ケイヤの不運

ねすと

ケイヤの不運


ーー 1 ーー


 恋愛運は限りなくゼロに近いが、結婚運は限りなく百に近い。


「いやね、あまりにかけ離れた運を持つあなたが不憫で、ついついこうやって声をかけてしまったわけなんですよ」


 私も人がいいですよね、とさびれた商店街の一角で占い師の男が笑う。その様子を、ケイヤは頬を引くつかせながら見ていた。さっきまでのほろ酔い気分はどこへやら。すっかり覚めてしまった頭でもう一度、さっきの言葉を思い出す。


(俺の恋愛運が、結婚運がなんだって?)

 

「では、私はこれで」


「ちょ、ちょっと待て!」


 くるりと背を向けた占い師に、ケイヤが腕を伸ばす。はい? と振り返るその顔はなんだかとてもめんどくさそうであった。


「さっきの言葉はどういう意味だ」


「どういう意味もなにも、そのままの意味ですよ。恋愛運はありません。まったくありません。けれど、結婚運だけは誰もがうらやむほどあります」


「だからそれはどういう」


 言いかけたケイヤの顔の前に、さっと占い師が腕を出す。人差し指を立て注目を集めると、それをゆっくり後ろに向けた。


「申し訳ありませんが、これ以上は料金が発生します」


 指の先には丸椅子と、『占』のクロスがかけてある小さな机があった。



ーー 2 ーー


 三千円という高いのか安いのかよくわからないお金を払い、ケイヤは椅子に座る。


 背もたれもなく、絶妙に低い椅子は座り心地がよくない。通勤カバンを置くカゴもなく、仕方なく抱えているのだが椅子の低さも相まってとにかく落ち着かないのだ。


 それに、こうしていい歳の男性が、看板と椅子と机だけしかない街角の占い師の言葉に耳を傾けているというのが、ケイヤはとても恥ずかしかった。せめて目隠しでもあればいいのだが、そんなものはなく二人の姿は道行く人から丸見えでなのである。


 しかもケイヤは通行人に背を向けている方向に座っているため、道行く人の顔が見えない。通る人通る人全員が指さして笑っているような気になって、余計に身が縮こまる。


「それで、なにを聞きたいんでしたっけ?」


「なにってだからさっきの続きだよ」


 お金をしっかりダイヤル付きの金庫にしまってから占い師は言った。


「続きと言われましても、さきほどの占いについて、私の言うべきことはもうあれで終わっているんですよ。恋愛運はゼロで、結婚運はMAX。ちぐはぐでなんとも言えず、不憫な運をお持ちだ」


「はあ?」


 うっかり大声を出してしまう。じゃあ、なんで俺は金を払ったんだ。


 腰を上げかけたケイヤを、占い師が「まあまあ」となだめる。


「ですから、それ以外のことを助言しましょう。例えば、その運の使い方とか」


「使い方って」


「ひとつは簡単です。今やっているエンジニアの仕事をやめて、結婚相談所を開く」


「やだ」


 ケイヤは即答した。どこの世界に占い師に言われて始める結婚相談所があるのだ。


「天職なんですがねえ」


「運だけで転職する奴がどこにいるよ。……ん? そういえば、俺、あんたに職業を言ったっけ?」


「占いでわかります。ついでに名前もわかりますよ、ケイヤさん」


 にっこりと笑う占い師に、ケイヤの背中に寒気が走った。思わず姿勢を正す。


「本格的に始めるのではなくアドバイスとして話を聞くだけでも、あなたの強運ならば十分成り立つことでしょう。あなたの結婚運をばらまけば、きっとあちらこちらで婚約が発生し、式場が足りなくなりますよ」


 発生とはまるでなにかの菌みたいではないか。ケイヤは頭を振って、占い師に訊く。


「結婚運ってばらまけるもんなのか?」


「ああ、ただぼんやりといてもダメですよ。ちゃんとそういう仕事について、能力を発揮できる環境があって初めて正常に作用するものです。なので、電車に乗ったら車内のカップルが一斉にプロポーズしだす、なんてことはありません」


