第10話
7月の20時のウォーキング
昼間の直火の様な暑さを避けては見たものの、余熱のオーブンの中の様な熱気が残っている。
過去3回ほど夜のウォーキングをしたことはあるのだけど、スポーツウエアにウォーキングシューズ、さらには500グラムのダンベル。。。と、まず格好から入ってしまい、それに着替えるのが面倒になってすぐに挫折していた。
なのでその失敗を活かして、今回はそのまんまの格好で普通のスニーカーで「ちょっと娘のお迎えに駅まで」とか「ちょっとコンビニまで」という顔をして歩くことにした。
そんな顔をして歩いていると、車のクラクションが優しく鳴った。
振り向くと歩道を歩く少女二人がその車に向かって手を振っていた。
そのクラクションを聞いて子供の頃の記憶がふと蘇る。
家のまえの道路は広くはなく、それぞれの家の子供がそれぞれの家の前で遊んでいた。
自転車に乗ったり、縄跳びをしたり・・・
そんな時「プップクプップー プップ〜」と優しくリズムをつけてクラクションを鳴らしながらゆっくりと車で帰宅するおじさんがいた。
強面で頑固そうな無口のおじさんで話したことは一度もなかったにだけど、私たちは「プップクプップのおじさん」と呼んでいた。
クラクション一つでこんな思い出も蘇り、夜のウォーキングも楽しいものだ!
と初日は順調に終えた。
***********************
本日のお客様
吉田様と持田様
どちらとも高齢のお母様と立派な大人の息子という同じ様な組み合わせのお客さまが偶然にも同じ時間にご来店。
お客様同士お互いの場所からは見えない作りになっていて、話し声もBGMでうまく聞こえない様にしているのだが、真ん中に位置する受付からは見えるし、聞こえる
。
吉田様はまずお母様がとても上品な方で、服装から持ち物までとても洗練されている。
ご主人が亡くなり、息子と二人になったのを機に、都内のマンションからのお引越しをご検討。
とても穏やかであまり意見を出さずに息子に任せているスタンスの様だが、その息子の態度がよろしくない。
今のマンションの権利がお母様なので、こちらの営業がお母様に質問してお母様がそれに答えようとすると息子が遮る様に答える。
そして軽く諌める様な目で母親を睨む。「何もいうな」と言わんばかりに。
お母様は微笑みながら少し悲しそうな目をして黙る。
終始その様な感じで進められていった。
一方の持田様は申し訳ないがお世辞にも上品とは言い難い出で立ちで、スーパーのビニールの様なものをバックとして愛用している。
こちらも息子と二人暮らしのマンションを探している。
お母様は「お前の好きなところでいいよ」と言っているが息子は「ここどお?お母さんこういうキッチンがいいって言ってたよね」など終始お母樣の意見を先に聞いて常に笑顔で話しかけている。
その二組のお客様に挟まれて私は「幸せって側から見てわかるものではない」と当たり前のことを再確認した。
吉田様が不幸で持田様が幸せ。ということではない。
そしてこんな1時間足らずの会話でなにも判断できないことも分かっている。
何が幸せかというのは本当にわからないのだ。と言うことも分かっている。
どちら様にも幸せなお家が見つかりますように…
受付帖 神野さくらんぼ @jinno_sakuranbo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。受付帖の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます