責め立てた。


 でも仕方がないよな……って自分を慰めている。隠キャの根元って、そういうもんだと思わないか? なんていうか、こじらせるっていうかさ。

 やけに自意識過剰な部分があって、夜中に枕に顔を埋めて叫んじゃうような完璧主義者で――いや、偏見か。

 でも俺は、そういうタイプだった。


 さらに、もっと言い訳をさせてもらえれば……、いや、本当はこっちのほうが本当の理由なんだろけど。

 その頃から――他人の声が聞こえなくなっていたのだ。

 本を読み漁り、調べ物もした。今だからこそ予測もつくが、おそらく、二次成長が関係していたのだろう。少々早く訪れてしまった変声期とともに、俺の力は終焉を迎えていたのだ。

 これまで持っていた財産が消えた時、人の余裕も共に消えるようだった。俺は対等に付き合っていたつもりのエミリアの心がわからなくなり、ただの人間同士に変化した関係に困惑した。

 相手が考えていることが分からないことが、こんなにも不安になることだとは思いもしなかった。


 エミリアとの誕生日会の話はそんな中でのことだった。そしてドタキャン。次いで――別れの時がきた。


 そう。

 別れ、だ。

 誕生日会を開いた六年生の年度。

 エミリアは引っ越しをすることが決まっていたらしい。

 父の母国。元々住んでいたドイツへと戻るという。

 最後の思い出に誕生日会を開いたのか、と悟ったときには既に遅かった。

 超能力が消えて、声が聞こえなかったから――と答えるのは、卑怯だってことは俺にもわかる。


 俺は後悔した。もちろん気がついたときには遅い。

 エミリアは皆に惜しまれるようにして、日本を離れた。三年前はたった一人で教室の中に座り、クスクスと笑われていたエミリア。それが周囲にこれでもかってくらいの人が集まって、エミリアの帰国を悲しんでいた。

 で、俺はそれを教室の片隅で見てた。

 低学年の頃にはうまくやれていたはずだけど、二次成長がきて、声が変わりはじめて、能力がなくなり――俺は孤独になった。エミリアとは真逆の存在だった。

 引っ越しの前のことだ。

 放課後、一人で帰っているとエミリアは俺を呼び止めた。


「アキトくん。色々とわたしを助けてくれて、ありがとう……ずっと、ずっと、忘れない。だから、アキトくんも、わたしのこと、忘れないでね。また日本にくるからね」

「まあ、別にいいけど――」


 ――俺の事、忘れても、まあ、別にいいけど。


 心に浮かんだ言葉は、怪我のあとのかさぶたみたいに、剥がれ落ちて消えた。

 だって、それは嘘だったから。俺は本当の気持ちを、何も伝えることができなかった。

『ずっと友達でいような!』って伝えたかったはずなのに、とうとう最後まで何も言えなかった。

 驚くよ、ほんと。日本語を教えていたはずの俺こそが、いつのまにか日本語をうまく操れなくなっていたってわけだ。

 まるで笑えないブラックジョーク。

 でもそれが現実。思い返してみれば、あの頃からもう、隠キャ人生は始まっていたみたいだ。

 俺の時間はあの時停止し、それから一人でいることを選んだのだろう。


     ◇


 というわけで、俺とエミリアの出会いと別れは、こうして始まり、このようにして終わった。 

 

 その後、俺は中学生となり自意識過剰は日々肥大し、無事に高校生へと進学したものの、共に成長するはずの精神面は不思議と一人を好む小学生のままで、今に至るまで、青春の意味を知らない人生を送っていた。

 なんでこんなことになった? とは言わない。

 自分の気持ちは、自分が一番わかっている。


 人の気持ちを読んでいた人間が、人の気持ちがわからなくなる――それは、夜道を歩いていた人間から懐中電灯を奪うようなものだ。

 明かりがなくなり、闇が訪れる。

 右も左もわからなくなる。人との付き合い方がわからなくなる。

 結果、闇に慣れようと努力していた人間よりも、あきらかに軟弱になってしまった俺という存在ができあがってしまったというわけだ。

 だから、俺の過去にこれ以上の成長物語はない。過去編はこれで終わり。

 話は今へと戻る。


 人生ってのは不思議なものだよな。友達がいたはずの男がボッチになったり、一人で泣いてた女が去り際には大勢から別れを惜しまれて泣かれたり。

 そういった劇的な変化はプラス面とマイナス面とがあるが、もちろん俺にはどちらも起こらないと思っていた。信じていた。でもそれはただの妄信だった――そんな俺の人生を変える出来事が起こったのだ。

