第5話 旅の荷物は軽い方が良いという

 ――ドスンと鈍い衝撃音が走り背中に大地の感触が伝わる。

つまり、しこたま背中を打ち付けた。


「大丈夫ですか?」


 リリアが心配そうにこちらの顔を覗きながら手を差し伸べている。


「大丈夫、受け身取れたから」


 見栄を張ってしまった。

正直めちゃくちゃ痛いし、絶対痣になってる。


 身体を起こし周囲の様子を見た。何処に落ちたのかを知る必要がある。

ここは――平原だ。

近くには街道が通り、延びたその先には街のようなものが見える。

反対側には川に掛かった石橋があり、渡った先は遠くに見える森林へと続いていた。

落下地点としては上々だろう、危険な場所でもなさそうだ。


 物珍しげにしばし周囲をキョロキョロと眺めていた俺の肩をリリアがちょんちょんとつついた。


「無事に転生できましたね。おめでとうございます! そんなユートさんに契約特典のプレゼントです! まずは――」


 砂時計を手渡された。倒したりひっくり返したりしてみたが、砂粒は重力とは無関係に一定方向へ少しずつ落ちていっている。


「滅亡時計です。砂が全部落ちた時にこの世界は滅亡します」


 プレゼントがいきなり物騒……。

見た感じ、落ちきるまでには猶予がありそうだが無期限ではないということか。

それまでにこの世界を救う必要が――救う?


「……世界を救うって何をすればいいんですかね?」


「うーん、この世界が滅亡の運命にあることは分かってますが、その原因は特定されていません。まだ顕在化してない可能性もあります。とりあえずは普通に旅をして、色んな人に話を聞くのがいいかなーと」


「なるほど……」


 確かになるほどではあるのだが、何の勝手も分からない世界で1から情報収集というのも骨が折れそうだ。まずは遠くに見えるあの街に向かうのが良いだろうか?


 しかしそこで有力な情報が得られなかったら……もっと人の集まる街はあるのだろうか。

そもそも当面の暮らしはどうしていけば……路銀を稼ぐ必要もある……。

宿屋の枕で寝れるかな……不安だ……帰りたくなってきた……。


「フフ……何やらお悩みのようですね」


 リリアは得意げな笑みを浮かべながらゴソゴソと鞄を漁ると回廊で見たのとは別のタブレットを俺に手渡した。


「そんなあなたに特典その2! 『おいでませマルクトア vol.1 ~熱烈歓迎!新入転生者応援スターターキット~』です!」


 ――何?


「その名の通り、マルクトアの新入転生者さん向けに弊社が作った情報端末です。この世界の地図や気候から種族、世界情勢、産業、経済、魔術辞典、モンスター図鑑なんかが見れるんですよ」


「――ありがとう!」


 名前のノリは嫌だけどこれがあればなんとかなる気がする。

国家の情勢が分かれば旅程も組みやすくなるし、地図とモンスター図鑑があれば危険を避けて進むこともできる。


「その他にもオススメ観光ルート10選、大人の週末デート向けプラン、季節ごとの釣りスポット、目的・予算別に厳選!ご飯の美味しい酒場マップ(クーポン付)、キラーエイプでも分かるオリハルコン先物取引必勝法、ソードマン川柳、巻末付録に役場に提出できる婚姻届――」


「それは要らないかな……」


「えぇー!? 見てください、この酒場ランドドラゴンの尻尾のステーキがあるんですよ! 行くしかないですよ!」


「はいはい、近くに用があったらね」


 膨れっ面のリリアを宥めながらページをスクロールしていく。

ここは世界の中央に位置する大きな大陸の南東部、街道の先に見えるあの街は【カルペディエ】というらしい。

人口は少ないが、大陸中央の王都と南端の港町の中継地点として多くの冒険者が立ち寄る街。冒険者向けの飲食や宿泊業を主としており、酒場では魔物退治などの依頼も斡旋していることから魔獣の毛皮が特産品として知られる――


 うん、最初の街としてはおあつらえ向きだ。人が集まる場所には情報も集まる。酒場で魔物退治の依頼を受ければ当座の資金もなんとかなるだろう。

そう、魔物退治――


「……リリアって戦闘とかできたり……?」


「へ? なんで保険屋が戦うんですか?」


 正論だ。ぐうの音も出ない。

となれば俺が戦う他ない訳だが……できるか?


「心配しないでください。世界を再生すべく選別された転生者さんですから、戦闘だって人並以上の才能を与えられてるはずですよ」


 才能を得た自覚はないが本当ならばなんとかなるかもしれない、というか他に道がは無さそうだ。「死んじゃっても生き返れますし」と付け足していたのが非常に不安だが信じるしかないだろう。

いつまでもここで立ち尽くしてる訳にもいかない、俺はリリアに考えていたこれからの予定を予定を伝えた。


「はい! 私もそれがいいと思います」


 にっこりと頷き返す彼女を見て不安が少し和らいだ気がした。

緩やかな丘を降り街道へ出るとカルペディエへ向かい歩みを進める。

文字通り、長い旅路の最初の一歩を踏み出した。


「――!! 待ってください、ユートさん!」


「え!?」


「――――あの街、名物にランドドラゴンの尻尾のステーキがあります……!」

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えっ、異世界でも入れる保険があるんですか? @mozukuya

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