鯨よりも深く

海野夏

水底の明るさを想う

 ただ青いばかりの、淵の無い大きな湖に、一頭の大きな白い鯨がいた。

 他には何もない。水の中の小さなプランクトンと、湖、そして鯨。

 それが世界の全てだった。

 鯨が泣く。しかしプランクトンは話せない。

 鯨が泣く。しかし返る声はない。

 それが悲しくて、悲しくて、寂しくて、寂しくて、

 鯨は生まれなおすことにした。

 いつかまた生まれる時は仲間とたくさん話せますように。

 鯨は湖の真ん中で息を引き取った。

 鯨の肉はプランクトンに食べられ、長い時を経て様々な生き物になった。

 鯨の大粒の涙は湖に溶け出し、湖は塩の水をたたえた海になった。

 残った大きな鯨の骨は後に生まれた生き物の寄る辺となり、大地になった。


 たしか、子供の頃に見た海外の絵本に、こんな話があった。旅行好きの叔父がお土産にと買ってきたものを、結婚前は英語の先生をしていた母が日本語に訳しながら読み聞かせてくれた。当時日本語さえままならない幼い私が理解できるはずない言語で物語が書かれていたのだが、青の濃淡と白で描かれた美しい絵本は私の心を掴んで、一等お気に入りの本になった。何度も何度も開いて眺めて、お出かけにも持っていくほどだったらしい。他の、簡単な母国語で書かれた綺麗なままの本たちを差し置いて、一冊だけボロボロになってしまったその絵本は、いつか母に直してくれと泣きついて預けて以来手元に返ってこなかった。表紙やページが外れかけ、色あせ、破けた箇所もあったから、恐らく、私の見ていない間に処分されてしまったのだろうと、今となっては思う。

 絵本の話を思い出したのは宗教学のテスト範囲の板書を眺めていたからだった。義務教育の課程をきちんと修了し、高校大学と勉強を重ねてきた私は、絵本や聖書の教えとは裏腹に、事実はきっとそうでないと知っている。でも、事実でない「もしも」を考えると、上手い具合に現実逃避できて生きやすいことも知っている。実際絵本の話に思いを馳せることで、この退屈な授業で毎度忍び寄る睡魔と無駄な攻防を繰り広げることが出来ている。今のところ奴の方が圧倒的優勢だ。

(神様は人の形を創り間違えたに違いない)

 人は起きて八時間ほどすると眠くなるようにできているそうだ。何かの授業で先生が言っていた。起床から八時間、つまり昼食を終えた今くらいの時間帯。神がそういう仕組みで創ったのだから、眠くなっても仕方がないことだと思う。大いなる神の意思なのだから。

「おーい、堂々と寝るんじゃない」

 神様の意思を無視する声が聞こえたが、私は無視を決め込んで今日も睡魔に勝ちを譲った。


 青い塩の湖の底には白い鯨が眠っている。

 いや、もう鯨はそこにいないだろう。

 生まれなおした鯨は仲間とおしゃべり出来たろうか。

 水底には陽が差すだけで、誰も始まりを知りやしない。

 深い青を見たか。


 私は眠っているよ、神様。

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