真知子の玉子

@jjjumarujjj

真知子の玉子

わたしはちょっと不思議な力が使える。それは人には言えないし、少し変わったことだ。三日に一回必ず物を浮かせられるのだ。それでも人に話すと必ず浮かせなくなってしまう。わたしはその力をなんとかして自分のモノにしようと企んでいる。

 

 それは気持ちのいい朝だった。玉子かけご飯を食べようと、玉子を割ろうとしたその時だった。手が滑って割られた玉子は飼い猫の頭めがけて真っ逆さまに落ちていった。わたしはその時の刹那「えい!」っと一瞬力んで声が出てしまった。すると玉子の黄身と白身が空中に浮いているのだ。わたしはびっくりして、その真下にお茶碗を滑らした。すると玉子はそのまま真下に落ちて無事玉子かけご飯になったのだった。

 

 わたしは思い切り安心して。ふーっとため息を漏らした。今あったことをふと、思い出してみた。どう考えても変なのだ。空中に玉子が止まっていた記憶がある。私はそのことがあってから、インターネットで『モノを浮かす』と調べて自分なりに物を浮かす為の研究をすることにハマっていた。もちろん、そのまま玉子かけご飯は一人で美味しく頂いた。飼い猫も、ものすごい驚いていたけれど、その後、丸まってのんびりとしていた。

 

 わたしが次に物を浮かすことが出来たのは三日後だった。台所で料理をしようとした時だった。壁に掛けたエプロンを取ろうとした時。またもや手が滑ってエプロンが床に落ちそうになった。その時にわたしはまた「えい!」っと反射的に力んだ。すると、エプロンが宙に浮いて止まっているのだ。二秒間くらいだった。パサリとエプロンは床に落ちたのだった。

 

 それから三日後、わたしはエアコンのリモコンを取ろうとした時に意図的に「えい!」とわたしは力んでみた。するとエアコンのリモコンは瞬間、宙に浮いてわたしは自分の手元まで引き寄せることが出来た。

 

 わたしは遂にサイキック能力を手に入れたと大はしゃぎで旦那に知らせるが旦那は全く興味なさそうだった。それから三日後、わたしは能力が使えないと言うことにも気付いた。人に話すと浮かせなくなるのだ。実はこの能力、わたしの母が教えてくれたのだ。母はわたしが小さい頃から何でもよく浮かせて見せてくれた。母は猫くらいなら平然と浮かすことが出来た。わたしはそれが不思議で、幼い頃から何度も何度も力んでは手を翳して念力を使おうと努力した。

 

 結果、母程ではないがわたしも物が浮かせるようになったのだ。わたしはこの能力を更に最大限使えるようにコイン積みで磨きをかけることにした。小銭を積んでいって崩れたら「えい!」と念力で浮かすのだ。

 

 主婦というのはなってみると案外暇なもので、子供もいないわたしはニートみたいなものだった。コイン積みも始めはかなり複雑に積むことにハマっていたけれど、だんだんと飽きてしまった。

 

 次にわたしが挑戦したのがトランプ積み。これも結構集中力が試されてよかったけれど、念力の使い所がやはり、崩れるタイミングだけだったので、あまり練習にはならなかった。

 

 次にわたしが思いついたのが、玉子を立てるという。一種の修行。集中して真っ直ぐ立つように生玉子を立てる。何分かやっていると立てられるけれど折角のわたしの超能力の使い所がなかった。

 

 何度も力んでも試しても、私が物を浮かせられるのは三日に一回だった。最近では空のアルミ缶を浮かすのにハマっている。人に見せられないのが残念すぎるので、動画にでも残せないかと、カメラを向けたが、やっぱりわたしの能力は使えなかった。

 

 夫はわたしのその能力を話した唯一の人なのだが、実際にものを浮かすところを見せられていないので、今一つ信じてくれない。いざ人が見ていると緊張してしまうのだ。わたしはすっきりと能力が使えない自分をだめだなーと思ってまた。日々修行することにした。

 

 次にトライしたのが風船の浮遊だ。比較的軽いものなので、これは簡単だろうと思案したが、意外にもこれがむつかしく、わたしはハマってしまった。まず、目をつぶってから気を高める。目を開いて、手を翳す。もやもやとした感覚が全身にしてきたら、ふっと力をこめる。

 

 風船はふわっと、上がった。いつの間にか、そこまでは三日に一回でなくても出来るようになってきた。浮かしてから、暫く宙を浮かすのがむつかしいのだ。全神経を集中させて、わたしは何をやっているんだろうと、なんだか可笑しくなってしまった。

 

 それから何日かして風船を浮かすのくらいは完璧にマスターしたので、夫に見せようとかと思ったが、けっきょく上手く力が使えず、わたしは断念してしまった。もっと何か、出来ることがあるだろうと思った。

 

 わたしはそれから、少しずつ重い物を浮かせるように努力した。本にペットボトル。携帯電話にテレビのリモコン。目につくものはなんでも浮かせてみようと思って浮かせていた。

 

 意外にもむづかしかったのがスプーンだった。わたしは「えい!」っと力み、何度もスプーンを浮かせる練習をした。飼い猫も呆れてみているようだった。それでもわたしはマイペースに集中集中と、スプーンに向かって念力を込めたのだった。

 

 夫の休みのある日曜日。わたしは夫がかけてる眼鏡を浮かせてみようと思った。いつものように力を入れて手を翳す。目を瞑って暫く瞑想してから、目を開いて「えい!」っと声をあげた。

 

「何やってんだ?」と夫。冷たい目線でわたしを見る。案の定失敗した。わたしは人がみていると悉く物が浮かせられなかった。なぜ三日に一度かもよくわからなかったけれど、そのスパンも縮めようとわたしは思った。

 

 夏、夫と海へいった。私は海辺でも石ころを浮かせて遊んでいた。積み重ねて、積み重ねて、浮かせられるのは本当に一握りの石ころだけだった。感覚が冴えて漲る時が急に来るのだ。わたしはその感覚を毎回よく覚えた。記憶して反復した。場所によってもわたしの能力は変わる。酷く繊細なのだ。

 

 久しぶりに母に会った。母は相変わらず何でも、浮かす。魔法使いのようだ。料理中見ていると、食材から調理器具から何から何まで、さり気なく浮かす。きっと普通の人が見ていても気づかないだろう。と、わたしは思う。そのくらい繊細なのだ。そして、神秘的で、とても不思議だ。

 

 母に会ってから、わたしの力も強まったような、気がした。自宅に戻りカレー作り。おたまを浮かすことが出来て、わたしは上機嫌だった。旦那も知り得ないわたしの秘密。隠し味は浮かしたおたまで入れた愛情です。なんて、浮かれていた。

 

 飼猫を浮かす事がわたしの一番の目標だった。何と言っても生物は浮かしずらかった。だんだんと大きなものを浮かせられるようになったのだけれど、飼猫のみーたんだけは強敵だった。どうしても手に負えなかった。私は敗北感のなか、ボールペンを回しながらどうすればいいのか、絵を描いていた。イメージを描いたわたしのノート。ぐちゃぐちゃで他の人が見たらきっと魔女のノートみたい。

 

 そうやってわたしは自分を見つめ直して、自分の特殊な力を磨いた。誰と戦う訳でもなく、自分なりに自分だけの力で自分自身を磨き上げた。母のようにさり気なく力を使うのにはまだまだ沢山の修行が必要な気がした。

  

 みーたんは雌の茶トラ。わたしの心を揺さぶって止まない。猫じゃらしグッズのネズミのおもちゃ。わたしはそれを浮かして飼い猫を揶揄った。右に左にネズミを走らせると、みーたんはくるくるくるくると追っかけてジャレついた。

 

 みーたんとの遊びの中でわたしの浮かす力もだんだんと日常的になっていった。平凡すぎてこの誰も見ていない日常が、宇宙の中ただわたしの眼下だけで繰り広げられているかと思うと不思議だった。

 

 宙を舞うネズミのおもちゃとそれを追う飼い猫のみーたん。部屋の中をぐるぐるぐるぐる。ただひたすらそんな日々を過ごした。この時はあまり気づかなかったが、わたしは少し力の制御が出来なくなっていた。外で無意識に私の周りの物が浮いてしまう。母に相談したら、変に力を使うのをやめなさいと忠告された。わたしはなんだかとてももどかし気持ちだった。そんな訳で飼い猫との遊びもおざなりになっていった。

 

 その後、わたしは遂に飼い猫を浮かすことに成功するのである。それは午後だった。なんとなくついたテレビに飽きて、消そうとした時だった。ソファから猫が机に飛び移ろうとしたその時だ。私は意図的に「えい!」と力んでみた。すると机の上で猫が止まった。手を翳すとテレビの前まで浮かすことが出来たのだった。


 これっきりわたしは力が使えなくなってしまった。飼い猫が怒ってわたしの力を閉じ込めたのかもしれないと思った。夫にも話したがこれと言って取り合ってくれなかった。わたしは反省してそれ以来しばらく力を使わないようにした。

 

 力が使えなくなってから変なことが起こるようになった。わたしの身の回りのものが制御なく勝手に浮いてしまうのだ。ポルターガイストのように物が浮いてしまう。スーパーでも食材が舞ってしまって本当に困った。転がるオレンジを渋々買ったり、ラックから落ちるレトルト食品を元に戻したり頭悩まされた。

 

 そんな日々が続く中みーたんは相変わらずマイペースな猫だった。わたしがどうしてこうなったかを問い詰めてもみーたんは答えずにうわのそらだった。物が勝手に浮いてしまうのはしばらく収まらなかった。わたしは心配して母に相談した。母は日常の中でゆっくりと落ち着きを取り戻すようにとアドバイスをくれた。これがわたしが人には言えない秘密の話。誰も信じてくれなくてもひっそりと、みーたんは知っている。

 

 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真知子の玉子 @jjjumarujjj

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