第3話 復讐者カノン③


その日は雨の降る陰鬱な夜だった。


連日発生が止まない復讐鬼の発生。復讐災害の前兆と思しきものが各地で発生していた。雨の日などは人々の陰鬱な気分がたまりやすいらしく、それに応じて復讐鬼の発生も増加する。


カノンらの部隊も、増加し続ける駆逐任務に隊員の疲弊が溜まっていた。


「はひー。柔らかいベットで10時間寝たい」


「先にお風呂に入って。男の汗だくを近くに置いておくのは流石に嫌」


「ひど。まるで人を復讐鬼ならぬ扱いしやがって」


隊員同士の軽口を聞きながら、護送車でなんとか一息をつく駆逐官の部隊。カノンも前線で戦う身として、相当の疲労が溜まっていた。


護送車が隊員の待機する基地まで向かう。隊員の疲れを溜めないよう、任務が終わったらすぐに控えていた部隊が次々に出撃するようにできている。このよくできた制度のおかげで、僅かでも駆逐官には休息が与えられることになっている。



だが、その日は休息は長く続かなかった。



シャワーを浴びてソファで寝そべって仮眠を取っていたところ、またサイレンが鳴り出したのである。


「大型の復讐災害発生を確認。場所は渋谷近辺だ。現状で少なくとも100体以上の復讐鬼を確認している。尚、発生から現在に至るまで駆逐官による駆逐活動を続けているが、どうやら発生速度の方が早い。既に強力な個体も出現しており、駆逐官側に犠牲者も出た。このままでは5年前の二の舞になる。直ちに現場に急行してくれ。指示は追って出す」


指揮官による早口の指示の後、カノンらは休息する暇もなく動き出し、すぐさま渋谷に急行した





___________





「なんだ、こりゃ……」


渋谷は既に火があちこちに着いており、所々では大規模な破壊が生じて地下が露わになったり、ビルが一部倒壊している。既に復讐対策隊が管理している対復讐鬼信号発信機も既に破壊されており、渋谷の広場では小型〜中型の復讐鬼が大量に闊歩していた。


「推定だが、既に発生している復讐鬼の数は5年前を上回っている。渋谷だけじゃなく、原宿や青山などの近隣地域にも既に伝播している。駆逐官の君たちは、少しでも多く生存者を探して避難させろ!戦闘は後回しだ、君たちも必ず生きて渋谷を脱出しろ!」


無線機からは指揮官の悲痛な声が上がる。現に、カノンらの舞台は到着したてで既に連戦しており、既にクタクタの状態であった。


「クソ、こんな数どうしろってんだよ。マジで大災害じゃねぇか」


普段は冷静で常にどっしりと構えている隊長ですら泣き言を吐く始末だ。

泣き言を言っても仕方がない。カノンらは武装を整えると、すぐに次の現場へと向かった。



渋谷は凄惨な状態であり、まさしくこの世の地獄とも思える光景が広がっていた。

人間の焼死体、礫死体がそこら中に転がり、血と人の一部と思わしきものがそこらじゅうに散布されている。カノンらは移動中、倒壊しかかった建物から数名の家族を救出したが、子供が一人犠牲になり、母親の悲痛な叫びを聞きながら次の現場に向かった。向かった現場では、激しく燃える一軒家の中に取り残された父親を助けて欲しいと懇願する少年がいた。生存は絶望的だったが、駆逐官の自慢の耐熱武装を着てなんとか炎上する屋内に入った。だが、得られたものは父親が完全に焼死した事実と、激しい炎の中辛うじて残っていた、父親の死体の炭化した手の部分だけだった。


他にも、女性が目の前で復讐鬼によって上半身を吹き飛ばされたり、人が集まっている場所に復讐鬼によってトラックが投げ入れられ、爆発によって大勢の人が一瞬で消し飛んだり。


カノンは必死に戦った。もう一生抜けないんじゃないかと思えるくらい、手には復讐鬼を殺した触感が残っている。

辛いし、嫌だ。もうこんな辛い思いは懲り懲りだ。だが、それも5年前ほどではない。自分は5年前ほど辛い思いをせずに済んでいる。だから、まだだ。もっともっと多くの人を助けなければ____





そんな覚悟は、目の前で隊員が強力な復讐鬼によって殺される瞬間を見て、一瞬で覚めてしまった。

護送車を大型の復讐鬼が襲い、車が大破した。急いで車から脱出した精鋭の4名は助かったが、運転手をしていた補助の隊員は車と共に川に投げ捨てられ、そのまま爆発に飲まれた。


すぐに近くの復讐鬼達がよってたかってくる。強力な武装によって次々に復讐鬼達を駆逐していったが、強力な力を持つ個体が来てしまった。強力な個体は駆逐官のフル装備でも傷付けられない強固な肉体と、凄まじいパワーを持つ。その上、明確な知能を有し、隊員複数名相手にしっかりと立ち回りながら戦うのだ。


強力な個体でも、カノンらの部隊であれば対処可能だ。しかし、それと同様の強さを持つ個体が4も次から次へと来られると流石に対処できない。


まずは銃を扱う後衛のレオが、後ろから襲いかかってきた復讐鬼によって吹き飛ばされる。なんとか一撃ではやられなかったが、すぐにやってきた強力な個体の熱線攻撃をもろに喰らってしまった。


次に、レオの死に激昂したアリサがレオを殺した復讐鬼に単独で挑みかかる。隊長のゲンの援護もあってなんとか倒すことができた。だが、すぐ近くにいた個体が来襲し、膝を着いていたアリサは一瞬の隙を突かれ、首を跳ね飛ばされて殺された。


隊長のゲンがその個体の隙を着いて倒すも、すぐに大型の個体が3体、そして人間と同じ大きさを持つ強力な個体が2体現れた。


もう、カノンも限界だった。目の前に転がってきたアリサの首と、彼女の事切れた顔を見て、カノンは絶叫した。


だが、隊長のゲンはカノンを遠くへ投げ飛ばし、自分は復讐鬼達に立ち向かっていった。


「お前は逃げろ。必ず生き延びろ」


ゲンの最後の言葉を聞き、遠くに投げとばされたカノンは振り返った先でゲンが駆逐官武装の暴走による爆発を起こし、復讐鬼もろとも自分を犠牲にしたことを目の当たりにした。

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