 高校二年にあがって、すぐのことだった。高校では結構珍しいと思うのだが、ふいに転校生がやってきたのだ。

 それも、珍しいのは転校生というだけではなかった。金髪碧眼のドイツ人だと言う。俺がその時、ひどいデジャブを感じたのは言うまでもないことだ。

 となりのクラスに入ったそいつの名を俺は無意識のうちに求めた――耳に入ってきた名前は『星稜・M・エミリア』


 なんということだろうか。エミリアがドイツから日本へと戻ってきたらしい。それも偶然、同じ高校。クラスはニアミス。住んでいる地域が昔と変わっていないとはいえ、すごい確率だ。


     ◇


 偶然の極み――エミリアが同じ高校に転校してきたことを知ったその日の、昼休み。

 俺は隠れるように、食堂へと向かった。

 だって、もしもエミリアに会ったとしても、気がつかないフリをすればいいのか、無視をすればいいのか、それとも普通に喋ればいいのか、なにもわからない。というか、普通というのがそもそもわからない。

 細心の注意を――なんて思っていればいるほど、大抵、よくない方向へ向かのは俺がネガティブだからだろうか。


 食堂で食券を買って振り返ると、目の前に、金髪碧眼の超絶美少女が立っていた。なんだか面倒なことになりそうだ――一瞬で悟ったよ。

 名前でだって確定していたのだけど、こうして眼前に立たれると、より実感が増した。彼女は紛うことなきエミリアだった。記憶の小学生から、全てを良い方向へスケールアップさせただけのエミリアだった。

 国産の顔に、外国産の特徴というのはそのまま。小学生のころとは比較にならないほど、スタイルがよくなっている。まるでおもちゃ屋で売っている人形みたいだ。


 転向初日なのに、周囲に人が集まっているのは流石だろう。日本語が話せず「う、う」とか言っている転校生のエミリアはもう居ないのだ。そして俺はボッチ飯。

 あきらかな陽キャ属性。リア充グループの筆頭株。重課金者でも手に入れられないティア1を超える使用禁止キャラ。どうとでも表現できるほどに、万能だ。 

 そんな『どんな人間が見ても、一瞬で虜になるに決まっている』という感じの美少女が、食券機の前で、まるで初めて魔法をみた人間みたいに『ぽっかーーーーん』といった表情を浮かべた。ついでにそれは俺も浮かべている。


 視線が交わる。俺は冷や汗をかく。

 エミリアの口が驚きの形へと変わった。


「え!? まさかアキトくん!? アキトくんだよね!? わたしだよ! エミリア! 覚えてる!? わ、わ、本当に会えるなんて、嬉しい! 懐かしいー! すごい偶然だよ! こんなに早く会えるなんて思ってなかったのにっ」


 周囲がざわつく。そりゃそうだ。めっちゃ美少女が、めっちゃ根暗そうなやつに抱き着かんばかりに騒いでいるんだから。


「……きぅ」


 これは俺の喉から漏れてきた空気の音。ものすごく悲しくなるほど、情けない。

 ああ、もう既に白旗を上げたい気分。清流みたいな澄んだ笑顔を俺に向けてくれるな。こっちはろ過する前の泥水みたいな顔しか向けられないんだ。


     ◇


 俺は教室の備品みたいなものだ。

 学校の資産として計上もされるし、通し番号だってつけられるし、必要なときには有効活用されるが、それはワンポイントの立場であり、継続的な何かを確保しているわけではない。普段は埃をかぶって、それっぽいところに置かれているだけで、その役目を果たしている。


 だけど、馬鹿とハサミは使いようってやつなのかな。

 そんな俺でも、使われ方次第では前線で重宝されることもあるようだった。

 偶然の出会いから、エミリアは俺の教室に顔を出すようになった。

 太陽が近づいてきたら紙切れの俺は燃えちまうよ……、なんて斜に構えていた俺だったが、エミリアに向かって「こないでー!」なんて叫ぶことはなかった。


 そう。

 覚えてるか? 最初に言ったように、こういう反応をするっていうことは『陽キャに絡まれることが嫌ではない』ってことなんだろう。もちろんラノベの主人公になれるかは別として。

 もちろん相手の心が読めなくなった俺に、エミリアの気持ちはわからない。でもめちゃくちゃ可愛い女の子が、俺の名前を呼びながら笑顔を浮かべてくれるんだぞ。そうでなくても、親しくされることが嬉しくないやつっているのかな?


