明日も世界は変わりない



「あーあ、世界中にモンスターが現れて、人類滅亡の危機に陥らないかな。そうしたら、進学とか就職とか考えないで済むのに」

「馬鹿な事を言ってないで早くホチキスをしろ」

「いてっ」

 パーで叩かれた頭を擦りつつ、僕は無心で紙を半分に折る作業をする隣席のクラスメイトに視線をやる。あぁ、軽い気持ちで先生の頼みなんて引き受けるんじゃなかった。夕方に用事があるというのに、放課後居残って資料準備しないといけないなんて酷過ぎる。だから学校は嫌いなんだ。

「ガロア君」

「なんだ」

「例えば明日、国内で内戦が起こったら、こんな雑用する意味がないよね。やめよう」

「戯言を言う暇があるのなら糊付けをしろ」

「いてっ」

 本日二発目の殴打の犯人であるガロア君は、寸分違わずにぴったりと紙を畳む。職人技だ。公務員目指すよりその器用さが生かせる仕事をやるべきだと思う。

「何があった、龍之進」

「え?」

「お前が下らない事を話し始めるのは、どうにも我慢できない事があった時だ。奄美まで逃亡したお前の目撃情報の確認で、警察やらお前の両親やら姉貴が押しかけて来た所為で心が休まらなかった夏休みのようになるより、此処で愚痴られた方がまだマシだ。さっさと吐け」

 ガロア君は、友人とは言えないが、他人とも言えない。『隣席のクラスメイト』というふわっとした関係だ。それで中一から高二の今でも続いているから、僕達はその程度の距離感が丁度良いのだろう。

「……父に、怒られてね」

「何故」

「進路希望用紙の提出期限過ぎてるのに出してくれないって、担任がチクった」

「用紙は今何処だ」

「渡された日にゴミ箱に捨てたから今頃消し炭でしょ」

「捨てた事は父親に言ったのか」

「うん」

「阿呆だな。お前は生き方が下手だ。是か否かでしか行動出来ない」

「どうしたら上手く生きられるんだろ」

「お前は性格を変えるなんて器用な事は出来ないだろうから、世界が無茶苦茶になるしかないな。現代はお前が生きるには複雑過ぎる」

「やになるなぁ、さっさと世界崩壊してくれないかな」

「……明日にでもそうなるかもしれないな」

「え?」

 今度は『妄言を言う暇があるなら裁断してこい』かな……と三発目を待ち構えていた僕は、リアリストなガロア君らしからぬ曖昧な回答によって間抜けに口が開いてしまう。しかしガロア君は僕が担当していた筈のホチキス止めをしながら話を続ける。

「何を驚いている。お前がそう望んでいるんだろう」

「いや、でもさ」

「『空想に過ぎないから実際起こるわけがない』とでも言うつもりか? そんな確証、何処にある? 明日には京都辺りで内戦が起こって、お前はそれで戦死し、俺は徴兵されているかもしれない。一時間後には東京がモンスターに埋め尽くされて、俺はそいつらに喰い殺され、お前はそのモンスターと戦っているかもしれない。その可能性をどうやって否定する? お前は未来予知でも使えるのか?」

「使えないよ、使えないけど、不幸な事が起きるなんて、そんなの」

「『ありえない』?」

「嫌だよ」

「何故だ。そう望んでいただろう」

「やだよ。だって、今日はガロア君と鍋パーティするつもりなのに」

「……はぁ?」

「最近寒いからさ、僕の家でサプライズやろうとしてたのに。そんな事起こったら、折角用意した聖護院大根、無駄になっちゃうじゃないか」

「…………やっぱり、生きるのが下手だな、龍之進。サプライズなのにバラしたら意味無いだろう」

 どん、と僕の前に置かれたのは、全ての工程が終わった資料類だった。僕が愚痴っている間にガロア君が頼まれた事を全てやってしまったのだ。

「終わった。職員室に届けたら行くぞ」

「何処に?」

「さっきお前がばらしただろう。鍋食うぞ」

「ほんと? だって、明日には……」

「明日どうなるかなんて誰にも分かるはずないからこそ、食うんだ。それに、俺が行かなかったらお前また豆腐と野菜しか食わないだろ。そんな坊主みたいな食生活してるからヒョロヒョロもやしなんだぞ。肉を食え肉を。俺の家にある紅葉肉追加してやる」

「その紅葉肉ってもしかして……」

「一週間前に仕留めた」

「ほんと、キミってインドアな割にワイルドだよね」

「市販の肉は食べ応えが無い」

「そうかなぁ……?」

 資料の束を半分に分担して職員室へと運びながら、僕達は他愛無い会話をする。明日も同じようにこんな会話をしているんだろう。今はそれが一番幸せなのだと思う。

 きっと、明日も世界は変わりない。

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