神風特攻/丁歴939年3月28日
神風特攻/丁歴939年3月28日
4人の少女は玄関ホールを走り階段を駆け上がった
情報によると、魔王がいる可能性が最も高いのは2階の廊下の突き当り
幸い、青木を始めとした4人の男たちの捨て身の足止めにより敵の殆どを誘引できているらしく、邸内には兵士らしき者の姿は見当たらない
使用人と思しき魔物が遠巻きに見ているが非戦闘員らしく、一瞬だけ見ると影に隠れてしまった
「ちょーっと待ったー!」
「姉さん達、ちょっと俺たちの話を聞いてくれねぇかな?」
「僕たちのお話聞いてよ~」
三匹の大きいネズミが広い廊下の入口に立ちはだかった
「え? なにあれ? なんか、ちょっと可愛くない?」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃないっしょ」
五島玲歌が惚けたことを言うと中嶋安佑がツッコミを入れた
未知の魔物に思わず立ち止まった
「邪魔」
地黄逸味がよく分からないネズミの傍に一発威嚇射撃をした
「ちょちょちょ! いきなりあぶないっスよ!」
「か弱いネズミになにするんだぜ!」
「僕たち悪いネズミじゃないよ!」
よく分からないネズミ軍団はあたふた廊下を駆け回った
「よし、こうなったら奥の手でいくっスよ!」
「ネズミだから奥の前足なんだよ?」
「うだうだ言ってないでいくぜ」
3匹が漫才をしていると、廊下のあちこちから同じようなネズミが這い出てきた
ネズミの大群は3匹の元に集まり、一度黒い瘴気の塊に分裂した後、人型に姿を変えていく
「変身完了! 某は魔王様一の家臣、テツ! いざいざ尋常に勝負でござる!」
瘴気の霧が晴れると、そこには甲冑と太刀で武装した鎧武者がそこにいた
テツはただのバケネズミではなく、鉄鼠という妖怪だ
伝承に曰く、鉄鼠は怨念を抱いて死んだ頼豪という僧が変じた石の体と鉄の牙を持つ8万4千匹のネズミである
魔王により生み出された彼はアレンジされており、ネズミが本来の姿で人間の姿に变化できる
ちなみに、侍みたいな姿なのは単純に趣味である
「あ、そう」
逸味は短く答えると手にした三一式自動式機械魔杖の引き金を引いた
自動小銃のような形のそれから光弾が勢いよく連続で発射される
「飛び道具を使うとは卑怯でござるぞ! 刀か槍を使わぬかぁ~!」
テツが脇の部屋に飛び入り、非難の声を上げた
「あんなのに構ってないで急ごう! 早く片付けて隊長さん達を迎えに行かないと!」
「時間の無駄」
安佑が強行突破を提案して逸味が同意するように短く答えた
「ご主人さまになにか御用でしょうか? 本日のアポイントに人間の方はいらっしゃらなかったはずですが」
一番奥の部屋から妙に露出の高い犬耳を生やしたメイドが出てきた
「魔王に一目会いたくていてもたってもいられなくて、急に押しかけてすいません」
紫はメイドに銃口を向けつつ心にもないことを言った
「主人はお休みになっておりますので、申し訳ございませんが後日改めてアポイントを取ってからお越しください」
メイドは言いながら何故か靴を脱いだ
黒いヒールの付いたローファーを揃えて脱ぐと、おもむろに靴下を脱ぎだした
太ももまであるサンハイソックスを脱ぎ去ると、靴の上に投げ捨てるように置いた
「そういうわけにはいかない。退かないなら実力行使する」
紫が床に一発威嚇射撃をした
「そうですか、残念です」
短く言うと、先程のテツのようにメイドから漆黒の瘴気が噴出された
すると、体の一部が組み替えられ姿を変えていく
露出の激しい犬耳メイドだった彼女は熊のような大きな腕、背中から生えた白い翼、猛禽類のような足が出現しキメラのような格好に変化した
彼女は普段は人狼に偽装しているが、実態はキキーモラである
キキーモラは狼の顔、白鳥のくちばし、熊の胴体、鶏の足、ボルゾイの尾を持ち働き者の願いを叶える妖精である
彼女の場合は魔王によりアレンジが加えられており、狼の耳、白鳥の翼、熊の腕、鷲の足、ボルゾイの尾となっておりこれらの要素は任意でオンオフが出来るようになっている
「テツ、サボってないで出てきなさい」
「そうは言っても、みちるの姉さん飛び道具相手だと肉の盾になるぐらししかできないじゃないでござるか?」
脇の部屋からトボトボとテツが肩で太刀を抱えながら現れた
「玄関で頑張ってる人間を片付けたら応援が来ますから、それまで頑張ればいいだけですから」
「へいへい」
太刀と爪を振りかざし二人は突撃した
「撃って!」
狭い廊下では機動力を生かして回避することはできない
4人は紫の合図で一斉に攻撃を開始した