 親友っていう存在に使われているぐらいの漢字の『親』による『親しみ』。

 いや、何言ってるのか自分でもわからないけど、やっぱり好意を向けられるのはいつだって嬉しいと思う。ならなんでボッチをやってるんだよっていうことを改めて聞いてくるのなら、俺の話こそ最初から聞き直してくれ。

 俺はラノベの主人公にはなれないだろう。でも昔に偶然積み立てておいた貯金を切り崩すくらいは許してくれよな――俺はそんな気持ちで、エミリアの好意を受け入れた。


 多分だけど、俺の精神も成長を余儀なくされる時期だったのだ。育ちすぎた自意識感情を体一つで支えることに疲れていたのだと思う。

 だからエミリアはそんな俺を、自然とシフトさせてくれたことになる。

 毎日話をして、昼食を食べて、周囲から注目されることを甘んじて受け入れる――その繰り返しが俺の気持ちを楽にさせてくれた。注目されることに脂汗を浮かべていた俺が、次第に、自然と受け入れられるようになっていた。


 あ、うまくやれるかも――そんな風に思えるのは、俺にしてはすごいことだった。

 でもさ、陽キャってのはそこで終わらないんだよな。だから陽キャは陽キャだし、リア充はリア充として生きていくことができる。泳ぐのを止めたら死んでしまう魚と同じなのだろう。俺はクラゲみたいに漂うだけだから、そんな生き方はできないのだ。

 知ってたはずだった。だが知識と体験は別物のようだった。

 これからも、それからも、俺にはまるで作り話みたいなことが起こるのだった。それこそラノベの主人公みたいに。

 なんだよ。ラノベも案外、リアルなことかいてあるじゃんって――って思った。


     ◇


 食堂での再会の後のことだ。エミリアは俺を遊びに誘った。 

 休日になったら家に来てくれというので、「ああ、エミリアのお母さんになら、会いたいかも……妹も居るんだっけか……」なんて、気楽に了承をしてしまった。

 だが不可解なことが一つあった。来訪の約束は日曜日だったが、なぜか土曜日にも時間を求められたのだ。


「それは別の約束なの。お買い物だよ」

「ああ、うん?」

「だから駅前に待ち合わせね」


 まあ、手土産とか必要だもんな――なんて俺も考えて、これも安易に頷いてしまった。


 土曜日。

 待ち合わせの場所へ行くと、偶然なのか、同級生のグループを遠くに見つけた。一人ぼっちの俺とは違い複数人で楽しそうに話をしている。


 もちろん俺の相手はエミリアだから、「星稜は、まだかな……」なんて誰にも聞こえない独り言を口にしながら、自分の精神に添え木をしていた。

 自意識過剰が生み出す擬似衆人監視の中、一人待つ。数分すると、時間きっかりにエミリアが改札口から出てきた。

 手を振って、こちらに駆けてくる。俺には手を振り返すことなんてできずに、挙句、エミリアがこちらにきていることにも気がつかないフリをして、スマホを取り出した。

 それでも、しっかりと目の端で、相手の接近を確認しつつ、最初の言葉はなんていえばいいんだっけ――なんて試験対策をしていると、エミリアは言った。


「みんな、お待たせしました〜!」


 ……みんな? みんなってなに?


