復讐者カノン
八山スイモン
第1話 復讐者カノン①
やられたら、やり返す。
実にシンプルな行いだ。そうして、人々の心の秤は水平に保たれる。古代バビロンの偉大な王ハンムラビも「目には目を、歯には歯を」という言葉で有名な法典を用いて国を統治したという。歴史上では国家に寄与した英雄が個人的な恨みによって殺人をしても、罪に問わず目を瞑る国もあったそうだ。
歴史を作ってきた様々な戦争も、ほぼ全てが復讐の連鎖によって起きたものだ。それくらい、人間の復讐心は歯止めの効かないものなのである。
歯止めが効かないなら、一点の範囲内での復讐を許容し、限度を超える復讐を取り締まるのが賢いやり方であろう。因果応報の歯車は、法律や制度といった成果を経て、少しづつ高性能なものへと変わっていっている。
だが、まだまだ未完成なのだ。復讐の連鎖は、まだこの時代では完結しない。生まれ続ける復讐の炎は、絶えず摘み取らねばならない。
これはそんな歯車の一人となった少女の物語である。
___________
正暦2034年。東京。
世界規模の大都市では、今日も誰かの怨念が狂うように乱舞する。
けたたましいサイレンが鳴り響き、周辺に緊張を孕んだ声が木霊する。
「復讐鬼、出現。復讐鬼、出現。まだ安全エリアに避難していない方は、速やかに避難してください。繰り返します。復讐鬼、出現。復讐鬼____」
復讐鬼。暴走した復讐心の成れの果ての姿。名前の通り、角の生えた鬼のような見た目をしている。復讐心が集まってできただけの存在であるため、復讐鬼は実体を持たない炎のような生き物だ。霊的な生物とでも呼ぶべきだろう。幽霊であれば怖いだけなのだが、復讐鬼は正しく炎のごとく、その復讐の炎が尽きるまで暴れ続け、周囲に物理的な破壊現象を起こしてしまう。故に、速やかな駆逐が必要となるのだ。
復讐鬼が発生した場所に近くに留まった護送車から、何人かの男女が降りてくる。全員が物々しい防護服に身を包み、剣や槍のような武器を携えている。
彼らは公安の復讐対策隊に所属する戦闘員。通称、"駆逐官"と呼ばれる者たちである。
復讐鬼を駆逐する方法は2つある。
1つ目は特殊な音や光を使って復讐心を沈める信号を出し続けるやり方。
2つ目はより強い復讐心を用いて真っ向から叩きのめすやり方だ。駆逐官の武器には封印された復讐鬼が込められており、戦闘時には電気信号を使って一時的に復讐鬼の力を解放する。その復讐心を駆逐対象の復讐鬼に向けることで、強い復讐心同士が打ち消しあう効果が発生。この効果を活かして駆逐することが可能だ。
そこまで被害の出ない弱い復讐鬼なら1つ目の信号を送るやり方で何とかできるのだが、信号での沈静化が通用しない強力な復讐鬼が出た場合は駆逐官の出番となる。
___________
「さーて、いつも通り駆逐しましょう。レオとアリサは後方支援を、カノンは俺と来い」
「「「了解」」」
4人の男女のリーダー、田村ゲンが他の3名の隊員に指示を出す。大柄な体に大型の剣の武装の姿は歴戦の戦士を思わせる雰囲気を纏っている。
指示に従い、後方支援担当の渋野レオ、凪アリサの2名が後方で銃を構える。レオの放った光線銃が暴れる復讐鬼にヒットし、復讐鬼が倒れて苦しんだ。だが、駆逐官が対策に当たるほどの強力な復讐鬼はこの程度ではやられない。すぐに鬼のような形相をこちらに向け、襲ってくる。
それをアリサの鞭のような武器が迎撃し、復讐鬼の動きが鈍る。しなやかにうねる鞭の攻撃は避けられず、復讐鬼に再び攻撃が当たる。
