第48話 若草色の戦乙女

ラナンは夜明けと共に起き出し、身体を動かし始める。朝のウォーミングアップだ、鎧兜のフル装備で。

相変わらず息ひとつ乱さないまま朝食を取り、ローザ・ミーナ・ラナンは冒険者ギルドに赴く。


「ようこそ、冒険者ギルドへ!」

受付嬢はローザとミーナに挨拶するが、その後ろにいるピカピカに磨き上げられた甲冑の美形に目を奪われる。

受付嬢の視線に気付いたローザは、

「ああ、新人冒険者なのん。登録に来たから、これからよろしくなの」

「ニートだけど、ものすごく力が強いですわよ」

「は、ハイ! 不束者ですがこれからもよろしくお願いします!」


「やあ! ボクはラナン。これからもよろしくね」

「そ、それはもう末永くお願いします!」

真っ赤な顔で見惚れる受付嬢からラナンは冒険者登録の申請用紙を受け取り、書き込んでいく。


「ねえ、ミーナ。年齢ってあるんだけど、ボク何歳?」

「う〜ん、19歳ぐらい」

「出身地は?」

「ヴァチカニア郊外とか。現住所ならばビアンキ総業ですわ」

「性別は……これは分かる。っと、これでよし!」

ラナンは仕上がった申請用紙を満足げに見る。

「「「え?」」」

依頼を見繕いに来た冒険者含め、全員が驚きの声をあげた。受付嬢と女冒険者は軒並みショックを受けていた。

「え?」

ラナンも驚いている。


まさか一人も女だとは思わなかったとは、ラナンは悩む。

「ねえローザ」

「なにかな、なにかな」

「ボクってさ、そんなに男にしか見えない?」

何を今さら、と思ったものの、ラナン本人は2回に1回は女に見えているはずだと思っていたようだ。


「おねにいさんって呼ばれる女子は普通いませんわ」

「ど、どうしよう! なんでだと思う?」

わざとやってると思ってたが、思いのほかラナンは狼狽えている。

「ありのままに生きていいのん」

「その、いかにもな髪型が原因なのではないかしら」

ラナンはお洒落なベリーショートで、決して失敗した坊ちゃん刈りみたいな髪型ではない。

「髪の毛って、伸びるのにどのぐらいかかるんだい?」

ラナンはかすかに声を振るわせて聞く。

「だいたい15センチ……1年で」

「ローザで2年、ミーナなら3年ぐらいかかるのん」


「どうした、何かあったのか? ギルドの外まで聞こえてるぞ」

ギルドマスターは羊の内臓と根菜をスパイスで炒めて葉物野菜で包んだ昼食を買って帰ってきた。

もはや人類史のアーカイブには載ってない新メニューだから、ローザも名前は知らない。

「登録に来た緑のおねにいちゃんが、なんだか騒いでてよ。みんなでなだめてんだ」

「緑? ……まさかこないだの!」

そのまさかだった。

一回見たことがあれば分かるが、だいぶ見た目は変わったもののゴブリンクイーンだ。修理して調整はしているものの、着てる鎧が同じというのもある。そもそも薄くなったとはいえ、緑だ。


「戦力になるんなら、男でも女でもおねにいちゃんでも関係ない。そもそもミーナの連れて来たヤツが只者のハズがないだろ」

と、ギルドマスター。

「まあ、冒険者はおねにいちゃんのファッションショーじゃねえわな。実力がすべてだ。

いかにも治安が悪そうな冒険者も、一定の理解は示す。

「そこまで煽られたら後には引けませんわね」

ミーナはラナンに目配せする。


ふう……と呼吸を整えたラナンは、覚えたての剣を振り始める。剣を振りながら、オーバーマインドは現在の装備での最適解を求めて、剣舞を披露する。人型相手に10分、四足歩行型対策に更に10分。

「剣筋は、まずまずってとこか。盾捌きも筋がいい」


続いてラナンは剣と盾を投げ出し、飛び道具として投擲器・アトラトルを操る。

長弓や弩とは違い、アトラトルの使い手は滅多に居ない。

本来なら槍を投げるところだが、ラナンのものは岩でも投げられる特別製だ。

とりあえず練兵場の的に矢を投げてみる。矢は一切ブレずに的を貫通する。的はバラバラに砕け散った。


冒険者達はあまりの威力に呆然とし、只者じゃなさをギルドマスターは胸を張る。

ラナンは冒険者ギルドの割符を受け取り、晴れて登録は完了した。

「そうそう、ひとつよろしいかしら」

投擲とうてき用の砲丸なら工具店ですよ!」

「行きたいのはマジックアイテムのお店屋さんなのん」

ローザはゴブリンシャーマンの杖を除いて武器や防具や魔術触媒の類は何も持って居なかった。 


3人は冒険者ギルドで聞いた通りの奥まった袋の小路の、小さな扉を潜る。ここに用があるのは主にローザ。

ミーナは各種迷彩の魔法の宝飾品と魔力の籠った鋼糸だ。


ローザはローブに始まりありとあらゆる装備を爆買いしている。ゴブリンシャーマンの杖で、必要充分以上のオーバーキルな火力だったが、欲しいものは欲しい。


あとは、銑鉄の兜。

いつか使いみちがあるかと思って捨てずに持っていたが、ぜんぜんそんな事はなかった逸品だ。

3人でああでもないこうでもないと相談はしてみた。しかし、どう考えてもアトラトルの砲弾にするしか使いみちが思い浮かばなかった。中に鉛でも詰めるしかないのん。


ローザか成金、ビアンキの父親のようなプロの商売人が交渉しても金貨40枚はかかるうえに、銑鉄の兜の砲弾は60キロはある。鎧兜を身につけてだけで120キロだ。

「重さがちょっと足りないかもしれないね」

「お高いですわね……」

ミーナはため息を吐く。


「……重い金属はたいていお高いの」

「そうですの? ハイヴ攻略では劣化ウランとかタングステンの弾を撃ちまくってましたわ」

「そうだよ、せめてタングステンぐらいじゃないと撃たれてる実感がないよね」

「……この世界ではタングステンも劣化ウランもまだ成形できないのん。もし整形できたとしても……」

「「しても?」」

「ふつうに……かなり無理してでも、盗まれるのん」

哀れ神と伝説の時代の呪いの神器・銑鉄の兜は、アトラトルの弾になったのだった。

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独立紅蓮悪役令嬢 ヴィラネス・レッド・カンパニー 椿 梧楼 @abc1970

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