第6話 あの日の思い出 後編
「あなたの髪は黒いけど、どうして?」
ビオラの純粋な好奇心であった。
マグノリアス王国は金髪碧眼の民族で形成されている国家だ。
その中に他の種族の混血が混じり今に至るが、その多くの髪の色は明るい色である。
黒色や紺色などの深い色は王都に雪が降るくらい珍しい。
「母上が
黒い髪に低い身長。女性であれば成人していても幼子とからかわれると父から聞いた。
武芸に長けた民族と文化性に満ち溢れた素晴らしい国らしい。
魔導具についても興味深いところがある。
それは魔力を利用して放つ【
島の名前がついた【種ケ嶋】やその轟音が国を滅ぼすと言われる【国崩】など、子供ながらよく覚えている。
一度、父が調査の為に1本輸入していたが触らせてくれなかった。
どうにも家の壁に大穴が開くらしい。
彼もまた、
でも、父上は金髪ということはマグノリアス王国出身?
「
「出身は王国……。だから、この髪でいじめられる……」
その少年は俯き、前髪を弄る。
排他的な王国思想は、出身がどうであれ、見た目で差別する。
ビオラは父の客で外国人は見慣れているが、そういった人は少ない。
「そう?私は綺麗だと思うけど、その髪の色」
「え……」
一度見た【
雪で反射した光はその黒髪のつやをよく示してくれる。
母親がいないビオラにとって、手入れしたことのない自分の亜麻色の髪と比べてしまうと、とても羨ましいものだ。
ただ、少年は意外だったようで、抜けた声を返してきた。
「そんなことより、見て。雪溶かして絵が描けるよ」
手に持つ
目の位置と鼻の形を忘れていたため、熊には見えない。
新しい魔物のような見た目。
それを見て少年は噴き出した。
かわいいとか、上手とか期待していたビオラは不服げに半眼する。
しかし、彼の初めて見せた笑顔はとても、綺麗であった。
だから、怒りなど沸くはずもない。
ただいたずらに不機嫌な真似をしてみせた。
「ご、ごめん」
「別にいいよ。描いてみる?」
「うん!」
彼も、絵は下手であった。
意趣返しのように笑ってあげたら、恥ずかしそうにしていた。
それがまた可愛らしいと思った。
立って描いてみるなんて言い始めて、大きな絵を雪に描く。
それは猫なのか犬なのか、鳥なのか……。
描かれるものを当てるようなゲームになっていた。
「
「ひどいなぁ」
子供というものは不思議だ。
簡単に友達ができる。
ついさっきまで他人だった二人はまるで友達のように笑っている。
走って、追いかけて、雪の上で踊っている。
それは大人になると中々できないことである。
ただ、はしゃぎすぎると注意も散漫になり。
「危ない!!」
「あ」
少年は
雪で隠れていたのかもしれない。
ビオラは咄嗟に彼を支えようと抱き着いた。
なんとか、彼の転倒は防いだ。
しかし、
「っ!!」
つい左手で
脊髄反射でそれを投げ捨てた。
一瞬であったはずだが、手の平からは言葉に出来ない痛みを感じる。
「大丈夫?」
「う、うん。君こそ大丈夫!?真っ赤だ」
霜焼けなんかではない。
それは、火傷であった。
「冷やさなきゃ。雪を握って!でも、強く握りすぎちゃうと凍傷になるから……」
「大丈夫だよ」
火傷なんか動じていないビオラに対し、少年は慌てふためいている。
しかし、火傷の対処には詳しいようで、いろいろしてくれている。
一方ビオラは、父への言い訳を考えていた。
怒られるなぁ……と。
「駄目。僕のせいで火傷したんだ。父上に言われているんだ、女の人をきずもの?にしたら、責任を取らないといけない」
子供でありながらビオラは、それは意味が違うのではと思った。
でも、こんなに慌てて、心配してくれるのが嬉しくて、からかい半分で尋ねてみた。
「じゃあ、大人になったら結婚してくれる?」
なんて、断られると思った。
でも彼は右手の小指を突き出してきた。
「母上の故郷では小指を絡めて約束を誓うらしい」
「え」
「小指を出して」
互いの小指を構え、ぎこちなく聞いたことのない歌を彼は歌う。
指を切るだの、拳万だの、針千本だの、物騒だ。
「大人になるまでに、立派な騎士になってみせるから。その時までの約束」
「私も、立派な魔導具師になる」
「うん、期待しています」
王都では珍しい雪に黒髪が珍しい少年、記憶に焼き付く左手の火傷に父の雷。
それは、ビオラにとって忘れることができない思い出であった。
◇
「おう、期待通り。金貨5枚だな」
などと、酒場に入るなり金貨袋から必要分取り出したリュドナイ。
目は虚ろで顔は真っ赤だ。
酒は脱水症状になりやすい。このまま外に出て脱水症になればいい。
「本当に開発費に使うの?飲み歩く分じゃないわよね?」
「うるさいなぁ。酒を飲んだ方が研究が進むんだよ。ほっとけ」
今の状態で研究などできるようには思えない。
もしかしたら、そのまま寝てしまい、盗人にお金を奪われてしまうのでは無いか。
そう思うほど、今のリュドナイは見ていられない。
「家まで送るわよ?そんなんじゃ帰れないでしょ?」
「うるせぇ!ほっといてくれ!」
リュドナイの荒れようにビオラは額に手を当てる。
どうしてこんな人が婚約者なのか。
先程思い出した幼少の思い出が夢のように思えてしまう。
酒場の店主にリュドナイのことをお願いする。
時はすっかり黄昏時で、あの日の黒髪の少年と別れた時刻と同じだと思いながらビオラは帰宅の途についた。
魔導具師は、苦難から逃れたい 〜お金をせびるクズ婚約者から子供の頃結婚を約束した騎士に乗り換えたらダメですか?〜 満地 環 @monkidion
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