心を1つに

@HasumiChouji

心を1つに

「最初に言った通りです。2回目からは魂をいただきます。そして、『1回目の願いを取り消せ』も『2回目の願い』に含めます」

 悪魔は、冷酷にそう継げた。

「お前……最初から、こうなるを見越して……」

「あの……私は、1回目の願いの時に、ちゃんと付帯条件を確認しましたよね? そして、貴方の言った通りの状態になった」

「そ……そんな……」

「この状態が貴方の思った通りでなければ、貴方の最初の願いが曖昧だっただけの話です。私は、貴方の言った条件を満たす『有り得る可能性』の中で、最も『元々の現実に置き換える』際の労力が低い『可能性』を現実化しただけですよ」


 あの伝染病の世界的大流行の中で開催される事になった国際スポーツ大会。

 国民の間では中止と実施の間で意見が割れていた。

 しかし……中止を決断するには遅過ぎるが……開催を強行すれば、国民の間に分断が起きる……。

 どうすれば良いのか……?

 そう考えていた時、執務室のPCの画面に変なモノが表示されていた。

『プロモーション:悪魔との取引で願いを叶えませんか? 1回目はお試しで魂をいただきません』


「なるほど……その国際スポーツ大会を開催しても国民の心がバラバラになるのは嫌だ、と」

「その通りだ」

 PCの画面から現われた悪魔に、私は、自分の願いを説明した。

「では、条件です。今回の願いでは魂はいただきません。次の願いを叶えた時点で、貴方の魂は私の所有物になり、貴方は死後、地獄に堕ちます。最初の願いを叶えた時点で、貴方は私の同業者他の悪魔との取引は出来なくなります。『最初の願いを取り消せ』も『2回目の願い』となり、魂をいただきます。これでよろしいですか?」

「ああ、あの国際スポーツ大会を開催する事で……国民の心を1つにしてくれ」

「他の条件は?」

「はっ?」

「いや、私達にも職業倫理は有りますし……後で騙されたと言われるのも嫌なのでね。よく考えて下さい」

 いや……あの国際スポーツ大会が開催され……そして、その結果、国民の心が1つになる。それ以外に望む事など無い。

 相手は悪魔だ。下手な欲を出せば何が起きるか知れたモノでは無い。

 そうだ……あの国際スポーツ大会を我が国で開催する、そもそもの理由は……国民の心を1つにする事。

「他の条件は無い。私の願いを叶えてくれ」


「す……すいません。スタッフの内の約2割が現場に到着していません」

 開会式まで、あと1時間。……しかし……問題が発生した。

「どうなってるんだ? 開会式に支障は無いのか?」

 悪魔との取引のお蔭で開催は出来る筈だ。なのに、何故、トラブルが起きている?

「な……何とか……やってみます……。でも……」

「でも、何だ?」

「開会式は出来ても……明日以降の試合は、どうなるか……」

 何が起きて……しまった……。悪魔に「開催させろ」とは願ったが……「成功させろ」と云う条件を付けていなかった。

 でも……国民の心は1つになっている……筈……なのに……何故?

「総理、大変です」

「どうした?」

「こ……これを……」

 部下は携帯電話の画面を私に見せた。

 そこに表示されていたのは……ネット配信されているニュース動画だった。

『臨時ニュースです。都内各地で、の手で、国際スポーツ大会のスタッフの制服を着ているへのが行なわれています。警察官もこれを黙認していますので、皆様、安心してへの制裁を行なって下さい』

「な……なんだ……これは……」

 私は……口では、そう言ったが……心の奥底では、何が起きているか判っていた。

 国民の心は1つになった……。そう……と云う形で……のだ。


「た……たのむ……。どうやら……君の言っている事を聞いていると……君は現実そのものを書き換える事が出来るようだ……。なら……せめて……スタッフのが死ぬ事だけでも阻止してくれ」

「すいません。その願いを叶えるには……貴方が予想しているよりも遥かに大きな労力が必要になります。貴方1人の魂では足りません」

「ま……待て……」

「ただし……貴方は、この国の総理大臣です。この国の人口の約1割の魂を私に『売って』いただければ……貴方の望む『現実』で、この『現実』を置き換える事が出来ます」

 そうか……しまった……。何故、2つ目の願いを叶えるのに労力が必要なのか判らないが……この悪魔は、最初から、総理大臣である私に国民の内の一定数の魂を「売らせる」つもりだったのか……。

 もう……遅かった……。

「わかった……細かい条件について……話し合おう……」

「お節介とは思いますが、3回目は有りませんので、慎重に願いを決めていただく事をお勧めします」


 全世界で流行していた、あの伝染病は、事になった。

 その代り……何年も前から、我が国のみで……人間がゾンビ化すると云う現象が発生している「新しい現実」が生まれていた。

 何故か、我が国に滞在している外国人は1人もゾンビにならず……出生時の国籍は我が国だが他国に帰化した者も1人もゾンビにならず……そして……逆に、外国に滞在中の我が国の国籍を保有している者や、外国から我が国に帰化した者の中にもゾンビに変る者がり……。

 要は、我が国の人口の約1割がゾンビ化した時点で、ゾンビの増加は頭打ちとなった。

 だが……我が国はゾンビ禍から復興し……「ゾンビ禍に打ち勝ったあかし」と云うキャッチコピーで国際的スポーツ大会が開催される事になった。

 国際的スポーツ大会のスタッフの大半は脳に制御チップを埋め込まれたゾンビであり……そして「ゾンビ化した人間は『人間』と認めず、脳に制御チップを埋め込んだ上で『安い労働力』として使役する」と云う法案は、国民の9割以上が支持を受け、国際スポーツ大会の約1年前に成立した。

 そして……国民が支持する政策を実施した我が政権は安泰となった。

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