第46話 ラナンは馬鹿・あるいはクレイジーラナン

修理に出した装備とゴブリンクイーンの装備、そしてミーナたちの間で流行っているゲルマン民国の軍用スコップ追加分を待ちがてら、またラナンに説教をする。

「なぜラナンは我慢ができないのかな、かな」

ここでの正解は「ごめんなさい」だが、ラナンは

「オーバーマインドには脳しかないから、自前の目と耳と諸々の新感覚に、はしゃぎすぎたんだと思うよ」

と、他人事のように分析する。


「あと、ゴブリンクイーンという素体の特殊さもあるかもしれない。なんせホラ、ゴブリンクイーンの時の脳は完全に破壊されててまったく記憶がないから。

実質赤ちゃんみたいなもんかな。脳そのものも試験的に作られた小型のオーバーマインドだし。

ボクは確かにローザハイヴの一部で、接続されてるんだけど、この体自体にハイヴの基本機能は備わってる。

ハイヴやオーバマインドの支援がなくても、ある程度なら単独行動が出来るんだよ。

……ま、人類を参考にして作られたスタンドアロン型だね」

と、ローザが知らないことまで饒舌に喋る。


「そっかあ、ローザとは別型の新コンセプトなんだね。だったら納得納得なの」

ローザは感じ入ったようにうなづく。

自分の事を知らないのはいいのか?


「お待たせしました! 修理品です」

バックヤードから、店員が修理したゴブリンクイーンの装備一式を台車に載せて戻る。


ラナンはくたびれたヤクザジャージを即座にキャストオフ。新品のソフトレザーのボディスーツに着替えてみる。クイーンの鎧を基準にしたためか、かなりゆったりとしたボディスーツになっている。

その上に、ゴブリンクイーンの鎧を仮装備。騎士団の正規のフルプレートアーマーほどではないが、部分的に金属板で補強された全身を覆う金属の鱗鎧、スケールメイルだ。

右手にはガーゴイルを象った柄頭の長剣と、左手には本格的な防御紋を溶接された中型盾。冒険者としては、必要充分以上に充実の装備といっていいだろう。


ラナンは見た目的だけなら充分本格的な冒険者といった佇まいになっている。あとは店員によるサイズの調整で、憂いを帯びた中性的剣士の出来上がりだ。

ただ、この装備は何の必要性があって作られたのか、異常なほど重い。剣と盾を持っていない鎧兜状態でもラナンは100キロは越えている。剣と盾もまた重く、これらを持つと120キロ近くなる。

「キミ、ちょっと素振りしてみていいかな?」

「どうぞ、裏庭でお試しくださいね」

台車で運ばなければならない重さの装備一式を身につけて、どのぐらい動けるのか興味がある。


最初はゆっくりと、次第に剣速を上げながらラナンは剣と盾を振るう。その異常な筋力に感心しながら、2分も動ければ上等だろう、と店員を含めて全員が考える。

両手剣ですら最大で3キロ程度であるにも関わらず一振10キロの片手剣を、ラナンは振り回している。そんなに身体がもつはずがない。


しかしラナンは剣速を上げながら剣舞を続け、30分以上振り回しても息ひとつ切れていない。

「……うん、だいたい慣れました」

ラナンの剣筋はまだまだ雑だ。しかし、力が違い過ぎる。

バオバブの実や葉を積み込む時に、重いとか肉体労働に向いてないと散々文句を言っていたのは何だったのかと感動すら覚えるほどの怠け者っぷりだ。


ミーナは宇宙海兵時代ですらナイフは300グラムもあれば重いと不平を言っていた。外宇宙生体戦艦に孔を穿つメタシケイダ・バイブソーがちょうどそのぐらいだった。

結局いま使ってる狩猟用ナイフが200グラム以下。

短剣や棍棒に至っては1キロもあるのだ。ミーナにとっては、衝撃的な光景だった。

「わたくし、こんなのと戦ってたんですのね……」

間違いなく、許されざる物アンフォーギブネスを手にしたヴァチカニアの剣聖に比肩する。自分の無謀さに震えるミーナだった。


「魔法使いの装備や道具はないのかな? かな?」

ローザは聞いてみた。

「ウチでは扱いはありませんねえ……いっそ冒険者ギルドで聞いてみるとか?」

キャンプ用品店でもマジックアイテムの扱いはないようだ。

「しょんぼりなのん」

ローザはくちびるを尖らせる。


「キミ、素人でも扱える飛び道具は無いかな?」

「どなたがお使いで?」

「このボクさ!」

格好だけなら只者ではないラナンは自信たっぷりに言う。


……そんなラナンに渡されたのは、紐付きの変な木の棒だった。

「なんだいコレ?」

「アトラトルです、いわゆる投槍ですね」

「あんまり威力がありそうに見えないけど……まさかコレを投げるのかい?」

ラナンは渡された奇妙な紐付きの木の棒を、じっと見る。

「コレで投げるんですよ。槍でも石でも投げられて、力が強ければ強いほど威力が上がる優れものです。最悪近づいてきた敵を殴ってもよし!

まさに、おねにいさんにはうってつけですよ!」

マッチョ店員は熱心にセールストークを展開し始める。


「うーん……なんか見た目がカッコ悪い気が。ボクの美学に反する気がしますね……もっとこう、スマートな弓とか……」

「腕力に比例するなら、ラナンには最適なの」

「それより、おねにいさんって呼ばれる女性は初めて見ましたわ」

「そうですよ、おねにいさん。このスタッフスリングも兼ねたアトラトルで雄々しく岩とか槍を投げたら、汗臭いマッチョのおっさん達の熱い視線を独り占め間違いなしです」


普通、若い女にそんなセールストークは無いが、早くもキャンプ屋のマッチョ店員はラナンの扱い方を把握し始めている。

「そうか、マッチョの視線を釘付けか。……いいね、よく見ればカッコいい気がしてきたよ!」

どう見ても粗大ゴミにしか見えないぐらいカッコ悪いじゃありませんこと?

とは思ったが、自分もローザも大っぴらに使えるのはカッコ悪い武器だけだと考え直し、アルカイックスマイルを浮かべた。

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