光線束

一ヶ村銀三郎

光線束

 ――それで相談についてなんですが。できれば内密に願いたいのですが、良いですか。……ありがたいです。と言いますのも実は、ある人物に捜索願が出ているんですがね、どうにも捜査が難航しているようなんですよ。そこで、どうしても君の力を借りたいんですよ。お願いいただけますか。……それは良かったです。いきなりですみませんが、この人物の近辺を調査していただきたいんですが、よろしいですか。……親族の方々や、自宅の周辺にも聞き込みはしたのですが、それでもまだ、どうしても分からない点があるようでして、できれば実際に出向いていただきたいのです。……ええ、詳しくは、このファイルにまとめた資料がありますので、それを確認してくだされば……。……申し訳ありませんね。こんな形で呼び出してしまって。……それでは、よろしくお願いいたします。



 ――この者についてですが、以前にも話しました通り、休暇を取得していたんですよ。……ええ、三ヶ月前に休暇を申請していまして、それから休み始めました。……一週間ほどの期間でした。……特に不審な点はありませんでしたよ。……さあ、あまり個人的な事には立ち入りませんので分かりませんが、旅行が趣味だと聞いているんで、遠出していたんだと思いますよ。……トラブルに巻き込まれるような性格ではないと思います。抽象的ではありますが、誠実で連絡も怠らないですし、そんな印象は感じませんでしたけどね。……ええ、以前にあった慰安旅行での事ですが、少し羽目を外してしまった事を思い出しましてね。無事でいてくれれば良いですけどね……。……分かりました、同じ部署の者を呼んできます。



 ――ああ、この人ですか。……知ってますよ。ですが、そうなっていたという事は知りませんでした。……はい、確かに同僚ではありますが、どうも仕事上の話題しかしない程度の薄っぺらい関係でして。……はい、すみません。……性格は、特に変だとは思いませんでした。平凡で普通の人物だと思います。どうも目立たないように生きたがっているようにも見えましたが、多分これは考えすぎでしょうね。……この部署内の部下にも聞いてみましょう。おおい、この人について知っている人いますか? ……いないようですね。……いえ、何の噂も聞いておりませんが。…そうですか、分かりました。……どうもすみません。それでは、ありがとうございました。



 ――それで、いかがでしたか。……そうでしたか、それは残念です。……はい。……更衣室であれば、向こうにありますが。……ロッカーに私物は、どうでしたかな。人によっては持ち込んでくる場合もありますが、置いて帰るのは……。……どうしても窃盗の可能性もあるので、推奨していないんですよね。……一応、確認を取ってきます。――遅くなってすみません。許可が下りました。今から案内します。こちらです。――ここですね。それでは開けます……。ああ、置いてるんだ。……いや、よく見かける手帳はもっと大きいですし、色も黒いです。そんなに小さくはないですね。……いいんですか、戻しても……。……分かりました。しかし大変ですね、情報が出てきても、オリジナルではなくコピーの形で持っていくのは。……それも、そうですね。……いえ、とんでもないです。……どうもありがとうございました。



 ――なんだって、あいつの事を聞くんです。……ええ、そうですが。……あいつとは同級生だってだけで、そこまで親しい仲ではありませんよ。……ええ。……そう、でしたか。……まあ、そうですね。思い出してみると、あいつは内向的で無口な奴でしたね。それでいて妙なアイデアを出したり、無駄口を叩いたり、冗談を言ったりして、少しだけ周りの人から浮いているっていう印象も実際に感じました。……それについては、どうも本人も感じていたようですね。……例えば、ある時の発言があるんですが、個人的には未だにその真意は分からないんですけれども、私を理解できる者はいないだろうだなんて、どこか気取った理解に苦しむ発言もありましたしね。……それ以外では、生まれる時代を間違えたとか。これは誰だってそうでしょうに。まあ、簡単に言えば、年齢の問題もあったんでしょうね。……詳しくは分かりませんが、そういう疎外感を今も抱いたままでいるんじゃないでしょうかね。……友人ですか。あまり複数人と遊んでいたようでなかったと思います。……はい。……いや、知り合いで親交があった人が一人いますが、どうでしょうかね。最近は音信不通に陥ったとかで。……ええ、その人です。よくご存じですね。……なるほど。そうでしたか。……しかしあいつは、今頃どうしているんだろうなぁ……。……大変な事になってなけりゃ良いですけどねぇ……。



