第10話 自由賊の誓い
「・・・地上に生きる、自由を望む者達に、同等の恵みと自由を」
グランツの言葉に目を上げると、彼は左手を腰の銃の柄にあて、目を伏せていた。
リヒトも手を自分の銃の柄に当てると、静かに目を伏せた。
きょとんとしていたシュバルツとワイスだったが、皆がそうしているのを見て互いに顔を見合わせると、戸惑いながらも自分の武器に手を当て目を閉じる。
「俺達自由賊は誓う。
いつの日か、地上の自由をイルから取り戻すことを」
最後にそう呟くと、グランツはゆっくりと目を開けた。
皆を見回し、笑みを見せる。
「さぁ飯だ!」
言うが早いかその手はサッとアップルパイに伸びていた。
「あっグランツずるい!」
「さ、シュバルツとワイスも食べていいわよ」
「ああああグランツが全部食べちゃうー!!」
「・・・ガキだなフライア」
「何食う、ワイス?」
「アップルパイ」
「あー、んじゃセンチョーから奪い取んなきゃなー」
「・・・これからはアップルパイは二つは焼かないと足りないわね」
「あ、そう言えばさ、ワイスの髪どうしたの?」
「あーんまりにも目立っちまうから、おれがバンダナで隠した」
「おそろい、リヒト」
「うん、そうだね!
凄く良く似合ってるよ、ワイス」
「あっコラリヒト!ワイスを口説くんじゃねーよ!」
「うえぇ!?べ、別にそんなつもりじゃ・・・」
「あらあら見ていて可愛いわ~シュバルツ」
「ちょ・・・なに言ってやがんだトレネ!!」
「あぁうまい!」
賑やかにテーブルの上に手が伸び各々が喋りながら食事をしていく中、アップルパイの大きな一切れを口にし満足げなグランツ。
「もうグランツ食べ過ぎ!
はい、シュバルツ」
リヒトはグランツからアップルパイの大皿を奪い取ると、それをシュバルツに手渡した。
「・・・あ、あぁアリガトな!ほらよワイス。
リヒトがセンチョーから奪い取ってくれたぜー♪」
「ありがと、リヒト!」
一瞬残念そうな顔を見せたグランツだったが、次の瞬間スペアリブに手を伸ばしていた。肉汁がじわりと滲むそれにかぶりつく。
「やっぱトレネの料理は最高だな!」
その言葉を聴いて、とうもろこしパンにかぶりついていたシュバルツが突然手を止め大声を出した。
「あ?コレ、全部トレネが作ったのか!?」
「えぇ、そうよ」
ワインを飲む手を止め、トレネはにっこり微笑んだ。
「スゲー!!」
とうもろこしパンを手にしたままシュバルツは感嘆する。心からの賛辞だ。
目を輝かせているシュバルツを見て、真面目くさった顔でうんうんと頷くグランツ。
「我らエーデル・ロイバーの母親的存在だからな、トレネは」
「んじゃ、センチョーが父親か?」
ひょいと彼から返ってきた突飛な質問に、グランツの目が丸くなる。
しかしすぐに大声で笑い出した。
「はははっ!・・・俺はまだ父親なんて歳じゃないぜ」
「あら船長、それじゃあまるでアタシが歳みたいな言い振りね」
すげなく飛んできたトレネの厳しい指摘に、思わずグランツの顔が引きつった。「しまった」とばかりに青ざめる。
「・・・あ、い、いやそういうワケじゃないぞ!」
両手をぶんぶんと振り慌てて否定してみせるグランツ。しかしトレネは相変わらず冷ややかな目で彼を見ていた。
少し緊迫したような空気にリヒトは助け舟を出そうかちらちら二人の様子を伺うが、シュバルツはそんな二人の様子などなんのその、ソーダをカップに注ぎながらまた疑問を口にする。
「センチョーって今何歳なんだ?」
「ん?あー・・・」
トレネに睨まれ冷や汗を流していたグランツは、シュバルツの質問に助かったとばかりに口を開く。
が、一瞬固まると、ゆっくりと天井に視線を向けた。
「・・・26・・・ってとこだな」
「・・・なんでミョーに曖昧なんだよ・・・?」
怪訝そうな顔のシュバルツ。
グランツは苦笑しながら弁解する。
「いやさ、長年自由賊やってると時間の感覚が薄れるんだ」
「そーなのか?へー・・・。
んで、他のヤツラは何歳くらいなんだ?」
皆の顔を見ながらシュバルツは予想していく。
「おれ的に、リヒトは断然若いだろ。
ロイエも若いよな。センチョーとタメぐらいじゃん?」
「・・・さあな」
ロイエは会話に無関心な様子で静かにワインを飲んでいた。
するとグランツが代わりに答えた。多少笑いを含みながら。
「シュバルツ、ロイエは俺より断・然年上だぜ」
「は!?」
思わずソーダをこぼすシュバルツ。
「マジで!?何歳なんだよ・・・」
「いくつだっけか?ロイエ」
グランツの言葉に少し目を上げると、ロイエは暫く考えた後短く答えた。
「・・・29だな。・・・確か」
やはり曖昧だ。
「センチョーより3つも上なのか・・・」
ジュバルツが心底驚いたような顔でまじまじとロイエを見る。
それに対しロイエは煩わしそうに眉根を寄せた。
―ま、シュバルツがびっくりするのも分かるな。オレも初めて聞いた時は驚いたし。
静かにかぼちゃスープを啜りながらリヒトは思った。
―ロイエって歳とっても全っ然変わんなそう・・・。元々綺麗だしなぁ。
年老いたロイエを想像しようとリヒトは試みたが、直ぐに不可能だと分かった。
今まで一心にアップルパイをつついていたワイスが顔を上げる。
「リヒト、トレネ、いくつ?」
グランツがリヒトの方を見る。
「リヒトは16だよな。
んでトレネは・・・確か30「船長!」・・・冗談だ。23だ」
流石にトレネの背後に怒りのオーラが有る事に気付き、グランツは厳粛な面持ちで付け加える。
その額に流れる汗をリヒトは見逃さなかった。
シュバルツは考え深げにカップをゴトンとテーブルに置く。
「ナルホドな、じゃーリヒトが最年少か!」
「え、そうなの?」
リヒトは驚いて顔を上げた。
「おれとワイス17だから」
「えぇ!?ワイスも17!?」
この事実はかなりショックだった。
ワイスの華奢な体型やあどけない仕草から、てっきり年下だと思っていたのだ。シュバルツも歳のわりに少年っぽさが前面に出ており、二人がまさかの年上だったことにリヒトは戸惑いを隠せない。
「あぁ・・・じゃあやっぱりまだ子供扱いされるじゃんオレ・・・」
しょんぼりと肩を落とし、しまいには頭を抱え出すリヒト。
そんな何故か落ち込んでしまった彼女の様子に、シュバルツが不思議そうにリヒトを見て訊いた。
「どーかしたのかリヒト?」
リヒトは恨めしそうに顔を上げる。
「・・・オレ、自由賊最年少記録更新中なんだ。
最多記録・・・・・・5年?」
指折り数えて言う。
そんなリヒトを見てグランツはニヤリと笑った。
「その分他の奴らから可愛がられてんだからいいじゃないか。ローツとかな」
「・・・でもずっと子供扱い」
―そんでまた“ガキ”って言われるんだ!!
リヒトの頬がぷくっと膨れる。
しかしシュバルツは感心したようにリヒトを見下ろしていた。
「アンタ5年間も自由賊やってんのか!しかも11ん時から!?
そっか・・・・・・よく、生き残ったな」
最後の一言は、部屋に一瞬の静寂をもたらした。
見上げるとシュバルツは珍しく真面目な表情でリヒトを見ていた。
リヒトは困ったように笑みを浮かべる。
「・・・グランツがいたからだよ、オレが生き残れたのは」
―本当に。本当に、それが全て。
グランツがいたから・・・オレは生きてこれた。
シュバルツは暫く黙り込んでいたが、やがてカップに視線を落とした。
「・・・自由賊は日々が戦いだって、おれは聴いてた。
ああ、おれのダチだった自由賊は、今はほとんど生き残ってねーしな。
みんな大人だった。それなりにつえーヤロー達。
なのにたいてーはイルとの戦いで死んじまった。
だから生き残ったリヒトはスゲーよ」
「・・・・・・」
リヒトはゆっくりと手の中のカップに視線を落とす。彼女の中にはただ小さな疑問が揺れていた。
―オレ・・・凄いのかな。いっつもグランツや他の皆に守られて、ただ、生きてただけなんだ。
それでも、守られてばっかでも、他にオレ出来ることなんて何も・・・無くても。
オレにはもう・・・何も残って無くても。
ただグランツの為に、生きたかったから・・・。
「・・・ただ生きてただけだよ」
そう呟いたリヒトの瞳の奥には、深い悲しみがあった。
「・・・?リ「ロイエ、それ、とって」
キョトンとしていたシュバルツの言葉を遮ったのは、ワイスの澄んだ声だった。
皆の視線が集まる中、彼女はいつもと変わらぬ淡々とした口調でロイエに話しかける。
ロイエに対し全く動じないその様子に皆が驚いている中で。
「その、黄色いパン、欲しい。いっこ」
「・・・これか?ラインテート」
ロイエから玉蜀黍パンを受け取った時、ワイスはチラリとリヒトの方を見た。
皆と同じようにポカンと彼女を見つめていたリヒトは、目が合うとふとその口を噤む。
リヒトと目が合ったワイスは小さく微笑んでいた。
寂しそうに。
その時にはもう皆、また黙々と食事を再開していたため、二人の他は誰も気が付かなかったが。
―ワイス・・・ひょっとして・・・気を遣ってくれたの?
それに気が付くと、リヒトも小さく彼女に微笑み返した。ささやかな自分の変化に気づいて・・・心配してくれた彼女に。
大丈夫だよ、と。
自由を統べる者達 青星 @aohoshi24
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。自由を統べる者達の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます