第三十九話:魂の向かう方。
その夜。
わたしはホテルのベッドに寝ころびながら、託されたファイルの中を見ていた。
それは新聞の切り抜きや写真だった。
イタリア語は読めなかったが、ヤスヒロさんがやってきた動物保護の事績についてが書かれているように見える。
そして、動物と一緒に撮影した写真が沢山挟まっていた。
このファイルは、何のために作られたのだろう。
あのおばさんや、彼の仲間たちが、ヤスヒロという人間を気に入って作ったのだろうか。
やはり、彼が死んだと伝えるべきではなかったかも知れない。
悲しむ人が増えただけで、何も得るものがなかったように思える。
「ねえ椿」
「うん?」
椿はベッドに腰かけて、わたしの様子を見ていた。
「ヤスヒロさんの動物達って、どうなったのかな」
「どうなったって? 見た通り、みんな蓮里に殺されたけど」
「本当に?」
「ボクも、見たままの答えしかできないよ。どうして疑ってるの?」
「だって、ヤスヒロさんってさ。もらったこれを見ても、動物を鉄砲玉みたいに扱う人には思えないよ、やっぱり」
それを聞いた椿は、なぜかドアの方に視線を向ける。
「最初から"彼女"に依頼してたんでしょ?」
ガチャリ、とドアが鳴った。
「私の登場をバラさないでください」
制服姿の小さな少女。
「宝珠さん……なんで?」
「
「魂の――回収?」
「ええ。彼は自分の眷属となった動物達を、異世界にまで連れまわすのは本意ではなかったようです。そのため故意に死なせた」
「どうして、連れて行かなかったの」
「彼が無事に異世界へ"帰還"できる保証など、誰もできません。それと、ご存じですか?」
「……なにをですか」
「魂は死後"神"になる。あくまで我々、陰陽師の考えですが……。それに、いずれ消えて失われるとしても、魂は元の大地に帰るべきでしょう。彼がそう望んだように」
魂の行く末など考えたことはないから、彼女の発言を肯定することも、否定することもできなかった。
だが、少なくない転移者が、自分にとっての「居場所」に戻りたいと望む瞬間を、この夏で何度も見かけている。
「魂は元の大地に帰るべき」――。そうヤスヒロさんが思った理由は、少しだけ理解できる。
「ヤスヒロってさ、彼らを勝手に眷属にして、自分の好きに生き死にや行く末を決めてしまったんだよね?」
「悪く言えばそうですね」
「それって――エゴじゃないの?」
ビックリした。椿が突然憎まれ口を叩いたからだ。
この状況で、そんな言葉をいうのだと。
しかも……その言葉に、宝珠さんもなぜか笑っていた。
「一つ言えることは、彼らの魂はすべて主に忠誠を誓っていたという事です。正義のために戦い、死んだと思っていた。彼らに不平を言うものはおりませんでしたよ。きっとああでもしないと、彼に臣従し続けるつもりだったはずです」
「死なせる必要は?」
「ヤスヒロの事を憎み、忘れさせるため――家臣にも言い当てられているとは、まったく滑稽ですね」
椿はその言葉を聞き、小さく頷いていた。
最初から彼女の言葉を知っていたのだ。わたしに聞かせるため、敢えてああいう言葉を聞かせる。
デカ太郎だけは少し違いましたけどね」
「デカ太郎もいるの?」
「ええ、今は袖の下に格納していますがおりますよ。お出ししましょうか?」
宝珠さんは返答を聞く前に札をだし、印を切った。
「……え?」
そこに立っていたのは、イタリア人らしき男性だった。
わたしの手元のファイルにも写真があった、長身の男。
顎から鼻にかけて髭を生やした、中年程度の男性。
「あなたが、ガリレオ・クチノッタ……」
「桐本有里。僕の名前、どうして知ってるんだい?」
わたしも、自分の名前を言い当てられたことにビックリしている。
「実は元の姿に戻すことはできたのです。もっとも彼の魂も、ここでさよならですけどね」
ガリレオさんは、わたしを見つめている。
「……あの、その、ごめんなさい。デカ太郎なんて、変な名前をつけて」
そう言うと、ガリレオさんは笑いながら手を振った。
「ははは、いや構わないさ。あの時点では和愛も秘密を保持しなければならなかったみたいだしね。それにデカ太郎という名前は気に入ってるよ」
「そ、そうですか……」
社交辞令なのかどうかは分からないが、少なくても怒ってはいなさそうだ。
「……ガリレオさんは、ヤスヒロの事をどう思っているんです?」
「人々を愛し、動物を愛する英雄だ」
即答だった。
なんの躊躇いもなく、爽やかな笑顔を浮かべながら、だった。
だけど、そうだとしたら……ほかの動物と違うところはどこなのだろう。
そんな事を尋ねる前に、ガリレオさんは言葉を続けた。
「――だが、勝手な男さ、そこのニンジャが言ったようにね。僕たちは彼が僕らの望み、つまり復讐を叶えたらもうそれで関係もご破算だと思い込んでいた。今までの僕らの関係を無視して」
「それって……」
「僕らは彼が次元の狭間で息絶えようと、ついていこうと思ったよ。何故だかわかるかい?」
「ヤスヒロさんの事が好きだから……ですか?」
「違うよ。……彼は王でありすぎたのさ」
ガリレオは周りの人間の表情を確認するように見渡した。
わたしは彼の言葉を不思議がって聞いていたが、ほかの二人は納得している様子だった。
「孤独だった――そういう事でしょ?」
椿が突然発言したため、わたしは驚いた。
それと同時に、わたしでさえも、得心が行ってしまったのだ。
「彼にとって、人々はみな救うべき民、あるいは敵だった。言い換えれば、彼にとって友は居なかった。それは――彼にとっての"本来の世界"もそうだったに違いないね。そのファイル、カーラおばさんからもらったのだろう?」
カーラおばさんという名前は知らなかったが、あの人の事を言っているのだと思う。
「彼女も心配してたんだ、いつも一人ぼっちだったから。だから本当は友達がいて嬉しかったんだと思うよ。まあ、もっとも君たちは友達じゃないだろうけど」
「ううん」
わたしは、びっくりしてその言葉の主を見た。
「友達だよ、ボクらは」
椿は、ガリレオさんにそう言った。
意外だった。椿は良くも悪くも、裏表のない人間だからだ。
思っていない事を言うタイプではない。毒を持ち、それと同じくらい優しさを持つ。それが、椿だ。
――いや。
どうして椿が嘘をついていると、わたしは思い込んでいるのだろう。
今の言葉は本心なのだ。まぎれもない、椿自身の。
「そうか。ではその本は、持って帰ってあげてくれ」
「もちろん、捨てはしないよ」
「それと、よろしければ和愛。例のを頼む」
「ちょっと待ってください。桐本さんはまだ何も話していません」
「わたし……?」
「桐本さん。少し体をお借り出来ますか?」
「え?」
「大丈夫です。何も危害は加えません。少しだけ"能力を使わせてもらう"だけです」
「それって――」
「行きます」
そういうと、宝珠さんは目の前で護符を立て、何かの言葉を唱えた。
その瞬間、ガリレオさんの体が霊魂となって、わたしの体に送り込まれてしまった。
「ちょっと! なに勝手に進めてるの!」
椿が怒り始めた。
「どうせ貴方がうるさくすると思ったからですよ、桐本椿」
「それは当たり前でしょ! ヤスヒロがそれを望んでいると思えないし! それに僕達の家に勝手に入って資料覗いたでしょ!」
「ええ。霊体に覗けぬものなどありませんからね」
わたしには、なんの話をしているのか分からなかった。
でも、今起こった現象がなんだったのかだけは理解できた。
ガリレオさんの魂は向かったのだ。
"彼"のいる、異世界へと。
くノ一(♂)は転移者を喰らう ジャバの進 @ja_va
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