第65話 勝負の日
日々のレクチャーの仕事に、イベント時には解説。
カイトやシュカを始めとした友達および彼女と共に、新たに実装されたエリアの探索やレイドボスへの挑戦。
そして由香と始めた二度目の同棲。
そんな充実とした日々を過ごすこと、およそ三か月。
勝負の日が訪れた。
「――お待たせ! どうかな?」
その声に勇はスマホから顔を上げ、部屋の入り口に顔を向ける。
そこには、いつにも増してオシャレな姿をした由香が立っていた。
「おおっ! めっちゃ綺麗!」
「ありがとっ! 勇君もカッコいいよ!」
一方の勇も、由香に負けず劣らずキメている。
二人がこれほどまでに身なりを整えているのは、今から普段はとても足を運ばないような高級レストランに赴くから。
今日は由香の誕生日であり、そのお祝いのために勇が奮発して予約を取ったのだ。
ちなみにこんなことができるのは先々月、レクチャーの功績が認められて大幅に昇給してもらえたからである。
「そ、そう? ならよかった! じゃ、そろそろ行こうか」
勇は言いながら、ボディバッグを手に取る。
そして長方形と正方形、二つの箱が入っているのを確認すると肩にかけた。
「うんっ!」
勇と由香は二人の愛の巣を出て、繁華街へと向かった。
☆
約二時間後。
美味しい料理と酒を堪能した二人は幸せそうな顔で店から出た。
「いやぁ、満足満足。さすがは三ツ星レストランなだけあって美味かったね」
「ねっ! 凄く美味しかった! あ、勇君、ご馳走様!」
「いえいえ。由香にも喜んでもらえたみたいでよかったよ」
「うん、それはもう! 本当にありがとう!」
「どういたしまして! ……よし! じゃあ、移動しようか」
「移動?」
由香が不思議そうな顔で首を傾げる。
きっとこのまま帰宅するものだと思っていたのだろう。
「うん。由香を連れていきたいところがあって」
「そっか。わかった! どこでもお供します!」
そう言って、由香は敬礼した。
そんな無邪気な態度に勇も頬を緩ませる。
「よし、じゃあ行こうか」
☆
二人はタクシーに乗って、ネットで人気な夜景スポットにやってきた。
「綺麗~!」
「ほんとだ。これは絶景だね」
「ねっ! それにしても勇君、こんな良いところ知ってるなんて! ロマンチストさんだ!」
この夜景スポットはつい先日、必死になってトイレでこそこそスマホで調べていた時に見つけた。
それまで夜景スポットのやの字も知らなかったが、そんなこと当然言えるはずもなく。
「えっ? ……ま、まあ、もういい歳だし、夜景スポットの一つや二つはね!」
勇は見栄を張った。
彼女の前ではカッコつけたい。これが男の性である。
「そっか! さすがは勇君だ!」
そう言うと、由香は再び夜景に顔を向けた。
その隙に勇はボディバッグの中から長方形の箱を取り出す。
「由香」
「ん?」
「誕生日おめでとう!」
こちらに顔を向けた由香に、勇は箱を差し出した。
それを見た由香は大層嬉しそうな顔で受け取る。
「勇君、ありがとう! ね、開けてもいい?」
「もちろん!」
何だろう、と言いながら由香が箱を開ける。
中に入っていたのは小ぶりなハートのチャームが可愛い、ブランド物のネックレスだ。
「わぁ、可愛い~! ありがとう、大事にするね!」
「うん。そうだ、よかったら着けてあげるよ」
「あっ、お願い!」
クルッと振り返った由香に、勇は後ろからネックレスを着けてあげる。
ほどなくして、もう一度こちらに向き直った由香は花が咲いたような笑みを浮かべていた。
それから何度目になるかわからないお礼を言われた後、由香は愛おしそうにネックレスを指先で弄りだした。
(……よし、ここからが本番だ! 頑張れ、俺!)
勇は心の中で気合いを入れ、ボディバッグの中からもう一つの四角い箱を取り出し、背中に隠す。
そして深呼吸してから、口を開いた。
「……由香。実はもう一つ渡したい物があるんだ」
「ん?」
その言葉に由香は自分の首元から視線を上げる。
直後、勇はもう一度大きく深呼吸すると、地面に片膝を突いた。
「今度こそ絶対に幸せにします。だから一生そばに居てください」
言いながら勇は箱を差し出し、由香の目の前でパカッと開いた。
中にはキラリと輝くダイヤが付いた指輪。
「…………」
それを見た由香は目を瞬いて固まってしまった。
(あれ? やっぱり早すぎたか……?)
前に四年以上付き合っていたとは言え、復縁してからはまだ三か月。
自分でも早すぎるという自覚はあったが、今日という日を逃したくはなかった。
というのも、七年ほど前、共通の知人の結婚式に二人で参加し、『誕生日にプロポーズされた』という馴れ初めを聞いていた時、由香がボソッと『誕生日かぁ。いいなぁ』と言っていたからだ。
それなら来年プロポーズすればいいだけではあるが、これまで散々待たせてしまったこともあって『もうこれ以上待たせたくない』と考え、勇はプロポーズに踏み切ったのだ。
だが、反応を見る限り、タイミングを見誤ってしまったらしい。
勇はたちまち不安になり、自分の決断を後悔し始めた。
その直後――
「……はい、喜んで」
俯いていた勇が顔を上げると、由香は目に涙を浮かべながら微笑んでいた。
どうやら先ほどの反応は、ただ驚いて言葉が出なかっただけらしい。
勇はフッと安堵の溜め息を吐くと、立ち上がって由香の左手を取り、薬指に指輪を通す。
そして二人は夜景をバックに唇を重ねた。
☆
約一か月後。
勇はサンダポールのオフィスに足を運んでいた。
「おはようございます!」
受付嬢に言われた通り、プレートにΔと書かれた会議室に入ると、中には見慣れたおじさんが一人。
「おお、多井田君! おはよう、今日もよろしく!」
「あ、勅使河原さん! こちらこそよろしくお願いします!」
挨拶を返しながら、勇は勅使河原の隣の席に腰を下ろす。
「あっ、そうだ。勅使河原さんに報告がありまして」
「ん? 何だい?」
「実は前に話した彼女とひと月くらい前に婚約したんです」
前々回のイベント終了後、いつも通り勅使河原と飲みに行った際、話の流れで勇は元カノと復縁したことを勅使河原に話していた。
だが、婚約したことは今この時まで知らせていなかった。
理由はもちろん、まだそこまでの関係性ではなく、改まった婚約の報告はただ迷惑だろうと考えたからだ。
「おお! おめでとう! よかったじゃないか!」
「はい、ありがとうございます!」
「いやぁ、めでたい! これは何か私からもお祝いしないと」
「えっ? いや、そんなの全然! その言葉だけで十分ですよ!」
勇が焦りながらも遠慮するも、その言葉を勅使河原は無視。
腕を組み、目を閉じて「うーん」と唸りだす。
ほどなくして、「そうだ」と声を上げた。
「多井田君、式は挙げるつもりかい?」
「あっ、はい。それはもちろん」
「そうか。じゃあ多井田君さえよかったら、私が司会を引き受けようか?」
「……えっ?」
思いもよらない申し出に勇は目を瞬いた。
勅使河原には驚かされてばかりだ。
「あっ、もちろん謝礼とかはいらないから!」
「え、いや、そ、それはともかく……。えっと、本当にいいんですか?」
「もちろん! 多井田君と私の仲じゃないか! 君と彼女さんさえよければ、ぜひ手伝わせてほしいな」
誰もが知る大御所アナウンサーに、自分のような一般人の結婚式の司会を引き受けてもらうのはさすがに気が引ける。
だが、本人が「ぜひ」と言っている以上、断る理由はどこにもない。
「そういうことならぜひお願いします! 彼女も喜びます!」
「うん、任せて。じゃ、また日程が決まったらすぐに教えてくれるかな。その日は空けとくから」
「はい! 絶対に連絡します! 本当に空いてたらでいいので!」
「待ってるよ。……さて、そろそろ木村君も来るだろうし、イベントの段取りを確認しておこうか」
それから勅使河原と本日のイベントについて話すことしばし。
「――すみません、お待たせしました!」
木村が会議室にやってきた。
「おはよう、木村君!」
「おはようございます!」
「はい、おはようございます! あ、そうそう、多井田さん。ご婚約、改めておめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
「式にはぜひ僕も呼んでくださいね。絶対に行くので」
「はい、それはもちろん!」
「待ってますね! じゃ、その話はまた後にするとして、さっそく打ち合わせを始めさせて頂きます――」
その後、打ち合わせを終えた勇は通算八回目となるイベントに解説役として臨む。
そうしていつも通り解説役としての責務をこなした勇は、恒例となっている勅使河原との打ち上げに赴くのだった。
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