第36話
錬金術士達との邂逅から数時間後、ユース学園は街の人々で活気づいていた。
先の騒動の後、一度寮に戻り休憩を挟んでからリヒト達一行は再び広場に出ていた。
「――いやぁ本当、さっきは大変だったね……」
フォスがため息混じりに言う。
「そうだな。せっかくの祭り気分に水を差されて、いい迷惑だった」
「アキラくんが庇ってくれなかったら今頃みんな怪我してたかもしれないし」
リヒトがアキラの腰に
アキラが杖として使っているものが実は刀であったことには驚いたが、それで助かったのも事実だ。それに聞いたところによれば、刀は曽祖父から代々受け継いでいる大切なものらしい。
「リヒト、どうした?」
「ううん、それ刀だったんだね」
普段は紐で鞘と
「そう。大切なものだから、アンライト先生に無理言って通してもらったんだ」
今朝の出来事には一同驚いたが、スピカは未だに腹の虫が治まらないようだ。
「大体、話もろくに聞かずに斬りかかってくるなんて野蛮過ぎるわよ! ほんっと腹立つ……!」
「まぁまぁ……ほらスピカ、このふかし芋、塩とバターが効いてて美味しいよ」
腹の虫は温かい食事で大人しくしてもらおう。
「どれどれ――
「ああごめん、熱かったかな」
「うぅ……口の中やけどしちゃった――でも、美味しいわ!」
美味しいもので機嫌が取れるというのはスピカの可愛らしいところだ。前は少食だったのだが、リヒトの影響か最近はよく食べるようになった気がする。
「そういえばリヒト、さっき光のエーテルで
「う、うん…そうみたい」
屋台で買った鶏の串焼きを頬張りながら、リヒトは曖昧に肯定する。「なんで他人事なのよ」と、スピカは呆れたように言った。
「だって咄嗟のことだったし、自分で意識してやった訳じゃないから、全然実感無くて……」
「ふぅん。まぁ、助かったんだしいいわよね」
「スピカの言う通りだな。……あ、リヒト。口の端、タレ付いてるぞ」
アキラが自分の口元を指して言う。
「えっうそ、どこ?」
「本当ね。こっち向いて、拭いてあげる」
「い、いいよ、子供じゃないのに」
「何言ってんの、妹みたいなものよ」
化粧が落ちないよう、スピカはハンカチで優しくリヒトの口元を拭った。
「ん……ありがと」
「っていうか俺たち、今日食ってばっかりだな」
「ははは、確かに。まあ、今日くらいはいいんじゃない?」
そう言うフォスはフルーツをちまちまと摘んでいる。
「だな。……ん? 露店って
ふと、とある店がアキラの目に留まった。
「そりゃそうよ。
それはユキムラの受け売りだったが、リヒトは何も言わずに串焼きに口を付けた。
「そうか、言われてみればそうだよな。……なあ、少し見てきて良いか?」
「うん、遠慮しないで行っておいでよ」
「悪い。じゃあまた後で」
アキラは三人と離れると、先程気になった店に向かった。
「いらっしゃい。プレゼントをお探しかな?」
人の良さそうな中年男性が広げている店は装飾品を扱っているらしい。指輪や首飾りなどが金銀の光を放ちながら並んでいる。
「あー……まあ、そんなところ」
「お相手はどんな方ですか?」
「いや、お相手っていうか……これ――」
アキラが、その中の一つを指差す。
それは銀細工の髪留めだった。
「お目が高い。この髪留め、夜光石があしらわれているんですよ」
モチーフは国花のリューゼリア。デザインはありきたりだが、その分どんな時も着けやすいおすすめの品だと店主が言う。
手に取ると周りの灯りが反射してきらきらと光を散らした。
「……綺麗だな」
「そうでしょう。星霊祭も二日目、年末最後の大サービスでお安くしますよ」
年末は財布の紐も緩みがちだ。それを狙って、稀に偽物の石を夜光石と偽って販売する者がいる、と昔知り合いに聞いたことがある。
アキラは杖の夜光石を髪留めに近付けると、エーテルの流れを確認した。ゆっくりだがエーテルが杖と髪留めの間を行き来している。
どうやらこの夜光石は本物のようだ。
「おじさん、これ頂戴」
「毎度。おまけして四百ツェリングでお譲りしますよ」
「どうも。はい、丁度」
「箱に入れてお渡ししますね。ところでお客さん――その髪留め、どんな子に贈るんですか?」
「ん?あー……」
――リヒトに似合うだろうな。
何となくそう思っただけなのだが、なぜだかしっくりくる。
「金髪の子。すごく明るいんだけど、化粧すると大人っぽくなるんだ。だから、似合うと思う」
「よく見てるんですね――はい、お待たせしました。喜んでもらえるといいですね」
「どうも……」
リヒトのことをよく見ていると言われ、アキラは気恥ずかしさを覚えた。髪留めの入った箱をポケットに仕舞い、アキラは足早に店を後にした。
リヒトが食べ終えた串をくず入れに放り込み、次の屋台を物色していると、不意にスピカが訊ねた。
「そういえばリヒト、随分錬金術師に詳しいけど、なんで?」
「えっ…と、それは……」
「前から思ってたけど、リヒトって、ちょっと隠し事多くない?」
それは決してリヒトを咎めるものではなく、スピカの寂しさから出た言葉であったが、リヒトは何も答えられなかった。
アンライトから口止めされている星霊の件はともかく、自分の話はいつしていいものか、リヒトには判断できなかった。
「スピカ」
フォスが窘めるような視線を向ける。
「言いたくないだけならいいわよ。ただ、あたしは……あんたが何言ったって、友達続けるつもりだから」
「それなら僕も入れてくれるかな?僕らは長い付き合いとは言えないけど、ユース学園に来てからはずっと一緒にいるんだ。もっと精神的にも頼ってくれたら嬉しいな。――でも、本当に言いたくないことなら、無理に話さなくていいからね」
「二人とも……ありがとう。心の準備が出来たら、きっと話すよ」
「分かったわ。あたし達、急かしたりしないから安心して」
「さて、
「いいね、見に行こう」
「あんた古書に興味なんか無いでしょ」
「いいじゃん、別に興味無くたって」
リヒトが二人の手を引く。
古書店に着くと、フォスだけではなく、スピカも彼に並んで適当な古書を立ち読みしていた。そんなに面白いのかと、リヒトも二人に合わせて表紙の掠れた文字を目でなぞっていたが、どれもいまいちピンと来なかった。
少し経って、装飾品店を覗いていたアキラも合流した。
「よお。何見てるんだ?」
「古書。フォスが見たいんだって。アキラくんも見る?」
「俺はいいや。……それよりリヒト、ちょっといいか?」
「うん。どうしたの?」
アキラは珍しく動揺しながら答えた。その左手は制服のポケットの辺りを彷徨っている。
「あー……出来れば場所、変えたいんだけど」
「へ? わ、分かった。スピカ、フォス、ボク達ちょっと外すね」
リヒトもまた、アキラの態度に驚いたが、アキラの提案を了承した。
「了解。まだあたし達はここにいるから」
「もし居なかったら広場の中央で集合しよう」
「うん、よろしく。じゃあ行こっか」
屋台と人混みを外れて二人は歩き出した。適当に歩いていると、人の通りが落ち着いた植え込みが目に入った。「あそこで」とアキラが指差す。
二人並んで植え込みの緣に座る。
「――それで、何か話があるの?」
「いや、違うんだ。これを渡そうと思って」
そう言って、アキラは懐から箱を取り出し、リヒトに手渡した。
「これ、ボクにくれるの?」
「うん。好みじゃなかったらごめん」
リヒトは恐る恐る箱を開けた。中に入っていたのは、先程アキラが購入した、銀細工の髪留めだ。
「髪留めだ……凄く綺麗! しかもこれ、夜光石?」
「良かった……さっき露店で見つけてさ。夜光石も、ちゃんと本物だから安心して」
「これ、本当に貰っちゃっていいの? 高かったんじゃない?」
そう言うリヒトの手は既にアキラに返そうとしている。
「昇級のお祝いだと思って受け取ってくれ」
「そんな、ボク達みんな五等星に上がったんだからボクだけお祝いなんて――」
リヒトの言う通り、先日の試験では全員昇格したのだから、これはただの建前だ。
「……本当のこと言うと、たまたま見かけて、似合いそうだと思ったからプレゼントしたかったんだ」
みんなの前で渡したらスピカがうるさいだろうから場所を変えさせてもらった、とアキラは言った。
「そっか……それじゃ、ありがたく貰うね!ありがとうアキラくん」
「ん。どういたしまして」
「本当に綺麗だなぁ……」
髪留めを手に取りうっとりと眺めていると、その様子をアキラが何か言いたげに見ていた。
視線に気付いたリヒトがアキラを見る。
「――ん?」
「……それ、着けないのか?」
「今、着けていいの?」
「うん。っていうか……着けたとこ、見たい」
(なんか、今日のアキラくん押しが強いな……)
「つ、着けるから、ちょっと待ってね」
リヒトは、今朝スピカが編んでくれた髪を一度解こうとしたが、彼女の労力を無碍には出来ないと思い直し、ポニーテールの部分を巻く形で髪留め――銀細工の簪を
確か、
「……どう、かな?」
柔らかい金髪に添えられた銀色は、リヒトの雰囲気をぐっと引き締め、凛々しさを感じさせる。イメージ通りの姿を見て、アキラは口元が綻んだ。
「よく似合ってる。思った通りだ」
「あ、ありがとう……」
(やっぱり、今日のアキラくん――)
「ごめん、俺やっぱり今日変だよな」
「えっ、あ……いやその……」
口に出てしまったのかと思い、リヒトは思わず口を覆った。
「女の子にプレゼントとか、柄じゃないし……祭りで浮かれてるのかもしれない」
そう言ったアキラの横顔は真っ赤だった。浮かれているせい、と言われリヒトは納得した。
「まあ、謹慎明けだしね。大きいお祭りだし、年末だし、浮かれちゃうのも無理ないよ」
早口でそう言って、アキラの顔が見えないように俯く。
(……でも、なんでボク、ちょっとがっかりしちゃったんだろう)
考えても分からない。
「そろそろ、フォス達と合流するか」
「そ、そうだね」
二人はぎこちなく立ち上がり、広場に向かって歩き出した。
錬金術師になれなかったので占星術師を目指すことにしました 八ツ尾 @utakata_komachi
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