 ――あぁ、そうなんだ。……ふーん。……いや、ただ懐かしい名前だなと思いましてね。……そうは言いましても、もう随分前から絶交状態になってしまいましてね、もう連絡を取りあってないんですよ。……一応、あの人の両親の連絡先くらいであれば知ってますけど、どうします。……ええと、待ってください。確か、このあたりに、あれっ、あぁ、あった。これです。……電話番号と住所です。ただ、もう十年以上前の物ですが。おそらく変わってないと思いますよ。……いやあ。すみませんが、そこまではちょっと。……まあ、おとなしい人でしたね。今もそうなのかな。落ち着いた人でして、ただ流行とか毛嫌いしてましたね。……内向的っていうか、悪く言うと根が暗いって感じになってしまいますけど、そこは人によって様々な評価がありますよね。……どうかな。突拍子のない事をして人を驚かせたりする事も、笑わせたりする事もありましたからね。……何の事はないですよ、ただ単に思い出しただけです。もう縁はとっくに切れてますからね。……まあ、何事も無ければいいですけどね。……やはり、お役に立てなかったでしょう。……地道な作業ねぇ……。



 ――えぇっ。そんな……。……そ、そうなんですか。……さ、最近は連絡も遣してくれませんでした。ですが、便りの無いのは良い便りとも言いますし、特に気も留めていなかったんです……。……どうして、あの子は一体全体、何に巻き込まれたんですか。……向こうで一旗揚げるって言ったっきり、もう三年。三年ですよ、過ぎ去ってしまって。どうして、どうして、あの子が……。……それでも、気に掛かりますよっ。……すみません、ちょっと取り乱してしまって……。……もともと、あまり活発な子ではありませんでした。それでも何とか社交性を高めようとしたんですが、感性が違うと言っていましたね……。……学芸会や部活動、結局一人でいる方が良いって……。……最後に見たのは、一ヶ月以上前の二月十八日ですかね。痩せていて、顔色も悪かったです。目も血走ってましたし、ただでさえ小さい声が聞き取れないものになってしまってました。……その他に変わった事と言えば、仕事の都合で昔の知人にあったとか言ってましたね。……ええ、わたしも良く覚えていませんが、たぶん手帳に連絡先とか書いていると思いますよ。……その方であれば親交もあったようですし、最近になって会ったらしいですから、良いと思いますよ。ただ……。……あの子が言うには、どうも再会した事にはしたらしいんですけど、覚えているのいないので、揉めてしまったとかで……。……いや、そんな事はないと思います。……ええ、あの子は、突拍子のない事をしますけど、どこか真面目な所もあって。ですから、今回の事も。あまり人に迷惑を掛けないようにする形で動いていて、その途中で不運な事故に遭ってしまったと考えた方が良いんだと……。……そうですね、無事かも知れませんよね。とにかく無事でいてくれれば。それだけです……。



 ――へぇ、そうだったんですか。……そうですか、単に奴らしいやと思いましてね。……まあ、一応は知人ですかね。ここしばらく会ってないんで、どうも実感ないですがね。……確かに、最近になって仕事で遭いましたけど、全く変わってなかったですね。進歩がない。……そもそもね、あいつは駄目な奴なんですよ。碌な奴じゃない。第一に自分本位で動いている。こちらの都合なんて一切考慮していないよ。……そう。計画性もなければ、知恵もない。猪みたいに突っ走って、それで痛い目を見る。阿呆ですよ、阿呆。動きがノロマで、鈍感で、動作もどこか遅い。下手の横好きで、妄想にふけって自分を見つめようと努めない。そういう奴なんですよ。まあ、その言動のせいで恨みや反感を買う事も、たまにありましたからね。……きっと無事なんじゃないですか。……すぐに戻ってくるように思いますよ。以前も連絡なしで休んだことがありましたからね。……もう、かれこれ六年ですかね。まあ、非凡に憧れる凡人という所が合わなかったんでね。……さあ、仕事上の付き合いでしかないですからね。それ以上深い所で知り合おうなって思いませんでしょう。……ああ、思い出した、あいつはどうも権威主義的というか、古典主義な所があって、それも嫌だった。どこか観光するにつけても、やれ名所はどこだとか……鬱陶しい奴だったよ……。それも、もうすっかり過去の事になり、当人は消え失せてしまったとはね。まったく不思議な話を作ってくれたよ。



 ――それで例の件ですが、進捗はどうです。……でしょうね、この近辺を当たってみても、そう簡単に情報は得られないと思いますよ。前任者たちも、それで随分と苦労していましたし。……地道に聞き込んで行く他に手段がないのが難点ですね。もっとも通常よりかは負担も減らされるでしょうし、情報についても優先的に回される事でしょうから、もう少しの辛抱だと思いますけどね。……そう愚痴をこぼされては、人目に付きますよ。所詮は狭い地方で起こった小さな事件なんですから。興味を持たれない人が圧倒的に多いのも道理でしょう。……釘を刺す訳ではありませんがね、最大の問題は当人が無事であるかどうかです。そこだけは決して誤認なさらないで。良いでしょうね。……そうでした。渦中の人物についてなのですが、問題の人物が良く通っていたっていう場所を見つけたんですよ。……肝腎の住所などの情報ですが、いつものようにファイルへ入れておきました。……それでは、よろしくお願いします。どうぞ、お気を付けて。



 ――はあ。まさか、そうなるとは。……驚きましたよ、本当に。……確かに、この人はウチに来ていましたよ。パッとしない人でしたけど、いつも安い定食ばかり頼むんで、嫌でも覚えてしまいますよ。……まあ、言われてみれば、最近顔を見ないですね、ええ。かれこれもう。……そのくらいですね。ただ我々のしている事は商売ですからね、いちいちお客の発言とか、動向とか、来店回数を気にしている訳ではありませんが。ただ……。……いや、些細な事なんです。ご存じの通り、ウチは夜もやっているんですがね、それである時、この問題の人が来たんですよ。お連れの方が一人いて。……珍しいなと思っていると、他人の期待は徹底的に裏切らないといけないとか、私の苦労も知らないで不平ばかり言うとか、奇妙な愚痴を言ってたんですよ。……ええ、その時点では、どんな人にも変な点の一つくらいはあるんだなって思いましたね。ここで昼食を頼む時も、思い出し笑いですか。いきなりニタニタと笑うんですから。まあ、関係のない事ですね。……しかし今回の事は、早く解決して欲しいですね。不気味で仕方ないですよ、全く。……お連れの人の方は分からないですね。この近くにある倉庫の事務員なんじゃないかと思いますけど。……この界隈じゃ、そこしか無いですからね。同僚の辺りに聞いてみるのが良いと思いますよ。



 ――まさか、そんなことになっていたとは……。……はい、分かりました。この方と知り合った人は弊社に多く在籍していると思いますので、少し掛け合ってみます。……少々お時間をとってしまいますが、よろしいですか。……ありがとうございます。それでは、失礼いたします。……すみません、先ほど連絡を賜りました……。……そうです。これから本人が参りますので、しばらくお待ちください。



 ――えっ。今、そんな事になってるんですか。……いつ頃とかは。……ええ、そうなんですか。あの人が……。……すみません。ちょっと動揺してしまって。……いいえ、別の場所へ移ってしまって、今は連絡も少なくなっていますね。……最近だと、一週間の休暇を申請するつもりだと言っていましたので。……ええ、お役に立てればいいですが。……あの人とは、ここ二、三年の付き合いです。お互いにプライベートは明かさないというのが、ここの風潮ですので、職場で私語はあまりしませんでしたが。……ええ、ただ誠実な人だったと思いますよ。仕事も早いですし、気配りもできていましたし。……いいえ、そんな訳じゃないですが、ただ同僚として働きを見ていただけの事ですから。……最近は忙殺される事も多くて、休暇もない程だと聞いていますね。……あの人が行きそうな所は、この近くにある図書館ですかね。確か『続古今和歌集』とか言う聞き覚えのない古い本を借りて読んでいるんだって話を聞かされるんで。……後は、そうですね。つい二ヶ月ほど前の事ですが、湖に言って船に乗りたいとか、山を見ていたいなんて事を言ってました。それで、旅行しようと思ったんでしょうけど。……これだけじゃ、何も分からないですよね。……いいえ、とんでもないです。……はい、ありがとうございます。



 ――何でしょう。…どうされました。……えっ。……はい。……ええ、どのような方です。……そうですね、照会するのに、少々お時間が掛かってしまいますね。当館の利用者も多いですし、事務と掛け合ってみましょう。……お待たせしました。確かに、この方は図書カードを申請した人物で間違いないようですね。……言われてみれば、最近は見かけませんね。古典とか、文藝理論の専門書とか、そういう文系の専門書をよく借りる人だとは思いましたけど。……それ以外に特徴と言われましても、あまり利用者の容姿には注目しないようにしていますし、目立たない方だと思いますよ。……そうですね。……貸出履歴から確認することもできますけど。確認を取る必要がありますので、少々時間をください。……それでは失礼いたします。



 ――失礼します、お待たせしました。承認が下りました。お手数ですが、資料を持ってまいりますので、引き続きこちらでお待ちください。――すみません、お待たせしました。こちらが写しです。……図書は一ヶ月ほど前に全部返却済みですね。最近のものでは、勅撰和歌集の注釈書と、神聖ローマ帝国に関する歴史書を返却しただけみたいですね。図書の延滞も発生していませんし、これ以降は来ていないようですし。……どこにも不自然な所なんて無いように見えますが、どうでしょう。……いえ、すみません、お役に立てず。……あっ、住所ですか。……一応、これで遭っていると思います。ただ、本籍地である可能性もありますし、明言できませんが……。……いいえ、とんでもないです。どうもありがとうございました。



 ――だけどさ、その辺りは一度調査したんだ。……その結果、特に成果はなかった。……考えてもみろよ、あの界隈は、どうも排他的で、話をしたがらない人が多い。例の人物だって、その一人だ。……捜索願いの出ている人物はな、どうにも徹底的な秘密主義者だとしか言えないし、知人の話を聞く限り非社交的だし……。……そりゃあ、孤独をたのしむとでも言えば聞こえは良いだろうな。……なあ、本当にいなくなったのかな。何だか嫌な予感がするんだよ。……確かにシステム上、悪戯や改竄ができないようにはなっているけどさ。万が一だってあるだろう。……それに、行方をくらませたって、そこら辺をほっつき歩いているだけで、案外近所に居たりしないもんかね。……冗談だって、真に受けるなよ……。どうにも最近の君は忙殺されて余裕がなさそうだからさ……。……まあ、頑張れよ。できる範囲で。



 ――えー、そうなんですか。……はい、確かにこの界隈に住んでいますけど、そんな事があったとは聞いた事がないですね。……その住所でしたら、もう少し先の方ですしね。……ええ、そのあたりです。……最近は特に変わった事はないですね、この辺りは人も少ないですから、あんまり事件も無いんですよ。活気がなく、どこか殺風景なのも問題ですけどね。交通の便も良くないし、賃貸なんかもこの近辺じゃ格安な方なんですよ。……それくらいですね。ここの特徴と言うのは。後は、どこにでもある幹線道路がこの地域を貫いているってことくらいですね。……ここには本当に何もないですよ、はははっ。



 ――その地名なら、大体この辺りで合ってますよ。それが何か? ……はあ。そんな事があったんですか。……いやあ。こんな人は知らないですね。……記憶にないですね。はい。……そうですね、地域性という程ではないでしょうが、ここら辺に住んでいる人は、どうにもよそよそしくて、人を遠ざける人も多いですね。まあ、そうした他人を罵る立場にないですけどね。……後は、アパートとか賃貸住宅が多いのが特徴ですかね。……すみませんが、これで失礼しますよ。



