第45話 安心御無用

やっと抜け出した詰所からラナンを馬車に押し込み、元侯爵家令嬢姉妹は一息つく。ゴブリンクイーンの装備を受け取りに、キャンプ用品店に到着するまでにやるべき事があった。

ラナンへのお説教である。


「イケメンというか、マッチョを見たらからといって無闇に襲いかかってはいけません! 分かってますか、ラナン?」

「ワタシたちがハウスと言ったら馬車に戻るの!」

「分かった、捕まえたマッチョは馬車にお持ち帰りしてもいいんだね!」

何も分かっていなかった。

「マッチョはリリース! そもそも無闇に捕まえてはダメよ!」

「マッチョを乱獲するのは外宇宙のエゴなの! マッチョアンドリリースなの!」


宇宙海兵として外宇宙生命体の事は知り尽くしてるつもりのミーナだったが、ローザがラナンに説教しているのを見て内心驚いている。

同じハイヴのオーバーマインドということは、地球生命体からすれば同一人物も同然だからであった。

なんでローザの思考と全く違うどころか、そもそも話が通じないのか?

「うう、自分で自分が分からなくなってきたの……」

「そうなんだ、気の毒に。悩みがあるなら言ってごらん?」

二重人格というやつだろうか? ミーナは考える。かつて、ハイヴへの統合知性を分裂させる作戦が立案され成功した時代もあったが、何度かの勝利の後に対策されたはずだ。


「ゴブリンを取り込んだから、とかじゃありませんわよね」

「確かにゴブリンの研究は、ほとんど進んでないの。滅ぼす方法以外には誰も興味がないのなの」

ゴブリンは創世神話の最初から登場しているが、時々出てきて悪事を働き殺されるぐらいしか出番がない。


しかし改めてよく考えれてみると、謎だらけの生き物だ。

基本的にオスしか産まれず、人類や亜人そして一部の猿も捕まえて繁殖する。要するに、霊長類のメス全般だ。

しかも、一度ゴブリンを産んだメスからは生粋のゴブリンしか生まれなくなる。

稀に母方の血が色濃く出るものやメスも産まれるが、これらは生殖能力はほぼ無いという通説になっている。


しかもゴブリンを一度でも妊娠すれば、それ以降は出産するたびに交尾しなくても閉経するまでゴブリンの妊娠出産を繰り返す。

その点はオークよりもタチが悪い。対策は助けた女の介錯か、腹に直接封印の刺青を入れる以外の選択肢はない。

霊長類が一度ゴブリンを産むと、卵巣そのものが変質する。というのはミーナが持ち込んだゴリラの遺体の調査の結果判明した。

太古から続く不妊の封印、これは正確には着床しても即座に流産させる封印で、これを入れられた女は女として扱われない。


封印を拒否する霊長類のメスはゴブリン発生装置・インキュベーターとして、種を問わず全霊長類から駆逐対象となる。

助けてくれる勇者はおらず、むしろありとあらゆる霊長類の勇者が率先し、一直線にやって来て躊躇なく葬りに来る。そこに慈悲はある、霊長類との敵として厄災を撒き散らす前に死なせてやるという慈悲だ。


封印を入れてもなれるのは一生修道院の外に出られない修道女か、一生苦界の底に沈み続ける最下層の売春婦。

そして屈辱の焔を糧に立ち上がり、紅蓮の百合を咲かせて散華するまで一生ゴブリンを狩り続ける復讐者・ゴブリンスレイヤーの一員、いやゴブリンスレイヤー的に言えば『一条の刃』になる三択だった。


決してゴブリン以外の妻や母、つまりゴブリン専用の産器・インキュベーター以外にはなれない。

神聖教会に限らず自殺を許さないどの宗教でも、この場合は特例として名誉自殺という抜け道も許しているほどだ。一匹一匹はどの霊長類にも劣っているが、これほど特殊で危険な生き物がなぜ誕生したかについてはロクな研究が行われておらず、オーバーマインドが目下解析中だ。


とてもユニークな存在なの、とローザはゴブリンの魔導書をオーバーマインド内で反芻しながら考える。

ゴブリンしか産めなくなるインキュベーターと、その中から現れるゴブリンを世界から廃絶するという意思でも含めて。


「そうだね、ローザ。ボクもそう思う」

ラナンはバオバブの実と葉に寝転びながら、声をかける。

「ボクは……ラナンキュラス・レオニアンは、いったい何になったんだろうね」

ミーナはただひたすら困惑している。人類いや霊長類の視点ではどうにもならない問題だ。


しばし、妖精が迷い込む。誰にも言葉が見つからないときの静寂を、そう呼んでいる。

馬車に迷い込んだ妖精は、キャンプ用品店に到着するまで、どこにも出ていかなかった。


「いらっしゃませ!

ミーナさんにちびっ子姐さん。そして後ろの美形の方は……カレシさんですか」

店に入ってきたミーナを見て、店員が浮かべた100点満点のイケメンスマイルは、続いてラナンを見ていっきに30点ぐらいまで暴落する。

そんな店員との距離をラナンは一瞬で詰め、利き手を握って店員の身体を確認する。

「いや、いいねえ、いい。とてもいい。素晴らしいねキミも。とても気に入ったよ。

ボクはラナン、男のマッチョボディーには常々並々ならぬ関心を抱いている」

「は、はあ……」

店員は曖昧に応える。


「ソレはラナン。ローザの親戚みたいなモノなの、なの」

「そうなんですか!」

店員の愛想は復活した。とても分かりやすい。

「ラナンは女に興味がありませんでしてよ」

「そうそう、全然まったくこれっぽっちも興味がないのん」

良かった良かった……ん?

店員が安心してるうちに、当のイケメンにじっくりと身体を撫で回されている。

「あ! こらラナン! ステイ、ステイなの!」

「分かりました、このまま触るだけで我慢します」

「ステイは、やめて待機という意味でしてよ!」

やっぱり全く分かっていなかった。


「め、メンテナンス品のお引き取りでしたね! お持ちします、それでは!」

一瞬の隙を突いて、店員は小走りに店のバックヤードに戻っていく。

懸念は別の場所にあったのだ、店員はまさか自分に的がかかるとは思ってもいなかったのであった。

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