そうして動きが止まった隙に、ゲンと私、灰村カノンが武器を構えて一気に復讐鬼に近づく。駆逐官の着ている防護服は最先端のテクノロジーによって作られた電動式のブースターがついている。これのおかげで、駆逐官は人間離れした身体能力を有しているのだ。
すぐさまゲンの大剣が振り下ろされる。復讐鬼も一撃でやられるようなことはなく、素早く身をよじって攻撃を回避した。
「ちっ、案外早いな」
大剣が振り下ろされた場所には大きな凹みが生まれており、その威力が凄まじいものであることを物語っている。
回避した復讐鬼はこっちを睨んでいるが、微かにゲンの斬撃に恐怖していた。段々と復讐鬼の発する熱が小さいものになっていくのが見て取れる。
復讐鬼を駆逐する方法はもう一つある。それは、復讐鬼を恐怖させることだ。復讐鬼の強い復讐心を塗り替えしてしまうくらい強い恐怖を復讐鬼に与えれば、復讐鬼はその体を維持できなくなり、燃え尽きる。
その復讐鬼は今自分を斬ろうとしたゲンに恐怖していた。その復讐鬼は復讐のために何かを壊すこと以外にやるべきことを知らなかったが、大剣を携え、殺意のこもった目で、一切の躊躇なく自分を殺そうとした人間から自分を守らないといけない、という新たなやるべきことを見つけてしまった。その瞬間から、その復讐鬼の復讐の炎は弱まってしまったのである。
強い復讐鬼は、他のどんな感情にも縛られず、ただその復讐心のままに暴れるような個体だ。恐怖を知った復讐鬼は、もはや恐るに値しない。
「あー、こりゃもう雑魚だ。信号でいいんじゃないか?」
「そうね。レオ、信号弾を」
「あいよ。そーれ、っと」
レオが銃に信号弾を込め、上に打ち上げる。打ち上げられた弾丸は空中で炸裂し、復讐鬼にしか音を散らした。
ただでさえ弱っていた復讐鬼は、その音を聞いて苦しそうにうめきだした。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!!!」
形容し難い声で、復讐鬼が叫び、苦しんでいる。
だが、まだ復讐鬼は諦めなかった。まだその目に確かな復讐心を宿し、立ち上がろうとする。
そして再び立ち上がり、復讐を成就するために雄叫びをあげようとした瞬間。
駆け出した私の剣が、復讐鬼の体を上下で真っ二つに割った。
剣に宿った青い復讐鬼の力が、赤く燃えていた復讐鬼の炎を切り裂き、無にきした。
復讐鬼はそのまま灰となって散り、跡形もなく消えた。
「おー、やっぱカノンはすげえな」
「隙もなく倒したな」
「やるじゃない」
仲間の隊員に褒められながら、私は武器の起動を止め、武装を解除した。
「当たり前のことをしただけ。早く帰ろう」
「こちら第7部隊。対象を駆逐し、消滅を確認した。これより帰投する」
隊長のゲンが無線機で報告を行い、私たちは武装を解除して護送車に戻った。駆逐官の仕事はここまでだ。復讐鬼の暴走による被害の対処は駆逐官以外の隊員が担当してくれる。
私は護送車の椅子にもたれかかりながら、窓の外を眺めた。ひっきりなしに救急車や消防車、パトカーのサイレンが鳴り響いている。復讐鬼の暴走から駆けつけるまでの時間は10分ほど経過しており、その間に建物の破壊などで怪我人や死傷者が出たそうだ。何人もの血まみれになった人が救急車に運ばれていき、側では涙を流す被害者と思わしき人々が集まっている。
「ひどいものね。死なずに治るといいわね」
防護服を脱ぎ、グラマラスなスタイルを露わにしたアリサが私と同じく外を眺めながら呟いた。彼女も家族を復讐鬼によって失ったそうだ。
窓の外の痛ましい光景を後に、私たちは部隊の基地へと帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます