第5話
結弦は実家ではたまに運転していたが東京へ来てからは初となる運転だった。
その事を藤村に伝えるとシートベルトチェックし直してから、頼むから慎重に運転してくれと言われた。
会社を出て左折し大通りに入る。
「この通りが青梅通りな。この通り沿いは制作会社が多いから覚えておくこと。他にも早稲田通り、五日市通り、井の頭通り、千川通り、環七通り、環八通りの7つの通りを覚えておけば道に迷うことはない」
こっちに来てから家と最寄り駅の往復しかしていなかったのでどれも初めて聞く通りばかりであたふたしていると、窓の外を頬杖ついて眺めていた藤村が「会社戻ったら地図で教えるから安心しな」と言ってくれた。
暫く道なりに進んでから左折して住宅街に入った。指示されるがまま、右へ左へと車を進め突き当たった場所で車を停める。だが周りを見渡しても民家しかない。
「えっ、この辺り普通の一軒家しかありませんよ」
「ここであってるよ。この左側の一軒家が作画スタジオのどんぶらこだ」
藤村が指さす二階建ての一軒家を見ると、表には一家族だけとは思えない程沢山の自転車が停めてあった。
作画スタジオとはスタジオ アストラルのように元請けで仕事を受けず、元請け会社から作画作業だけを委託して制作する会社の事を指すとのことだ。
車を出て、インターホンを押すと「はーい」と返事があったので、「スタジオ アストラルから来ました武藤です。素材の回収に伺いました」と言うと、
バタバタと2階から降りてくる音がして、ロン毛で線の細い男性が自分の横幅よりも大きい茶封筒の袋を両手に抱えてドアから出てきた。
「はい。これ今日までの分の動画です」
御礼を言って茶封筒を受け取る。ぎっしりと紙が詰まっている茶封筒はとても重く、少しよろけたが持ち直し頭を下げてから車へ戻る。後部座席に封筒を押し込んでから運転席に座った。
「重いだろ。それは作画素材が全部詰まったカット袋ってものだ。そして動画とは動きのキーとなる原画の後に、その原画と原画の間の動きを補間する絵の事を指す。この袋にはアニメの核が詰まってるのよ」と藤村が自慢げに教えてくれた。
その後もアパートやマンションの一室、プレハブ、工場のような外観のスタジオなど凡そ会社が入っているとは思えないところから素材を入れたり回収したりを繰り返した。
アニメ心中 ふかレモン @DeepLemon
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