第17話 比叡尾山城一大怪奇事件

 奇想天外な御金蔵破り


 上里次席より久し振りに家に招かれると忍者一家は早朝より浮かれている。優しい奥様に会ってご馳走を頂き、甘えたいばかりなのだ。

 現在、与作は士分に取り立てられ、更に苗字帯刀を許されており、城下の畠敷には住居までも提供されている。

 然しながら、未だに農家育ちで丁稚奉公気分が抜けきらず、広い屋敷は一度だけ弥太と小太郎と一緒に忍者一家が利用しただけであった。どうにもまだ敷居が高すぎるのだ。

 最近は与作もお殿様の随行や代官所の依頼で、あちこちに転々とし、一家も仮住まいが多く落ち着かない。

 やはり鉄、玉、ラー助にとっては生まれ育った炭焼き小屋が何より一番。まさに

 ''忍びの家,,

である。小さな子供の頃から犬、猫、カラスが、互いに山中で宝探しや隠れんぼう遊びを通じて、切磋琢磨しあい、更に国久公には可愛がられて、各自が持った潜在能力をより引き出してくれた。より超能力を発揮する事により、三吉のお殿様からは忍者一家に認定されたのだ。

 今日も早朝、夜が明けきらぬうちからラー助に叩き起こされる。

 「オイッ、皆んな、朝飯は上里様宅で頂くからな。出発進行!」

 「エイエイオー」

 歩き慣れた山道が楽しくて仕方ない。一旦、別荘に寄り荷物を置いて武家屋敷へと一目散に駆けていく。

 次席宅の玄関前に到着すると

 「ヨガキタゾヨ、アケロ」

 「うぬっ、こりゃラー助!そりゃなかろうが」

 「ホホホ、いらっしゃい」

 「お邪魔致します。ほんま、朝早ようから此奴達が急かしまくるもんですから、すみません」

 「いいから、いいから皆んな上がってね。でも面白いラーちゃんね」

 「そうなんですよ。大好きだった国久公が何時迄も忘れられず、もの真似をするんですよ」

 「奥様、毎度、皆んながお騒がせして申し訳けございません」

 「主人はまもなく起きてきますからね。非番の朝は何時もこうですから。その前に朝食を食べましょうね」

 鉄、玉、ラー助もご馳走を前に全くご機嫌だ。

 毎度のことながらお粗末な飯しか与えていないのでよだれを垂れているではないか。

 「頂きます」

 一斉に食べ始めるとアッという間にたいらげてしまった。

 「オイオイ、よう噛まんかいな」

 食事を終えた頃上里様が起きてきた。

 「おおぅ、うちに来るのは久し振りじゃのう。まぁゆっくりしていってくれるか」

 「有り難う御座います。尾道へ行って来て以来ですね。その節は大変お世話になりました」

 「そうよな、あんときゃ初めての遠出で泊まりで出かけたからな。大将は偽役人をやっとったがよう似合うとったよ。ハハハ」

 「へへへ。でも私は初めて瀬戸内の海を見た時は感激しましたよ」

 「そりゃワシも一緒じゃ。宮島へ渡ったくらいしかないからな」

 「そういゃ土産に貰った干物の丸干しとデベラは美味かったな。忘れられんよ」

 「確かにあれは美味かったですね」

 「木槌で叩いて軽く醤油をつけ弱火で炙ったデベラは酒の肴にゃようおうたな」

 「そうだ、上里様、いい事を思い付きました」

 「オゥッ、突然、何事かいな」

 「産地から送ってもらいましょうよ」

 「そりゃ又、どういう事かいな」

 「尾道の弥太さんの家に連絡するんですよ」

 「まさか、ラーちゃんじゃあるまいな」

 「其れですよ」

 「然し、こりゃどうにも二度とあんな距離は無理じゃないかのう」 

 「いえいえ、ラーちゃんなら確実にやってくれます。他のカラスと違って、普段も長距離を飛んでいますから十里や二十里はあっという間ですよ。それに大の仲良しの小太郎がいる所じゃし喜びますよ」

 「然し、忍者一家は凄い事をするな。無茶苦茶に早い伝達をラーちゃんはやってくれるんでぇ。それも正確にな」

 「ただ荷物を運ぶにはラーちゃんでは如何にも重いですから行商人を頼みましょう」

 「今から紙に書いて飛ばして持って行かせましょうか」

 「そうしてくれると嬉しいのう」

 与作は屋根の上にいるラー助に一声かけた。

 「ラーちゃんよ、すまんが小太郎の家まで又行って来てくれるか」

 「ヨイヨイ、マカセトケ」

 「なんちゅう奴じゃラーちゃんは。あんたは偉い!」

 「エッヘン」

早速にも、遠路はるばる飛び立つラーちゃんの為に奥様は小さな弁当を拵えてくれた。其れに代金を包み込んだ。

 「ヨワイクゾヨ」

 「ハハハ、宜しく頼むよ」

 鉄と玉も見送っている。

早々にも南の空に向かって飛び立つ。

 確実に仕事を成し遂げるであろう。其れもホウベだけで。


ラー助は頼まれた書簡を持って飛び立つと尾道を目指す。前の時は与作と忍者一家と一緒に出掛けており、空から道中の道筋をはっきり覚えていて簡単な使いである。然し、其れにしても早い。途中、二、三度羽根休めをし軽く馳走を啄(ついば)みながら飛んでいく。 

 今日も日和が良い。千光寺さんの上空に来ると目の下は尾道水道だ。

 「コタロ、コタロ、ヨガキタゾ」

 「おいっ、今の声はなんなら!」

するとボロ家の中から小太郎がガタピシ戸を開けて外へ飛び出したではないか。

 「もしや、ラーちゃんか」

弥太はただビックラこいている。

 「又、大将が尾道へ来られたんかいな」

すると

「ヤタサン」

と言いながら近づき小さな包みを目の前に落とした。

 「こりゃなんぞ頼みごとかいな」

 「おい、小太郎、ワシャ読み書きがよう出来んけん千光寺さんに代筆をお願いしにいくぞ」 

 急坂道を小太郎とラー助はまとわりつく様に嬉しそうに上がっていく。

 与作からの書簡状を受け取った千光寺さんは前の事を覚えており、 

 「おおう、こりゃ偽役人をやっておられたお方じゃないか」

 「弥太さんよ、一寸待っとってくれるか。すぐに返事を書くからな」

 「色々、三次へ行った時の話しを聞かせてくれるか」

 「分かりました。宜しくお頼みします」


  〜大恩ある大将様へ〜

 先般は何かとお世話になり本当に本当に有難う御座いました。

 其れに立派な三吉のお殿様の衆人に対する志に唯々感謝するのみで御座います。感服致しております。

 ご要望のデベラの干物については知り合いを介して早急にもお届け致します。

尾道からは今高野山のある太田の庄へは日に何便も行き交いがありますし、そっから三次までは私の知っている人間を使わせて持って行かせますから楽しみにお待ち下さい。尚、代金に関しては一切お受け致しかねますのでお返します。

 大恩ある御方にほんのささやかなお礼しかできませんがどうぞお受け取り下さい。

又、お会いする日を小太郎共々楽しみに致しております。

                〜弥太より〜

 

 「そりゃええがな、今日の本題の件じゃが、又々、迷宮入り事件を持ち出して来てしもうたのよ」

 「何の何の、どんな事でも申し付け下さい」

 「有り難うよ」

 「でもな、たまげるなよ。実はこの事件は一昔前の七、八十年前に城中でおきた盗難事件の事なんじゃ」

 「何ですか、そりゃ又古い話で。証拠が全く消滅しとるんじゃないですか」

 「其れで今更掘り返して解決するなど全く意味はないのよ。其れこそ永久にほったらかしにしておいてええ様なもんよ」

 「それじゃ一家が出る幕がないのでは」

 「然し、今なして蒸し返すかいうとな。実はこの度、事件を発生させた城の中の御金蔵が老朽化して近々ぶち壊されるんじゃ」

 「この蔵は事件が起きた約二年前くらいに建てられたれたらしい。何せ御金蔵ゆえにかなり頑丈に造らせた様なのよ」

 「其れがじゃな、当時、比叡尾山城三百年の歴史上、最大の一大怪奇事件が起こったという次第で、そりゃ皆たまげたまくった事であったろうよ」

 「こりゃ外へ知られて大恥をかきとうは無いわな。当時は箝口令(かんこうれい)が布かれてまぁ大騒動だったらしいよ」

 「そりゃそうでしょう」

 「当時、多額の金、銀財宝が無くなり調べまくったが何一つ手掛かりを見つけきらんかったのよ。こりゃ城の中にある金蔵だぞ。誰がこんな場所から財宝が盗まれると思やぁ」

 「ワシも今更ながら耳を疑ったよ」

 「そんな事件が現実に有ったんですね」

 「そういう事じゃ」

 「代官所役人がやったその時の事件捜索の経緯によると、犯人は正面から侵入したばかりに捜索が集中しとるんじゃ」

 「なるほど」

 「兎に角、犯人は扉を開けて持ち逃げしたとばかりじゃと城に出入りする人間を片っ端から捜索しておるのよ」

 「毎日、城に出入りする賄い業者から庄屋、薬屋等徹底的に捜査に当ったようじゃ」

 「更には、蔵の中を全てさらけ出し空っぽにし、手掛かりを得ようと捜索したようじゃが分からんかったらしいのよ。城内の二の丸、三の丸や関連の建物の部屋、空井戸やらありとあらゆる処を全てとの事じゃ。

 其れこそ、なかなか解決の目処が立たず、イライラしてな、しまいには蔵へ一番出入りしとった家老までもが疑われる程、皆んなが疑心暗鬼に陥ってしまったらしい」

 「其れに、一時は財政破綻迄するんじゃないかと噂を立て捲られる始末だったらしい。とその時の顛末記に記してあっようだ」

 「ヘェ〜、そんな事があったんですか。民百姓には全く知る由もなく、然しながら藩財政が逼迫し、更なる年貢取り立てが厳しくなったという事は一切聞いておりませんが」

 「其れは、昔から三吉家代々に渡り領民に対してええお殿様だったということよ」

 「今もそうじゃが蔵の内外には傷一つもない状態じゃ」

 「然し、それにしても凄い知能犯で」 

 「其れよ。どうせ建物が近々無くなるというても此れじゃ癪に触るわな」

 「どういうても大量の金銀財宝が行方不明のままじゃ。神隠しに遭うたなどとんとさまにならん。其処でじゃ。この際、大将と忍者一家で犯人と知恵比べをしてもらってはどうかと思ってな」

 「はぁ」

 「そうはいうても相手はとうの昔に墓の下で苔むしておるがな。ハハハ」

 「興味は無かろうが忍者一家の鼻嗅ぎじゃ思うてやってみてはくれんかのう」

 「なるほど。分かりました。出来るか出来ないか兎に角やってみましょう」

 「オオゥ、やってみてくれるか」

 「其れで何時から取っ掛かればよろしいんですか」

 「そりゃ何時からでもええよ。じゃったら鍵を預けとくよ」


 与作は依頼事項を聞き取るのに昼頃まで次席宅にお邪魔していた。更に昼飯までご馳走になり、おまけに夕食分まで包みを持たせてくれた。

 「有り難う御座います。帰ったらラー助も大喜びすることでしょう」

 

 与作達が帰った後からして暫くして陽が高い時刻に次席の屋敷にラー助が帰って来た。

 そして屋根の上から

 「ヨガカエッタゾ、デベラ、デベラ」

 「あらぁ、ラーちゃんもう帰って来たみたいよ」

 「何ちゅこったぁ!」

 「然し、早いのう」

 次席の前に下りて来るとラーちゃんの足に小さな礼状書簡が括り付けてあった。

 それをはずしてやり、奥様が

 「ラーちゃんご苦労様、はいご褒美よ」

と包みを渡すと嬉しそうに別荘の方に飛び去った。

 代筆にて書かれていた書簡は千光寺さんからのようだ。

 「おい、要らん事を頼んでしもうてかえってお寺さんにまで気を遣わせることになってしもうたな」

 「大将にまでも迷惑を掛けて悪かったな」

  

   事件の経緯


 事件は今から約百年前に遡る。晩秋を迎え木枯らしが吹き荒ぶ真夜中の事である。

 夜警の為、二人の見回り番が定時に鍵の施錠の確認をするのが日常の慣わしだ。昨夜から異常無しの報告を受け次の朝に担当番が引き継いでいた。

 その日の朝早くに家老が重要書類を作成の為に手下と共に中に入った。その時は何時もと変わりなく全く何の異常も無いように思えた。手下が古い書類を取り出そうと積み重なった金庫の横を通った時、着物の袖が木箱の角に少し引っかかったのだ。其れで簡単にガタとずれたではないか。

 「あれっ、えらい簡単に動いたじゃないか。どしたんかいな」

 よく見ると外箱の金具が少しめくれている。

其れを箱ごと手で押してみた。簡単に動くではないか。更に持ち上げると軽いのだ。

 「ご家老様、大事で御座います!」

 「何じゃ、騒々しい奴じゃな」

 「なっ、中が空っぽです!」

 目の前に積んだあった財宝は木箱のまま残されており中はすっからかんであった。其れに全部ではないがかます袋も何故だか全く軽いのだ。

 「どうしたこっちゃ!こりゃ何時無くなったんじゃ」

 「畜生め!犯人は全くワシ等を舐めてけつかりゃがる!」   

 昨日も、見回り番は二人一組で夜中にも巡回し鍵を開けて中を確認し、目視のみでお宝には一切手を触れてはいない。異常は全く感じられなかったのだ。

 然し、不思議な事が生じたものだ。

普通なら城の人間以外には外から絶対に侵入することは考えられない。ましてや御金蔵に来るなど絶対に無理な事である。

 この騒動にお殿様が真っ先に気付かれ緊急指令が下された。

 「此りゃ、財宝は城の外への持ち出しは絶対に不可能じゃ。一つや二つなら兎も角あれだけの量じゃ、城中を隈なく探索せよ」

それからは、門という門は全て閉じられ、蟻も這い出る隙間もない程の厳重警戒に入った。

 城中に出入りが出来る全ての人間にも疑いがかけられた。其れに一人で犯行するにはまず無理だ。必ず複数人が関わったと思われる。

 他の捜査班も鍵、壁、天井、床下、屋根裏等徹底的に捜査するも、ぶち破って外から侵入した形跡が全く無いのだ。後は鍵を開けて正面扉から侵入したとしか考えられない。

 然し、何時に盗難に有ったのかはっきりとは分からなかった。昨日かもしれないし、或いは一カ月前かもしれない。

 此れは何時も出入りしている家老にして此の供述内容で全く曖昧なものであった。

 蔵の中は仕切りは無かったが前にお宝が有り、くてうぉ横奥に棚があり重要書類が積み重ねてある。その都度目視するのみで一切、手に触れてはいないのだ。

一向に埒があかぬ行き詰まった捜査に、皆は疑心暗鬼に陥いってしまい、家老の責任問題にまで発展してしまった。

 「一番の責任は私にあります。常日頃出入りしている私の管理不行き届きで御座います」

 「責任は全て私が負います」 

 「ならぬ!それは絶対にならぬ!」

 「ええか!財宝の姿も見えんが物の怪の姿も見えん」

 「何れにしてもこの人間技とは思われぬ仕業に、こりゃ三次に昔から言い伝えがある物の怪の仕業に違いない。まさにこれじゃ!」

 「無いものは無い!捜索は此れで打ち切りじゃ」

 「わかったか家老よ。お前は消えてはならんぞ。これは厳命じゃ!」

 「お殿様・・・」


 事件が起きた比叡尾山城は三次盆地の北側に位置する。そう高くはないが山の頂上にかけて中腹から建物が三の丸、二の丸、本丸と配置された連郭式の山城だ。

それに付随して離れた箇所に倉庫、武器庫と色々関連の建物がある。

 塀や高い壁に囲まれた中に本丸がある平城とは構造が完全に異なるのだ。この時代は飛び道具の武器弾薬は無い。外敵が攻め入って来た時、登って来れない高い崖や塀の上からの岩石落としや弓矢が城を守る手段であった。(種子島に鉄砲が伝来したのはこの時代より約百年の後のこと)

 下から外敵が攻めて来られない様に急峻な斜面上に造られている。

 然し、のべつくまなく戦時体制にある訳ではなく、日頃、武家屋敷や城下の畠敷から登城する家来衆にしてみれば難儀この上も無い。


 翌朝から、その現場に忍者一家が下検分の為に佇んだ。

 本日は此れだけで、明日からの段取りの為に下見に来たのだ。

 約九十年前に建てられた御金蔵である。なまこ壁はアチコッチと剥げ落ちてかなり老朽化はしていた。

 次席から当時の捜索資料が渡されており、与作は其れに準じて自分と忍者一家の目で確かめるのだ。

 外観、外壁、屋根、内壁、天井、それに床下には厚い石が敷き詰められている。

 堅牢な構造で見た感じはぶち壊した形跡が全くない。

 「然し、中は綺麗じゃな。こりゃ難儀な事になりそうだな」

 与作は一人ブツブツ喋りながら順次、目と手で触わって確認していく。

 鉄と玉は部屋の中央に座り込んで動きをじっと見つめている。

 暫くして外に出ると皆嬉しそうにしている。兎に角、宝探しの本格挑戦気分になっているのだ。

 「よしゃ、今日はこれくらいにしとくか。明日から本気でやるでぇ」

 「エイエイエオウ」

相も変わらずラーちゃんの威勢のいい掛け声が響きわたる。


 次の日に与作は次席に許可をもらう為に代官所を訪れた。

 「オオゥ、そりゃええがな、昨日、大将が帰ってからちょっとしてラーちゃんが帰って来てな。千光寺さんからの書簡を受け取ったよ」

 「其れにしても凄い早いのう」

 「そうですか。千光寺さんとはその節はお世話になったのに又、お手を煩わせましたか」

 「今度、礼状を認めておきます」


 「そりゃそうと、蔵を今から行って詳しく検分しますが、あの建物を少々傷をいかせても宜しいでしょうか」

 「あゝ、すきな様にしてもええよ。どうせ近々ひっくり返すからな」

 「分かりました」

 「そりゃええがあんな物なんぞ、ぶち壊してどうするんじゃ。ついでじゃ、全部ひっくり返してくれるか」

 「そんなぁ、上里様!」

 「ハハ、冗談、冗談じゃ」

 武家屋敷から城までは一里程はあるが与作と忍者一家はとんと苦にならない。

 道すがら鉄、玉ともにさも手柄は自分のもんよ、とばかり自信満々の表情だ。

 然し、此奴等は本当に仲良し忍者一家で、凄い潜在能力を互いに引き出し発揮するなどつくずく感心していた。

 蔵の扉の前に立つと

 「よし、ほいじゃ今から始めるぞ。よう目を凝らして見とけよ」

 然し、鉄も玉も臭いだよ、とばかりに鼻をヒクヒクさせている。

 先ず、床下の空気穴が小さく細長い為に外からは人間が潜り込めない。

 与作は中に入り床に潜り込めるだけ打ち破り這いつくばって潜り込んだ。蝋燭の灯りを照らしながら検分していく。中は綺麗に敷き詰められた石畳だ。それを一枚一枚木槌で叩きながら確認している。分厚い岩をびっしり埋め込んであり不審は無い。