 俺は思いがけぬ展開に顔をあげた。エミリアは確かにそこに居たが、それは同級生らしきグループの中でのことだ。

 少し離れた場所の俺を、当然のように見つけて、エミリアは駆けつけてくる。

 それから、小さな声で言った。


「みんなにお買い物を誘われたんだけど、ちょっと怖くて。だからアキトくんに、助けてもらおうと思ったの……今日は来てくれて、ありがと」

「お、おうふ」


 うなずいただけなのに、むせた。

 エミリア。落ち着け。

 助けてもらうのは、俺のほうだ。


    ◇


 その時のグループはのちにエミリア団といわんばかりの団結力を発揮し、たったの数ヶ月で、小学生からの友達みたいな仲になった。

 もちろんそこに俺も含まれていた。ご存知の通り小学生からの付き合いは俺だけだが、実際、俺が一番浮いていた。


 男は俺を入れて4人。

 女がエミリアを入れて3人。

 すげえ大所帯。

 ていうか俺を外したら男女半々でいい感じ。


 俺は早々に離脱を図ったが、その度にエミリアに先回りされて、阻止された。

 エミリアが引っ越してきて、三ヶ月が立つと、夏休みとなり、夏祭りと花火、そして海なんていうやべえイベントばかりがやってきた。 

 来年は受験ということもあって、二年生のはっちゃけぶりっていったら、想像の範疇を超えていた。

 毎日、何かがある。俺はその度に呼び出され、しかし「いやだ! 行かない!」なんて言うこともなく、黙ってエミリアについていく。

 頭の片隅で、もう一人の俺がひねくれている――ああ、これ、小学生の頃の延長戦? なら俺はもう、戦えないよ!


 でも、やっぱり夏祭りの日も、俺はエミリアの浴衣を見に行った。

 口では嫌々。

 内心で歓喜。

 ただ、俺も金魚の糞で終わる気はなかった。


 その頃からだろうか。少しだけ、人付き合いに対するやる気が出てきていた。

 なんだかんだで好きだったラノベ――リア充グループに、非リア充が参画し、どんどんリアルが充実していくなんていうお決まりの展開に、憧れてしまったのだろうか。

 わからない。

 わからないが、俺はエミリアグループの中で、おせっかいをした。

 小学生の時以来の、おせっかいだ。


     ◇


 夏祭りの時に喧嘩をしてしまった男女の仲を取りもつことになったのは、ただの偶然だった。

 でも俺が人生を何度やり直していても、二人の関係性に口を出してしまったんだろうな、とも思う。

 俺はどうやらおせっかいらしいことを思い出したからだ。もちろん人生最大のおせっかいはエミリアへの日本語指導だろう。

 渦中の二人は、あきらかに両想いだった。喧嘩の理由もただのすれ違いで、些末な問題の積み重ねだった。

 喧嘩は悲しいものだ。だから俺は久しぶりに本気を出した。


『人の心を読んだ』のだ。

 でもそれは、超能力なんてものじゃない。すでに能力は消えている。だから俺は、元・超能者として培ってきた『心に対する経験則』を必死に思い出しては、行動に当てはめていった。


 ただ一人の無能力な人間として、きらきらと光り輝くリア充の問題に対峙したというわけだ。

 恋愛経験はゼロの俺が、である。無謀にもほどがある。

 もちろん恋愛を軸とした相談に解答なんて出せるわけもなく、俺はラノベからの名言をいくつも借りつつ、本人の考えをサポートしただけ。周りで聞いていたやつらに「いや、あのときのアキトのセリフは、ほんと恥ずかしかった」とか言われてしまった。

 もうやだ……穴があったらはいりたい……、なんて思っていたが、事はなんとかおさまり、その嬉しさのほうが勝った。

 超能力は消えたけど、俺にもなんとかできることはあったようだ。

 ただただそれが、嬉しかった。


     ◇


 それからも様々なイベントが起こった。 


 水着の女子集団がナンパされて、血気盛んな一人が喧嘩をおっぱじめて、なぜか止めた俺だけが怪我をしたとか。

 水着が流された同級生を助けたら、犯罪と言われても仕方のない状況になり、エミリアが珍しく怒って、許してくれるまでかなりの時間がかかったとか。

 バーベキューをしたときにエミリアの父親に初めて会ったり。エミリアのお母さんが全く変わっていなかったり。まだ小さかった妹がこれまた美少女になっていて、なぜか俺のことを覚えていてくれたり。

 スキーにも行ったし、プチ遭難もした。


 なにがなんだかわからないままに、時間に背中を押されるようにして、時を過ごしていった。

 俺はその度に、自分はうまくやれているだろうかと、確認する。俺は極度に失敗を恐れた。

 正直に言えば、とっても楽しかったから。だから、失いたくなかった。

 でも同時に――分不相応な立場でもあると、恥ずかしさをも感じていた。


 ――俺が人助け(笑)

 ――助けてもらう側だろ(涙)