 ――ああ、この人なら、どうだったかな。見た記憶があるような……。いや、ずいぶん前の事ですが、ある日の夜にこの辺りの路地で倒れている人を見まして、怖くなって逃げたんですが、その人になんだか似ているような気がします。……いや、記憶違いな気がするんで、何とも言えないんですよ。ただ、この写真の顔に見覚えがあるような気がするんですよね。……すみません、変な事言って……。……ええ、一応覚えているので良いですけど。……どうだったかな、この道の突き当りを左に行った所ですかね、そこで転んだのか泣いている人を見かけたんです。……そうです。助けようと思えなかったんです。……その人だったんだろうかと思うと、ちょっと居たたまれないですね……。



 ――何度かお話ししました通り、この人はここの住人で間違いありませんよ。……全く、こんなことになるなんて……。……そうですね。一度、確認のために私の知り得る事を話した方が用でしょう。……ここ最近になって、しばらく出かけるという話は聞いていましたが、こんな大事になってしまうとは思いもよりませんでしたよ。……一週間程だと聞いています。多分、バイクで外出したんでしょう。……ええ、外を見て頂くと早いんですが、駐輪場がありましてね、いつもそこにバイクを停めてカバーを掛けているんですよ。……小型二輪だったですね、ナンバープレートがピンク色でしたから。……分かりませんね。排気量もそんなにないから遠出できないと思いますがね。……その点も工夫すればどうとでもなりますからね。……まあ、無事であればいいですけどね、まだ家賃だって残ってますから……。……後は、そうですね性格の問題でしょうか、あまり交友は少ないようでしたね。……いやね。ここだけの話、本人から相談を持ち込まれてね、どうにも人と関わる割合を最低限度にしたくて仕方がないと、この私の心情はどうしたものかと、言われましてね。……恥ずかしながら、はぐらかしてしまいました。……最近はショッピングモールに行くのも億劫だと言ってましたね。……無事を祈りたいですね……。



 ――もしもし、こちらは。……ええ、その通りです。観光協会です。……はあ。捜索ですか。……原付二種での観光となりますと高速に乗れませんから、この周辺で気軽に行ける場所は少ないですよ。例えば河川敷の桜並木とか、県内の中央部になりますが、山地へ向かうハイキングコースとか、それから国定公園が少しと、僅かばかりですが温泉地もありますし、寺社仏閣も多少ありますし、海岸線、復興天守、衛星都市特有の市街地とか……。……考えてみれば、立ち寄る口実の作りやすい場所が点在していますね。選択肢も多いですから絞るのは難しいですね。……後はダム湖が三つくらいありますね。……それ以外にも自然の湖はありますけど、あそこは人気があって混雑しやすいですし、バイクで行くには山道を登る必要がありますからね。候補から抜けるでしょう。……古い町並みでしたら、一番北にあるダム湖でしょうね。旧街道に面していますし、鉄道も国道も高速も通ってますし、ちょっと時間の掛かる所ですが、行けなくはないですね。……ええ、どうもありがとうございました。



 ――そうですね。調査範囲を広げるのは、若干難しいでしょうね。……ただ、そこへ向かう人数を数人規模にする分には融通が利くと思いますよ。……まあ、それでも申告書の提出といった事務手続が必要ではありますが、向こうで書いて郵送しても受理されますよ。……それで良いでしょう。それでは向こうにも連絡を入れておきましょう。……それでは引き続き、お願いしますよ。



 ――そこは特急の通過駅ですから、ここで乗り換えていただかないと辿り着けませんよ。……それでも次の駅ですからすぐに着くと思いますよ。……ただ、目的地についてですが、どうも街道筋というか、国道沿いにある町で、インターチェンジもあるんですけど、昔にあった宿場から若干の距離がありますし、有名という程でもないですね。……そうですよ、まだ電車は来ません。……話を戻しますが、見どころとして旧街道を行くっていうのはあんまり聞きませんね。どうせなら近くにある湖の遊覧船に乗るか、高台の遊園地に行くかする方が良いでしょうしね。……人気のない、ちょっと寂れかかった町ですよ。それでも政令指定を受けてる街の一部なんだから不思議な話ですよね。……あっ。そろそろ電車が来るんで、お急ぎください。



 ――いやあ、どうも。よくお越しくださいました。先日、連絡がありましたよ。何でも厄介な問題を抱えているようですね。……ですが本当にここなんでしょうね。……我々としては、一切の情報も入っていませんので、どうも……。……さあ、どうでしょうねぇ……。……まあ、何らかの成果があれば良いんですがね。……捜索の範囲についてですが、この所管内において申請も出ておりませんので、駅周辺から国道沿いを含む湖岸までの領域を対象としています。……そうは言いますが、届け出は実際に出されたのですか? ……そうですか、分かりました。それでは巡回しますので、これにて失礼します。



 ――ええ、そうですね。何と言いますか、管轄内で申請がないにも関わらず、こんな騒動になってしまった事に腹を立てておいでなんだと思いますよ。それに今回の事件、何だか奇妙というか、不可解な点も多いですし、このままですと捜索も打ち切られるのは時間の問題だと思いますよ。……範囲でしたら、この地図で赤く囲った部分一帯がそうですよ。……それから、この先にあるのが県立公園です。湖岸に面した眺めの良い公園でしてね、駐車場も駐輪場もありますから、手軽に立ち寄れる所なんですよ。……公園内ではないですが、売店やレストランも近くにあるので、この辺りじゃ栄えている方だと思いますよ。……こんな所で「発見」するのは、避けたいですけどね……。



 ――はい。……はい? ……そ、そうですか。そんな事がねぇ。……いや、その。聞いたことがないですね。……全く何も知りませんよ。……名前も聞いたことが無いですね、はい。……いや、この顔の人は記憶にないですね。……そりゃあ、古典に興味のある人なんて、探せばいくらでもいますよ。……すみませんがね、急いでいるので失礼しますよ。……まあ、何かあれば通報しますから、ご心配には及びませんよ。



 ――ええ、ここには保養で来ました。県境に近くて喧噪を忘れられるので、休むにはちょうどいいんですよ。……ええ。……えっ。……はあ。……はあ。……そうなんでしたか。びっくりですね……。……いやあ、知りませんねぇ。……バイクですか。ここはちょうど内陸部の市街に向かう国道の途中にありますから、ライダーも多いんですよね。かく言う私もその一人ですがね、ここをツーリングの休憩地に決める人もいますからね。……そうですね、なかなか難しいと思いますよ。……すみません。お役に立てなくて……。



 ――どうされましたか。……そうなんですか。まさかそうだったとは……。……この人、さっき見ましたよ。この公園を散歩してる途中で。……えっ。私が見たときは、ただ単に歩いていましたよ。何か持っていたかもしれませんね。……さあ、ノートだったと思います。私も何かしら執筆しようと思って、ここへ来てみたんですが、なかなか難しいものですね。……問題の人ですけど、ここから南の方にある公園で見ました。散策しているって感じでしたけど。……え? ……ま、まあ、頑張ってください。



 ――すみませんね、先を急いでいるんで。……些細な事って言っても、変わり映えのしない土地ですからねぇ。……まあ、顔写真くらいならいただきますけど。……まあ、連絡しますよ。それじゃあ、これで。



 ――どうしたんですか。……ええ、行方不明者ですか。知らぬ間にそんな事になっていたとは。……ええ。……いや、心当たりとか、知っている事とかは特にありませんよ、すみませんが。……何ですって。……そうですか。……分かりました。お話ししましょう。私がここへ来た理由は、気分転換のためです。……それ以外に、社交性のない自分を見つめるために来たんです。……どうにも嫌気が差していましてね。……この人物が、どこの誰なのか分かりませんが、早く見つかると良いですね。……それでは、これで。



 ――はい。……そんな事件があったんですか。……いつ頃です? ……そうだったんですね。……いいえ、知りませんよ。ここには旧街道の本陣跡を散策する予定だったんです。その帰りに、湖を眺めたいと思いましてね。……いえ、こんな人は見た事がないですね。すみません。……この通りにもいなかったと思いますよ。……からかわれたのかもしれないですね。……そうですね、こんな人は見た事ないですね。……いいえ、どういたしまして。



 ――結局、二日目になっても見つかりませんでしたね。本当にこの写真に写っている人って事件に巻き込まれた人物なんですかね。……すみません。少し言い過ぎました。……不親切って言っても仕方ないでしょう。誰だって何らかの形で面倒な事から逃げようとしますよ。所詮その程度でしかないんですよ。都会の人間なんて幾らでも代えが効く。そんな人種を鑑みようとなんて……あっ。……いや、あそこの、あの山の近くの、そうです。それです。……湖に浮かんでますよね。少し大きく見えますし、何でしょうね。……望遠鏡持ってきましょうか。……それでは行ってきます。



 ――とんでもない事になった。……もし、仮にですよ、あれが本人だったら……。……そんな事は分かってます。身分証の類を持っていればすぐにわかる事です。後は現場がどこかという問題でしょうに……。……解剖の結果も必要ですし、何かの間違いであってくれれば、良いんですがね。……それにボートを出すのに、しばらく時間が掛かります。手伝ってください。……はい、お願いしますよ。



 ――それにしても、無駄骨を折るばかりでしたね。まさか猿の死骸と枯葉の塊だったとは。遺留品も何もあったもんじゃないですよ。……簡単な事です。こちらでひとまず回収して、しかるべき地に葬るんです。よくご存じの事でしょうに。……それにしても、あと五日の内に何らかの結果を出さないと、色々と面倒な事になりますよ。……こんな片田舎に来ておいて、個性が乏しい平々凡々たる一個人すら探せなかったなんて……。……心配しているんですよ。ここまで来て何にもならなかったら、それこそ無駄足ですよ……。



 ――すみません、その……。……実は先ほど例の管理人から連絡がありまして。……それが、どうも本人に関する物を見つけたらしいんですよ。……そこまでは良く分かりません。折り返し連絡して欲しいとだけ言って、切ってしまわれたんです。……何と言いますか、要件が曖昧だったんですよ。……番号はメモしておきました。こちらです。



 ――ああ、どうも。御迷惑をおかけしております。……そんな、とんでもないです。……それがですね、当人が残した日記の一部らしき物を見つけたんですよ。……ゴミ箱の中にありました。一旦集約する形で捨てに行くので……。……ええ、分かりました。それでは、お待ちしています。



「能力がない事を認めざるを得なかった。私に残されているものは、ただただ長時間続く苦悩であった。能力さえあれば、私はこの莫大で如何ともし難い時をどうとでも出来ただろう。ただ、それを手に入れるための手段が、知恵が、技量が、学習が、権威が、まったくもって足りなかったのだ。その事に嫌気がさしたんだ。どうして私だけが、こうも面倒極まりない難題に取り組まなければならないのか。その根拠さえもが理解できなかった。だから私は一切から解放されるために投げ出そうと思うのだ。何かを得るためには、何かしらを犠牲としなければならないからな。」



 ――それで、あの人はどうなりましたか。……そうですか。それはまた残念でしたね。……ああ、その資料は一旦回収します。どうもありがとうございます。……そうですね、最近の我々は、どうも失敗続きですからね。他の有能な方々を呼ぶにも諸般の都合で出払っていますし、第一に適任であるかどうかが最重要ですしね。その点で今回は惜しい事になってしまいましたね。……しかし不思議なものです。この古ぼけた紙切れの効力というものは。いくら処分しても湧いて出てくる。私の認識を遥かに超えています。全く未知数の恐ろしい力を秘めていますよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

光線束 一ヶ村銀三郎 @istutaka-oozore

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る