第53話 ある朝の出来事

 朝のひんやりと冷たい陽光が積雪に反射して一面目下いちめんもっかの銀世界を作り出す。

 舞い落ちる雪結晶は連なり悠久を思わせる。この先も此処で咲き誇ろうとする雪華せっかは悠々と佇み、どこからか吹いた風になびく。

 冬の幻想的な景色を模したような今日の朝、身体を起こした音絃は困惑せざるを得なかった。


 「ちょっと待て…………せぬ」


 一旦落ち着こうと天井を見つめる。

 夢だという可能性も考えて右腕をそのまま持ち上げて頬をつねった。


 「うん……ちゃんと痛みは感じる」


 どうやら夢ではなく現実のようだ。だが、だとすれば尚更この現状をどう説明したことか。

 恐る恐る目線を下に落とす。見間違えだったことを切に願いながら。

 そんな小さな願いも一瞬にして砕け散る。

 右隣のわざとらしく膨らんだ毛布を捲ると静かに寝息を立てて眠る遥花の姿があった。


 「落ち着け、昨夜のことを思い出せ……」


 確かに昨日は家に戻る遥花を玄関で見送ったはずだ。そしていつも通りに朝食を作りに来ると言い残して出ていった。

 そうだよな。朝食を作りに来るって言っていたし、遥花が居るのは普通だよな。


 「てっ……そうじゃないだろ!」


 そうだったとしてもパジャマ姿で俺のベッドに寝ている理由が説明出来ない。納得がいかない。

 ここでも普段と異なっている点がある。

 いつも通りであれば、制服姿の遥花が「もぉ――!」と呻きながら音絃を起こしに来る。

 本当は起こされずとも今日のように起きるのだが、遥花に起こしてもらうのが心地よくて、つい目を瞑ってしまう。

 もういい加減に止めないといけないのは分かっているのだが中々。

 まあ、その話は置いといて、問題は遥花と同じベッドの上で一夜を過ごした可能性があるということ。

 何かをしてしまったにしろ、何もしていなかったにしろ、その事実だけで十分に大事件だ。社会的に抹消されてもおかしくはない。


 「え……?俺、やっちゃった?」


 ロクに思考回路も働かず、片言だけが言葉になって世に放たれる。

 有している記憶が正しければ俺は無実のはず。ならば堂々としていればいいのだろう。


 「よし、ここから離れよう」


 思考回路とは別に放たれた言葉は「エスケープ」という手段を選択した。

 だって……何か言われたら絶対に負けるじゃん俺。

 毛布を捲ってベッドから出る。

 遥花を起こさないよう静かに部屋を後にした。


 

 「うっ……さむ。暖房予約忘れたかな?」


 リビングに足を踏み入れても暖かさは感じられず、代わりに冬の冷たさが足裏を撫でる。

 吐き出した息は呼吸した証を残すかの如く、白い祝福となって存在を主張した。そして何事もなく自然へと馴染み目前から消える。


 「とりあえず暖房を付けよう。このままじゃ寒すぎて凍え死にそうだ」


 暖房の電源を入れ終わった音絃はまた黙り込む。暖房の電源を入れたからといってすぐに部屋が暖かくなる訳ではない。

 悩んでいるのは部屋が暖まるまでの待機場所だ。

 言葉通りに本当に凍えてしまいそうなのだ。

 温まれる場所は確かに一つだけあるのだが……。


 「遥花のもとに行けば色々面倒になりかねないしな……」


 現状この家で唯一、暖かい場所はベッド。

 二人分の体温を閉じ込めた毛布の中は言えば楽園に等しい。

 しかしその楽園には甘い罠がある。

 問題は果たして年頃の男女が同じベッドで横になっていいものなのか?

 確かに関係上は交際状態にある男女が同じベッドで横になるのは変なことじゃないはずだ。

 だが、合意の上でもなければ俺たちは一介の高校生に過ぎない。

 だが、この極寒には耐えかねる。


 「どうしたら……」


 結局―――――ベッドに戻りました。

 別にやましいことは考えていない。下心が完全にないといえば嘘になるが、理性の制御もとい手を出さない自信はある。

 誰よりも遥花を想っているからこそ大切にしたいと思っている。

 一時の過ちで辛い気持ちになんてさせたくはないし、責任の取り方も責任を取れる稼ぎもない。

 未来を見据えるべきだという自覚があるため、揺るぎない誓約を自身にかけることができる。

 現にただ戻る訳ではなく上半身は起こして毛布を羽織るような状態を取っている。

 あたかも寝入ってしまった彼女の隣でやむを得ず本を読む文学少年のようだろう。

 これで絵面的な問題は解決された。

 後は部屋が暖まるまでゆっくり待つとしよう。

 音絃は読みかけだったラノベを一冊手に取り読みいった。

 遥花は相変わらず無防備に愛らしい寝顔を見せながら静かに寝息を立てる。


 ――三十分後


 「こんな熱い展開は久しぶりだな――。蓮におすすめしてやらんと……」

 「ん――温かいです……」

 「ん。起きたか?今日は遥花の方がお寝坊さんだな」


 小さな欠伸を手で隠しながら身体を伸ばしてみせる。

 相変わらず寝起きは弱いようで意識が朦朧としている様子だ。


 「あれ……?どうして私……音絃くんの――」

 「それはこっちが聞きたいんだが……」

 「昨日は確か……自分の足で家に帰り着いたはずです。それから――」


 何かを言いかけた途端に遥花が飛び起きた。

 顔を覗き込むとひどく青ざめた様子だ。


 「どうした?まさか俺がなんかしちゃった感じか……?」

 「いえ……違います。がやらかしちゃってます……」

 「どういう――」


 遥花が静かに指を指す方角に視線を合わせる。

 そこにあったのは――――完璧に準備された学生鞄と制服だった。

 理解と同時に一気に冷汗が吹き出る。

 時計を見れば始業のベルがもうとっくの昔に鳴っている時刻だった。

 つまり――大遅刻だ。


 「どうしましょう――!もう絶対に間に合いませんよ?」

 「うわ……ほんとだ。蓮から着信がすごい数来てる。サイレントモードにしてて気付かなかった」

 「あ――と!え――と……まずは連絡ですよね!?」

 「俺はとりあえず蓮に折り返しするから着替えて来てくれ」


 絶望的な状況に完全に諦め切っていた。

 

 『あ――。起きた?今日休校だから遊ばね?』

 「…………」

 『もしもし――!聞いてるか?お――い』

 

 音絃の脳内では「休校」という二文字の解析に途方もない時間が掛かる気がした。

 パジャマ姿のままの遥花がすごい勢いで戻ってくる。


 「音絃くん!今日は休校らしいです!」

 「ああ、今聞いた。休校ってなんだ?」

 『何言ってんだ?メール回ってきてるだろ』


 黙ってメールボックスを確認すると確かに学校からの休校の知らせがあった。


 『二人揃って知らなかったのかよ……ちょっと待て。なんでお前の通話から白瀬さんの声が聞こえるんだよ?様子から察するに二人とも今起きたんだろ?ということは――』


 また冷汗が吹き出る。


 「よく分からん。切るぞ」

 『ちょっ……待――』


 ――ツーツー


 「とりあえず遥花は家に戻って私服に着替えてきてくれ。もしかしたらあいつらが来るかもしれない」

 「分かりました!」


 遥花は理解の意を示し、背を向けて部屋を出ていった。

 やっと溜め息を一つ零す。


 「キャッ!」


 玄関の方から遥花の悲鳴が短く響く。

 音絃は慌てて飛び出す。


 「大丈夫か!?」

 「大丈夫だぞ。白瀬さんは少し滑っただけみたいだから」

 「そうか……良かった……は?」

 「黒原くんとはるっちは意外と進んでたりするのかな?はるっちは後ほど尋問だね♪」


 玄関先に居たのはさっきまで通話相手だった蓮とその彼女である杏凪だった。


 「マジかよ……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〜後書き〜


投稿が遅れたことを謝罪します!ごめんなさい🙏

理由(言い訳)は、忙しかったからです🐥

意地になって作曲の勉強をしておりました。打ち込みをしながら作曲中です😰


引き続き投稿を続けます!

どうぞお付き合い下さいませm(_ _)m

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聖女様を家に入れたら一緒に生活することになりました。 廻夢 @kaimu_kaku

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