第4話 復讐者カノン④
ずるずると、カノンは川沿いに渋谷からの離脱を図った。
駆逐官専用の防護服に備わっていた強化機能により、なんとか歩くことに成功していたが、カノン本人は気力も体力も、既に限界を迎えていた。
5年前のあの光景がチラつく。炎の中で、仲良く遊んだ友人が、優しくしてくれた先生が、そして共に生きてきた家族が、次々に消えていった。
「はぁ……はぁ……」
今も、こうして目の前で、共に命をかけて戦った仲間が無惨に殺されていった。レオは頼もしい兄貴分で、彼の軽口が部隊の明るいムードを作っていた。アリサは姉貴分で、カノンをはじめとする他の隊員にいつも細かく気を配り、無理をしていたらすぐに見つけてフォローしてくれた。隊長のゲンは何があってもブレることがなく、隊員達は彼の自信満々な姿に勇気と誇りを与えられた。
そんな仲間達が、死んだ。目の前で、何かを残すこともなく、死んだ。
だが、不思議と涙が出てこない。疲れ果ててしまっているからだろうか。汗で体の水分が不足しているんだろうか。
なんとか復讐鬼の被害の少ない地域の建物の中に入った。置いてあったソファに座り、枯れた目で外を眺めた。まだ災害は収まっていないらしく、あちこちで火が上がっている。だが、問題ない。火力を有する自衛隊の攻撃などが加われば個人で立ち向かうのが難しい復讐鬼であろうと、なす術はない。既に戦闘能力を失った自分にできるのは、ただ生き延びることだった。
建物の中にあったコンピューターを起動させ、なんとか外の回線を開くことに成功した。外の情報が分からない以上、まずは災害の情報を正しく知ることが大事だ。
だが、冷静な思考は目に飛び込んできた情報によって一瞬で消し飛ぶことになる。
「え?」
《東京全域で超大型復讐災害が発生。復讐鬼の発生数は10万体を軽く上回るとされており、日本政府は非常事態宣言を発令》
《東京での復讐災害発生をきっかけとして、日本各地で大型の復讐災害が連続で発生しています。大阪では少なくとも3万体もの復讐鬼が発生、札幌・名古屋・福岡でも
1万体以上の復讐鬼の発生が確認されています》
《日本に住む全ての方々は、直ちに人気のない場所に移動し、身の安全を守ってください。復讐鬼は、人が集まりやすい場所に現れますので、都市部や街中には絶対に立ち入らないでください。繰り返します____》
《東京湾の避難用客船を復讐鬼が襲撃。客船が沈没し、乗員235名の安否が不明となっております》
《日本政府は復讐鬼によって国会議事堂や中央省庁が攻撃され、多数の議員や省庁職員が死亡したことを踏まえ、臨時政権の樹立を宣言。死亡した____総理大臣の後継として____》
《復讐対策隊は駆逐官の大半が死亡し、壊滅状態となったことを踏まえ、第1級体制を発令しました。全ての公務員、並びに国民は対策隊の指示に従い、安全に避難を行ってください》
《現時点での推定死者数・行方不明者数。東京:24万4782名、大阪:17万3985名。その他の都市圏でも、軒並み5万人以上の死者・行方不明者が推定されています。現状、既に日本全体で100万人以上の死者が出てしまうことは避けられないとされています》
《日本での未曾有の復讐災害を踏まえ、国連安全保障理事会では緊急会議が開かれ、日本への国連軍派遣が決定されました》
《避難所にて大型の復讐鬼が発生。死者・行方不明者は160名を超える見通しです。避難所にも多くの人が集まるため、復讐鬼が発生する場合があります。なるべき誰かと一緒にならず、少人数で集まって行動するようにしてください》
…………
……
…
それらの情報を見て、カノンは思い知った。
自分たちが守っていたものは、こんなにも脆く壊れやすいものなのだと。
人の復讐心を無くすことはできない。現に、駆逐官をやっている自分たちにすら「復讐鬼に対する復讐心」があった。だが、今生まれている復讐心を、復讐鬼を倒し続けること自体はほんの僅かながらも復讐心の連鎖を止め、人々の心を平穏に保つためにも重要なことであると本気で信じていた。
だが、間違いだったのだ。復讐鬼を倒せば、少しづつでも復讐心のない平和な社会になると思っていたが、そんなことをはなかった。
どれだけ駆逐官が復讐鬼を倒そうと、どれだけ対策隊が未然に復讐鬼の発生を止めるべく尽力しようと、誰がどう死のうと、復讐の心は消えない。復讐心が存在し、それらが復讐鬼になり続けるのであれば、いくら何をしようと無意味なのだ。
「あ、ああ……」
明確に、自分の心が「壊れていく」のが分かる。
「ああああ、あぁ」
もう嫌だ。何も見たくない、何も知りたくない。
どうして世界は、いつも自分に、自分たちに嫌なことばかりするんだ。
ふざけやがって。
憎い。憎い。
この世界が、憎い。
た だ ひ た す ら に 、 こ の 世 界 が 憎 い
___________
復讐鬼が連鎖的に発生する際、大体その発生原因となる復讐心は、同一の指向性を持つとされる。例えば、自分の周囲の環境を恨む気持ちがきっかけのもの。暴力に対する復讐心。お金を巡る争いによる恨みつらみ。大切な人に裏切られたことによる復讐心など、様々な種類がある。
多くの人々に共通する復讐心が復讐鬼となった場合、復讐鬼の連鎖的な発生により、大規模な復讐災害に繋がりやすいのだそうだ。
人類には、太古から恨んできたものがある。
例えば、病気。人を苦しめる病は、多くの人々の命を理不尽に奪ってきた。