 「こりゃ問題ないな」

すると建物の割に角の四つの柱が異様に大きいのに気付いた。

 「ウンッ、なしてなら、なんぼう蔵じゃいうても高さから考えてこんな大きな柱は要らんぞ。まるで大黒柱じゃ」

 「昨日、部屋の中から見回して調べた時は普通の通し柱だったがな」

 「なして床下にこんな大きな柱が使こうてあるんじゃ」

 こりゃ、初めから御金蔵と知っていて事前に工作したんじゃないかと疑問が湧いて来た。     

 然し、誰が何の為にこんな事を仕掛けたのか、当然、部外者の与作に分かる訳がない。ましてや自分は建築業者ではないからだ。

 だが、これは蔵の鍵を開け外部から侵入し犯行に及んだものではないと与作にはピンときた。

 これは大きな柱に寄木細工を施ししているぞと。

こりゃ、かなりの腕の木組大工のした事に違いない。

 然し、素人目には木目が綺麗に筋が通っており一本の柱に継はぎした傷は全く見当たらない。

与作には分からなかった。

 「うぅ〜ん・・・」

 兎に角、分からない。何度も四本の柱に触れてみた。更に壁と柱との隙間も千枚通しを差し込みながら不審箇所を探す。忍者屋敷に仕掛けてある、押すと壁がくるっと回転する壁の事だ。だが外壁があまりにも厚く此れもまず無理だ。

何度もため息をつく程に相当の時間を要した。

 与作は子供の頃、積み木、木駒、組み木細工の玩具で遊んでいた。

 親父が大工で、四角の角材を大小に切り、積み立てたりして遊べる様にしてくれ、いかに早く組み立てるか兄妹で競争しあっていた。

 然し、今は遊びでは全く通用しない。何せ寄木工作に関しては素人だ。此れは凄腕の職人がやった事だから尚更な事。 

素人のワシがやったら一日中かけてやっても見つけきらんかもしれん。段々と焦り具合を募らせていた。

 その間、退屈そうにしていた鉄と玉は寝そべってしまい、そのうちに玉はスースー寝息をたててしまった。

 それを横目にすると更に焦燥感一杯になってくる。

さも早く代わってよとばかりに鉄が欠伸をする。

 「こりゃ敵わん!どうにも手に負えん」

 「鉄ちゃん、玉ちゃん、代わってくれぇ。ワシゃ降参じゃ」

すると

 「よしゃ分った」

とばかりに鉄が立ち上がった。

 まず部屋の床板をトントン音を立て踏み締めながらゆっくりと一周している。そして四本の角柱に近づき、鼻をクンクン鳴らしながら何かを嗅ぎとっている。東南角にある柱の前でじっと見つめていた時、気付いたのであろう。

 ここだ!

とばかり後ろ足脚で立ち上がると、いきなり柱にすがり前足で叩く様に引っ掻きだした。

 「オイッ、鉄ちゃんどうした?!」

すると小さくはあったが、太鼓が響くような音がしたではないか。

 「ウヌッ、もしや、これは中が空洞か」

与作は柱に近づき、拳でこんこん叩いてみた。やはり音が違う。与作は他の三本の柱にも同様にやってみた。

''ゴツン,,''ゴツン,,

他は全く重々しい響きだ。

 「確かにこれは違うぞ。此の柱か」

 すると寝そべっていた玉が立ち上がるとこちらに近づいてきた。そして背伸びしながら鼻で何かを嗅いでいる。

 臭いに敏感な玉は、部屋の中の空気と空洞を通してほんの僅かな隙間から上がってくる外からの空気の違いに気づいたのだ。

そこに近づくと此処だよとばかり爪で引っ掻くではないか。

 「玉ちゃん、何があるんじゃ」

 すると薄皮がポロッとハゲて落ちた。

 「ウヌッ?なんじゃこりゃ」

与作が見た時は全く何も分からなかった。

 だが玉の鋭い爪の先が貼り付けてあった樹皮をえぐったのだ。すると色目の違った小さな木片が現れた。

 そこは柱の外側からは絶対に開かない様に寄木の細工が施してある。

 与作は其処を上から鑿(のみ)で叩き壊す。

 小さな空洞が見えたではないか。

 「何んじゃこりゃ!」  

 「鉄ちゃんも玉ちゃんも凄いなぁ」

 「どうだい!」

とばかりに得意そうな表情だ。

そして玉ちゃんが頭を突っ込んで中の様子を伺っていた時、足が滑って転落してしまったではないか。

 「お〜い、玉ちゃん!玉ちゃん!」

 「ウゥ〜ワン!」

 然し、何度呼んでも返答がない。

 「鉄ちゃん!こりゃ大ごとでぇ、玉ちゃんがおらんようになったぁ」

鉄も覗いて見るが頭しか入れない。

 救いは下から上がって来る外の空気だ。必ずや小さな玉であれば、隙間を伝ってからどっかに出てくれると一縷の望みを託していた。

 こりゃ助からんかと思い暫く悩んでいたところ、鉄が蔵から飛び出し急に下に向かって走り出した。そして城の外の雑木林の中に駆け込んで行く。

 「鉄、何処へ行くんじゃ!」

 あまりの素早さに与作は鉄を待つ以外になかった。

 そして間も無くするとワンワン吠えながら泥だらけの玉を連れて帰ってきたではないか。

 「玉ちゃん無事だったか。どこも怪我しとらんか」

 「ニャ〜ン」

 「よかった、よかった」

与作は薄汚れた体の土埃を拭き取ってやっている時、何やら小さな御守り袋の様なものをポロっと下に落とした。

 「玉ちゃん、そりゃ何んじゃいな」

 すると鉄がワンワン吠えながら急かせる様に駆け出した。

 「分かった、付いて行くぞ」

 城の東側の急斜面で普段は人間は絶対に近付かない場所だった。

 其処を滑らないように下りて行くと笹藪の中に入り口がある。

 人為的に造られたものではなく、大きな岩が重なり合いその下に空洞が出来ていたのだ。

比叡尾山城が出来る遥かに大昔の頃、地球変革により日の本が海の底から隆起し、このあたりに断層が出来た場所で備北層群と云われ丁度、比叡比山の下辺りに横たわっている。

貝殻や動物の骨やらが幾重にも重なった層の断崖絶壁だ。石灰岩層も有り、其れが水に溶けて空洞化し城の下辺りに続いていた。  

 

  日の本一の奇想天外な窃盗愉快犯


 玉が案内した穴の中には愉快犯の様な気分なのであろうか、書き付けがご丁寧にも貼り付けてあった。其処には神棚らしき物が据え付けられており小さな社がある。其処に物怪大明神なる書き付けが貼り付けてあった。

それを玉は爪て剥がして持って来たのだ。


 〜この書き付けが何代先に見つけられるか、或いは穴が崩れて日の目を見ないかもしれん。何れにしても

何年、いや何百年先になるかもしれんがもし読まれる事があれば本望じゃ。

実はここに書き記した書簡は事件の騒動が鎮まった二年後くらいに又、穴蔵に潜り込み物怪大明神として一人合点の英雄きどりで置いたものよ〜


更に別の書き物には


 〜この秘密は建物をぶち壊さん限りは絶対に分からんぞ。其れが何十年、或いは百年以上先になるやもしれん。然し、ワシ達の施した木組み工作と穴蔵の仕組みは永久に絶対に分からんじゃろう。

 何処の誰とは言わんがワシ達のご先祖さんはさる藩の流れで一応は格式があるよ。

其れなりに学はあるし、こうして字も書いとるからな。

 ワシのとこでは母親か教育熱心でな、何時も源氏物語や枕草子を読んどったよ。何せ、あるお寺から嫁に来ておったからな。読み書きが出来る筈よ。兄弟は子供の頃から競う様に母親に付いて勉学に励んでおったし、母親は毎日日記を書いていたよ。其れも半端じゃないのよ。まるで清少納言や紫式部の女流作家気分の文章で、其れは綺麗に綴られていたよ。そして何時もワシ等兄弟に読んで聞かせるじゃ。

こんな親じゃったからワシも書き物をするのに何も苦がなかった。

 それにしては親父は武骨人じゃたな。全くの正反対よ。

 ワシ達兄弟は仰山おってな下のほうで要らん子みたいなもんよ。分家する程財産は有りゃせんし、段々と大きくなってくると夫々養子に出されたよ。

 然し、ワシは行き先の家風が全く性に合わず、何年もせんうちに飛び出してしもうた。あとは野となれ山となれよ。

そうかといって飯は食わにゃ生きていけん。

 子供の頃から物作りが好きで特に手の込んだ工作をやるのが上手じゃった。其れで大工をやる様になったのよ。普通の奴よりも高度な組み木、寄木細工をやる事に集中したのよ。じゃから釘は一本も使わず、素人が絶対に開ける事が出来ない戸や柱、壁、の工作物を作る事が出来るのよ。此れだけは一番の自慢じゃ。

 この技術の取得には長年の修行暮らしが続いてな各地を渡り歩いたよ。そして瀬戸内側のある田舎の村に行った時、この名人に出会してから三年に渡り弟子入りし教えを請うたんじゃ。


 (因みに室町時代の識字率であるが、フランシスコザビエルが日本にやって来て都から遠く離れた九州のど田舎の地、肥前国平戸で宣教活動をしていた頃(千五百四十九年)日本人の高い教養に驚いている。

 何故に識字率が高いのか。其れは一般庶民を法話集会を通して教育してくれる寺院、旅僧による「いろは」文字等の伝達がある。

 更に、能や神楽の伝統芸能、琵琶奏者による平家物語、枕草子の清少納言、源氏物語の紫式部による平仮名、片仮名の普及と読み書き以外にも知識、教養、道徳観と男女は問わず、多くを学べる日本独特の風習が有った為であろう)


そうした時にワシが生まれ育った備後三次の地から声が掛かってな。軽い気持ちで子供の頃の懐かしい地じゃ行ってみるかという気になって、同じ様にすぐ下の弟も左官をしておって其れで誘ったのよ。

 そしたらなんという奇遇か、小さい頃、比叡尾山に駆け登り探検遊びをしたその山のてっぺんだったのよ。

其処にはかなり古くからお城があったよ。まぁワシの目から見てもお粗末な城じゃたな。

 其処がこの度の仕事依頼先だ。懐かしさのあまり二人して感激しまくったんじゃ。

 其れがたまたまこの城の御金蔵造りに携わる事となったのよ。

 ワシ達二人の兄弟のしたかった事は折角の三次の地じゃ、人生の集大成として傑作を残したいと思ったのよ。 

 ワシの人生どこから狂ったのか分からんが、こんな事をするくらいじゃから城から遠くない事は事実よ。ワシらがこの建物の工事をはなえるときにたまたま小さな穴を見つけたのよ。大きな岩の下に小さな隙間があってな、幸いにもワシ等だけが気付いたんじゃ。中からは下から空気が上がってきており、こりゃそう遠くない所まで続いてるとすぐ判断出来たのよ。

 「おい、兄貴、もしかしてこりゃ子供の頃、この下の岩穴から上がって来てから上に出で辺りをキョロキョロ見とった所じゃないか」

 「そうよ、ワシもそう思うとったよ」

こりゃひょっとしてひょっとなるかなと悪戯(いたずら)心えが芽生えたのよ。じゃがその時は本当に大それた考えなど微塵も無かったよ。

棟梁にこの建物は何に利用されるのか聞くと御金蔵じゃというじゃないか。

 「頑丈に造らにゃいけん。手を抜かん様にええ仕事をしてくれよ」

 「分かりました」  

 「皆んなして頑張ってくれ。給金は弾むからな」

 其れから蔵の基礎作りをする段階の時、子供の時に顔を覗かせたあの小さな穴だったのよ。其れが四隅の角の柱に当たるとこにあったのよ。

 「おい兄貴、こりゃ!」

 「オオゥ!こりゃ全く一世一代の大仕事になりそうなでぇ」

 後は他の職人に分からない様にさりげなく穴に落ち込まない様に石畳で蓋を被せたのよ。こりゃ丁度えかったよ。蔵の床下は厚い石畳をひくからな。

 「こりゃ後世に残る日の本一の奇想天外な愉快犯になれるかもしれん。ワシ等の腕の見せどころじゃ」

がっしり手を握り合わせたのよ。

要らん子で後は野となれ山となれの人生じゃ、

どうせ家を継いだところで下っ端階級の身の上で普段は百姓仕事の身の上じゃ、其れからは後はお察しの通りよ」  

 何とか取り繕う為に柱を大きゅうせいじゃの外から床下に潜り込めんように通気口を小さく細長くする事とか色々提案したよ。

 この要望が功を奏する事となる。

そのうちの一本は大黒柱と称して十尺の檜の丸太を持ち込んだ。事前に中をくり抜いとって其れに細工をして、それをすっぽり穴の中に立てた。こりゃ全く基礎柱じゃ。後は左官工事で綺麗に周りを取り繕うて外から観て絶対に気付かれんように工夫したよ。弟の左官の腕と組み木大工のワシの腕の見せ処だ。

そして念願の建物が立ち上がると棟上げ式を済ませたよ。

 御金蔵が完成して二年近く経った頃

 「そろそろやるか」

 「よしゃ、分かった。本業を暫く休むとするか…」


 其れから後はお察しの通りよ。

 ワシ達兄弟はこの度の金銀財宝の施しに城に何の所縁や恨みもないがな、此れから悠々と飯を食わしてもらえるよ。ただな、貰っていくのは手加減させてもらうよ。

 此処の殿さんは代々に渡り領民の困窮は自分らの罪じゃと考えられる程の評判の立派な御方じゃ。

そんな比叡尾山城をどん底に叩き込む様な事はしとうない。

 仮に悪代官や性悪家老がおるようじゃたら許さんところじゃ。然し、それもない様だ。

此奴等が悪かったら、此の抜け穴情報をワシは

他所の競りおうとる殿さんへ売り付けるつもりじゃったよ。凄い金になるぞ。然し、そこまではせん。

  〜後は此の書き付けが日の目を見るかは天のみぞ知るじゃ〜  


 早速、与作は事の次第を次席に報告する為ラー助に託した。

 「上里様、こんな書き付けが見つかりました。是非一読を」

 「何、何んちゅこった、こりゃまるで物語作家気分の文面じゃないか。自己陶酔も甚だしいにも程があるぞ。然し、ここまで完璧にやられるとワシ等代官所人間としては二の句が告げられんな」

 「然し、こりゃ何処へあったんじゃ。なしてこれを誰もよう見つけきらんかったんじゃ」

 「すぐにでも実況検分させてくれんかのう」

 「今からすぐにそっちに向かう。待っとってくれるか」

 「分かりました。早急にも案内致します」

ラーちゃんの速い事速い事!連絡紙を何度も運ぶのが楽しくて堪らないのだ。


 「其れはええんですが、上里様、これは忽ちご家老様にも立ち会って頂く必要があろうかと」

 「そりゃなしてかいのう」

 「これは比叡尾山城の重大な機密事項に関わる事ですから」

 「分かった。ワシには何の事かさっぱり分からんが緊急に呼び出し来てもらおう」

 丁度その頃、家老は御用部屋におり執務していた。其処に次席がやって来て

 「ご家老様、急用です、ちょっと此方へ」

 「オオゥ、上里か」 

 「見てもらいたい事が有りますもんで」

 旧金蔵の前には既に与作と忍者一家が待ち構えている。

 「おおよう来てくれたのう」

毎度の如くワンワン、ニヤンニヤン大騒ぎである。

 「こりゃ静かにしとれや」

 「大将よ、この建物はな、間もなくでひっくり返すからな」

 「らしいですね」

 建物は堅牢に造作されていた為に百年以上もったのであろう。だがなまこ壁の外壁はあちこち剥げ落ちていた。

 その前に家老と次席、それに忍者一家が佇んでいる。ご家老様はこの御金蔵と長年に渡り携わっており感慨深そうな表情である。

 「中の作りは相変わらずに頑丈そのものじゃな」

 「そうです」

 「然し、なして百年前にこの蔵で盗難事件が発生して未解決のまま終わったんかのう。全く考えられん事じゃ」

 「其れは間も無くで分かります」

 「ほんまかいな」

 「この度の探索というか盗難に関わったこの金蔵に鉄と玉は多大に貢献してくれました」

 「そりゃ又、如何なる事じゃ。褒美を仰山とらせにゃならん事かいな」

 「またまた、冗談を」 

 「ハハハ、真面目に話をしょぅるのにすまんすまん」

 「ご家老様、この事件の経緯を書いた書き付けを先ずは一読していただけませんでしょうか」

 「ほう、そりゃ誰が書いたもんじゃ」

 「それは窃盗犯が書き残していったものです」

 「なんちゅこった。とんとワシには理解出来んがのう」

 其処へ先般、手渡していた巻紙を次席から受け取ると読みだした。

 「こりゃ古いもんじゃな、少々汚れて文字が滲んどるのう」

と不満を言っていたが読むにつれ段々と顔色が変わっていく。

 「オイッ、上里!こりゃ何処へ有ったんじゃ!」

 「この御金蔵から城の隅々まで隈なく探したが、何処

にも見つからなかったんじゃろうが!」

 「其れはこの後、鉄と玉がご案内しますよ」

 「いやいや、すぐにでも案内してくれるか」

 ご家老様にそう言われたのが嬉しくてたまらない。

 鉄は家老の袴の裾を噛んで引っ張っている。

 「オイオイ、鉄ちゃんよ一寸待てや、こっちの方が先じゃ」

 与作は蔵の鍵を開けると皆んなと一緒に中に入った。

 「ご家老様、上里様、今此処に重大事項が隠されいるのですが何かお気付きの事が有りますか」

 「・・・・」

 「ウ〜ン、さっぱり分からん!今迄にほぼ毎日此処へ入っとるが何んにも変わっとらんぜよ」

と頭を捻りながらあっちこっちの壁や床を手で触れながら思案していたが

 「こりゃ降参じゃ」

その間、鉄と玉は嬉しそうに座ったまま二人の動きをみつめている。

 「よしゃ、証拠をお見せしろ!」

鉄はおもむろに立ち上がった。そしてゆっくりと一周してから角の大きな柱に近づいた。

 「オイ、ありゃ何をしょうるんなら」

ご家老様は不思議な動きを一瞥(いちべつ)している。

 その時、鉄は後足で立ち上がると大きな柱を前脚で引っ掻くように叩き出した。すると小さくはあったが太鼓の音の様に響いたではないか。

 「もしや中は空洞なんじゃないか!」

と家老が叫んだ。

早速、次席が駆け寄ると自分の刀の錆の部分で叩いてみた。

 「ご家老様、こりゃ正しく中がくり抜いて有りますよ」

 「他の三本も同じかい」

家老の声に次席が近づき確かめる。

 「いえ、此の一本だけの様です」

 「よしゃ、玉ちゃん、行け!」

 与作の掛け声に嬉しくてたまらない。

 そして鉄が叩いた柱に近づき鼻をクンクンしながら伸び上がると、其処をガリガリ爪で引っ掻きだした。

 すると、薄皮の木片がめくれたではないか。

 「ご家老様、此処です」

と与作は指差した。

 然し、二人には何の事やらさっぱり分からない。

 その部分の木目模様の部分をトントンと叩くと薄皮がめくれ小さな木組みが現れた。その中の小さな木片を引くとカポッと外れて穴が出来たのだ。此れを見た途端、ご家老様は腰を抜かさんばかりに驚いた。

 「ウウゥ〜ン」

 「こりゃ全く想像がつかなんなだぞ!」

 でも、この細工は与作が前日に金槌で壊し手を加えたものであった。

 然し、此れを作った盗人達は蔵の部屋の中からこの仕掛けを素人には絶対に開ける事が出来ない様にしていたのだ。釘一本使わない恐るべし超優秀な組み木大工である。

 「此れは私も全く気付きませんでした。玉が気付いてくれたおかげで秘密を見つける事が出来たのです」

 「ウ〜ン、玉ちゃん凄いなぁ」

 「然し、玉も一度はどじを踏んだのです」

 「そりゃ、なしてかいな。玉でもそんな事があるんかい」

 ご家老様から頭を撫でられながら得意そうな表情だ。

 「其れは穴を見つけて中を覗いている時、足を滑らせ転落したのです」 

 「おやまぁ、玉ちゃん!」

 「上から大声で何度呼んでも返事が有りません。鉄も頭だけ突っ込んで吠えたのですがとんと反応が有りません。こりゃ余程穴が深いか、岩角に頭をぶつけて死んだかと思いました。暫くじっと涙を流しながら其処に鉄と佇んでおりました。そして半刻経った頃でしょうか鉄の耳がピンと立ったのです。其れから一気に城の外へ駆け出して行きました。私を置いてけぼりにしてです。

 「仕方がないので私は其処で待っておりました。すると間も無く鉄の吠える声が外から聞こえて来ました。何と玉と一緒にです。玉は泥だらけでしたが元気なようです。そして口に何やら巻紙を咥えておりました。

「おおう玉ちゃん、無事だったかよかったのう」

「然し、鉄ちゃんは凄いな。何で玉ちゃんが無事なのが分かったんじゃ」

 すると鉄は好きな玉の臭いで何処におってもすぐに分かるよという顔をするではないか。

 ご家老は

 「玉ちゃん、こりゃ全く怪我の功名じゃな。じゃが凄い」

どっから帰って来たか教えてくれるか。皆んな一緒について行くからな」

と一声かけた。

 すると鉄と玉は競争する様に走り出した。

 「こりゃこりゃ、一寸ゆっくり行ってくれぇや」

 鉄は家老の体の横にくっ付いた。

 「お前さん達は優しいのう」

 裏門を出るとすぐ下は崖のように切り立っており笹藪が生い茂っている。

 「然し、玉ちゃんはこんな危なげな所から帰って来たんかい」

 「ちょっとゆっくり行けや。滑り堕ちたらいちころでぇ」

 この山の地下には備北断層が通っており急に切り立っている。そんな地形の上に比叡尾山城は🏯建てられたのである。無論、此れは初めて此の場所を検分した当時、兼範公には其れが分かる訳がない。

 崩れそうな足場をゆっくり歩いていく。笹藪で覆われた下の大きな岩石の窪みに人が潜って入れる程の小さな穴があった。

 「カロウヨウキタノ」

 「此れは殿、どうして此処へ」

 「うぬ?ぬぬう!おかしな声じゃな」

 「誰じゃ、ワシを呼んどるのは」

 「ハハハ、家老様、上ぇ上ぇ!」

 与作は上里様と一緒に大笑いをしているではないか。

 「何じゃラーちゃんかい。ほんまに、たまがすなや」

 「スマンスマン」

 このやりとりに皆んなの緊張感は一気にほぐれていった。

 そして玉は此処だよとばかりに鉄と一緒に中に入ったではないか。

 「「おぅ、此処から金蔵に続いとったか」

皆んなは背を屈め這いつくばる様にして中に入っていく。すると人の背の高さ程の意外に広い所があった。洞穴の中は見えない事はなく薄日が差し込み反射している。

 握っていた巻紙を玉に見せると、ついて来いと言わんばかりに更に穴の奥に進む。

 四、五間先で此処だよという素ぶりをするではないか。其処には目の高さより少し上に小さな鳥居の神棚らしきものがある。

此処から玉は巻紙を咥えて持つて来たのであろう。

 「玉ちゃん有り難うよ」

 「ニヤーン、ニヤ〜ン」

すると家老は大声で叫んだ。

 「然し、こりゃ、今もって大変な事じゃでぇ!

全く比叡尾山城天守閣の喉元に通じとるじゃないか」

 「以前、国久公が奥出雲から此処へ来られる度に城下の畠敷から宍戸の間者が城への出入りを見張っとった事があったが、とんと比べもんにならん程大変な事だぞ」

 「もしもあの頃にな、この抜け穴情報を宍戸側に事前に提供されとってみぃ、ワシ等はいきなりお陀仏じゃったぞ」

 その時だ!穴の奥の方から

  ''バーン、ガァーン、ガラガラ〜,,

と大きな音がした。落盤だ。

 ’’ゴロゴロ,,と小石が白い土煙があげながら奥から噴き出て来たではないか。

 家老達の大声が古い古い穴に響いて崩れ落ちたのだ。

 「それ逃げぇ!」

 「オイッ、山の神さんのお怒りじゃ!すぐに出ていけぇという事じゃ。急げ!」

 一旦、皆んなが全員外に退避すると、家老はホッと一息つきながら

 「こりゃ緊急に明日にも穴を塞がにゃいけん思うとったがその必要はないな」

 「こりゃ、また末代に渡って残しておくと三吉藩の恥とはなるが、入り口だけは残しとくか。今後の戒めとして穴蔵は語り継がれる事になるじゃろうてぇ」

 「然し、毎度のことながら大将と忍者一家には御足労をかけるなぁ。有難うよ」

 「そうです、何度も難しい未解決事件を鉄、玉のお陰でけりをつけてもらっております。大将、ほんま有難う」

 「そんなぁ、上里様、たまたままぐれ当りで御座います」

 「ヨモオルゼヨ」

 「うん?」

 「ラーちゃんか、すまんすまん大事なお方を言い忘れておりました」

 「ヨイヨイ」

 「この度の事はな、お殿様にもきちんと見て確かめてもらい説明せにゃならんてぇ。宝刀盗難事件の時には隠しとって懲りたからな」


 後日、ご家老は次席を連れだってお殿様を現場に案内をした。

 「オイッ、家老よ!今日はワシに何をさせようとしとるんなら」

 「へへッ、今に分かります」

 「ちょっと此方へお入り下さい」

と次席が金蔵の鍵を開けて中に案内をする。

 「こりゃ何なら?!まさか昔の御金蔵破りに繋がっとるんじゃあるまいな」

 「正しくその通りです」

 ぽっかりと空いた柱の穴を一目見た殿様は其れこそたまげまくったのであった。

 「オイオイ、此処が城抜けしたお宝の逃げ道じゃったんかい」

 「又々、ご冗談を」

 「でも違い有りません。此処から城の崖外の穴蔵に続いておりました」

 「フゥーン・・」

 「然し、なんで昔も昔、古い盗難事件を今頃になって持ち出したんじゃ」

 「其れはですね、蔵は間も無くぶち壊しますよね」           

 「そうじゃ」

 「そしたら上里次席が一昔前にあった迷宮入り事件を思い出しましてね、それが御金蔵財宝盗難事件です」

 「それで再度、現場検証したのですがどうにも分かりません」

 「そこで何とかならんかと忍者一家に相談したのす。後はご覧の通りで御座います」

 「家老よ、この城を開城した初代兼範公以来、ワシも三吉家を引き継いで十五代目になるが、お古文書には抜け穴を掘ったと云う事は一切書かれとらんぞ。それだけ敵が侵入して来れん程険しく急峻な城じゃったということよ」

 「こりゃ大昔からの断層の真上に比叡尾山城が建っとるとは聞いとったよ」

 「然し、こんな抜け穴が有ったとはな、ワシ等もよっぽど間抜けな話よのう」

 「う〜ん。私には何とも申し上げられませんが」

 「考えてもみぃ、万が一、外からの城攻めに備えて空井戸や抜け穴を掘って逃げる話は各地の城でよう聞くがな。然し、こりゃ全く逆の事じゃぞ」

 「何某、自然に出来とった穴じゃいうてもな、実際ワシ等の喉元に繋がっとる」

 「其れで此の穴蔵はどうするつもりじゃ」

 「其れは大丈夫で御座います。先般、偵察に中へ入っていた時、大きな落盤が生じまして穴が塞がってしまいました」

 「ほうか。其れなら後はもうええな」

 「左様で」

 「家老よ、然し、こりゃ比叡尾山城の完全なる盲点じゃったな」

 「なんの事やらさっぱり検討が付きませんが」

 「険しい山岳の急坂の上に城が建っとると皆安心しとった様じゃが、夫々が二の丸、三の丸とかなり離れとるわな。その間には、まるで雑木林じゃ。此れが平城だってみい、広場が塀に囲まれ綺麗に整地されて草も生えとらんぞ。だからワシの処みとうに夜中に忍び込まれては悪い事のされ放題よ。だから結果がこんな無様な有り様になったんじゃろう」

 「私が何と申し上げて良いやら・・・」

 「然し、忍者一家は凄い事をするよな」

 「毎度の事ながら全く見事な手捌きで御座います」

 「ほんまに人間では到底及びも付かん事をいとも簡単にケリをつけおる。とにかく、一家を束ねる大将の能力は計り知れんぞ」

 「此れもお殿様が任じられた忍者一家の認定に尽きるのではないでしようか」

 「ほうかほうか。ワシも先見の明があるんかのう」

 「左様で御座います」

 「人間の何百倍、いや何千倍も嗅覚が優れとるというんじゃがそんな鉄と玉がおってくれるんじゃ」

 「日本国中の何処の城の殿さんもこんな狼犬、猫、カラスの忍者一家を持っとらんぞ」

 「此れが世に知られたくも有り、知られたくもなしじゃな」

 「お殿様、何の事やら」

 「ハハハ、よいよいワシの自己満足じゃよ」

 

 大胆にも組み木大工名人と左官職人の兄弟がしでかした御金蔵破りの金銀財宝盗難事件など、其れこそ前代未聞の事である。

 然も、それが事件経緯の事後報告付きの書簡まで残した完全犯罪ときている。 

 其れが判明したのは七、八十年後に忍者一家の鉄と玉による、凄い霊感というか不思議な力と強烈な臭覚により判明したのだ。

 人間では到底判断出来なかった蔵の中の澱んだ空気、工作した柱の僅かな隙間から空洞を伝わってくる外の空気を瞬時に嗅ぎ分けていたのだ。

 狼犬の嗅覚は凄まじく、人間の数千倍はあるといわれる。猫も近場ではやはり凄いものがある。

 これぞまさに超能力と言わずして何んと言うのか。

 「鉄ちゃん、玉ちゃん、お前さん達は本当に凄い」

鉄も玉もお殿様から頭を撫でられ大喜びだ。

 「ヨモオルゼヨ!」

 「オゥオゥ、すまん、すまん。ラーちゃんも凄いぞ」

 「ホウベ、ホウベ」

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丁稚奉公と忍者一家(改訂版) 犬山猫三 @ytwocab

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