第2話 復讐者カノン②
復讐心にも色々ある。悪口や暴言を繰り返し言われたことに対してだったり、暴力によって傷つけられたことに対してだったり、あるいは自分が大切に思っている人がひどい目に遭ったことに対してだったりする。程度の差こそあれど、同じ復讐心だ。
現代は高度に発達したテクノロジーによって人々は豊かに暮らしている。戦争や災害、病気による苦しみからは解放され、生き生きと人々が暮らしている。
だが、争うことはなくならないし、当然報復の連鎖も止まらない。平和な社会でも、復讐心は絶えず作られていく。復讐鬼の発生数と生活水準や治安は、ほとんど関係がないそうだ。争いがなくとも、人の心は絶えず傷つき、復讐の炎に焚べる薪はなくならない。
駆逐官は憂鬱な仕事だ。なくなることのない復讐心と死ぬまで戦い続けなければならない。だが、いなければ報復の連鎖の拡大は歯止めが効かなくなり、手のつけられない事態になってしまう。だから戦う。己の復讐心すらも戦うための材料とし、戦い続けるのだ。
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「カノンは働き者よねー。休日になっても仕事してるし、おまけに一番しんどい駆逐の仕事だし」
「私はあんなに頑張れない。戦うなんて、強い人じゃないと無理だと思う」
復讐対策隊本部ビルの食堂にて。
復讐鬼は夜に発生することが多いため、昼間は駆逐の仕事が少ない。駆逐官はその間睡眠を取ったり、駆逐に関する報告書の作成やその発生原因の調査、専用武装の調整や訓練に時間を使う。
戦闘だけでなく、復讐鬼対策の戦略作りなども仕事に含まれるため、駆逐官は激務である。その分給料も弾んでおり、着任したてでも並の公務員の倍以上の給料をもらう。戦闘の機会が増えればその分、戦闘で危険な目に遭い、場合によっては命を落とすことすらあり得るため、昇級すればするほどさらに給料が上がる。
とはいえ、その給料を使う時間は滅多にない。時間のほとんどを業務に使い、殺伐とした戦闘を仕事としているので、プライベートという贅沢は滅多に訪れない。お金の使い道など、こうして食堂でちょっといい定食を頼むくらいが精一杯なのである。
カノンが注文したのは食堂の名物料理であるオムライス。駆逐官は摂取カロリーなども厳密に定められているので、一般的なカロリーの高い外食は食べられない。このオムライスはそんな仕事をしている人に向け、栄養バランスが整いつつも本場の味に近い味を提供してくれている。シェフの努力には感謝すべきであろう。
「休んでもやることないし。仕事をするのが一番落ち着く」
「うひゃー、公務員の鑑だわ。私なんか対策隊隊員特権を使ってクレカ使いまくってるわよ」
「え、そんなに買い物してるんだ」
「あたぼうよー。せっかくの特権、擦り切れるまで使ってやるわよ」
「……」
羨ましいな、と同僚を見てつくづく思う。カノンには、このような剥き出しにできるような欲がない。一般に、欲を出すのは良くないことだとされているが、カノンはそれでいいと思う。そうして欲を素直に曝け出した方がストレスや負の感情は解消されやすいし、復讐心を溜め込まなくなる。ありのままの姿をさらけ出せないことが、一体どれくらい苦しいことなのか____カノンは、身を持ってそれを体験している。
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5年前、東京で起きた「超大型復讐災害」。復讐鬼は一度発生した場合、連鎖的に他の復讐鬼を発生させることがあるそうだ。復讐鬼が発生する際に生じる復讐心の集合により、周囲の人間の復讐心が加速し、復讐鬼の発生が促されるのである。通常は万全の警戒体制のもと、復讐鬼発生地点から半径1キロメートル以内全域にサイレンとして復讐鬼対策の信号を出すのだが、稀にこの隙をついた形での連鎖反応が生じる。同時に10体以上の復讐鬼が発生した場合は「復讐災害」と呼ばれるようになる。
5年前、主に新宿周辺を襲ったのは同時に500体もの復讐鬼が発生した超大型の復讐災害。強力な復讐鬼の発生も観測され、死者は6329名を記録。世界的にも歴史に名を残す大災害となった。
カノンの通っていた小学校はその時ちょうど運動会の実施日であり、生徒と保護者が一堂に会する大イベントの真っ最中であった。カノンは今でも、自分が玉入れで玉を1球入れて喜んだ瞬間、炎と共に校舎が爆発し、大型の強力な復讐鬼が現れたことを覚えている。
運動会の会場は大混乱。すぐに通常程度の復讐鬼が十数体も会場に現れ、破壊の限りを尽くした。大型の復讐鬼は人を強く恨むかの如く、人が多く集まっていた部分を集中的に攻撃した。
カノンは燃えゆく校舎を呆然と眺めながら、たまたま割って入った自分の母親に抱き抱えられて逃げたことを覚えている。そして、その母親が自分を外に連れ出して助けた後、自分の弟を助けにむかい、そのまま帰らぬ人となったことも。カノンの通っていた小学校ではこの大災害で生徒と保護者を含む474名が犠牲となり、災害の中でも最も被害の多い場所となった。
カノンは命をお互いの背中に預けあう駆逐官の仲間以外にこの過去のことは話していない。カノンは自身の凄惨な過去や、自分のその後の人生について語ることを嫌っている。自分の血に塗れた過去を話すことで恐れられたりとか、敬遠されることを嫌ってのことではない。復讐対策隊には復讐鬼によって辛い思いをした人が多い。話しても敬遠されるどころか、心優しく理解を示してくれることだろう。そういう意味では非常にいい環境だと思う。だが、それによって誰かと距離を近づけてしまうことで、その誰かを失った時にまたあのような辛い思いをすると思うと、怖くて話すことを躊躇ってしまうのだ。
その恐れは、巡り巡って人との腹を割った関係を切り捨て、「友」と呼べる存在を無くすことにつながる。今のカノンは人並みに孤独を感じているが、それ以上にあの辛い思いをしなくて済むだろうと言う、曖昧な安心感も確かにあった。
だが、辛いものは辛い。談笑する同僚を後に、カノンはすぐに訓練場に戻っていった。
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