 だからその使い方を教えるのだという。


「ちなみに、その使い方を学ばなかったら?」


「外に行くことはないので、自分で消費するだけになりますね」


「消費ってことは、俺、結婚できるの?」


 期待をこめてきく、自然と頬が吊り上がっていた。だが、そう甘くはないようだった。


「相手がいればですが」


 いないのはわかっていますよと言わんばかりの笑顔を向けてくる。言い返したくもなるが、言葉が見つからない。


「相手さえ見つかれば幸せな結婚生活は約束されたようなものですが、いかんせん恋愛運が皆無ですからね。出会いすらないでしょう」


「そんなあ」


 それじゃあ、宝の持ち腐れじゃないか。がっくりとケイヤが肩を落とす。


「ですから結婚相談所で他人のために尽くすのが最善だと思いますがねえ。感謝されますよ」


「それはそれでいうれしいけどさ、肝心の俺自身の幸せはどうなのさ!」


「うーむ……ですが」


 占い師がぶつぶつと言って、それからまたケイヤに向き直る。その顔は憐憫に満ちていた。


「このまま結婚運をただただ消費していくと、今度はその反動でまったく逆になりますね。つまり恋愛運が最高潮を迎え、その代わり結婚運が地の底に落ちます」


「それってつまり……」


「人生で一番のモテキ到来ですが、すぐに終わって長続きしません」


「最悪じゃないか!」


 人目を気にせず頭をかかえる。あまりに両極端な結果にどうすることもできない。


「しかし、ふーむ、なるほど。ここまで短期間の間に真逆を向かるとは、あなたは本当に面白い運をお持ちですねえ」


「面白くても意味ないじゃないか」


「いや、これならひとつ方法がありますよ」


「え?」


「今は結婚運だけがあり、のちに恋愛運が最高になる。つまり今の結婚運を貯めておいて、恋愛運が最高のときにその運を使えばいいんですよ」


「そんなこと……」


「できます。これを使えば」


 ゴンと堅い音がして、机の上になにかが置かれた。


「……これは?」


「これは運を貯めておく壺です」


 壺と聞き、ケイヤの額に皺がよる。壺というよりかは甕、もしくは花瓶に見えるそれは人の顔ほどの大きさだろうか。余計な装飾はなく、陶磁器のようにつるんとしている。


「この中に結婚運を入れて、のちにそれを使う。そうすれば最高の恋愛と結婚生活はあなたのものに」


「おー!」


 勢いに押されて壺に手を伸ばす……とその途端、占い師にその手をはたかれてしまった。


「こちらの壺、五万円になります」


「ごま……!」


 占いついでにもらえるのかと思ってしまっただけに、金額が重くのしかかる。


「ちょっと高すぎないか?」


「でしたら、この話はここまでで」


 ひょいと片付けだした占い師に、ケイヤは慌てて待ったをかけた。


「まだ買わないとは言ってないだろうよ、感想を述べただけで」


「おや、そうでしたか」


 占い師はわざとらしく言うと、机の上にそれを戻した。それを見てケイヤはほっと胸をなでおろす、


 だが。


 (これに本当にそれだけの価値があるもんなんだろうか)


 顎に手をあて、改めて壺を凝視する。どこにでもありそうな普通の壺だ。これなら似たようなものがどこかで、そう思った矢先、占い師が釘を刺した。


「当たり前の話ですが、これの代用を探そうとするなら止めといたほうがいいですよ。止めはしませんが」


 つまりこれ以外に本物はないというものなのだろう。


「しかし、効果がなあ」


 もし仮にこれが本当だとしても、効果がでるまで時間がかかる。これが詐欺だとしたら逃げるに十分な時間ができてしまう。


「試すということもできないんだろうか」


「疑り深いですねえ」


「仕方ないだろ」


 占い師はやれやれと溜息をはく。


「でしたら、こういうのはどうでしょう」



ーー 3 ーー



 次の日、ケイヤは職場に小瓶を一つ、持っていった。薄水色の瓶で、綿棒と同じくらいの高さしかなく、ガラスがかなり分厚いのだろう。中の液体はほんの少ししか入っていない。


 パッと見、香水のようにも見えなくもないが、ケイヤはそれが大いに不満であった。


(もっとこう……男性が持ち歩くのにも抵抗ないような形にできないもんなんだろうか)


 今は男性も化粧をする時代だ。スキンケアだって当たり前だし、脱毛を行ったり消臭を気にすることだって珍しくない、というかマナーのひとつ。


 だが、それをわかっていてもなお、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ!


「あとはこれを誰かに飲ませればってことだけど……」


 ガラスを揺らすたび液体が動く。水のようだが飲んでみる勇気はない。中のものは、ケイヤの溢れ出した結婚運が濃縮されたものということらしかった。


 占い師からそう言われ、半信半疑で受け取ったものの、今日の朝にはそれが本物であると確信した。「蓋をしない状態で近くに置いておいてください」占い師から言われたように布団の近くに置いて寝たところ、朝には昨日まで空だった中に液体がたまっていた。


 結露してできたにしては量が多い。それにそんな時期でもない。


「実験するにも、ちょうどいい奴っているのかな」


 中は結婚運だ。とすると、誰か彼女か彼氏持ちであり、かつ結婚を考えている人がいい。そしてなにより重要なのは、ケイヤの知り合いで飲み物に異物を混入できる仲であるということだ。


(この会社でそんなことできるやつ、何人いることか)


 しかも、入れるところを見られた場合その仲もご破算する可能性もある。最悪会社からなにか罰則がくる可能性だってある。慎重にならざるを得ない。


 手始めに同僚に何人か話をきいて見るものの、対象者は見つからなかった。普段からコミュニケーションをとっておいてよかったと、今さらながらに思う。昨今、彼氏彼女いるの、なんて気軽にきける時代でもないのだ。下手するとセクハラで、そちらが原因で解雇しかねない。


 同僚が全滅すると、つぎは後輩だった。さすがに異性の後輩にきくのはためらわれたので同性の、それもそういう話題に抵抗がない奴だけをターゲットに選ぶ。


 さすがに少し怪訝な顔をされたものの、やはりこちらも普段のコミュニケーションがが得をしたようですんなりと答えてくれる。


 そしてついに、条件に当てはまる奴を見つけることができたのだ。




(まあ、結局、三日ほど無駄にしたけど)


 逆にそれだけの時間で見つけることができたのだと感謝すべきだろうか。ポケットに入れた小瓶を持ち運びながらそう思う。


 あの小瓶の水は常に新鮮なものを、と占い師から言われていたため、今日の朝、新しく濃縮されたものに入れ替えてある。古いものは捨ててくれと言われていたのだが、なんとなく勿体無い気がしてバケツにこっそり貯めていた。粘度といい無臭といい、本当に水のようだった。


 実験体……もといケイヤの結婚運を授かる幸運者の名前はカイヤマと言った。


 ケイヤとは四つ年下で部署も異なるが、同じフロアということもあり顔を合わせる機会が多く、なにより同じ大学の出ということもあり、新入社員のときからなにかと目をかけているやつだ。


「悪かったな、休憩時間に」


「いえ」


 三時の休憩時間に自販スペースに連れていく。以前そこで愚痴をきいてやったことがあったので、大して警戒なくついてきた。


「こっちの都合で呼び出したんだし、おごるよ。コーヒーでいいか?」


「あ、ありがとうございます」


 こちらも自然の流れで飲み物をゲットする。あとは小瓶の中を注いで終わりだ。紙コップ式なので、入れるのはたやすい。


「あの、それで話ってなんですか?」


「ん? あ、いや、大した話じゃないんだが」


 そうは言っても顔は少し緊張している。そりゃ当たり前だろう。先輩からの呼び出し。その少し前には結婚を考えている彼女はいるのかと質問している。警戒するなと言われるほうが無理だ。


「ちょいと俺の相談に乗ってほしくてね」


「先輩の?」


「言っとくが、金がらみじゃないから。保証人になってくれとか、金をかしてくれとかそんなことじゃない」


 振り向きながら軽くいう。それだけで少し表情が明るくなった。まあそれも呼び出される可能性のひとつだったということだ。それがわかっただけでもいくらか楽になったのだろう。


 そしてカイヤマが笑ったそのすきに、ケイヤはコーヒーの中に液体を注ぎ入れた。


「ほら。ホットにしたけど、アイスのほうがよかったか?」


「いえ、ありがとうございます」


 なにも知らずに一口飲んだのをみて、ケイヤは自販機に向き直り。よし! 小さくガッツポーズをして、自分の分を買った。


「相談というのは、実は最近、俺にも彼女ができてね」


「え? あ、はあ」


「別にのろけを聞かせようってわけじゃない。俺もこの歳だ。そろそろ結婚も考えないといけないからさ」


 ケイヤが考えた話の流れはこうだった。結婚を考えている彼女ができたが、そういう情報に疎く、周りに既婚者もいないためよくわからない。肝心なところは二人で決めることは当然なのだが、彼女の前ではかっこつけたいため、できればそういう情報は一通り手に入れておきたい。


「そんで、先に結婚を考えているキミに、いろいろご教授願いたくてね」


「そんな、人に教えるようなことは」


 もちろんケイヤに彼女なんていないし、そんな情報はネットを駆使すればいくらでも手に入る。だが、先輩に頼られたのが嬉しいのだろう。それに気が付かないまま、カイヤマは親身にいろいろ説明してくれた。


(なんか……罪悪感がないわけでもないな)


 しかし話を聞くうちに本気で結婚を考えていることがわかったのは行幸だ。もしこれで「実は別れたいと思っていて」なんて言われた日には目も当てられない。


「よろしけば、雑誌をあげましょうか?」


「いや、題名だけ教えてもらえれば、隙をみて本屋で立ち読みするよ。家にあると、彼女が見つけたとき気まずいだろ」


 一通り教えてもらうと、休憩時間はもう残りわずかだった。「ありがと。助かった」


「いえ、お役に立てたのでしたら」


 そういって、カイヤマは一気にコーヒーをあおる。これもケイヤの計画だった。三時の休憩時間は短いため、話に夢中になると最後はこうして一気に飲まなくてはいけない。そのため多少味が変でもごまかせるし、熱ければ舌も麻痺してさらにわからなくなるだろうという狙いだった。


「じゃあ、また」


「おう」


 笑顔でフロアに戻る彼をみて、最後にちくりと良心がいたんだが、空になった小瓶に触れたとたん、そんな気持ちは吹き飛んでいた。



ーー 4 ーー

  

 


 それから二日と立たないうちに、ケイヤはあの占い師の元を訪れていた。


「あの壺をください」


「……お客さん、うちは壺屋じゃないんですが」


 そんなことはわかっている。


「貴方様から授かったこの小瓶、効果は絶大でございました。つきましてはその上位互換でありますありがたい壺をぜひとも買わせていただきたく、本日こうして参った次第であります」


「変な言葉使いはやめて、座ってくださいな」


 占い師に言われ、三千円と、さらにあの小瓶を差し出す。


「効果が絶大ということは、誰か結婚でもしましたか?」


「あの液体を飲ませた次の日には、効果がでたよ」


 呼び出しから次の日の昼、今度はケイヤが呼び出された。腹でも下し、治療費でも請求されるかとひやひやしたが、その日初めてみた彼の顔は、キラキラと輝いていた。


「先輩、オレ、昨日プロポーズしました!」


 なんでもケイヤの結婚の相談にのるうちに、さらにその考えが強まっていったらしい。そしてその日の夜。抑えきれなくなってプロポーズしたのだとか。


 結果は聞くまでもないだろう。


「プロポーズですか……ふむ」


「どうした? 偶然っていいたいのか?」


「いえ、貴方ほどの運なら、その日のうちに婚姻届を出させることぐらいできそうなのに、と思っただけです。量が少なかったか、濃縮率が悪かったかもしれませんね」


「あー、そういえばこれを使う前、水で中を洗ったからかも。水が残ってたかな」


 もともと中に入れられる量が少ないのだ。一滴二滴の水でもかなり変わってしまうのだろう。


「でも、効果はわかった。というわけで、あの壺を買う。金なら用意した」


 現金で五万を出すと、占い師はそれを数えもせず金庫にしまった。そして、机の下から壺を取り出す。


「あー、この壺……ありがたや、ありがたや」


「拝むのはまだ早いですよ」


「これはどう使えばいいんだ?」


 使い方はあの小瓶と同じだった。部屋のどこかにこれを置いておくだけでいいという。するとなかに液体がたまるので、満タンになったら蓋をして暗所に保管する。そして来るときにそれを接種すればいいのだという。


「蓋をするとそれまでの結婚運が保存されるため、保管するときは必ずしてください。逆に言うと、それまでは蓋をしないでください。蒸発もしませんし、中に虫が入ることもありませんので」


「どれくらいで満タンになるんだ?」


「あなたほどの運でしたら、半年程度ではないでしょうか?」


「それで、これはいつが使い時なんだ?」


「一年程度、つまり満杯になってからからに半年は待っていただくことになるかと思います。またくれば占ってあげますが、一週間やそこらで変わるものではないため、すぐに来ても結果は変わりません」


「なるほど。了解」


「それと、これはサービスです」


「なんだ?」


「その壺、持ち帰るのは大変でしょう。住所を教えていただければ発送しますよ」






 壺が届いたその日の夜からそれを部屋に置き、蓋はなくさないよう近くに壺の壁面にテープで貼り付けておく。神棚なんてものはないし、あっても落ちて割れたら嫌なので床に置いておいた。


 一日、二日と経つごとに少しずつ液体が溜まっていくのがわかる。 しかし、まだ底面を覆うまでも行かない量なので少し寂しい。


(そういえば……)


 ケイヤはふと思い出すと、洗面台からバケツを持ってきた。中にはあの小瓶に入っていた水が、少し貯めてある。蒸発しないというのは本当のようで、中の水は少しも減ってはいなかった。


(まあ、増えてもいないけど)


 やはりあの小瓶かこの壺でなければダメなのだろう。慎重に中の水を注ぎ込む。少し増えた水はやっと底を覆う程度まで溜まった。


「あー、溜まりきるのが待ち遠しいなあ!」


 それからというもの、ケイヤはかかさず中の様子を観察した。


 一か月も経てば目に見えて中に入っている液体の量が増えているのがわかったし、三か月ほどで半分ほどになった。量から考えれば占い師の言う通り半年で満杯になるだろう。


 そしてちょうどそのころ、カイヤマは結婚式をあげた。ケイヤもそれに呼ばれ、初めてスピーチを経験した。かなり大変だったが、いい経験になった。式自体も良いもので、二人が幸せそうなのがなによりの報告だ。


 なぜならば、二人が幸せであれがあるほど、この液体にものすごい効果があるということだからだ。嫌でも期待してしまう。


 これまでの半年、出会いがまったくないというのも、ケイヤは苦じゃなかった。むしろあの占い師のいうことが本当だということが証明されていくようで、誇らしい気さえしていた。


 そして、待ちに待った一年後、ケイヤはあの占い師の元を訪れていた。




「……ふむ」


「ど、どうだ?」


「すばらしい、恋愛運最高潮! 結婚運最低最悪!」


「よっしゃあ!」


 きっと道行く人は結婚運が最低というのを聞き逃したと思ったに違いないが、ケイヤはそれこそが聞きたかった。


「あの壺はどうですか?」


「半年前に溜まりきって、今は大切に保管してある」


「蓋は?」


「それはしっかりと」


「ならいいでしょう。これからあの水を少しずつ接種してください。まあ一度に飲んでも構いませんが、それはそれで大変でしょう。もし恋人ができれば、素敵な結婚生活はすぐそこです」


「ありがとうございます。俺……幸せになります!」


 泣きながら握手をかわす。実は、占い師の元を訪れる前からその兆し、異性の出会いはそこら中であったのだ。


 かわいい中途社員は入ってケイヤの下についた。よく行くコンビニの店員が若い女性に変わり、隣に女性は越してきた、などなど。これだけと思われるかもしれないが、この一年、ケイヤにはそれすらなかったのだ。


「次会うときは、その薬指に指輪があることを願っております」



ーー 5 ーー




 その日の夜、ケイヤは壺の中の液体を一気に飲み干した。


 そしてその日から、異変は始まったのである。



ーー 6 ーー


(おかしい。なにかがおかしい)


 ケイヤは背後から視線を感じていた。近頃、先輩後輩が自分を見る目線が変わってきている気がする。


「先輩、どうしたんですか?」


 そう聞いてくれたのは中途採用のトコミだ。相当優秀な女性で、ケイヤは半年ほどでぬかされた。


「ああ、いや。なんでもない」


「そうですか」


 そういって業務を再開するトコミ。気があるようにはまったく見えないそれに、ケイヤは少し考えてしまう。


(おかしい)


 また視線を感じ、思わず振り返る。視線の先にいたのは上司だった。ケイヤがまだ新入社員のころからお世話になっている人で、仕事もでき、尊敬もしている。だが、なんとなくその視線が怪しい。


(なんだ、なんなんだ)


 冷や汗をかく。おかしいのは会社の中だけじゃない。


 最近、よく行く定食屋の店主が、ケイヤにサービスしてくれるようになった。「最近お疲れ気味のようだから」と精をつくものをこっそりつけてくれる。それに、アパートの家主ともよく会話するようになり、夕飯に招かれるようになったりといろいろ良くしてくれるようになった。


 嬉しいことは嬉しいのだが、どちらも相手は男性である。


 だがこれも、形は違えど出会いの一つなのかと無理やり解釈し過ごしていたのだが、ついに、見知らぬ男性から三連続でホテルに誘われだしたとき、ケイヤはあの占い師の元を再度訪れていた。


「おや、報告にしては指輪はないですねえ」


「そんなことどうでもいい!」


 ことの始終を話すと占い師は少し唸った。


「あんたのいう出会いは同性限定なのか!」


「いえ、そんなことは」


 確かに、最初のことは異性の出会いもあった。最近はまるきりだが。


「ふむ……。もしや」


「なんだ?」


「あなた、小瓶を渡したとき、その中の液体はちゃんと捨てましたか?」


「もちろん」


「ほんとに? どこかにためておいてなかったですか?」


 あ。


 と言葉に出さずに思う。数日分だが、ためておいた。そしてそれを壺に入れてしまった。


「心当たりあるようですね」


 占い師はうつむき、首を振った。


「あの壺でなければ運の保管はできません。小瓶も貯めることはできますが、それも一日が限度。それ以上は変異してしまうんですよ」


「変異したらどうなるだ?」


「ケイヤさん。もうあの壺の中の水は飲まないようがいいでしょう」


「ど、どうしてだ?」


「傷んだ運を入れてしまったのなら、あの壺の中の運はすべて傷んでしまったことでしょう」


 占い師は静かに言った。


「ケイヤさん、あなたの結婚運、さらには恋愛運まで、腐ってしまったのかもしれません」










ケイヤの腐運 


ーー 了 ーー





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ケイヤの不運 ねすと @nesuto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