第266話氷心の成長

 ニーナたちに拘束されていた氷心の三人は、自分達の主はアランデュール殿下だと認め、心の底からアランを信頼し、そして今現在、ニーナ達 ”聖女一行” と行動を共にしていた。


「じゃあー、次の鬼はドドちゃんね。ドドちゃんが100数える間にみんなは隠れるからね、いーい?」

「はい、シェリー様、ドナルドことドドちゃんは、命を懸けるほど真剣に鬼役を演じてみせます。どうぞ皆様自由にお隠れ下さい!」

「うん! 絶対に見つからないように隠れるからねー。ドドちゃん、皆が見つからないからって、この前みたくニーナに頼ったらだめだからねー」

「いやいや、シェリー様。あれは皆様が余りにも巧妙に隠れられたのでニーナ様が心配して探されただけでございます。私が頼った訳ではございません、安心してくださいませ」


 楽しそうにシェリーと会話するドナルドことドド。


 氷心の三人は、今身体能力を向上させるため、遊びという名の訓練を行っている。


 そうこれはただ子供達と遊んでいる訳ではなく、訓練の一貫なのだ。


 あれ程恐ろしかった子供達とのゲームも、主であるアランを守るためだと思えば、楽しくて仕方ない。


 あれ程溢れていた恐怖心が、今は全く感じられないのだからから不思議でしょうがない。


 可愛い子供達が「よーい、どん」と言って、賑やかに森の中へと散っていく。


 ドナルドは目を閉じると、鬼役として数を数えながら、今日こそは全員を捕まえてみせる! と気合いを入れていた。


 人は変われば変わるものである。


 氷心の三人にとって、この場は良い修行の場であった。





「ララちんよー、俺のお茶どうよ? だいぶ美味くなっただろう?」


 氷心の三人は、午後からは研究組のお相手……という名の修行をする。


 何を食べさせても喜んで(ません)くれる氷心の三人は、ベランジェ達にとっては良い被験者なのだ。


 試食を頼み、意見を聞く。


 研究ばかりを続けてきたベランジェ達は、自分の作る物に対し免疫があり過ぎるため、実は味音痴ならぬ毒(危険物)音痴なのだ。


 ララこと本名ライナーは、刺激があり過ぎるお茶を平然と飲み込むチャオを見て舌を巻く。


 どれ程毒に対し耐性がある人間なのだと、感服していた。

 

 ララは一般人では絶対にないのだが、それでもまだ(チャオから見れば)一般人に近く、その上中々死なない氷心の三人は、研究組にとってはとーってもいい遊び相手だった。


「グッ、ハッハ……こ、これは、飲みこめなくはない、お茶です、が……チャオ殿、これではまだ、普通の人間には、の、飲み込む事も無理だと思われます……グッ……」


 主であるアランの為に、今以上に内臓までも鍛えたいと願う氷心の三人は、とっても頑張っていた。


 普通ならばチャオの実験中のお茶など、飲み込むことも難しいはず。


「ちぇー、そうかー、お茶の効能は最強なんだけどなー。これを毎日飲めば絶対に禿げないからさー。売れるとおもったんすけどねー」


 確かに禿げないためのお茶は売れそうではあるが、禿げる前にお茶の味で体を壊しそうだ。


 チャオは満足そうな笑みを浮かべララにお礼を言うと「分かったー、もっと改良するっすよ」と言って、また実験室(研究組テント)へと戻って行った。


 きっと明日にはまた改良されたお茶を飲まされるのだろう。


 これも修行だと、ララは気合いを入れ、明日の試練に立ち向かう決意を決めた。


 向かう先が怪しい氷心の三人だった。




「ゴンさーん、お楽しみのキノコちゃんスープですよー。味をかえたので飲んでみてくださーい」


 気味悪いキノコが浮かぶ不思議なスープ。


 それを抱えマッシュルーム頭の少年……いや青年がゴンに声を掛ける。


 そんなチュルリの笑顔には威圧に近い物を感じるが、ゴンこと本名ゴンザレスは無言で頷き、スープを口にする。


「あっ、美味い! チュルリ君、おいし……お、いちぃ……おいちいでんがな……」


 スープの味はとても良いのだが、飲んだあと舌に痺れが走る。


 だけどこの前よりもずっとマシ。


 美味しいだけ天国だ。


 ゴンはすっかり慣れた手付きで鞄からポーションを取り出し、口に含む。


 そして飲み切った後、チュルリに淡々と「舌に痺れが残りますよ」と伝えると、チュルリは「そうなんだ、ありがとう、ゴンさん」と良い笑顔で研究室へと戻って行った。


 きっとこちらのスープもまた再実験となるだろう。


 でもポーションが有れば全然平気!


 少しだけ心が強くなった気がするゴンザレスだった。


 絶対に真似してはいけない修行な気がする。




「ドド、ララ、ゴン! 君たちのヒントをもとに新しい爆弾を作ってみたんだよ。これを見てくれるかい?」


 研究組の代表であるベランジェとブラッドリーが、紳士らしい笑顔を貼り付け氷心の三人に茶色の丸い物体を渡す。


 一見触ってはいけない何かに見えてしまうが、ベランジェとブラッドリーとの話し合いで、氷心の三人はそれが何かを知っていた。


 なので茶色い丸い物体が、お饅頭であることをすぐに理解した。


 皆で話し合って新しい爆弾が出来上がったようだ。


 氷心の三人はベランジェとブラッドリーに笑顔を向ける事が出来た。ある意味凄い成長だと言えるだろう。


 あんな物を食べさせられたあとなのにね……



「ベランジェ様、これは見た目は勿論、香りもお饅頭そのものですね」

「はい、ベランジェ様、これなら絶対騙されて口にいれますよ。美味しそうに見えますから」

「ベランジェ様、色は茶色以外も作れそうですか? 見た目が美しい方が貴族は喜びそうですからねー」


 饅頭を手に取り、氷心の三人は興味津々で触り始める。


 もうすでにあの時のこと(白いお饅頭事件)は水に流したようだ。心が広い。


「うん、うん、色は変えられるよ。皮の生地を変えれば良いだけだからね。でもさ、なーんとなく茶色が良いかなーって思ってさ」

「そうなのです。ですが一応色分けをして、茶色の饅頭爆弾は、食べるとお腹の中でボコボコと爆破するようにいたしました。まあ、死なない程度の威力ですのでつまらないですがね。そうだなー、例を挙げるならば隣の人にポコポコお腹が鳴っているのが聞こえるぐらいでしょうかねー」


 あははは、それはそれは、と盛り上がる男たち。


 お腹が鳴る場にもよるが、人前でずっとお腹が鳴り続ける……貴族にとって、それはある意味死刑宣告に近いだろう。


「では、白色の饅頭はどうなるのですか?」

「まさか、私達が食べたものと同じ、ということは無いですよね?」


 氷心の三人が食べた白いお饅頭は、怪しいものが入っているだけで、味や見た目に問題が無かったので何が入っているかを言われなければ分からない。知らなければ特に危険が無いものだと言えた。


「うん、白色の饅頭はね、腸を抜けると爆破するんだよ。うーん、簡単に説明すると、巨大なオナラみたいなものがずっと出続ける感じかなぁ」


 説明を聞き、氷心の三人に同情した表情が浮かぶ。


 食べさせられた者を想像して、気の毒になったのだろう。


 けれど彼らも被害者なのだが、もうすっかり過去のことになっているようだ。


 ある意味研究組に似た者となりつつあることを、氷心の三人は気づいていない。可愛そうに……


「それは……その、貴族令嬢に食べさせて、夜会で爆破でもしたら……レディとして死んだも同然ですね……」

「はい……乙女には絶対に食べさせてはいけない物のような気がします」

「私はちょっと見て見たい気もしますけどね……」


 ベランジェやブラッドリーにすっかり慣れた氷心の三人は、二人が作る爆弾についてまた話しを始める。


 どんな爆弾が良いか。


 どんな爆弾なら心に響くのか。


 爆弾だけに、話が弾んで仕方がない。


 


 これまで理由もなく殺人を依頼され、実行していた氷心の三人。


 だが、ベランジェやブラッドリーが作る爆弾を使えば、今後殺人など犯す事なく、対象者を貴族社会から抹殺出来る。それが嬉しくて仕方がなかった。


 恐ろしすぎる思考だが、人を殺したくないと思えたことは、氷心の三人の成長なのだともいえる。


 ただし、研究組とは余り仲良くなりすぎない方が良いような気がするが、それを注意する者はこの場にはいないようだった。残念。



「ねえ、ねえ、ドド、ララ、ゴン、他に作って欲しい爆弾はあるかい? 私達ならどんな爆弾だって作れるよー」

「あ、ベランジェ様、だったら、ずっと吐き気が続く爆弾が欲しいです。それも我慢出来そうで出来なさそうな微妙なヤツが!」

「うん、うん、ずっと続く吐き気だね。それは得意中の得意だよ。続く期間はどれぐらいが良いかなー。一年じゃ流石に長すぎちゃうだろうねー」


 ワクワクするベランジェとブラッドリー。


 現場(爆弾を使うもの)の声が聞けることは楽しくて仕方がない様だ。


 氷心の三人はベランジェ達に良い(危険な)刺激を与えていた。


 だがそれは傍迷惑……ともいえる。


 国王になるアランの為なのだ、そこは応援するしかない……のかもしれない。



「ベランジェ様、でしたら次は饅頭ではなく羊羹って食べ物にしましょうか。あれもまた色合い的にアレが目立ちませんよ。面白そうでは無いですかー?」

「おお、羊羹か、それは良いね。ブラッドリー、次はそれで行こう! いやー、君たち三人が来てくれてから創作意欲が湧いて困るよ。どんどん新作爆弾を作って行くからね。使う日を楽しみにしててくれよ」

「「「はい、ベランジェ様、ブラッドリー様、ありがとうございます!」」」


 掛け合わせてはいけない男達を、混ぜてしまったのがウンのつき。


 氷心の三人という頼もしいチームメイトを得た事で、ベランジェとブラッドリーはこれから沢山の恐ろしい饅頭爆弾を作り上げていく。


 望まれた氷心の三人は、吹っ切れてはいけない何かを振り切ってしまったようだ。


 水を得た魚ならぬ、主を得た諜報員。


 彼らはニーナ軍団に触れた事で、世界一有名な諜報員になっていくのだが、それはまだ先の話。


 だがもう間も無く、氷心の三人には別の名がつく。


 その名は愛好心(アイスハート)。


 国を愛し、民を愛し、そんな王を愛する、諜報員の愛好心(アイスハート)。


 人を愛する心を持ち始めた男達は、いつしかそう呼ばれるようになる。


「そうだなー、ベランジェ様の饅頭爆弾が完成したらションシップ前侯爵にでも食べて頂こうか」


 笑顔でそう呟いた愛好心の三人。


 色々な意味で成長する彼らを止める者はもういないようだった。





☆☆☆





こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

今日はひな祭りですね。なので投稿時間を三時にしてみました。てへっ、自己満足。


さてさて氷心の三人のお話は取りあえずこれで終わりです。これから彼らにも色々と活躍してもらう予定です。アランのため、頑張って貰いましょう。

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元聖女様は貧乏男爵家を立て直す! 「あなた達しっかりなさいませ、自分の人生は自分で切り開くものなのですよ」 白猫なお @chatora0707

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