第43話 約束の地へ③

 自分が思っているよりも長い時間過ごしていたのか気が付けば日が暮れていた。太陽が沈んだ後もあの場所と同じで、まだ夕方の六時になるかならないかという時間なのにもう辺りは闇が支配しつつある。都会なら建物の明かりが煌々と輝くため自然の闇はいまいち悠々とできずにいる、しかしここはやはり田舎でそんな遅くまで元気に輝く建物は少ない。


ほとんどない。そのおかげでこんな早い時間にも闇は訪れるのだ。そうして辺りが暗くなり始めた時、俺はようやくここにきたもう一つの目的を達成するために取り掛かることができる。 


 薄暗い中まず俺はあの山を探した。山はここから見ることができるにはできるが如何せん多すぎてどれがあの山なのかわからない。とりあえず一番近い山に行く。俺が通った山はそこまで遠くなかったはずだ。確か歩いて二十分か三十分ほど。時間で絞るだけでも大分絞れるはずだ。


 一番近い山に行くために自分の住んでいたところらしき場所に向かった。いくらこの場所が向こうの世界と似ているとはいえ、全くわからない場所からスタートしてしまってしまっては着くことができないからだろうと考えたからだ。ほどなくして着くとようやく一番近い山へ向かい始める。


道は正直あまり覚えていない。だからあの時に感じた雰囲気や見た景色などに頼って行動することしかできない。しかしそれは日中に行っていたことと同じであり、何度も成功してきているので余裕だと思えた。そして意気揚々に俺はあの場所を探し始めた。


 そうしてあの時の道中の景色を探しながら歩いていくと面白いほど簡単に見つけることができた。名前は三珠山と言うらしい。丁寧に「三珠山ハイキングコースはこの先です」という看板があった。後はこの道を歩いた先に広場が存在するのを願うだけだ。


太陽が昇っている時間におじいちゃんおばあちゃん達がゲートボールやグラウンドゴルフをするのにちょうどいい、運がいいとペタンクをする姿も見ることができるあの広場だ。それがあることだけを願って俺はひたすらに歩き続けた。そうして少し歩くといきなり道が開けた。


 ・・・・・そう、この景色だ。いい感じの広場。立ち止まって呼吸すると肺にダイレクトに来る自然のにおい。都会では意識してもなかなか感じることの難しいこのにおい。それを肺に溜め込み上を向くと当たり前のように星がいる。


時計を見てみると時刻は夜の八時になる少し前。一日中上を見ていても星を見ることが叶わない町に住んでいる人がいる一方で、遅くまで起きていなくとも容易に星を見ることができるこの街、この場所は本当に素晴らしい場所だ。


 一連の行動を終えるとちょうど八時になった。一分の誤差なくと言うのは無理だがあの時、初めて俺が彼女に会った時間に近い。そうして一応行動する前に息を深く吸う。息を整えて、落ち着きたかった。


 「夕月!いるのか?いないのか?いるなら教えてくれ」


木々はただ風に揺られてかさかさと音を立てるだけだった。


「お前の言う通り、姿を見ることができたのは向こうの世界にいたからなのか。今は全く見れないや。あのさ、俺、またこの場所に来ることができたよ。あの後目が覚めてから必死に行動してさ、ここを探して、勇気を出して学校に行って勉強して、そうしてこの場所に帰ってくることができたよ。もちろん俺だけの力じゃ絶対無理だった。


担任に頼み込んで協力してもらったし各科目の先生も嫌な態度一つせず教えてくれた。志望校の相談もせず独断で決めても担任は文句言わずに了承してくれた。そして受かった時はみんな自分のことのように大はしゃぎしてたよ。あの光景を見て、本当に自分は一人じゃなかったんだ。自分が世界に必要とされていないと思っていたのは自分だけなんだってわかることができた。


それはとてもうれしかったし感謝もしている。けれど、そのきっかけをくれた。こうなるように俺を向こうの世界で変えてくれたのはお前と、あいつらなんだよ。先生たちには感謝できたし、その言葉を伝えることもできた。だけどお前と、あいつらにはそれをする事ができない。今日朝早くから来て色んな記憶を辿ったよ。


それはとても楽しかったけど、同時に皆がここには存在しないことも改めて理解してしまった。でもお前は絶対にここにいると俺にはわかる。見えないだけでいる。そう信じているんだ。だから夕月、お前だけにはしっかり伝えたいと思ってここに来た。本当にありがとう。


俺を変えてくれて、俺に大切なことを教えてくれて。お前は俺の作った世界を消したことで俺があいつらと別れることになったことを後悔しているかもしれないけれどそんなことはない。俺もあいつらも感謝はしているけれど憎んでなんか決してない。


お前のおかげで俺はこの世界でも頑張ることができた。何度伝えても伝えきれないほど感謝しているよ。本当はもっと色々な話ができたらよかったんだけれど今日はありがとうを伝えることしか考えていなかったから許してくれ。今日は無理だけど俺はこれからもここに来て色々な話をすると思う、いや必ず来るよ。


けれどそれは弱いからお前を頼って来るわけじゃない。ただ純粋に話をしたいからだ。だから暇だったら俺の話でも聞いてくれ・・・・じゃあこれで帰るよ。次はいつになるかわからないけれどよろしく。最後に一言だけいいかな。弱い俺との別れの言葉でもあるんだけど・・・・・もう一度、もう一度でいいから、お前を見たかった・・・」


 言いたいことを全て言い終える前に俺は馬鹿みたいに、我慢のできない子供のように涙をこぼした。泣いてはいけない、我慢しなくてはと思うほどに涙は止まらなかった。


初めはあった情けなさのようなものも涙とともに流れ出てしまったようで、それからはただただ泣いていた。捉え方によれば弱い自分との決別の涙と捉えることもできなくないため俺はここぞとばかり泣き尽くした。どれほど泣いただろうか。いよいよ泣きすぎて疲労感が襲ってきた時、ふと耳のすぐ隣で


「はぁ、本当にあんたって奴は。面白い人間だねぇ」


と何度も、何度も聞いたあの艶やかでありながらも凛とした声が聞こえた気がした。その瞬間俺は何とも言えない複雑に絡まった感情に包まれ、その言葉に答えるように泣き叫んだ。


 一人で泣いている男の上に広がる空。普段ならその中で最も強く姿を主張している月は、今日はなんだか少し薄く儚く輝いていた。

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偽りの世界で。 猫神祭祀 @nekogami1153

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