第52話 最悪な初夢

 荒れ果てた平原で独り目を覚ます。

 日は頭上で眩しく光を放ち、知らない方角から真っ黒な塊が迫り来る。

 音絃はこの現状を理解しきれずに言葉を失っていた。

 見渡す限り何もないこの大地はひたすら熱を放ち続ける。このままでは干からびてしまう。


 「水……そうだ、水を探さないと――」


 その瞬間に今までこの場に居なかった者が現れた。

 一人の少女が仰向けの状態で横たわっている。

 大きく乱雑に拡がった黒髪に忘れるはずのない雰囲気。


 「遥花……遥花!」


 無我夢中で遥花に駆け寄る。

 現状がどうなっているかは二の次で今すぐに無事を確認したかった。

 もしも、遥花の身に何かあったならば音絃はきっと耐えられないだろう。

 一輪の可憐で華奢な華と生きていくと決めた矢先にそんなことになれば、どうなってしまうか分からない。

 近くまで寄っても遥花は起き上がらない。駆け寄りながら名前を呼び続けても反応は皆無。

 心臓の鼓動が暴れて、自分が焦っているのだと嫌なほど伝えてくる。


 「起きてくれよ……なあ!」


 何度も何度も大声を上げて、喉が枯れるまで叫んだ。

 だが、一度として遥花の身体には触れなかった。触れれなかったんだ。

 可能性の恐怖心は音絃を侵食して虫食いのように心に穴を開けていく。

 遠くにあったはずの黒い塊もいつの間にか近くまで来ている。

 その黒い塊の正体は――からすの大群だった。

 鴉の大群は迷うことなくこちらへ向かってくる。

 何とか遥花を守ろうと身体を庇うが、その瞬間に触れてしまった。

 信じられないほどに冷え切った遥花の頬に触れてしまった。

 数え切れない鴉の鳴き声に音絃の悲鳴は虚しく溶けていく。


 ――俺は遥花を守れなかった。


 視界が淀む。もう何も見えない。


 

 暖かい部屋に食欲をそそるような美味しそうな匂いと柔らかく弾力のある枕。

 まだ幽かに淀む視界の中、前髪の隙間から見えたのはウトウトと顔を上下させる遥花の姿だった。


 「良かった……生きてる」

 「ふぁ……起きたんですね。身体の具合は大丈夫――」


 言葉を詰まらせた遥花は急に動揺したように慌てふためく。

 意味が分からずに音絃も言葉を失う。


 「大丈夫ですか?私、何かしましたか?」

 「何でだよ。遥花は何でそんなに慌てるんだ?俺の顔に何か付いてる――」


 気付かなかった。

 どうやら俺は安堵からなのか悲観からなのか分からないが、涙を流していたようだ。

 そこで自分が見ていた夢を鮮明に思い出し、思わず遥花を抱きしめた。

 「え……あっ……え?」と恥じらう反応を見せたが、すぐに音絃の様子を察してなのか黙して応じてくれた。


 「どうしたんですか?音絃くんから私を求めてくれて私は嬉しいですけど、音絃はそんな気分じゃなさそうですね」

 

 いつもと変わらない柔らかな口調で包むように語り掛ける。

 それとは対比して若干の不安を表情で浮かべていた。

 意をさらけ出しあって一週間ほど余りの二人には知らないことが多すぎたのだ。

 内側から湧き上がる感情の名前も知らないまま歩いていく。即ち不安を背負って歩き続けるということ。

 不安は誤解を生み、誤解は擦れ違いを起こし、擦れ違いは別れをちらつかせて、別れは孤独を呼び戻す。

 この愛の形は果たして正しいのか?このままでもいいのか?

