最終話
―あなたに会って、話して、とても楽しかった。ほとんど私が話していただけだったかもしれないけれど、人に自分の事なんて話したこともない私にとっては、とても楽しかったし、面白かった。少しだけだったけれど、幸せな時間だった。暗闇の中で、あなたの声を自分の中に溶かしていくことが好きだった。
ずっとこんな夜を過ごしていたい。そう思っていたけれど、それは私だけだったのかな。あなたは来なかった。一日だけだったのかもしれないし、あなたにも自分の予定があるのかもしれないから、仕方ないこと。でも、自然に涙が出てきてしまった。あなたと会って、話をして、それが楽しくて。気づいたら、夜あなたに会わないと涙が出てくるようになっていた。―
僕には涙を浮かべている彼女の姿は想像できなかった。しかし、彼女が抱えているものは、なんとなく理解できた気がした。今はそれで十分ではないか。そう思った。
―私は、勝手にあなたに頼っていました。あなたがいないと生きていけない心と体になっていました。不思議だよね?たった数日、数時間一緒にいただけなのに。なんでかわからないけれど、そうなっていました。この数日間、あなたには無理をさせたと思います。でも、あなたと夜に会えて、話すことができて、本当にうれしかったです。私のことは忘れて、気にしないでください。
じゃあ、さよなら。―
これは、ひと夏の、他愛もない出来事である。彼女が今何をしているのか、生きているのか、死んでいるのかですら、僕には知る術はない。だからこそ、僕は今でも、彼女のことが頭から離れない。多分墓に入るまで、入った後も、たとえ骨が粉になるような時間がたったとしても、彼女のことは消えないだろう。
こんな手紙なんて、こんな出来事なんて、忘れようと思えばできるはずだ。でもそれができない。きっとそれは、そういうことだからだろう。
それ以来、僕は夜星を見ることをやめた。それから、たくあんを食えなくなった。十七の夜だった。
夜とたくあん 音藝堂 @Ongeido-Sota
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