第47話 おおむね計算通り

「ごめんくださいまし!」

ミーナがガンガンと成金の事務所の扉を叩く。

「オヤジ……社長なら留守だぜ」

正面の小さい扉から出てきたのは裸一貫、珍しく事務所に居たようだ。

「あら、せっかくラナンにご挨拶させようと思ったのですが」


「ちょっとゲルマンまで買い付けに行っててな。

しばらくは帰ってこれねえだろ。そのあとはフランクにも行ってヴァチカニアン・ビアンキを売り込んでくるらしいぜ」

ヴァチカニアン・ビアンキはローザが作った高品質なバオバブの実の蒸留酒だ。帝宮の丘に生えたバオバブからのみ醸造可能な果実酒で、ミーナ由来の酵母から作られる。


作ってる最中はただ『腐らないお酒』とだけ呼んでいたものだが、成金が流通させる際にこの名前を付た。

実際にビアンキを燃やすところを見たザンパーノの親衛隊士が即興で作った歌を吟遊詩人に編曲させて歌わせ、酒の宣伝にしている。

皇子と平民の娘の切ない悲恋の歌『秘めたる想い』と共に、女性を口説くときの定番の酒となりつつある。


ザンパーノは初めて聞いたときは俯いて表情を固めたものだが、笑いを堪えるのに必死だった。

酒のついでに帝都ヴァチカニアの水族館の宣伝まで兼ねているとは、どこまでも計算高く抜け目がない。

ヴァチカニアの精神を体現しているようだと感じ入りさえする。

「……いつか、笑いながら聴けるようになれるかな」

ザンパーノは立ち上がり、拍手をしながら心の底から漏らしたものだった。


そんなヴァチカニアン・ビアンキは値段が張りすぎて庶民にそうそう手は出ないものの、もともと澱粉の塊に近い実が成るように改良された家屋用バオバブのr実からは短期間で簡単に自家用酒が醸造出来る。

そのおかげで様々な地酒屋とついでにパン屋が乱立している。

ヴァチカニアお店やさん屋台共同組合からも早くも固定店舗を構える孤児が現れ始め、ローゼスグループは巨大化した。

丁稚奉公で修行する普通の商店の子弟まで、ローザと成金とビアンキの父が支援する孤児院に入ってくるようになり、ほぼビジネスマンを育成する実学特化の無料寄宿学校になってきている。


ザンパーノは、堂々とヴァチカニアで勢力を拡大する、ふざけた名前の屋台連合を構築した元ヤクザの『成金』の看板だと噂されている『ちびっ子姐さん』が侯爵家令嬢ローザだと確信している。

顔は全く違うようだが、こんな人間がそんなに何人も居てはたまったものではない。

しかし、予想通り切れ者の侯爵が当主の侯爵家を潰せばローザが大爆発することは覚悟していたが、むしろ増えることまでは計算が及ばなかった。


ザンパーノが懸念していた、奴隷かヤクザになるしかない孤児という帝都の未来の最貧困層予備軍が、ほとんど全員中産階級の卵としてちびっ子姐さんの影響下にある。

不潔で治安の悪い貧民街は、元来宇宙海兵の防衛拠点として使われてたバオバブに取って替われた。


これも、神聖教会を通じてビアンキ総業から納品される軍用バオバブの種のおかげだった。

大人向けの聖典雑誌に大々的にバオバブのリフォーム情報が特集され、教会や帝政との契約から内外装の施工まで特集された号は特に売れた。


子供用聖典雑誌で売れたのは、屋台経営特集号だった。ローザが雇った商人や教師が執筆し、ローザと成金とビアンキの父親が監修している実用書で、大人にも売れた。

もともと宗教なのに文学や哲学といった虚学は軽視しがちな神聖教会だったが、聖典雑誌の息抜き用コラムにまで落ちぶれている。

例外はザンパーノのパズルぐらいのものだった。


「神聖教会は偉大なり!」

ローザとミーナは聖句を唱える。裸一貫ですらつられて唱える。

「おう、神聖教会は偉大なり」

聖句には哲学的な意味はまるで無い、それが確認出来た姉妹は満足げに道向かいのビアンキ総業に向かう。途中から観察を決め込んでいたラナンは、

「実用一点張りなんだね」

と肩をすくめた。


一行は道向かいのビアンキ総業に向かう。もう日が暮れる、屋台も撤収を始めていた。

「元締、ミーナさん! お疲れさまです!」

「明日も頑張ろうなの〜」

店じまい中のローザに気付いた子供露天商たちは、口々に挨拶する。ミーナは専属護衛の冒険者だと思われている。

隠してるわけではないが、姉妹だと知ってる者はあまり多くないz。


「そちらのイケメンの方は?」

「ラナンっていうの。これからよろしくなの〜」

「ボクの名はラナン。無職さ!」

ラナンは爽やかに言い放つ。働かざる者食うべからずの掟の信奉者である子供露天商たちの空気はスッと冷える。

「あ、今日帝都に着いたばかりですの、明日冒険者ギルドに登録させますわ! ノー無職ノープロブレム!」

ミーナが慌ててフォローを入れる。露天商の子供たちは、無職に対して慈悲がない。ローザに拾われなければ、自分たちがそうなってた可能性が大きいからだ。


話がややこしくなる前に、ラナンをビアンキ総業の中に押し込む。

ローザはもはやこの家の子に近いうえに、ビアンキ総業の抱える新規事業や大型案件はほとんどがローザの主導で動いているので、誰も居候扱い出来ない。

ミーナは秘書兼ボディガードという認識だ。


そんな2人が連れて来た傭兵風の中性的な人物は、貴族とか腕利きの冒険者、つまりクライアントである可能性が高い。

「おや、ローザ。お帰り」

「今日は何をしていたのかしら?」

ビアンキの両親は笑顔で迎える。

「バオバブの恵みをいただいて、ラナンを迎えに行ってたの!」

ラナンはキメ顔で頷く。


「よろしく、ビアンキさん」

ビアンキの両親のどちらかの名前がビアンキだと思い込んでいたようだ。

「ビアンキはお二人の娘さんの名前ですわ」

ラナンの動きが一瞬止まる。

「……ああ! そうだったんですか! 不躾で申し訳ない」

ラナンは頭を下げ、非礼を詫びる。


動きが一瞬止まったのは、オーバーマインドから関連情報をダウンロードしていたからだ。

「この子はラナン、帝国のことはよく分かってないの。許してあげてほしいの」

「外宇宙の事しかよく分からない不調法者で、これから見聞を広げていきたいと思っています」

外宇宙って何のことだろう、たぶん外国のことだろう。ビアンキの父母は聞き流す。


「ローザの姉妹みたいなものなの、しばらく一緒に居候させてほしいの……ダメかな、かな」

「こんなハンサムさんなら、別の部屋にしないといけないね」

「お気遣いありがとうございます。でもボクは女なのでお気遣いなく」

ラナンは男前に答える。


「え? 本当なのかい?」

ビアンキの父は驚く。母は、その可能性を感じていた。

食卓を囲んだときにはラナンは甲冑を脱ぎソフトレザースーツ姿になっている。

それはいけないわ、と先日ミーナに渡したブルーのロリータ服に着替えさせる。絶望的に似合っていない。

ラナンが新たに加わった夕食は、夫妻を喜ばせた。

「ビアンキが居ればもっと楽しかったのにね」

年頃の娘を見ると、どうしても思い出してしまう。そこだけが辛く、寂しかった。

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