 今の音絃には判断が付かなかった。

 だから――


 「何でもない。遥花の温もりが急に感じたくなっただけだよ」


 その深意をまた隠した。

 嘘は付かないと決めているが、隠し事はまだたくさんある。

 打ち明けるべきなのか、打ち明けない方が遥花は幸せでいられるのだろうか。

 今回だってあんなに――


 その刹那、脳裏に悪夢がフラッシュバックする。

 人の温もりが抜け落ちて二度と動かない彼女の姿が蘇り、その姿はあの日の彼と重なって余計に鼓動の脈を加速させた。

 

 「奏汰……行かないでくれ――!俺は……俺は!」

 「音絃くん!落ち着いて下さい!大丈夫です、私が居ます。ゆっくり呼吸して」


 さすられるがままに息を整えようとする。

 頭の中は色々な感情や記憶、思い出が入り混ざって真っ黒な渦を生み出した。

 眩しく輝きを放つはずだった彼の人生を断った自分が何者なのかを自問自答、戒めて問いただす。


 「落ち着きましたか……?」


 不安気な表情で覗き込む。

 音絃は笑う。かつて得意だった他人と歩幅を揃えるために身に付けた作り笑顔。

 

 「ごめんごめん。俺は何ともないから安心してくれ」

 

 口元を絶妙な具合に吊り上げて目を細める。

 他人について行くために鏡の前で練習を重ねたこの作り笑顔わらいは見破れない。

 今までに見破ったのは一人だけ。

 それは作り笑顔を浮かべていた中学時代前半に出逢った奏汰だけだ。

 演じるだけの俺を否定してくれた奏汰だけだった。


 「音絃くん……。以前言いましたよね?誰にでも振り撒くような愛想笑いはやめてと」

 「え……」


 遥花は困惑した様子で音絃に問う。

 そのまま予想外の回答に動揺する音絃を置いて淡々と続ける。


 「音絃くんが誰かの表情を窺う私を否定したのに音絃くん自身が肯定してどうするんですか……?」


 遥花は一つ溜め息をついた。

 音絃は顔を上げられずに俯く。

 そうだよな。自分で注意しておいて不覚だったな。

 その上、遥花に作り笑顔がバレてしまうとは思いもしなかった。


 「まさか……バレてしまうとは思わなかった……」

 「馬鹿にしてるんですか?」


 また一つ溜め息をつく。そしてしょうがないですねと言わんばかりの表情を浮かべる。


 「私は音絃くんにとってのたった一人の彼女なんですよ?だから私には正直になっていいんですからね!音絃くんのことをもっと知りたいんですから」


 遥花は片目を閉じて、口前で指を立ててみせた。

 小悪魔のような微笑みを浮かべて音絃の顔を真下から見上げる。

 半年も一緒に過ごしてきたというのに遥花はまだ心をざわつかせてくる。


 ――本当に小悪魔だよ……。


 「大好きだよ。俺は遥花の幸せの為に生きる。約束する。なんか片言でごめん」

 「構いませんよ。音絃くんの言葉ならどんな言葉でも私に届きますから」


 トドメを刺すような微笑みで顔の熱が上がっていくのが自分でも分かった。

 近くに居るからと言って、永遠が続く訳ではない。いつかは失って離れ離れになって。

 別に毎日を薔薇色に染めようとは思わない。ただ、一時の躊躇が一生の後悔を招く。

 そのことを肝に免じて生きていこうと自分の中で決意した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〜後書き〜


まず始めに投稿が遅れてしまったことを謝罪致します。本当に申し訳ありません。

そして訳が分からないと感じる方々、重ねて謝罪致します。本当に申し訳ありません。

加えてシリアス回をお許し下さい!

作者自身がシリアスな話を好まないため、後半で微糖を加えて中途半端にしてしまったことも謝罪致します。


(だって……辛いままの二人は見てられないじゃないもん(´;ω;`))


リハビリは継続中( 'ω')


〜今日の雑談タイム


因みに、私が記す初夢とは1月1日から1月2日にかけて見る夢のことを指します。

12月31日から1月1日は本作品にも記している通り、眠らずに年を越す人が多いことから 上記の説を信じております。

尚、私が考えていることであって必ずしも正しいとは限りませんのでご了承ください。

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