第66話 結婚式

 半年の月日が流れ、いよいよ訪れた結婚式当日。


 何事もなくチャペルでの挙式を終え、準備を整えた勇と由香は披露宴の会場へ。

 そこでスタッフと挙式の感想などを話すことしばらく。

 会場時間を迎えたことで二人は中に入った。


 直後、拍手と口笛が鳴り響く。

 それにお辞儀で応え、顔を上げると様々な顔が目に入った。


 悠也ゆうや昂祐こうすけたけるといった大学時代からの友人。

 勇が前に働いていた食品メーカーの営業部の面々。

 木村や人事部長の人見ひとみを始めとした株式会社サンダポールの同僚。

 由香の友達や職場の人達。

 皆、挙式から参加してくれている大切な人達だ。


 そんな彼らから寄せられた祝福の言葉に感謝を伝えながら、勇と由香はテーブルとテーブルの間を通って奥へ進んでいく。

 やがて二人のテーブルに着いたところで――


「皆様! メインテーブルにご到着されました新郎新婦へ、盛大な拍手をお願い致します!」


 聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 司会席に顔を向けると、そこに立っていたのは誰もが知る大御所アナウンサー。

 前に言われた通り、決定した結婚式の日時を一応伝えてみたところ、本当に司会を引き受けてくれた――勅使河原慎二だ。


「これより、多井田勇さん、多井田由香さんの結婚披露宴を開演いたします! 開演に先立ちまして、新郎の勇さんより皆様へご挨拶がございます。では、勇さん、お願いします!」

「えー、皆さん! 本日はお集まり頂き――」


 そうして勇と由香の披露宴が始まった。



 ☆



 翌日、夜。

 勇と由香はドリームファンタジーにログインしていた。

 結婚式の翌日だというにもかかわらず、早速ゲームをしているのはカイトとの約束があるからである。


 というのは、今から数か月前。

 勇と由香はカイト達と遊んでいる時、雑談がてら結婚式の日程について話した。

 すると、婚約の報告時・婚姻届を提出して晴れて夫婦になったことを報告した時と同様、盛大に祝ってくれた。


 そのおよそ十日後。

 突然、カイトから『結婚式の次の日とか時間もらえねえか?』とチャットが届いた。

 それを二人が承諾したことで今に至るという訳だ。


「えーっと……『【見習いの草原】に来てくれ』だって。じゃ、行こうか」

「うん!」



 数分後。

 勇と由香は転移の魔法陣を経由し、だだっ広い草原が広がるエリア【見習いの草原】にやってきた。


「おっ、来たか!」

「やほ!」

「こんばんは!」


 その瞬間、横から声を掛けられる。

 顔を向けると、そこに立っていたのはカイト、エミ、リオンの三人。


「あっ、三人とも! こんばんは!」

「みんな、こんばんは!」

「おう! じゃ、早速行くとするか。二人とも、目を瞑ってついてきてくれ」

「えっ? あ、うん、わかった」

「絶対、途中で目ぇ開けちゃダメだかんね!」

「はーい!」


 勇と由香は言われるがまま瞼を閉じる。

 そして勇はカイトに、由香はエミに手を引かれ、移動を始めた。


(ふふ、カイト君達のことだし、またお祝いしてくれるんだろうな)



 ☆



 二分ほど歩いていると、突然カイトが立ち止まった。


「よし。二人とも目を開けてくれ」

「うん。……えっ?」

「な、なにこれ?」


 勇と由香の目に映ったのは、二本の人の行列。

 大勢の人間が左右に別れ、綺麗に整列している。

 しかも、そこに居た人物は全て見覚えのある顔だった。


「んじゃ、せーのっ!!」

「「「「チュートリアルおじさーん! ユカさーん! 結婚おめでとー!」」」」


 エミが大声を発したかと思うと、その場に集まっているプレイヤーからそんな言葉を掛けられる。


「カイト君……こ、これは一体?」

「ははっ、すげえだろ? おっさんに世話になった連中に片っ端から声を掛けて集まってもらったんだ。シュカやルシファー、エレナやタカシのおっさん達にも協力してもらってな」

「そ、そうなんだ。でも、なんで?」

「おっさん、昨日結婚式挙げたんだろ? 本当は俺とエミも式に参加して二人を祝いたかったんだけど、それは出来ねえ。だって――」

「僕達はリアルでは繋がってないですもんね。あくまでゲームで仲がいいだけで、お互いの本名も住んでるところも知らないですし」

「でも、そんなの寂しーじゃん? せっかく結婚したのに、みんなでお祝いできないなんてさ」


 エミの言葉にカイトとリオンが頷く。

 そしてカイトが話を続けた。


「そこで俺達は考えたんだ。ゲームの中でお祝いパーティーをすればいいんだってな!」

「ゲームの中で?」

「ああ。そしたらみんなで祝えるだろ?」


 笑顔でそう話すカイトに勇は感極まり、涙がこぼれそうになった。

 それを何とか堪え、こんなサプライズを用意してくれたことへのお礼を伝える。


「カイト君、エミさん、リオン君。本当にありがとう!」

「ありがとっ! 嬉しすぎて泣いちゃいそう!」

「おう! おっさん、ユカさん、改めて結婚おめでとうな!」

「幸せになってね!」

「おめでとうございます! これからもよろしくお願いします!」

「ありがとう! こちらこそよろしく!」


 勇がそう言うと、三人は優しい笑みを浮かべる。

 ほどなくして、カイトが行列と行列の間を指差した。


「んじゃ、おっさん達はここをまっすぐ進んでくれ!」

「わかった! じゃ、行こうか、由香」

「うん!」


 勇と由香はカイト達に深々と頭を下げると、歩き出した。


 そうして人の列で作られた道に入った瞬間――


「おめでとうございます!」

「お幸せにー!」

「嫁さん、泣かせんなよー!」


 左右から祝いの言葉を掛けられた。

 カイト、エミ、リオンを除いた【アグレアーブル】のメンバー達だ。

 それらの言葉に勇と由香もお礼を返しながら、ゆっくり前に進んでいく。


「「「「大地を彩る可憐な花よ! 我らに癒しを与えたまえ!」」」」


 しばらく祝われながら歩いていると、少し先のほうから魔法の詠唱が聞こえてきた。


(ん?)


「「「「スイートブロッサム!」」」」


 直後、前方に居たプレイヤー数名は勇と由香に向けて魔法を発動。

 彼らの手の先に描かれた魔法陣からスイレンに似た巨大な花が射出され、ほどなくして自分達にぶつかった。

 その瞬間、巨大な花はポワンッという音と共に大量の花弁に姿を変える。


 ひらりひらりと色とりどりの花びらが舞うその様は、さながら結婚式でお馴染みのフラワーシャワーのようだった。


「わぁ!」

「おおっ!」


 気が利いた演出に勇と由香は感嘆の声を挙げる。


「「「「おめでとー!」」」」


 そんな二人を地の第四魔法を唱えた彼らが祝う。

 それに新郎新婦も感謝を伝えながら、さらに先へと進んでいった。



 ☆



 寄せられた祝辞に「ありがとう」と返しながら歩き続けることしばし。

 行列の最後尾が見えてきたところで、特に仲が良い面子の顔が目に入った。


「――来たか、我が同士達よ! 今宵は何とめでたいことか! 我も大いに祝福しているぞ!」

「おめでとうっす!」

「よう、お二人さん! おめっとさん!」


 ルシファーとデストロイにレイリー。


「やあ、ジーク君、ユカさん。この度は改めて結婚おめでとう!」

「おめでとうな! 喧嘩しないで仲良くやるんやで!」

「二人ともおめでとう。末永くお幸せに!」


 タカシを始め、ショウイチやシゲルなど、ギルド【オヤジ達の集い】のメンバー達。


「チュートリアルおじさーん! ユカさーん! おめでとうございまーす!」

「「「「おめでとー!」」」」


 ナナやガイアといった【はぴねすとろんぐ】の面々。


「あっ、来た来た! じゃあ、せーのっ」

「「「ジークさんっ! ユカさんっ! ご結婚、おめでとうございます!」」」

『おめ!』

『ヒューヒュー!』

『ハッピーウエディング!』

『心よりご祝福申し上げます』


 エレナ、ココノ、ミュウの三人に、彼女らが見せてきたパネルに映る視聴者達のチャット。


「お二人とも、おめでとうございます! 今後ともよろしくです!」


 デュラハン討伐を機に親しくさせてもらっているカイザー。


 大切な友人達からの祝いの言葉に、勇と由香は順に心からの感謝の気持ちを伝えながら進んでいると、ついに人の列が途切れた。

 そして道の最後に辿り着くと、そこには可愛らしい少女が一人。


 その少女――シュカは深呼吸を繰り返してから、緊張した面持ちで口を開いた。


「ジークさん! ユカさん! 結婚! おめでとーございます! いつまでも、仲むず……むつか……あれ? ……えっと、仲良くしてください! そして、幸せになってください!」


 卒業式の呼びかけで耳にするような、小さい子供ならではの独特なアクセントでシュカが祝いの言葉を口にした。

 何度も練習してくれたであろうことが伝わってきて、勇はたまらなく嬉しくなり、またしても涙腺が緩んでしまう。


 も、必死に涙を堪え、由香と一緒にしゃがんでシュカと目線の高さを合わせた。


「……シュカちゃん、ありがとう! うん、絶対幸せになるよ!」

「ありがと! シュカちゃんがお祝いしてくれて、私、すっごく嬉しい!」


 二人がそう言うと、シュカは肩の荷が下りたのかようやく表情を緩めた。


「それでね、おじちゃん達にみんなからプレゼントがあるの!」

「えっ、プレゼント?」

「うん、ちょっと待ってね。えっとー」


 シュカはメニューウインドウを開き、慣れた手つきで操作する。

 少しして「よしっ!」と明るい声が聞こえたかと思うと、


<【シュカ】さんからアイテムが送られました。受け取りますか?>


 目の前にシステムメッセージが表示された。


「あっ、ありがとう! ありがたく受け取らせてもらうね」

「何だろ、楽しみ!」

「ねっ。じゃあ早速――」


 勇はメニューウインドウを開き、受け取ったアイテムを確認した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


【天使の涙】×2

分類:装飾品

説明:キラリと輝く素敵なペンダント


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


(こ、これは……)


 勇は言葉を失った。


【天使の涙】は一か月前のアップデートで追加されたアイテム。

 入手方法は【始まりの街】のNPCとの交換のみで、そのためにはとあるモンスターが極まれに落とすドロップアイテムを20個集める必要がある。

 そのドロップ率があまりにも低すぎて、未だ数名のプレイヤーしかゲットできていない激レアなオシャレ用アイテムなのだ。


 それが二つ。驚くのも無理はない。


「……ジーク君?」

「あ、ああ、ごめん、びっくりして。ねえ、シュカちゃん。これ、本当にもらっちゃっていいの?」

「うん! おじちゃんとユカお姉ちゃんに一つずつ! それね、みんなで協力して集めたんだよ!」


 シュカはそう言って、勇の後ろを指差す。

 振り返ると、先ほどまで縦に並んでいた大勢のプレイヤーが、いつの間にか横に並んでいた。


「……そっか。みんなで」


 皆が自分達のために頑張ってくれた。

 アイテムそのものよりも、勇は何よりその事実に感激した。


「――ねっ、おじちゃん! 着けてみて!」


 俺は世界一の幸せ者だ。と、しみじみ感じているとシュカからそう促された。

 勇は頷き、プレゼント機能にて由香に一つ渡す。

 そしてアイテム一覧の画面から、【天使の涙】を選んで装備した。


 その瞬間、大ぶりなダイヤのような石がついたペンダントが首に掛けられる。


「わっ、綺麗!」


 声に反応して横を向くと、由香も自分と同じように装備していた。

 キラキラと輝くペンダントトップが目を引くデザインで、一言で表すと「オシャレ」そのものだ。


「うん、本当に。シュカちゃん、ありがとう!」

「どういたしましてー!」


 シュカは満面の笑みで答えた。

 それを確認すると、勇は皆のほうに向き直る。


「皆さん、今日は本当にありがとうございました! こんなにお祝いしてもらって、それにアイテムまでもらっちゃって。僕達は本当に幸せ者です! よろしければこれからも夫婦共々、よろしくお願いします!」


 そして皆に聞こえるよう、大きな声で感謝の気持ちを口にした。

 すると、その場に居た全員が勇と由香を取り囲み、あちこちから大声で「こちらこそ!」と返ってきた。


 それから数分が経ち、一段落したところでカイトが駆け寄ってきた。


「よし、プレゼントも渡せたし、こっからは余興だ!」

「え、余興までしてくれるの?」

「ああ、みんな色々準備してっからさ。って訳で、おっさん達、こっち来てくれ」


 カイトに連れられ、勇と由香は円になって座っているプレイヤー達の間に加わる。

 その直後、カイザーが円の中央に躍り出た。


「では、今からジークさん、ユカさんの結婚を祝して、余興を始めさせて頂きます!」


(か、カイザー君が司会なんだ)


 直近のイベントでも見事優勝し、最強プレイヤーとして名高いカイザーによる司会。

 豪華すぎる人選に勇が思わず苦笑していると、カイザーが話を続けた。


「まずは、ギルド【わんわんキャット】によるダンスです! それでは――」


 その後、シュカの歌、エレナ達【いちごもんぶらん】による勇にまつわるクイズ大会、ルシファーが主役の演劇など、様々な余興が行われた。

 それを勇は終始笑みを浮かべ、その幸せなひと時を心ゆくまで楽しんだ。

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