 考えるたびに、俺は少し鬱った。

 しかしどんなときもエミリアが助けてくれた。


「アキトくんは、昔から、そういう人だよ。おせっかいで、やさしくて、かっこいいよ」


 もちろん俺は「は、はぁわ?」とか、奇声をあげていたけど、ただただ前向きなエミリアさんに感謝である。

 いつだって受け身の俺。でも、これだけは一つ言わなきゃいけなかった。


「星稜」という呼び名が再び「エミリア」へと戻り、友達と呼べる相手もできてきて、なんなら周囲から感謝されることも増えてきても、言わなきゃいけないことだ。

 俺はもう心は読めないんだよ――という前置きを心の中に置いて。


「昔とは全く同じではないだろ。俺も色々変わっちまったから、もうエミリアを助けることはできないんだ」


 でも相手は、星稜・M・エミリアだ。トラブルが起きる前に、笑顔でそいつをなぎ倒す、エミリアさんである。


「そうかなー? わたしにとっては、ヒーローのままだよ。それに友達が喧嘩してると、いつも助けてくれるでしょ?」


 なんてさらに笑顔のマシマシをしてくる。

 ささくれだちそうな俺の心が一瞬でヒーリング。


「はうぁ」


 なんて、言うしかない俺の哀れなこと、哀れなこと。

 どっちがヒロインなの? わけわからない。

 まあ。ただ。俺はさ。友達が喧嘩している時の、エミリアの悲しい顔を消したいだけなんだ。

 もちろん伝えられなかったけどさ。


     ◇


 長い長い話も、そろそろ巻いていこう。あまり思い出話をしても仕方がないし、最終的には未来の話になるのだから。

 つまり――色々とこじらせた高校生が、自分の気持ちを素直に伝えられるようになるには、いったい、何年かかるでしょうか? という問題。

 答え合わせの時がきた。


     ◇


 俺たち――と表現できるようになるぐらいには、色々とあったエミリア団の奴らとは、高校生活が終わろうとも交流は続いていた。


 大学進学したやつ。

 フリーターになったやつ。

 夢を追いかけたやつ。

 俺は大学に進学した。Fランだけど。


 恐ろしいことに、俺は世間に適合しようとしていた。ファッションなんかに興味が出てきたり、人付き合いに積極的になったり、カフェでバイトをしたりした。

 とはいえ根はやっぱり俺だから、ファッションは女子たちにダメ出しを食らうし、人付いの話題はゲームやラノベが中心だし、カフェでバイトして一番仲良くなったのは人付き合いが嫌いな女の子だった。

 大学に進学して、俺とエミリアは離れ離れになっていたが、住んでいる地域はまったく同じで、学校外ではよく会っていた。


 もちろんエミリアはエリート確定の超有名大学。同級生はみんなお金持ちか、超優秀。

 少しレベルがあがって一般人へとランクアップした程度の俺には怖い世界すぎて、近づこうとも近づきたいとも思えない世界だったが、エミリアは一人でもぐんぐんと進んでいった。

 小学生の頃のエミリアはもういない。俺のサポートなんかいらないのだ。

 ちょっと調子にのったことを言わせてくれ――俺とエミリアは付き合っていたわけではない。

 だが、驚くなよ? 実は俺は、別の女子に告白されたことがあったのだが、断っていた。エミリアの悲しむ顔がちらついたからだ。


 エミリアはぶっちゃけ地球上のすべての人間から男女問わずに告白されているので、俺ごときに彼女ができても――いや、もう自分を誤魔化すのはやめよう。

 エミリアはおそらくだが、俺のことが好きなようだった。

 決して、告白なんて気配を出すことはなかったが、俺にはそれがわかったし、周囲の人間だって、さすがに気がついていた。


 でも俺は俺だった。そんなことには気がつかないふりをして、いいとこ取りの人生を歩んでいた。

 それがきっかけで親友と呼んでくれた男友達に殴られたが、それでも俺は逃げた――何かを失うことが怖かった。

 悪いことは重なるものだ。大学も終盤となると、ちょっと悲しいことがあり、俺は一人暮らしをすることになったが、そんなときも、エミリアは家族ぐるみで助けてくれた。


 俺にとって、エミリアという存在は、どうしようもなく大きくなるばかりだった。

 大学を低空飛行でなんとか卒業すると、俺はただのサラリーマンとなる。

 とはいえ、大学時代に励んだボランティアのおかげか、福祉系に勤めるという目標は達成できそうだった。

 俺とエミリアの就職祝いのパーティを星稜家一同が開催してくれた時のことだ。

 エミリアは嬉しそうに言った。


「今は共働きの時代だから、妻の方が収入高ければ、大丈夫だよ! わたし、高収入になるし!」


 パーティー会場が凍りついた。笑顔だったのは、エミリアだけだった。

 俺はエミリアの父親に別室に呼び出され、なぜかいつも遊びで付き合わされていた将棋の勝負を、命をかけて(?)挑まれた。

 いつもは負けるのだけど、しこたま酒を飲んでいたエミリアのお父さんは酔い潰れており、悪手を繰り返し、俺の勝利となった。

 俺は色々なことから目を逸らしていたが――将棋に負けたお父さんから「本気なら、許す」と言われて、決意した。


 人間は単純だ。

 魔王を倒してくるのだ、勇者よ――と言われれば、旅に出る。それまで小さな村で畑を耕していただけなのに。

 まあ俺ぐらいのビビリだと、それすらも、今の地点から一歩踏み出すためのきっかけぐらいにしかならないけど。

 それでも俺にとっては重要なイベントだった。


     ◇


 それから俺は福祉の世界へ入った。

 給料はおそろしく低い。ぶっちゃけ、超エリートコースをすすむエミリアの数分の一でしかないし、今後もその差は広がるばかりだろう。


 それでも誰かの笑顔を見るのは、心が和らいだ。どうやら、俺は人の笑顔を見るのが好きみたいだった。気がつかせてくれたのは、もちろんエミリアだ。

 俺たちの交流はいまだに続いていた。

 さすがに就職ともなると、エミリア団のみんなも散り散りになっていったけど、俺とエミリアだけは同じ地域で、同じ関係を保っていた。


 俺は襟の伸びた服を着るようになったが、エミリアはいつだって綺麗な服を着ていた。

 俺は仕事と兼用のスニーカーを履いていたが、エミリアは毎日違う靴を履いていた。 

 俺たちは付き合ってはいない。きっと俺が変わらないと、その先には進めないようになっているのだろう。

 人生には『偶然』なんて言葉があるが、それはおそらく『必然』を多分に含んでいる。

 俺の給料は変わらないが、エミリアの給料は鰻登り。

 俺の評価はわからないが、エミリアの評価は上がっていくばかり。

 時間が経つにつれて俺とエミリアの差は広がり、同じなのは年齢だけ。住む世界は同じはずだったのに、いつの間にか別の世界で生きている。


 お互い社会に出て四年目だった。


 二十六歳。


 エミリアのもとには、ありとあらゆるエリート金持ちが結婚の話を持ちかけていたが、その全てに首を振り続けたことを、俺は知っている。

 俺は将棋に勝ったあの日から、星稜家には顔を出していない。


     ◇

 

 毎日、襟が伸びた服を着ていたことを、エミリアは一度も話題にしなかった。

 ついでにエミリアに援助をしてもらったこともない。

 きっとエミリアはその理由を知っていたのだろう。心が読めなくても、俺の心を読んでいたのだろう。だからずっと黙っていたのだ。


 改めてすげえ奴だな、と思う。俺なんて、相手の心が読めた時は調子にのって、それが読めなくなったら一気に人付き合いが怖くなった。

 夜道で使っていた懐中電灯の電池が切れただけで、俺はその場でうずくまった。なのにエミリアは、それをしない。

 それどころかエミリア自身が明かりとなって、俺を導いてくれた。


「今のわたしがあるのは、アキトくんの、おかげだよ」なんてエミリアは言うけれど、それは達成速度の問題だけで、一人だけでも絶対に乗り越えられただろう。


 俺は勝ち馬に乗ったようなもんだ。俺はずっと逃げてきただけなんだ。

 だから、せめて最後くらいは自分の力だけで戦いたかったのだ。

 俺が俺のまま、好きな福祉の道を歩きつつ、それでも本気でエミリアを大事にできるかを試したかった。

 今日、俺はエミリアに会いに行く。

 かなり久しぶりだった。お互い忙しかったんだ。特に俺はラストスパートのために、日中夜、働いていた。

 いつもは「会おうか」としか言わないのに、「デートをしませんか」とチャットアプリで送信した。

 茶化してくることなく、「たのしみ」と返信がある。


 当日。

 荷物は何度も確認した。 

 安売りのバッグ、ボロボロの財布、ぼろアパートの鍵、何度もつかったハンカチ、そして通帳と、色あせた紙袋。

 通帳にはきっかり600万が入っている。

 一年に一五〇万。それを四年、貯めた。

 これだけあれば結婚式は開けるだろうし、二人が暮らせる部屋も借りられるだろう。もちろんそれだけのことで、それからのことはまた努力しなければならない。これはゴールに見えるだけのスタートでしかなかった。