あるいは、自然災害。荒れ狂う空や大地に、人々は恐れをなした。
一般的に、これらの現象は人類が立ち向かうにはあまりにも強大すぎる存在であるため、いつしか人々は恐れをなし、それらの存在を「神」として崇めることで、心の平穏を保っていた。
いつしか人々はテクノロジーを進展させ、洪水や嵐などを凌ぐことができるようになったり、疫病にワクチンで対抗できるようになったりした。
復讐鬼は、そんな人類に用意された、新しい形での理不尽なのかもしれない。
だが、この時カノンが抱いた復讐心は、まさしく太古の人類が味わった、現代の人類にとっては忘れた感情であった。これらの心はDNAとして、記憶になくとも生物学的な単位で人間の本能に結びついているのだろう。
すなわち、自分たちを取り囲むこの世界への復讐心。
自分たちを取り囲み、あらゆる恵みと同時に、あらゆる理不尽を与えてくるこの世界。この世界に、太古の人類は憎しみを燃やした。なぜ理由もなく、我々は死ななければならないのか。なぜ、我々はこのように苦労しなければならないのか。なぜ我々は、こんな辛い思いをしなくてはならないのか。
こんな思いは、御伽噺などで少しづつ変換され、いつしか人類からは消えていった。
しかし、ここに来てカノンという一人のイレギュラーな存在が、全てを壊してしまった。彼女が呼び起こした「世界への復讐心」は、抱いてはいけない感情であった。一人の少女の心が、この世界を包み込む、まさしく地獄の業火になるなど、一体どこの誰が想像しただろうか____
___________
「
結果的に全世界の人口が実に97%も減少し、生き残った僅かな人々は集落を形成し、日々己の精神をスキャンし、負の因子を薬物で消去し続けながら生活する日々を送っている。
人間の活動領域の外は復讐鬼でもなく、ただ近づいたものを攻撃するだけの亡霊が大量に蔓延っている。かつて人が多く暮らしていた地域は復讐鬼の残骸による猛毒により、人どころかあらゆる生命体が住むことのできない汚染区域と化した。
特に、災害の爆心地となった日本の東京は数百キロ単位での汚染区域が発生している。汚染区域は海洋部分にも当てはめられており、ここの海域は非常に危険な航路として有名である。
衛星観測によると東京周辺の地域は今でも、まるでハリケーンやらサイクロンのごとく、復讐鬼の体を形作る復讐心が渦を巻いているそう。渦の大きさは直径數十キロらしい。想像もしたくない規模である。頑丈な無人偵察機が中を見ようとしたらしいが、渦に入った瞬間木っ端微塵に砕かれてしまったそうだ。
ちなみにこの「復讐鬼」とやら。この大災害の前と後とで随分と生態を変えていて、復讐心以外からでも生まれるらしい。こうなるともはやただの幽霊・亡霊、バケモノだ。
これらの生き物(?)は今や宇宙空間にもいるらしく、巨大化したバケモノが人工衛星を襲ったりもしているらしい。既に人類は他の惑星に逃げることすらできなくなってしまったようだ。
最近では、研究者たちが復讐鬼を効率よく倒すことのできる兵器の開発に成功したらしい。なんでもいいけど、少しでも外の世界を見れりゃ俺たちはなんでもいいけどよ。
こういう災害は、何かの人の感情が原因で起きるらしい。だから今時の人間は全員心のケアを欠かさないようにしている。
そうやら、災害はどこかの人間の激情がきっかけになっているらしい。どこの誰だが知らないが、まぁ、今でも人類は元気にやってるし、とやかくそいつを責めても無駄なことだ。多分死んだんだろうし、3秒だけでも弔ってやろうじゃないの。
___________
私は、ここで待ち続ける。
私はどうやら、持ってはいけない感情を抱いたらしい。
あの時、涙でぐしゃぐしゃになる顔で空を目掛け、思いきり叫ぼうとした瞬間、自分からとてつもなく熱いものが発せられるのがわかった。まるで自分が噴火したかのように、自分を灼熱が包み込んだ。
そこから先はよく覚えていない。気づけば何も見えない場所に私はいた。
いや、見えることには見えるが、変な色の、赤いとも黒いとも言えない何かで視界がいっぱいだった。変な色したものが自分を中心に渦巻いているのが分かる。
助けは来ないとすぐに悟った。自分の体が、既に人間のそれでないことが分かったからだ。自分は何か大きな炎みたいなものに覆われていて、まるで怪獣のように大きくてゴツゴツとした体になっていた。
やはり、復讐心はまともなものではない。ほんの一瞬でもとんでもないことを考えた自分のせいだろう。
でも____やっぱり寂しいし、辛い。
誰かに、助けて欲しいと思った。
そして____その人に、自分を殺して欲しかった。
ああ、いつか来るかもしれない誰か。
どうか、お願いだ。
私を、助けてくれ。
私を、終わらせてくれ。
人類の、人という種の復讐心の連鎖を、私を殺すことで止めてくれ。
私が目指した理想の社会を、「誰も誰かのことを嫌いにならない社会」を作るために。
私の夢を叶えて、そしてありとあらゆる辛い思いを打ち砕くために。
どうか、明日を生きて、必ず私の元へ____
-完-
復讐者カノン 八山スイモン @x123kun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。復讐者カノンの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます