第67話 エピローグ

 豆電球の光だけが灯る、六畳の洋室。

 ダブルベッドで横になっていた男がすくりと起き上がる。


「ん~!」


 男はけたたましい音を鳴らす目覚まし時計を止めると、気持ちが良さそうに大きく伸びをした。


 彼の名前は多井田勇、大企業に勤める36歳の社会人である。

 今しがた、質のいい眠りから目を覚まして気分爽快だ。


「さて、と!」


 明るい声でそう言うと、勇はベッドから立ち上がる。

 そうしてキッチンに向かうと、木製テーブルの上にラップがなされた皿と、その隣に『いってきます! 勇君も頑張ってね!』と書かれたメモがあった。

 それを見た勇は顔を綻ばせると、由香が作ってくれたサンドイッチを食べ始めた。


(あぁ、幸せだなぁ)


 およそ一年前。

 当時の勇には友人に彼女、その上家族すらも居なかった。

 さらにバイト先ではハブられ、毎日孤独を感じる辛い日々。


 それが今ではどうだ。

 愛する妻が居て、大学時代からの付き合いの気の知れた友人が居る。

 そしてバーチャルの世界にも大勢の友達。

 仕事も楽しくて仕方がない。


 これも全て、一年ほど前に発売されたドリームファンタジーのおかげだ。


 勇は元々、初心者狩りをしてストレスを発散させるという極めて幼稚な考えのもと、このゲームを始めた。

 しかし、元来の性格が災いして悪役になりきれず、初心者を狩るどころか手取り足取りアドバイスしてしまった。

 そんなことを繰り返しているうち、いつの間にか「チュートリアルおじさん」として人気者になっていて、多くの友を得た。


 それからは怒涛の日々。

 イベントの解説役に呼んでもらえたり、運営として雇ってもらえたり。

 さらにゲーム内で偶然元カノと再会し、復縁の後に結婚を果たした。

 その結婚をつい先日、現実とゲームの両方で多くの人が祝ってくれた。


「――ごちそうさまでした!」


 そんな幸福な男はサンドイッチを食べ終えると、食器を洗い、歯を磨く。

 そして洗濯機を回してから時計を確認すると、時刻は10時半を過ぎたところ。


「よし、今日も頑張るぞ!」


 気合いを声に出すと、勇はレクチャーの仕事をこなすためにヘッドギアを装着。

 幸せそうな笑みを浮かべて、ドリームファンタジーの世界に旅立っていった。

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いつの間にかチュートリアルおじさんとして人気者になっていた 白水廉 @bonti-

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