 俺は今日、結婚を前提に、エミリアに告白をしにいく。


 相手の心なんて読めないし、どんな返答かもわからない。もしかしたら、エミリアの中では俺は終わっていて、別の好きな相手がいるのかもしれない。

 それでも俺は、ずっと言えなかったセリフを、伝えなきゃいけない。

 そうしなきゃ、俺はずっと、心が読めなくなって、不安になって、嫌われることを恐れ始めた小学生の『アキトくん』のままだ。


     ◇


 小学生のエミリアとの出会いは偶然だった。でも、おせっかいは俺の必然だ。 

 一度はそこから逃げたけど、俺は、約十五年をかけて、同じ場所に戻ろうとしていた。

 エミリアとの簡単な食事を終わらせて、夜道を歩く。 緊張で胸がいっぱいすぎて、今食った飯を吐きそうだった。


 なぜかいつもと違う道を歩いてしまい、ホテル街に入り、勘違いをしたエミリアが、テンパり、俺もそれにつられて、とにかく人気の少ない方へ行こうと思って、河川敷まで連れ出す。

 ムードもへったくれもない暗いだけの歩道だった。

 歩きすぎて、俺もエミリアも疲れていた。その分、緊張もほぐれていたのだろう。

 俺は情けなくなったが、エミリアが「小学生のときの、探検みたいだね!」と笑いかけてくれて、一瞬で小学生時代が思い出された。


 俺はエミリアの気持ちが手に取るようにわかって、エミリアも嬉しそうに俺についてきてくれる。

 毎日が探検のような日々だった。

 かちり、と。小学生の頃に止まっていた時計の針が、今、動いた気がした。

 俺はくたびれたバッグから、色あせた紙袋を取り出す。

 それはあの時渡せなかった、青い飾りのついた髪留めだった。

 ずっと見ないふりをしていた誕生日プレゼント。


 エミリアは黙っている。

 俺の言葉を待っている。

 色々と話したいことはあった。

 ごめん、とか、ありがとう、とか、四年かかったけど結婚費用を貯めました、とか、だから結婚を前提に付き合ってください、とか、生活は貧乏かもしれないけどそれでもいいかな、とか――。


 でも目の前でじっと俺の言葉を待っているエミリアを見ていたら、そんな気持ちは、言わずとも伝わっている気にさせられる。


 俺はもう誰の心も読めない。

 なのに、エミリアは俺の心だけは読めるらしい。

 そして俺もエミリアの心だけならば、読めるような気がした。

 それは超能力でもなんでもない、共に歩んできた人に備わる、自然な力なのだろう。お互いを知るのに、特殊な力なんて必要ないのかもしれない。


 恥ずかしがる小学生みたいに、俺はたどたどしく言った。


「遅くなって、ごめん。これ、エミリアに、あげる」


 色あせた紙袋を差し出す。あの日の続きを今から始める。

 エミリアは笑った。初めて会った時から何も変わっていないエミリアの笑顔。

 彼女は、昔よくしていた「(こくこくこく)」をするみたいに、「(ぶんぶんぶん)」と首を振った。


「遅くないよ。毎日、楽しすぎて、今日まで一瞬だったよ」


 ああ確かに……、と思い直す。


 確かに、小学生のころって、そうやって毎日が一瞬で過ぎていって、それがどうしようもなく楽しかったよな。

 毎日努力だとかなんだとか考えてなくて、なのに何かを為そうと日々必死だった気もする。

 自分が何者かを決めつけずに、無謀なことにさえ笑顔で突っ込んでいった。

 この道がどこに続いているかなんて考えずに、ひたすらに面白そうなほうへ足を向けていた。

 結果的にダメだったとしても、そういう失敗体験すら最高に輝く記憶へと変わっていくんだよな――なんて、胸が痛くなるくらい懐かしいことを、今、ようやく思い出す。

 いつから失敗したくないなんて思っていたのだろうか。そんなこと、意味なんてなかった。


 結婚してください――笑顔で俺が言うと、エミリアはまるで子供みたいに顏を赤くして、まるで大人みたいに一回だけ頷いた。

                                       FIN

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【短編】キミにあげたいプレゼント 〜小さい頃に助けた女の子に、高校生になってから助けられてる情けない俺が最後にした行動〜 天道 源(斎藤ニコ) @kugakyuu

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