しかし、前に出たテツがすべての攻撃をその身に受けると、傷跡から黒い瘴気が吹き出しすぐさま体が再構成された
魔王から直接瘴気を注入された眷属と呼ばれるものには、魔王毎に権能を獲得する
今回の魔王の権能は『瘴気を利用した肉体の分解と再構成』だ
この権能が及ぼす範囲は注入される瘴気次第だが、元がネズミのテツには体の大きさの割に注入された瘴気が膨大であるため体のすべてを再構成できる
つまり、斬られようが撃たれようが自身の瘴気が枯渇するか、テツの"オリジナル"の中にある魂を直接破壊しない限りは無敵ということだ
ちなみに、オリジナルは安全な所で優雅に六等分された円形のチーズの一つをかじってイラストを眺めながら穴開きチーズを再現している最中だ
「ははははは! 死ぬほど痛いが痩せ我慢でござる! まさに必死で!」
傷が瞬時に塞がると言っても運動エネルギーが消えてなくなるわけではない
テツは涙目になったが必死に駆けた。もっとも、立ち止まっても後ろのみちるに抱えられて肉の盾にされるだけだが
「安佑!」
玲歌が叫びつつ突進する
合図を聞いた安佑は援護射撃を行うと、テツは思わず防御の姿勢を取り一瞬立ち止まった
「なんとぉ!」
玲歌は残り少ない魔力を総動員する覚悟で身体強化を全開にしてテツを脇の部屋に押し込んだ
「行かせません!」
みちるがテツは無視して低空飛行しつつ爪を振りかざした
玲歌の援護のために一番先頭にいた安佑に鋭い爪を振り下ろすと半身を反らしてなんとか躱した
勢いが付きすぎたみちるは不意に躱されたことで体制を崩し、安佑はすかさず後ろから組み敷いた
「行って! 速く!」
「ごめん! ちょっとだけこらえて!」
紫と逸味はみちると安佑を横目に廊下を駆けた
一番奥の部屋のドアを蹴破って突入した
「ようこそ、本日はどのようなご用件ですか?」
魔王が執務室の机に腰掛けていた
見た目は、どこにでもいるような少しは見れる程度のルックスの学生のような感じだが、映像で見た通りの風体だ
影武者でなければ魔王本人だろう
「お前が魔王だな!?」
紫は逸味に合図を送って出入り口を固めさせた
逸味は無言で扉が無くなったドアから半身を出し組み敷いている安佑の方へ杖を構えた
「えぇ、そのとおりです。貴女のことは勇者様、とでもお呼びすればよろしいでしょうか?」
魔王は不敵に笑った
そこには恐怖や焦りなどは一切感じられない
「呼び名なんてどうでもいい。くたばれ、化け物!」
紫は引き金を引くと無数の魔法で生成された弾丸が魔王の体を無数に貫いた
防御魔法くらいあるだろうと思って残りの魔力を気にかけていた紫は拍子抜けした
「これで、これで終わった・・・やった・・・やったよ」
紫は崩れ落ち思わず涙を流した
周りの人が魔物に変わった悪夢の始まりと、そこから始まった辛く苦しい地獄の日々を思い起こし自然と笑みがこぼれた
「おめでとうございます、勇者様。見事世界を混乱に貶める魔王を討ち果たしました」
蜂の巣になって真っ黒なゲル状の物質を体から吹き出しながら魔王がゆっくりと拍手しながら立ち上がった
黒いゲルを吹き出し、干からびた魔王の体はひび割れていき、陶器の壺を落としたかのように砕け散りゲル溜まりだけが残された
「え、なに? 死んでないの!?」
紫が混乱のあまり後ずさると黒いゲルが人型に姿を変えていく
「いやぁ、実に惜しかったですよ」
人型になったゲルは先程までと同じ顔だが、若干体格がよくなった男が紫の首を掴むように変化した
「魂がこの肉体に完全に定着しきるか正直ギリギリでしたが、みちるとテツが時間を稼いでくれたおかげで助かりましたよ」
紫の首を締めつつ左手を逸味の方にかざした
気づいた逸味はすぐに振り向くが、それより速く魔王の左手が肘から先が黒いゲルに分解され逸味に襲いかかった
「・・・!」
逸味に襲いかかった黒いゲルは逸味の体に纏わりつき逸味の装備や服を溶かしていく
そして、口や耳から体内に侵入したゲルにより白目をむいて気絶した
「この濃度の瘴気でも魔物にならないとは、勇者というのは面倒ですね」
魔王はゲルを左腕に戻しながら悪態をついた
「貴女は・・・どうでしょう?」
紫が最後に見た光景は一面の漆黒だった
終のスガタ-第五魔王異世界侵食紀 赤胡瓜の妖精 @fairy_of_rc
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。終のスガタ-第五魔王異世界侵食紀の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます