Psychological landscape

 目の前のツユクサは何をこんなに必死に言ってんだ。俺は五体満足で「行間ここ」に「居る」。手もぶらぶらできるし、足が地面につく感覚もちゃあんとある。精神があってイシがないわけないと思うんだが、「本」ここでは違うらしい。イシ、意思、遺志、石?そうだ、石だ。ズボンのポケットに手をつっこんで自分のロケットペンダントを探す。ちくって感覚がしたが、これは鉛筆だな。丸っこいすべすべしたもの……ああ、あった。これだ。鎖の冷たい感覚がする。それを軽い力で引っ張るとごてごてと装飾されたあれが出てくる。開いてみれば、いつも通りの俺の石があ……れ?こんなに黒々としていたか。もっと空みたいな青さだったと思うんだが、どうしてだ。気が付けば、ツユクサもこれを覗き込んでいた。

「これが旅人の石か。実物を見るのは初めてだな」

「知っているのですか」

 ツユクサは片方の口の端をつりあげて胸を張る。いま、張るな。おじさん少し焦っているんだぞ。

「うん。みんな消えるときはペンダントを残して逝くからな。中は空っぽだから、初めて石をきちんと見た。どれ、アマクニのはこんなどす黒い石なのか」

「いえ、俺の石は普段は晴天の空のような色をしているのですが。こんな色は初めてです」

「な。イシがないだろ」

 石に起きた異変に想いを巡らせると確かに胸の真ん中にぽっかりと穴が空いたような感覚がする。なんだろう。何かを忘れているような気がする。名前、過去、年齢、ミカ、ヤヨのことは頭の中にある。きちんとあるのだが、何かを忘れている。気持ち悪い感覚だ。油に手を突っ込んだような感じの気持ち悪さがある。


 ツユクサは意地の悪そうな笑みを浮かべる。その笑みには悪意が感じられない。わざとそういう笑顔を作っている気がした。なんなんだこいつ。きっとレンゴクよりもめんどくさい奴だ。あいつが指を鳴らすと、そこには女の子に袖を引っ張られているミカの姿がもやに映し出された。くそっうらやましい……。あの子、見た感じはおとなしそうだが、結構積極的じゃないか。俺も袖を引っ張ってほしい。ってそうじゃない。あの子がもしや、天田うしおか。だとするとこのあとどうなるのか、俺は知らない。結末しか知らないのだから。展開次第でミカが行間に迷う可能性もあるってことか。畜生。俺がこんなヘマしなきゃって思うのは後だ。あの女はわざとらしい悪趣味な笑い声をあげる。

「特等席で一緒に観覧しようじゃないか。コースケが、うしおを、変えられるのか。アマクニが自分のイシを見つけるのとどっちが早いかな」


 きっとミカが俺を救いに来たんだ。じゃあ、俺もあいつを導いてやらねばならない。残り少ない奇術用の用紙。何かできることがないか探そうじゃないか。

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【No.1224】 石燕 鴎 @sekien_kamome

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