敵地穿通/丁歴939年3月28日
敵地穿通/丁歴939年3月28日
南雲紫は防護服のような戦闘服を着て3人の少女と4人男性軍人と一緒に兵員輸送車に体を揺られていた
「地黄、車酔いとかしてないか? 大丈夫か? 無理してないか?」
隊長の青木が一番年少の地黄逸味を心配して声をかけた
「問題ありません」
地黄逸味は感情などないかのように、淡々と答えた
「逸味ちゃんはいっつも涼しい顔してるから大丈夫ですよ隊長ー」
「そうですよー、ていうか逸味ちゃんばっか不公平じゃないですかー? 私らもいたわってくださいよー。私らまだ10代なんですけどー」
五島玲歌と中嶋安佑は付き合いたてのカップルかのようにベタベタしつつ青木をからかった
「すまんすまん、娘が同じくらいの年だったからつい、な。それに、地黄は思ったことをあんまり口にしないからな」
「隊長、おっさん臭いっすよ~。普段はまだ若いとか言ってるくせして」
青木が魔物になって離れ離れになった娘のことを想っていると隊員の古田が空気が重くなるのを嫌って青木をちゃかした
「よし、作戦を再度確認する、藤村も運転しながら聞いてくれ」
「了解」
運転中の隊員の藤村が短く答えた
「本日、0400時に超長距離砲撃により敵魔導砲陣地を無力化する。
我々は透明化と静音の術式を展開しつつ密かに魔王の官邸と思しき建物へ接近、
砲撃が開始され、敵が混乱するのを待ってから魔王を襲撃する
作戦目標は第一に魔王の殺害。第二に敵司令部の混乱の誘引
各員、60分前までに対瘴気装備と各種MADを点検を済ませろ」
青木の作戦説明をすると、隊員の顔に緊迫感が宿りお通夜のような空気が流れた
敵の親玉を急襲しようと言うなら、命の保証は無いどころか十中八九、文字通りの意味で全滅だろう
「隊長、作戦完了後はどうなるんでしょうか?
最悪、私達は置いていかれても魔物になったりしないと思いますけど、隊長達は回収の必要性があると思いますが」
紫が隊長を始めとした男性隊員4名を案じて声を上げた
この作戦は瘴気に耐性を有する存在である"勇者"による決死隊を派遣するというものだ
そもそも、昨年まで一般市民だった紫を始めとする4名には訓練を施したと言っても通常の軍事作戦が行えるような力はない
それなら、"思想教育"を施して使い捨てにするのがコスト的にも見合っている
なにより、現在の空都に全ての国民を養う余裕はない
ならば、『お国の為に』と嘯いて国民を間引いていく他ない
「事前の作戦説明では敵の空港を一時的に占拠して迎えを寄越すとか言っていたが、多分嘘だろうな」
空港を使用可能な状況のまま占領するのは容易なことでない
元々は自国の施設と言っても、現在は周辺の施設も含めて完全に魔緑に占拠されている
前線から奥深くまで歩兵部隊を浸透させるのは不可能に近いだろう
「まぁ、俺らのことは気にすんな。お前らだけじゃ不安だからな」
「そうだぜ、最初に作戦を聞いた時なんて隊長、司令部に殴り込みに言って『作戦を中止しろ、それが出来ないなら、俺も同行させろ~』って掴みかかっていったらしいからな」
青木がうそぶき、古田が茶化した
「だから、まぁ気にすんなって、隊長も俺らも好きで作戦に参加してんだからな。なぁ、荒谷」
古田が笑顔で答え、振られた荒谷は隅っこで黙ったまま首を上下させた
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「・・・臭うな、鉄の匂いに混じって人間の匂いがする」
山犬のレビは魔王官邸としてしようしている建物から出ると風にのって漂ってきた匂いに警戒心を強めた
「レビ様、どうかされましたか?」
警備の軽武装の鬼が立ち止まって鼻を鳴らしたレビに問いかけた
「おそらく、こちらの領内に侵入している人間がいる
テツ殿に情報収集の依頼と主要施設の警戒を厳重にすべきだろう」
「呼んだ~? 今の話を皆に教えておくよ~」
白テツが噂をするとひょこっと隙間から首を出した
「あぁ、頼む。我らは周囲を警戒する
テツ殿は情報収集と魔王様を頼む」
レビは遠吠えの後に駆け出した
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(ドォォォォォォン!)
青木率いる部隊の乗る装甲車が轟音鳴らしながら横転した
「グルルル」
喉を鳴らして威嚇する若い山犬が透明化が解除されてひっくり返った装甲車を睨んだ
(ワゥゥゥゥゥン!)
魔王の官邸のあたりから族長の遠吠えが聞こえた
山犬は起動中のボディーアーマーのような鎧型のMADの他に両前足に装着された足輪型のMADを起動し臨戦態勢に入った
「ワゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」
味方に知らせるべく高らかに遠吠えする
これで、直に応援がやってくるだろう
(ドゴォォォォォン!)
遠くで爆発がした
空を見上げると敵の砲撃が遥か彼方から弧を描いて降り注いでいる
今は障壁魔法で防げているようだ
「今だ行け! 足を止めるな!」
一瞬の隙を突いて8人の人間が飛び出してきた
人間達は牽制射撃を行いながら猛スピードで走り抜けていった
「人間の速さではない、魔法で強化しているのか」
やや後方から並走しつつ山犬は小言を漏らした
肉体を強化する魔法は後遺症が残る可能性がかなり高い
山犬は敵の体が少し心配だったが、すぐに雑念を振り払った
「無駄撃ちするな!可能な限り魔力を温存しろ!藤村、古田!」
「おぅ!」
「了解」
合図を聞いた二人は隊列の前に出た
二人は障壁を展開し肉体強化と障壁を全開にしたまま魔王官邸に突っ込んだ
肉の弾丸となった二人は門や塀に加えて玄関を粉々に砕いた
「侵入者だ! 敵は少人数だ! 蜂の巣にしてやれ!」
警備隊長と思しき鬼の兵士が左右から攻撃を加え、低空から数名の天狗の兵士が攻撃を行った
鬼と天狗の兵士達は瘴気を打ち出す新術式で攻撃を行っている
瘴気を投与された魔物は身体が修復される。つまり、同士討ちどころか味方に打ち込むと傷が回復するということだ
もっとも、運動エネルギーは打ち消したり出来ないため、それなりに痛いのだが
「よし、俺たちでこいつらを足止めするぞ! 嬢ちゃん達は魔王の所に急げ!」
身体強化を切り、身体のあちこちが悲鳴を上げる中、青木は男達を捨て駒にする決断をした
対瘴気装備と呼ばれる防護服の稼働には魔力が必要となる
そして、肉体強化、障壁の長時間展開により魔力は限界が近かった
少なくとも戦闘を行って帰還する魔力は残されていない
「そ、そんなことしたら皆死んじゃうよ!」
「私らだけじゃ無理だよ、そんなの!」
五島玲歌と中嶋安佑が口を揃えて不安を口にした
10代の少女4人で敵の親玉のところまで特攻してこいというのだ。常軌を逸していると言って差し支えないだろう
「南雲、指揮はお前に任せる。あと、俺たちはMIAとして扱え」
「頼むぜ、勇者様!」
「いい男見つけろよ!」
「・・・ん!b」
死を覚悟した男たちが笑顔で少女たちを送り出した
「・・・隊長代理、指示を」
地黄逸味が淡々と言った
動揺する3人とは違い、感情など存在しないかのように声色一つ変えてない
「・・・了解。皆さん、お世話になりました
対瘴気装備は魔力節約のため、ここに捨てていく!」
自分たちは瘴気に耐性があるため、対瘴気装備は基本的には不要。装備を捨てれば防御を捨てることになるが燃料となる魔力が切れれば無用の長物となる
と、いうのは建前で補給物資代わりに魔力のタンクを置いていくというのが本音である
「死んじゃいやだからね!」
「絶対迎えに来るからね!」
五島玲歌と中嶋安佑の強制排除で顕になった素顔には涙でいっぱいになっていた
「よし、行こう!」
4人は男たちを背に駆け出した
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